環境保全型農業レポート > No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 |
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No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識
●平均値では見えてこないことこれまでの施肥の実態を調べた報告は,個々の農業者を,平均値とその変動を表すための1つのデータとして扱ったものが多く,たとえ過剰施肥であっても,個々の農業者がなぜそうした施肥行動をとっているかを解析した例は少ない。 愛知県の渥美地域(渥美半島の市町村は田原市に統合)は,1960年代から施設栽培の一輪ギク(1茎に1花を咲かせる中・大輪品種)の大産地で,現在は日本一の産地となっている。愛知県東三河農林事務所農業改良普及課の山内高弘氏は,渥美半島の施設ギク農家がどのような肥料投入行動をとっていて,その背景にはどのような技術的意識があるのかを調べた(山内高弘・大原興太郎 (2006) 肥料投入行動に違いをもたらす技術と意識−愛知県渥美地域における施設ギク生産の環境負荷問題.農林業問題研究.164: 281-290)。この報告の概要を紹介する。
●調査方法この調査は,渥美地域の施設ギクを生産している農業者30人に対する聞取りによって行なわれたもので,2003年12月〜2004年3月には,化学肥料,堆肥や農業薬剤といった投入物の使用実態,キクの生産本数や上物品率,所得,投入物コストや施肥についての考え方などについて聞き取り調査,また,2005年8月〜9月に同じ農業者に対して,アンケート形式で環境保全意識について聞き取り調査を行なっている。
●施設ギク栽培土壌の実態渥美地域の耕地土壌をみると,低地には灰色低地土があるが,台地上の畑はほとんどが黄色土で,施設ギク栽培土壌も黄色土である。元々の土壌は,約200万年から1万年前まで続いた更新世の間氷期の高温な気候下に生成された亜熱帯性の土壌で,腐植が少なくて黄色を呈した酸性の強い,やせた土壌で,細かな粒子が密に詰まって孔隙率が低く,土壌を水に分散させると,粘土粒子が長時間懸濁し,容易には沈降せず,物理性が良くない。 渥美地域ではキクは年間2.7〜3作栽培するのが標準で,長期に連作している農家が多い。2001年1〜12月に旧赤羽根町(現田原市赤羽根町)の15戸57施設の1輪ギク栽培土壌を分析したJA愛知みなみの結果によると,21年以上連作の施設が44%,11〜20年連作の施設が32%,6〜10年連作の施設が16%,1〜5年連作の施設が9%と,長期連作した農業者が圧倒的に多い。そして,後述するように,施肥基準を超えた施肥が長年の連作でくり返された結果,土壌の電気伝導度,無機態窒素,可給態リン酸,交換性カリは,土壌診断基準の適正値を超え,土壌pHは低くなっている。しかし,栽培に支障をきたすことは少ない。
●窒素投入量と農家の技術・経営レベル愛知県の施肥基準では年間3作10a当たりの三要素施用量は,窒素63 kg,リン酸28 kg,カリ63 kgとなっている。著者は,化学肥料と有機質資材の窒素含有量を合わせた総窒素量のレベルによって,30人の農業者を3つのグループに分類した。 <窒素投入量で分類した3つのグループ> すなわち,年間の総窒素投入量が, A.県のキク年間施肥基準量(63 kg/10a)の1.5倍の95 kg/10a以上の第1グループ(95 kg N/10a≦総窒素量) B.県の基準以上で,95 kg/10a未満の第2グループ(63≦総窒素量<95 kg N/10a) C.県の基準未満の第3グループ(63 kg/10a>総窒素量) 各グループの人数分布,平均総窒素投入量や平均有機質資材窒素投入量を表1に示す。 有機質資材の全窒素は,その資材の種類によって無機化程度が大きく異なるのに,肥効率で化学肥料相当量に換算することなく,その全量を化学肥料窒素量と単純に加算したやり方は,いささか乱暴と思える。しかし,3つのグループによって施肥の方法(表1)や経営指標ないし技術指標(表2)が異なる傾向が認められた。
<グループによる技術・経営レベルの違い> (1) 総窒素投入量の最も多い第1グループには,基肥に加えて1〜2回の追肥行なう農業者が6割を占めていたが,総窒素投入量がより少ない第2さらには第3グループほど,3〜5回の追肥を行なう者や,基肥なしで点滴灌水施肥を随時行なう者の割合が高く,点滴潅水施肥を行なう農業者の割合が高いほど,1作当たりの平均肥料投入時間が短かった(表1)。
(2) 年間10a当たりのキクの平均生産本数には,グループ間であまり差がなかった。しかし,3つのグループを合わせた総平均の1.1倍以上の本数を生産した多収穫農業者の割合は,グループ1と3が約30%だったのに対して,グループ2は15%と低かった。そして,年間の上物(秀の2LとL)品率でも,グループ1と3は約60%だが,グループ2は約50%と低かった。また,総平均の1.2倍以上の上物品率を上げた高品質農業者の割合をみると,グループ1が40%と断然高く,次いでグループ2が28.5%,グループ3が7.7%であった(表2)。 (3) こうした結果から,グループ1には多収穫で高品質なキクを生産している技術力の高い農業者が多いことが示された。そして,グループ3の平均上物品率はグループ1と同じレベルで技術力は高いが,上物品率が総平均の1.2倍を超える高品質農業者割合は低く,グループ1に次いで技術力の高いグループといえる。グループ2には高品質農業者も少なくないが,相対的に技術力の低い農業者が多く存在し,全体として技術力の最も低いグループといえる。 (4) 高品質または多収穫農業者は全部で12人であったが,そのうち農業薬剤費を多く要している(総平均の1.2倍以上)農業者は3人にすぎず,また,所得や経営規模が大きい農業者(総平均の1.2倍以上)で農業薬剤費を多く要している農業者は13人中の1人のみで,技術力や経営力の高い農業者は,農薬に大きく依存しない栽培を行なっていた。 (5) 平均肥料費は,総窒素投入量が最も多いグループ1で最も高く,総窒素投入量がより少ないグループ2と3で順次低くなるはずである。しかし,グループ3のなかに肥料費に異常に高い金額をかけている農業者が1人いるために,グループ3の平均肥料費がグループ2を上回ったが,これを除けば,グループ3の平均肥料費はグループ2よりも低くなる。平均農業薬剤費はグループ1と3でほぼ同じだが,グループ2で高くなっている。こうした投入資材コストの差が一つの要因になって,平均所得はグループ3が最も高くなった(表2)。 (6) キクの生産の善し悪しは肥料だけでなく,適切な農業薬剤散布や灌水などによっても異なってくる。著者のデータから肥料費と農業薬剤費の合計と所得との関係をみると,グループ内でバラツキが大きいものの,グループ3には肥料費+農業薬剤費が相対的に少ないにもかかわらず,年間所得が300万円/10aを超える農業者が7人中の3人にも達していることが注目される(図1)。このことから,窒素の多投がある程度,品質向上に結びつくものの,所得向上には必ずしも結びつかず,窒素投入を抑制して高い所得を上げられる可能性が示唆される。
●農業者の施肥に対する意識2003年の上記の調査と同時に,施肥についての考え方も調査して,次の結果がえられた。 (1) 農業者は自分の肥料投入量についてどのように評価しているのだろうか? 年間の総窒素施用量が県の施肥基準を下回っている第3グループには,肥料投入量が「かなり多い」とか「多い」と回答した者がいなかったのは当然といえる。しかし,肥料投入量が施肥基準を超過している第1グループ1と第2グループで,自ら肥料投入量が「かなり多い」または「多い」と認識している農業者はいずれも約30%ずつもあり,「適切」と自己評価している人がそれぞれ約40%ずつで,約30%ずつの人は「少ない」とすら自己評価していたのは驚きである。 (2) 現在行なっている肥料投入は何をねらっているのかについて,品質の向上に「大いに関係する」と「関係する」と回答した人は,合わせて,第1グループで100%,第2グループで85%,第3グループで100%,また,収量の向上に「大いに関係する」と「関係する」とする人は合わせて,第1グループで90%,第2グループで77%,第3グループで57.2%であった。 この結果は,いずれのグループの農業者も品質の向上を意識して現在の施肥を行なっているものの,収量の向上を意識している農業者の割合は多肥を行なっているグループほど高く,施肥量の少ない第3グループでは,収量よりも品質向上を意識して施肥を行っていることを示している。 (3) では,なぜ多いと自ら感じながら施肥量を減らさない農業者が少なくないのか? この点については,1995年にすでに調査を行なっていた。1995年時点では施肥量が「多い」と回答した農業者は全体の50%を占めていたが,そのうちの55.6%が「それだけ投入しないと不安だから」,22.2%が「習慣的に施用」,11.1%が「多いが必要」,11.1%が「考えていない」と回答していた。 この結果から,施肥量を減らして品質や収穫本数が激減するのが怖く,科学的な施肥設計といわれても激減のリスクが起きないとも限らないなら,キクの施肥応答が鈍いこともあって,何とか生産できるから,いままでの施肥を続けた方が安全だといった意識がうかがえよう。
●農業者の施肥設計の立て方では,どの程度の農業者が,土壌診断を受けていて,それを踏まえた施肥設計を行なっているのか。 (1) 上記の結果から予想されるが,土壌診断を受けている農業者の割合が第3グループで高かった。すなわち,土壌診断を毎作と年1回行っている者の割合が,第3グループで85%に達したのに対して,第1と第2グループではそれぞれ10%と23%に過ぎなかった。 (2) 窒素を基準よりも多く施用している第1グループの50%は土壌診断を全く行なっておらず,事実,窒素の施肥基準を守っていると回答した者は皆無であった。そして,施肥基準を「知っているが守っていない」と「(知ってはいるが)自分の考えで実施」を合わせた者は80%に達していた。そして,第2グループは基準を超えた施肥を実施しているにもかかわらず,その46%は窒素の施肥基準を「守っている」か「だいたい守っている」と回答している。これは第2グループの農業者の多くが,施肥基準を間違えて理解している可能性を示していよう。 (3) 他方,第3グループでは,窒素の施肥基準は「守っている」と「だいだい守っている」を合わせた農業者は約70%に達しており,実際に県の施肥基準未満の窒素投入を実行していることと符合する。ところが,奇妙なことだが,肥料投入や土作りを土壌診断結果の指摘どおりに実施している者は一人もいなく,約70%の人は参考にしているだけであった。 (4) 堆きゅう肥などを連用した場合に窒素施用量を減らすかについて,有機質資材を施用している者の多くは「相応量を減らす」か「ある程度減らしている」と理解できる。しかし,第3グループに「減肥の必要ない」としている者がいるのは,第3グループで施用されている有機質資材には,ヤシガラ,ココヤシチップ,笹の葉堆肥といった窒素濃度が低く,C/N比の高い資材が使われているケースが多いことを反映していると考えられる。
●環境問題に対する認識2005年,同じ農業者に環境保全意識についてアンケート形式で聞き取り調査を行なった結果をみると,どのグループでも農業者の大部分は一般的環境問題や農業の環境に与える影響について,少なくとも人並みかそれ以上の関心をもっていると回答している。そして,肥培管理が周辺環境を乱す可能性があることについても,「良く知っている」と「そうらしい」と回答した農業者は,両者を合わせると,60〜77%に達している。
●まとめ各グループの施肥に対する意識と行動について,著者は次のようにまとめている。 <第1グループ> (1) 技術力や経営成果の高い者が少なくない。 (2) 窒素無機化率の高い食品残渣堆肥や牛ふんを多く使う傾向があるうえ,有機質資材から供給される養分量を考慮しないで,通常の施肥を行なっているケースが多い。 (3) 肥料投入に対して,品質向上や収量増加を他のグループよりも大きく期待している。 (4) 土壌診断を行なわず,自分の経験で肥料投入を行っている者が多い。 <第2グループ> (1) 技術力や経営成果が低い者が多い。 (2) 土壌診断もある程度行なっているが,経験による施肥を行なって,投入量が多くなっている者が多い。 <第3グループ> (1) 技術力や経営成果の高い者が多い。 (2) 連作を意識して,窒素無機化率の低い有機質資材を使用している者が多い。 (3) 生育に合わせて,養分を供給する点滴潅水施肥や追肥回数を多くしている者が多い。 (4) 土壌診断を受けて,それを参考にした施肥を行なっている者が多い。 かつて,やせた黄色土地帯でキクの栽培を開始した時代には,多肥によってキクの収量や品質が顕著に向上したであろう。その後,多肥で連作した結果,土壌に多量の養分が集積するようになったにもかかわらず,多量養分に鈍感なキクで生育障害が分かりにくいため,土壌診断もせずに,昔からの経験でだましだまし生産を続けている者が第1グループや第2グループには多いといえよう。そうした農業者に,科学的な施肥設計の大切さを如何に伝えるかが大切であろう。 また,土壌診断を受けても,土壌診断で指摘されたとおりに施肥や土づくりを行なっている者が,第3グループには一人もおらず,大部分は,土壌診断を参考にするにとどまり,指摘とは別に自分で施肥設計を立てている点が気になる。少なくとも窒素については,農業者に納得される施肥設計ができていない問題があるかもしれない。その背景には,通常の土壌診断では地力窒素の放出量を診断してくれないので,窒素については土壌診断結果から適切な施肥設計を立てられないということがあるのではないかと気になる。農業者に役に立つ土壌診断と,的確な施肥設計を提示することが,指導者にとって大切であろう。
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