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No.125 EUの水に関する世論調査
〜水質汚染の主因として工業と農業が指摘〜
●水に関する世論調査EU(欧州連合)の執行機関である欧州委員会は,2009年1月下旬に加盟27か国の市民を対象に表流水(河川,湖沼,河口,沿岸水。地下水は対象外)について世論調査を実施し,2009年3月に報告書を公開した(European Commission (2009) Flash EB Series #261. Flash Eurobarometer on water - Analytical report. 95p. ,要約版)。 今後の水行政に役立たせるために,この調査では,EU市民が,自国の水問題(表流水の質と量)について,その状態に関する公的機関の情報提供をどのように評価しているか,水問題をどの程度深刻と認識しているか,水問題に脅威を与えている要因をどう理解しているのか,最近の水問題の動向をどう認識しているのか,水問題の軽減のために個人的にどのような行動をとっているかなどを調べた。その一部を紹介する。
●水問題の現状についての情報提供「貴方の国の表流水の現在の状態についての情報提供をどの程度と感じていますか?」との設問に対して,EU全体では,(1) 非常に良く情報提供されている5%,(2) かなり良く情報提供されている38%,(3) あまり情報提供されていない40%,(4) 全く情報提供されていない16%との回答であった。 「情報提供されている」(非常に良く+かなり良く)との回答率はEU全体では43%で,必ずしも高いとはいえない。そのなかで,キプロス78%,フィンランド62%,オーストリア61%では,情報提供されているとの回答率が非常に高かった。キプロスでの回答率が突出していたのは,キプロスでは水不足が最も深刻で,最近,週3日は日に8時間しか給水されない状態が続いており,そうした水情報が良く提供されているためと理解されている。
●水問題の深刻さに対する認識水問題は水質問題と水量問題に大別される。 (A)水量 水量問題とは,洪水のような水過剰問題や,干ばつや水の過剰消費による水不足を意味すると明記して調査を行ない,EU全体では,(1) 非常に深刻である27%,(2) かなり深刻である36%,(3) 深刻ではない24%,(4) 全く問題ない11%の回答率となった。「深刻である」(非常に+かなり)との回答は63%に達し,EU全体では水量問題がかなり深刻であることがうかがえた。 「非常に深刻」との回答率が高かった国は,キプロスがダントツの84%,その他,ポルトガル55%,ギリシャ53%など,地中海沿岸の国に多かった。他方,「非常に深刻」との回答率が低かった国は,フィンランドが1%で事実上なし,10%未満がエストニア,ラトビア,オーストリア,デンマーク,オランダであった(図1)。
(B)水質問題 水質問題とは,水の汚染に加えて,ダムや運河などの物理的構造物による生態系の撹乱も含んでいることを明記して調査を行ない,EU全体では,(1) 非常に深刻である30%,(2) かなり深刻である38%,(3) 深刻ではない21%,(4) 全く問題ない7%の回答率がえられた。「深刻である」(非常に+かなり)との回答は68%に達し,EU全体では水質問題がかなり深刻であることがうかがえる。そして,「非常に深刻だ」との回答率が高い国は,ルーマニア61%,キプロス59%,ポルトガル55%,ギリシャ51%。他方,「非常に深刻だ」との回答率が低い国は,ドイツとフィンランド,オランダが8%であった(図2)。 (C)水質問題の変化 「過去5年間に貴方の国では表流水の水質が変化したと考えるか」との設問に対して,EU全体の回答率は,(1) 悪化した37%,(2) 変わらない30%,(3) 改善した27%であった。「悪化した」との回答率が高い国は,キプロス75%,ギリシャ71%,ルーマニア61%。「変わらない」との回答率が高い国は,デンマーク48%,オーストリア42%,ルクセンブルク41%。「改善した」との回答率が高い国は,オランダ48%,ドイツ46%,ベルギー41%であった。 後述するように,EU市民の多くが,汚染原因の双璧として工業と農業を指摘している。ところが,農業における窒素やリンの投入量が多く,農業に起因した水質汚染が深刻とされてきたオランダで,最近の5年間に改善したとの回答率が高く,水質問題が非常に深刻だとの回答率が8%と低かったのは意外に感じられる。この点について報告書は具体的記述を行なっていない。環境保全型農業レポート「No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス」に紹介したが,1990-92年に比べて2002-04年には,集約農業で有名なオランダを始めとする国々では,農業における剰窒素量や余剰リン量が激減したことが,この背景にあると考えられる。
●水の状態に影響を与えている要因水の状態に影響を与えている要因[(1) 家庭における水の消費と排水,(2) 農業における水,農薬,肥料の使用,(3) 工業における水の使用と汚染,(4)水力発電とその冷却水,(5) ツーリズム,(6) 水運(港,運河,船からの漏出)]について,影響の程度(大きく,多少は,少し,なし)を質問した。 EU全体では,各要因について,「大きく影響を与えている」との回答率は,工業72%,農業66%,家庭45%,水運48%,水力発電30%,ツーリズム23%で,工業と農業が抜きんでていた(図3)。 大部分の加盟国で,影響を大きく与えているとの回答率が最も高かった要因は「工業」で,次いで「農業」であったが,アイルランド,デンマーク,ルクセンブルク,フランス,スロベニアでは「農業」という回答率のほうが高かった。そして,農業について,「大きく影響を与えている」との回答率が高かった国は,フランス86%,ギリシャ84%,ポルトガル83%,ベルギー74%,ハンガリー73%,スペイン71%などであった(図4)。そして,オランダでは農業が大きく影響を与えているとの回答率は49%と予想外に低かった。これにも,最近におけるオランダでの余剰養分量の大幅な減少が反映していると推定される。
●水問題に及ぼす気候変動の予想される影響EU全体では,気候変動は「水問題に影響なし」とする回答は7%だけで,洪水の増加,海面の上昇,水不足や干ばつの増加,生態系の変化はいずれも20%台の同程度の回答率であった(図5)。しかし,図にはないが,国別には大きな差があり,次のようになっている。 (1) イギリス63%,アイルランド62%,ドイツ60%では,気候変動が水の過剰(海面上昇または洪水の増加)を引き起こすとの回答が最も高かった。 (2) キプロス74%とギリシャ48%では,気候変動で水不足が引き起こされるとの回答率が最も高かった。 (3) フィンランドでは,気候変動が生態系に与える影響が最も重要との回答率が最も高かった(44%)。
●集水域管理計画プランについての認識EUは水枠組指令(環境保全型農業レポート「No.34 欧州の水系汚染対策」)によって,今後,河川を中心にした集水域ごとに表流水や地下水を合わせて総合的に水を管理することとしており,表流水については2015年までに第1期の目標を達成することを目指している。そして,2009年には集水域管理プランを確定することとしており,その過程で公的機関や関係者にコンサルテーション(パブリックコメント募集)することになっている。そこで,回答者が住んでいる地域の集水域管理プランのコンサルテーションを知っているか,また,それに参加したか,これから参加を求められれば,見解を表すつもりがあるかを質問した。 その結果,EU全体の平均で,河川を中心とした集水域管理プランについてのコンサルテーションについて,知っていた者は14%で,80%が知らなかった。また,知っていたか否かにかかわらず,コンサルテーションに関心がないとする者が39%,関心があり,参加したか参加する意志のあり者が52%であった。
●日本における水に関する世論調査日本では内閣府の大臣官房政府広報室の世論調査で,1986年以来,数年おきに水にかかわる世論調査が実施されており,最近では2008年6月に「水に関する世論調査」が行われた。調査内容はEUのものと異なるが,その一部を紹介する。 水環境に関する意識調査の一部として,河川,湖沼や都市内の水路など身近な水辺の環境に対する満足度が調査された。全体では,第1位の回答が「満足している」40.7%で,次いで「水質が悪い」29.6%,「生物を育む空間が少ない」22.8%,「水辺空間そのものが少なく,十分でない」14.0%,「景観が悪い」13.3%,「水辺に近づきにくい」13.1%などの不満が指摘された(表1)。
内閣府の調査では,水の状態を不満足な状態にしている要因(工業,農業,生活など)が何であるかについての問いかけを行なっていない。 上述の結果だけをみると,日本の水環境に満足している者が多いとの印象がえられるかもしれない。しかし,回答者の居住地別データをみると,大都市,東京都区部,政令指定都市では,「水質が悪い」が「満足している」よりも回答率が高く,第1位の回答となっている。そして,中都市,小都市,町村では「満足している」が第1位となっている。この結果から,人口の密集した大都会でこそ,身近な水環境が劣悪で,地方の中小都市や田舎の水環境はあまり深刻な状態になっていないとの印象が与えられるだろう。その印象から,農業が水環境に深刻な影響を与えていることが打ち消されかねない。
●日本では農業による水への影響が軽視されている日本でも地下水だけでなく,表流水に対しても農業が大きな影響を与えていることが問題になっている(環境保全型農業レポート.2004年9月1日号.「2.総務省が湖沼の水質保全で農業などからの負荷削減の取組強化の必要性を指摘」)。 EUでは水の状態に影響を与えている二大要因として,工業と農業が問題になっているが,日本では農業による影響があまり重視されていない。その原因の一つとして,農業による表流水や地下水の汚染の実態を示す調査データが多くないことがある。例えば,環境省を中心に都道府県が地下水の水質実態の調査を実施している。この調査では,都道府県によって異なるが,都道府県をメッシュに区切って井戸水を調査しており,そのメッシュは市街地で1〜2 km,その周辺地域では4〜5 kmを目安としている。日本では農村部といっても,例えば,4×4 km,つまり1,600 haが農地だけの地域は,平野の水田地帯を除くときわめて少ない。台地の上では,住宅地や森林などと混在した状態で農地が分散しているので,農業からの負荷が希釈されたり,農業や他の要因からの負荷の寄与率が分からなかったりして,農業からの負荷が一部の例を除いて不鮮明になっている。 OECDは,加盟国の農業と環境の関係について報告書(OECD (2008) Environmental Performance of Agriculture in OECD Countries Since 1990. 575p. OECD Publication, Paris)を刊行しており,その一部を環境保全型農業レポート「No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス」に紹介した。その報告書の日本に関する各論部分で,「日本では,農業地帯を含め,全国にわたって,河川,湖沼,沿岸水や地下水の水質が30年以上もモニタリングされているが,農地と非農地が混在し合っており,水質汚染における農業セクターのシェア(寄与率)が正確に確認されていない。」と指摘されている。 1986〜1993年にわたって26都道府県の農村部364か所の井戸水,湧水,温泉水を調査した結果(藤井國博・岡本玲子・山口武則・大嶋秀雄・大政謙次・芝野和夫 (1997) 農村地域における地下水の水質に関する調査データ(1986〜1993年).農業環境技術研究所資料.20: 1329)によると,硝酸性窒素濃度が「水道法」の水質基準10 mg NO3-N/Lを超えた割合をみると,農村部では集落や市街地よりも,畑地帯55%,果樹地帯26%,水田地帯16%など,農地地帯での汚染が深刻になっている(表2)。 こうした点からも,農業による負荷を正しく認識して,公開しつつ,必要な対策を講じていくことが必要になっている。
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