環境保全型農業レポート > No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ |
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No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ
●問題の背景チェルノブイリ事故では大量の放射性核種が大気に飛散して,広大な面積の表層土壌が高濃度の放射性核種によって汚染された。放射性核種は,土壌を耕耘しなければ,表層に沈着したままで放射線を周辺に放出して,外部被曝を起こす。そして,強い風で舞い上げられた土壌とともに呼吸器に入れば,内部被曝を起こす。また,汚染土壌で作物を栽培して,生産された放射性核種で汚染された農産物を摂取すれば,内部被曝が生じてしまう。 福島第一原子力発電所の原子炉事故でも,飛散した放射性核種によって,避難地域外の学校の校庭の土砂が汚染されたケースが生じている。その表層土壌を収集して廃棄しようとしたときに,廃土の保管予定地の住民が,廃土から生ずる放射線による被曝に懸念を抱き,その保管に反対して,問題になっているケースもある。このため,廃土を新たな保管地に管理することなく,廃土を安全に処理する方策が必要になっている。 環境保全型農業レポート「No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書」に,こうした事態を解決する技術の1つとして,「表層埋没耕耘」が1996年にデンマークで開発されていることを紹介した。しかし,その際に紹介した,国際原子力機関 (IAEA)のチェルノブイリ事故による環境影響とその緩和対策について,事故後20年間になされた調査や研究を集約した報告書(IAEA (2006) Environmental Consequences of the Chernobyl Accident and Their Remediation: Twenty Years of Experience. Report of the Chernobyl Forum Expert Group ‘Environment’(STI/PUB/1239) 166p.)には,「表層埋没耕耘」について詳しくは説明されていない。そこで,この方法を開発したデンマークのRoedらの文献から,その概要を紹介する。
●表層埋没耕プラウ開発の意図チェルノブイリ原発事故で汚染された1 km2の土壌の表層0〜10 cmをブルドーザーではぎ取ると,5万トンの放射性廃土が生じて,その措置が新たな課題となった。チェルノブイリ周辺の農地には,肥沃な土層の浅い土壌が多く,ブルドーザーで10 cmも剥離してしまうと,肥沃な土層をほとんど除去することになってしまう。 通常のトラクタで牽引可能なプラウによって,表層0〜5 cmの汚染された表層土を下層に埋没することができれば,この作業を地元の農業者が行なうことができる。ただし,通常のプラウでは25 cmしか耕耘できず,20〜25 cmの深さでは埋没した表層土に作物根が到達してしまう。それに加え,5〜25 cm層は反転されて,肥沃度の低い下層土が表面に露出して,土壌生産力が低下してしまう。 そこで開発されたのが,リソ研究所(Risø National Laboratory:エネルギー,環境および材料についての研究を行っているデンマークの国立研究所)のRoedらがデザインした「表層埋設プラウ」である。このプラウは,ヨーロッパで使われている通常のトラクタで牽引でき,主に放射性セシウムで汚染された表層0〜5 cmの土層を根のあまり届かない45 cm下に埋没させ,しかも,5〜45 cmの土層を反転させずに,元の土層順序を維持した形で,表層0〜5 cm層の上に堆積させることができる。 このプラウをRoedらは,表層埋没プラウ(skim and burial plough)と呼称し,農業機械メーカと共同開発している。概要を下記の文献から紹介する。
●プラウの仕様90キロワットのトラクタ(1馬力を735ワットとして,122馬力に相当)で牽引可能なプラウを設計した。 プラウは2つの部分から構成されており,前方にメインの鋤ヘラ(main ploughshare)があり,後方に表層犂刀(skim coulter)がある。正面から見ると,鋤ヘラと表層犂刀の耕耘中心がずれており,左前方の鋤ヘラが深層(5〜50cm)を耕耘し,右後方の表層犂刀が隣の畦の汚染された表面(0〜5cm)を耕耘していくようにデザインされている。その実物写真は,Roedら(1998) の47ページを参照していただきたい。このプラウの2つの部品は1列に作動するのではなく,左右2列の畦に同時に作業を行ないながら前進するので,理解する際に注意していただきたい。なお,トラクタの1工程分の走行を1回の走行と呼ぶことにする。図1示した黄緑色の面が,土壌の元々の最表面を意味する。 文献からその作業工程の詳細を読みとるのはむずかしいが,おおよそ次のように理解できる。 図1Aに示すように,1回前の走行時に左畦から既に0〜5 cm層がはぎ取られて,進行方向に対して右側に作られた幅60 cmの溝の底に落とされている(この最初の溝部分は予め掘っておくことが必要)。前方にセットされたメインの鋤ヘラを,深さ50 cmの位置に入れて,5〜50 cmの土層を10〜15 cm持ち上げる。トラクタが1回前方に走行するごとに,持ち上げられた土層が多少ねじられるように後方に移動して,1回前の走行時に溝の底に置かれていた薄い表層の上に置かれる。これと同時に,鋤ヘラによる5〜50cmの土層の移動によって生じた溝の底に,表層犂刀が溝の左隣の畦にある表層0〜5 cm層をはぎ取って,落とす(図1B)。この操作を繰り返して,0〜5 cm層の上に5〜50 cmの土層を積み上げてゆく。 設計上の考えが,実際にそのとおり実現しているのかを,プラウをかける前に高さ2 cm,直径1.5 cmの色や記号で区別した多数の金属円筒を土層内に上から挿入しておき,プラウを走行させた後に掘り出して,その移動状況を調べた。典型的な場合には,表層0〜5 cmの位置に埋設した金属円筒が45〜50 cm下から回収され,5〜45 cm層は全くの横移動とはいかないが,ほぼ水平移動していた。しかし,乾燥した砂質土壌で実施した場合には,掘り取った溝の壁が崩れて,5〜15 cm層の土壌が35〜45 cmの深さに移動したケースや,0〜5 cm層がそのまま横移動しただけで,45〜50 cm下に埋設されなかったケースもあった。しかし,全体としては,0〜5 cm層が45〜50 cm下に埋設され,5〜45 cm層がほぼ水平移動したケースが多かった。 表層埋設プラウは全重約880 kgで,調節がすめば1人で操作することができ,1時間に標準30 aを処理できる。表層埋設プラウを1日8時間作動させれば,1日に2.4 haを処理できることになる。 価格は1995年当時だが,トラクタが5万 ECU,表層埋没プラウが4,125 ECU(1999年のユーロ導入以前のEUの共通通貨単位で,1 ECU = 1 ユーロ,1995年の平均為替レートは1 ECU = 約124円なので,4,125 ECU = 約51.2万円。現在の価格は未確認)。
●表層埋没プラウによる外部被曝量の減少圃場の地表から1 m上で放射線量を測定する場合,テストする圃場の大きさが大きく影響する。例えば,20×50 mの区画の中心部で放射線量を測定すると,その半分は区画の外からくる放射線である。このため,大規模面積で処理をしたほうが,表層埋没プラウによる外部被曝量の減少割合が高くなる。また,大気から地表面に沈着したままの圃場で表層埋没プラウ耕を実施した場合には,事前に作土を耕耘した場合よりも,外部被曝量の減少割合が高くなる。 例えば,ロシアのノボボボビッチ近くの20×50 mの区画で行なったテストでは,面積が小規模であったことに加えて,チェルノブイリ事故後に表層を耕耘していたために,表層埋没プラウ耕による外部被曝量は1/2.2にしか減少しなかった。しかし,より大規模にデンマークや旧ソ連の国で行なった結果では1/7〜1/6に減少し,チェルノブイリ発電所から30 km離れたウクライナの放牧地では,1/20〜1/15に減少した事例が確認されている。こうした事例を包括して,通常,表層埋没プラウ耕では外部被曝量が1/15〜1/6に減少するとされている。
●終わりに表層埋没プラウを開発したRoedらは,放射線の外部被曝を減らす他の方法と比較して,(1) 石灰や化学肥料を施用して放射性セシウムの作物による吸収を減らす方法の欠点は,現地でどれだけの量の資材を施用したら,放射性核種の吸収量がどれだけ減るかについて,精度高く予測することができず,実際には現地試験の結果を待って施用量を調節しなければならないため,効果の迅速性やコスト効果が高いものとはいえないとしている。(2) 汚染地への固着剤の施用による土壌粒子の飛散抑制は,小面積の土地の除洗操作に役立つが,大面積には向いていないとしている。(3) 表層土壌をブルドーザーではぎ取ると,その廃土の始末が問題になる。また,深耕を行なって,表層土壌を作土に混ぜれば,廃土はでない。しかし,作物根が深耕された土層全体に伸張して,土壌に混和された放射性核種を吸収してしまう。こうしたことから表層埋没プラウ耕は優れた方法といえる。 ただし,表層埋没プラウ耕を行なった農地で栽培した,作物の放射性核種の吸収量の減少についての報告は,不明にして,まだ見いだしていない。また,土層が浅い場所や地下水位が高い場所では,この方法は使えないであろう。
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