環境保全型農業レポート > No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
    以前の記事一覧

  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書

    ●硝酸指令

     EU(欧州連合)は,農業から排出された硝酸による地下水および表流水(河川,湖沼や河口)の汚染を削減・防止するために,1991年に「硝酸指令」(「農業起源の硝酸による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令(91/676/EEC)」)を公布した。

     加盟国は,国全体の地下水と地表水の水質をモニタリングし,(a) 硝酸(NO3)が25 mg/L以上かそうなる危険性の高い地表水,(b) NO3が50 mg/L(NO3-Nで11.3 mg/L)以上かそうなる危険性の高い地下水,(c) 富栄養化(アオコの発生など)しているかそうなる危険性の高い地表水を確認し,これらが存在する集水域内の全ての土地を脆弱地帯として指定する(国全体を脆弱地帯に指定してもよい)。

     脆弱地帯外の農業者には,国の定めた硝酸汚染防止のための優良農業規範を自主的に守ることを要請する。一方,脆弱地帯内の農業者には,優良農業規範よりも厳しい行動計画を守ることを義務として課す。

     行動計画は,(a) 窒素の総投入量(家畜ふん尿+化学肥料)を,土壌やその他からの供給量も考慮して,作物要求に合わせ,適正施肥を行うこと,(b) 家畜ふん尿の最大還元量を170 kg N/haにすること,(c) 作物の生育できない冬期間における家畜ふん尿の施用を禁止し,その間のふん尿を貯留できる施設を整備すること,(d) 地下水や地表水を汚染しやすい場所や時期に,肥料やきゅう肥を施用しないことなどについて,加盟国が策定する。加盟国は,水質のモニタリング結果を含め,4年ごとに硝酸指令の実施状況を,EUの執行機関である欧州委員会に報告する。

     欧州委員会は独自の調査結果との照合を含め,加盟国の報告書をチェックし,硝酸指令への違反があると,加盟国に警告し,加盟国がしたがわない場合には,改善命令を発し,最終的には欧州司法裁判所に告訴する。司法裁判所の判決は絶対である。

    ●加盟国のこれまでの対応

     欧州委員会は,加盟国から提出された報告書をまとめて硝酸指令実施状況報告書を公表しており,これまでに第1回(1992〜1995年),第2回(1996〜1999年),第3回(2000〜2003年)の報告書を公表した。硝酸指令による規制が施行されてからの報告は,実質的に第2回報告書からである (European Commission: Implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources. Synthesis from year 2000 Member States reports. COM(2002) 407 final) 。第3回報告書は2007年3月に公表された(Report from the Commission to the Council and the European Parliament on implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources for the period 2000-2003. COM(2007) 120 final)。

     硝酸指令を厳格に守ると,家畜飼養密度が極端に高い地域では家畜頭数を大幅に削減するとともに,飼料作物生産圃場へのふん尿還元量を減らし,スラリー貯留施設の増設に多額を出費するなど,国内農業に大混乱が生ずることが懸念された。このため,第2回報告書をみると,法律をきちんと守ったのはデンマークだけで,他の加盟国は違法を承知の上で,法律に決められた施行期限を意図的に遅らせてきたことがうかがえる。しかし,第3回報告書をみると,欧州委員会の監視・制裁措置が進み,それ以前に比べて加盟国の実施状況が大幅に改善されたことがうかがえる。

    ●イングランドの違反行為

     過去における違反の代表格はイングランドとオランダであったといえよう。

     イングランドは,飲料水源として使用している水源に限定して,硝酸脆弱地帯を指定していた。硝酸指令では,飲料水源に限定せず,汚染された全ての地下水や表流水を含む集水域を脆弱地帯に指定しなければならない。欧州委員会はイングランドが改善命令にしたがわないため,司法裁判所に告訴した。2000年12月に司法裁判所は,イングランドが法律違反であり,判決にしたがわない場合には毎年5,000万ポンド(90億円強)の罰金を支払うことを命じた。イングランドは硝酸指令にしたがって脆弱地帯を指定すると,それまで指定していたイングランドの農地の8 %から大幅に増え,55 %を指定しなければならなくなる。そして,脆弱地帯を拡大することによって,スラリー散布禁止期間中のふん尿貯留施設の増設などに支給する補助金などに新たな経費を必要としたが,その年間経費は,法律にしたがわない場合の罰金の約半分(45億円程度)ですむと試算された。イングランドは国民から寄せられた意見を踏まえて,2002年12月から法律に準拠して硝酸脆弱地帯を大幅に拡大した。

    ●オランダの違反行為

     オランダでは集約的な家畜生産が盛んで,トウモロコシ畑や牧草地に莫大な量のふん尿を還元し,以前から環境保全の観点から問題になっていた。硝酸指令に先立ってオランダは1987年に家畜ふん尿施用基準を設定したが,ふん尿量をリン酸含量によって表示した。リン酸量で施用基準を作成したのは,作物に吸収されなかった家畜ふん尿中のリン酸は土壌に蓄積されて,土壌分析によってどれだけのふん尿が農地に施用されたかを後から確認しやすいためとされた。当時の施用基準は,家畜ふん尿が過剰という実態を反映して,今日の水準からすれば,信じられないほどの多量施用を認めたものであった。

     他方,1991年に施行された硝酸指令は,窒素量で家畜ふん尿の施用量を定めることを要求している。オランダは,窒素量に基づいた家畜ふん尿施用基準を導入するのを遅らせ,導入したのは1998年であった。しかも,面積当たりの窒素投入量に基づいた家畜ふん尿施用基準とせず,農場ごとの窒素の投入量(肥料,飼料,購入家畜などの窒素の総量)と搬出量(販売した家畜・畜産物,販売・譲渡した家畜ふん尿などの窒素の総量)の差によって,施用基準を策定した。この計算方式だと,窒素投入量から搬出量を差し引くので,投入量だけで規定する硝酸性指令よりは投入量を増やせる巧妙な便法であった。

     欧州委員会は2000年にオランダを司法裁判所に告訴し,司法裁判所は2003年に違法の判決を出した。オランダはこの判決を予測し,2001年に,一部のケースでは投入量を170 kg N/ha以下にできないものの,窒素量による家畜ふん尿施用基準を作成し,2002年から実施して段階的に基準を強化する方針を打ち出した。そして,2004年に欧州委員会との間で,2006年から硝酸指令にしたがった施用基準を施行することを約束し,2005年4月に施用基準の改定を含め,不備のあった行動計画も改定した。

    ●オランダの新しい家畜ふん尿施用基準

     参考までにオランダの新しい施用基準を,第三次行動計画から紹介する(Third Dutch Action Programme (2004-2009) Concerning the Nitrates Directive, 91/676/EEC. )。

     家畜ふん尿施用量を窒素で年間170 kg/ha以下とした。ただし,ふん尿還元可能農地の70%以上を草地が占めている牛農場だけは,家畜ふん尿施用量を年間250 kg N/ha以下とした。この例外措置(逸脱)は,後述するように,2005年12月に欧州委員会の正式承認を受けた(Commission Decision of 8 December 2005 granting a derogation requested by the Netherlands pursuant to Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources )。

     オランダは,化学肥料と家畜ふん尿を合わせた窒素の適正施用を確保するために,窒素の総投入量の上限値を設定した(表1)。家畜ふん尿の窒素を170 kg/haとした場合は,表1の値と170 kg/haの差が化学肥料で投入可能な窒素量となる。

     窒素と同時にリン酸の施用基準も設けており(表2),窒素とリン酸の施用基準を同時に満たすことが要求される。このため,リン酸含量の高い豚スラリーだと,リン酸施用基準に制限されて,還元可能なふん尿量が140 kg N/haを超えることは通常ない。

    ●家畜ふん尿負荷の状況

     第2回報告時(1996〜1999年)に比べると,2000〜2003年にはEU(15)で,肥料消費量が窒素6%,リン酸15%減少した。そして,豚の頭数は安定していたが,牛,羊,家禽の頭数が減少し,全体でふん尿窒素負荷量が5%減少した。

     地域別の家畜ふん尿窒素の還元量を計算した結果をみると,ベルギー(フランドル地方)とオランダが年間170 kg/haを超え,ローカルにはイタリア,フランス(ブルターニュ),スペイン,ポルトガルにもそうした地域がある。還元量が120〜170 kg/haの地域は,デンマーク,イギリス(イングランド),アイルランドのいくつかのカウンティ(*カウンティの説明をお願いします),南ドイツである(図1)。

     これらの地域全てで,家畜ふん尿からのリン酸還元量が年間ha当たり90 kg超に達しており,窒素およびリン酸の総施用量(家畜ふん尿+化学肥料)は,窒素で年間240 kg/ha,リン酸で年間90 kg/haを超えている。

     EU(15)と,加盟国が拡大したEU(25)の養分負荷や水系の硝酸濃度の分布に関する各種のマップが第3回報告書の付属書に描かれているので,参照頂きたい(Commission of the European Communities (2007) Annexes to the Report from the Commission to the Council and the European Parliament on implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources for the period 2000-2003. )。

    ●表流水の硝酸汚染の状況

     いくつかの加盟国(ベルギー,ドイツ,デンマーク,フィンランド,フランス,ルクセンブルク,オランダ,イギリス)の報告書は,表流水への窒素負荷に対する農業の割合を試算しており,その平均は約62%を占めていた(最小のポルトガル18%から最大のデンマーク97%まで分布)。都市下水や工業排水を高次処理している国では,これらの汚染源からの窒素負荷が劇的に減少した結果,農業による負荷割合が高くなった(環境保全型農業レポート「No.48 EUでは農業が水質汚染の主因」/libnews/nishio/nishio048.htmも参照)。

     EU(15)全体ではモニタリングステーションの2.5%が50 mg NO3/Lを超え,4%が40-50 mg NO3/Lであった。50 mg NO3/Lを超えた割合が高かったのは,イギリス4.5%,フランス2%,オランダ1.2%であった。そして,25 mg NO3/Lを超えたモニタリングステーションの割合が高かったのは,イギリス,デンマーク,オランダ,ベルギー(フランダース),フランス北西部の農村地帯であった。

    ●地下水の硝酸汚染の状況

     地下水の硝酸濃度は,1996〜1999年に比べると,EU(15)全体では,安定および低下傾向を示したモニタリングステーションが増えて64%に達したが,36%のモニタリングステーションでは硝酸濃度が増加傾向を示した。そして,硝酸濃度が50 mg NO3/Lを超えたのが17%,40-50 mg/NO3/Lが7%,25-40 mg NO3/Lが15%であった。

     50 mg NO3/Lを超えたモニタリングステーションの割合が高かったのは,ベルギー(フランダース),オランダ,ポルトガル,スペイン,ルクセンブルクで,国土全体のモニタリングステーションの60から20%が50 mg NO3/Lを超えた。ドイツとフィンランドでは農地でのモニタリングステーションで50 mg NO3/Lを超える割合が高かった。フランスとイギリス(イングランド)では,40 mg NO3/Lの閾値を超えたステーションの割合が20%を超えた。

    ●硝酸脆弱地帯の指定

     EU15か国のうちの7か国が,国土全体を硝酸脆弱地帯として,行動計画を国土全体に適用させている(以前からのオーストリア,デンマーク,フィンランド,ドイツ,ルクセンブルク,オランダに加えて,アイルランドが2003年3月から国土全体を硝酸脆弱地帯に指定)。

     その他の国は国土の一部を脆弱地帯に指定しているが,1999年以降,いくつかの国が硝酸脆弱地帯の面積を大幅に増やした。

      イギリス:国土の2.4%から32.8%

      スペイン:5%から11%

      イタリア:2%から6%

      スウェーデン:9%から15%

      ベルギー:5.8%から24%

     こうした結果,EU(15)全体で硝酸脆弱地帯として指定された面積は,1999年の35.5%から2003年末に44%に増加した。ただし,加盟国のなかには脆弱地帯としての指定が不十分なケースがなお存在している。例えば,スペイン南部のアルメリア地方のRambla de Moj?carを脆弱地帯に指定していないのは硝酸指令違反であると,欧州司法裁判所が2005年に判決したにもかかわらず,何らの措置も講じていないとして,欧州委員会が2006年12月に最終警告書を発信したりしている。

    ●行動計画

     硝酸指令は,1995年12月20日までに硝酸脆弱地帯の農業者が守るべき行動計画を策定することを規定している。行動計画の策定がこの期限よりも遅れた国が少なくなかったが,アイルランドを除く全加盟国は,2003年末までに遅ればせながら,1つあるいは複数の行動計画を策定した。アイルランドは2006年に行動計画をやっと策定した。しかし,加盟国の策定した行動計画のなかには,まだ硝酸指令に正しくしたがっていない部分があるものもあるとして,欧州委員会から指摘されているケースもある。

    ●家畜ふん尿施用量規制の例外規定

     硝酸指令は,家畜ふん尿還元量を年間170 kg N/ha以下にすることを規定している。しかし,窒素吸収能の高い作物を長い期間にわたって栽培したり,正味の降水量(蒸発散量との差)が多くて,溶脱する硝酸濃度が希釈されたり,極端なほど脱窒能の高い土壌の場合には,欧州委員会の承認をえれば,年間170 kg N/haを超える家畜ふん尿を還元できるとする例外規定を定めている。

     例外規定が認められるには,硝酸脆弱地帯の指定と行動計画が硝酸指令に完全に適合していることが前提であり,これらについて欧州委員会からクレームを付けられている限り,例外規定は認められない。加盟国から申請された例外規定は,硝酸指令で規定された「硝酸規則委員会」の了承がえられた後に欧州委員会で決定され,4年間ごとの行動計画の期間に限って認められる(延長が必要な場合は再度申請する)。これまでに下記4か国が認められている。

      デンマーク:牛農場の家畜ふん尿窒素を年間230 kg N/haまでとする。

      オランダ:放牧家畜のふん尿窒素を年間250 kg N/haまでとする。

      オーストリア:牛農場の家畜ふん尿窒素を年間230 kg N/haまでとする。

      ドイツ:牛農場の家畜ふん尿窒素を年間230 kg N/haまでとする。

    ●新加盟国の硝酸指令の実施状況

     硝酸指令は新加盟10か国でも施行されている。既に新加盟国は,硝酸指令の自国法律への書き換えを終え,水質モニタリングネットワークを運用し,硝酸脆弱地帯を指定している。新加盟国のうちの3か国(マルタ,スロベニア,リトアニア)は,国土全体を脆弱地帯に指定し,残りの7加盟国が国土の2.5%(ポーランド)から48%(ハンガリー)までの硝酸脆弱地帯を指定した。新加盟国は行動計画を現在策定しており,欧州委員会が脆弱地帯指定と行動計画の硝酸指令に対する遵守状況を分析している。

    (c) Rural Culture Association All Rights Reserved.