No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術
●はじめに
過剰な家畜ふん尿を如何に処理・利用するかが大きな課題となっている。堆肥以外の利用方法として,メタンガスに変換してエネルギー利用する技術も開発されているが,その場合,大量に生ずる分解残渣の処理が問題になる。他方,スラリー状の家畜ふん尿を超臨界水状態で分解して,そこからエネルギーや水素を取り出す技術がある。この技術では有機物が完全分解されて,ミネラル元素が粉末として残るだけで,残渣量がきわめて少ない。家畜ふん尿についてこの技術を研究している静岡大学大学院理工学研究科(文献1)と,同大学と共同研究を行っている静岡県畜産技術研究所の中小家畜研究センター(文献2)の研究から,概要を紹介する。
- 佐古 猛・岡島いづみ (2004) .家畜ふん尿の超臨界水処理技術.農林水産技術研究ジヤーナル.27(3):41-47
- 杉山典・関哲夫・和久田高志・村上和之・岡島いづみ・佐古 猛 (2007) .超臨界水中燃焼法による家畜排せつ物からの熱エネルギー回収技術.静岡県中小家畜試験場研究報告.17:47-52
●超臨界水とは
はじめに超臨界水を説明する。水を臨界点の温度374℃,圧力22.1 MPa(メガパスカル)(約218気圧)よりも少し高い温度・圧力下に置くと,水は,通常の液体水とも水蒸気ともつかない流体となる。この状態の流体を一般には超臨界流体,水では超臨界蒸気あるいは超臨界水と呼ぶ。超臨界水は気体分子と同程度の運動エネルギーを持って活発な分子運動をしながら,水に匹敵する高い密度を持っている。そして,超臨界水は有機溶媒並にベンゼンなどの炭化水素を溶解することができる。また,超臨界水は,水自身の水素イオンと水酸化物イオンへの解離度合いが高く,水に溶けた物質の加水分解反応やラジカル反応を促進する。
●超臨界水中での燃焼による熱エネルギーの回収条件
佐古・岡島(文献1)は,ステンレス製の9 mlのバッチ式(回分式)反応管に牛ふん0.1 g(水分80%)を添加して温度や圧力を変え,牛ふんを超臨界水中で燃焼させるときの反応条件を検討した。
温度600℃,圧力15 MPaの条件で,添加牛ふん中の炭素,水素や窒素の全てを二酸化炭素,水や窒素ガスに完全燃焼させるのに必要な計算上の酸素量の1.2倍の酸素(酸素供給比)を供給する酸化剤(過酸化水素水)を添加して,15分間燃焼させると,亜酸化窒素などが生ずることなく,全ての窒素が窒素ガスに分解され,有機態炭素は全て二酸化炭素に酸化され,残渣はミネラルの無機酸化物だけとなった(図1)。
牛ふんを超臨界水中で燃焼させ,生じた高温高圧の水蒸気で発電タービンを動かして電力をえた後,水は凝縮させて循環利用する。水分80%の生牛ふん1 tを600℃,15 MPaの超臨界水中で燃焼するときのエネルギー収支を計算すると,外部に取り出せる余剰熱エネルギー(排出エネルギーと投入エネルギーの差)は2.87×106 kJ(キロジュール)の発熱となり,これは約70リットルのC重油の燃焼に相当し, 炭素換算で56 gの二酸化炭素削減に相当すると試算された。この試算値は,中温メタン発酵の余剰エネルギーは2.44×105 kJ程度なので,この技術はメタン発酵よりもより多くのエネルギーを取り出し,しかも,廃棄物も少なくてすむ可能性をもっていることを示している。
●超臨界水中での分解による水素の製造条件
酸素ガスの存在する条件で有機物を超臨界水中で分解させれば燃焼になるが,酸素ガスのない条件で有機物を超臨界水中で分解させれば,水素ガスを製造することができる。水素ガスと同時に二酸化炭素やメタンなども生ずるので,ガス分離塔で水素を分離する必要がある。
佐古・岡島(文献1)は,ステンレス製の9 mlのバッチ式(回分式)の反応管に豚ぷん0.07〜0.28 g(水分74%)を添加して(豚ぷん中の炭素原子と水分子のモル比(H2O/C)を20とした),管内の空気をアルゴンガスで置換した後,温度や圧力を変えて,豚ぷんから水素ガスを効率的に製造する条件を検討した。その結果,700℃,10 MPaで,触媒の水酸化カリウムを有機物重量の20%添加し,反応時間20分間で,ほぼ完全に豚ぷんが分解され,豚ぷん1 g当たり1,500 mlの水素ガスを製造できた。
●家畜排せつ物の超臨界水中連続燃焼装置
上記の研究で使用した装置はバッチ式で家畜ふんの補充ができず,始めに添加したふんが分解されつくされると,反応を終わりにせざるをえない。実用化させるには,家畜ふんを補充しつつ連続的に反応を行わせる必要がある。静岡県畜産技術研究所中小家畜研究センターが静岡大学と共同で,連続反応装置を開発して反応条件を検討した(文献2)。
反応器は内径120×長さ1,430 mm,容積16リットルの円筒(図2の黄色部分)とした。反応器の上部に家畜ふんスラリーを投入する高圧用シリンジポンプを2台装備して,一方のシリンジポンブから充てんを終えたスラリーを反応器に圧送し,他方のシリンジポンプにスラリーを充てんする。この操作を交互に繰り返して,絶えず家畜ふんを補充して長時間の連続運転を可能にした(試料の注入は最大600 ml/時間)。
図2の装置を用いて,圧力15 MPaとして,温度を556℃から680℃まで変え,酸素供給比を1.2比,反応時間を20分間程度として,豚ぷん(水分率80%)を用いて,15時間程度連続運転して,炭素や窒素がどの程度分解されるかを検討した。その結果,温度が650℃になれば,排液中の全有機態炭素はゼロ近くにまで減少し,無機態窒素濃度は50 mg/L以下となることが確認された。因みに,水質汚濁防止法で,特定事業所からの無機態窒素(硝酸性+亜硝酸性+アンモニア性窒素の合量)の排水基準は100 mg/L以下とされているが,畜産事業所には2007年からもなお900 mg/Lの暫定基準が適用されている(環境保全型農業レポート.No.78.畜産事業所からの排水基準 参照)。50 mg/Lの濃度は,水質汚濁防止法の基準からみればはるかに低い値である。
100時間の連続燃焼試験も行った。この場合は,水分含有率92%の豚ぷんスラリーを用いて,温度620℃,圧力15 MPa,滞留時間120分,酸素供給比3.3とした。100時間の間で炭素や窒素の燃焼率はほぼ100%だったが,排水中の炭素濃度や窒素濃度は多少変動し,最大値は全有機態炭素濃度で19.9 mg/L,無機態窒素濃度で67 mg/Lであった。
●今後の期待
エネルギー利用を行っても廃棄物処理が問題になるのでは,環境問題を先延ばしするだけである。その点,この技術は廃棄物が少なく,実用化が大いに期待される。
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