環境保全型農業レポート > No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果

    ●EUの硝酸汚染軽減対策

     EUでは人間の飲料に供するは,硝酸(NO3)を50 mg/L(硝酸性窒素(NO3-N)で11.3 mg/Lに相当),亜硝酸(NO2)を0.1 mg/L以下にすることが法律で決められている(日本では硝酸性窒素+亜硝酸性窒素(NO3-N+NO2-N)で10 mg/L以下にすることが水道法で規定されている)。しかし,水道水源の地下水,河川,湖沼,ダムなどの水では,人間活動によって硝酸濃度が高くなり,その一因として農業による硝酸汚染が問題になっている。

     EUは1991年に「農業起源の硝酸による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令(91/676/EEC)」(硝酸指令)を公布し,農地から排出される水の硝酸濃度を50 mg/L未満にすることなどを規定している。そして,加盟国は硝酸指令に規定された条項の実施状況を4年ごとに欧州委員会に報告し,欧州委員会はそれらをまとめて欧州議会と閣僚理事会に提出することが規定されている。

     2004〜2007年の実施報告書では,EU(当時27か国)の地下水の硝酸濃度は,モニタリングステーションの約66%で25 mg/L未満だったが,13%で25〜40 mg,6%で40〜50 mg/L,15%で50 mg/Lを超えていた。それでも,2000〜2003年の前回実施報告書(当時15か国)と比較すると,地下水の硝酸濃度は,モニタリングステーションの66%で,安定ないし減少が示された。しかし,一方で,地下水のモニタリングステーションの34%が硝酸汚染の増加を示し,ベルギー,フランス,スペイン,ポルトガル,ドイツ,アイルランド,イタリア,イギリスでは,ステーションの30%超が増加傾向を示した。とはいえ,アイルランドを除き,これらの加盟国では,水質が改善したステーションの割合のほうが,安定か増加傾向の割合よりも高く,ようやく水質改善の兆しが見えだした(環境保全型農業レポート.No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書)。

     硝酸指令は,農業者が農地からの余剰な窒素排出を削減するために義務として守るべき農業方法を優良農業規範として規定しており,守らなければ罰金が課せられる。EU加盟国は,その一方で,規定された条項よりも厳しい農業方法によって,地域の水系の水質や生物多様性などの環境を改善する事業を用意している。それに参加すると,施肥量削減などによる収量低下などによって農業所得が低下する。しかし,収益低下分に対しては,定められた農業方法を守ることを条件に,補償金が支払われている(農業環境対策事業)。とはいえ,土壌に蓄積した硝酸はゆっくりと下方移動するので,農業方法を改善したからといっても,既に蓄積している硝酸による汚染が急速に改善されるわけではない。

    ●用語解説:キャッチクロップ,春作物・冬作物

     農地から流亡する硝酸量を減らし,かつ,EUの負担する農業環境対策事業の所要経費をできるだけ少なくするのに,キャッチクロップの栽培が有効であるとの研究を紹介するが,その前に若干の用語を解説しておく。

    A.キャッチクロップ

     キャッチクロップは,日本では通常,「間作」または「間作物」と訳されている。間作は,「既に栽培している作物の畝間や株間に他の作物を栽培する作付け様式」(農業研究機構編著「最新農業技術事典」(2006) 農文協)であり,間作のために植え付ける作物が間作物となる。つまり,間作は同じ圃場に異種類の作物を同時に栽培する。しかし,欧米でのキャッチクロップは,オックスフォードの辞典では,「メイン作物の2つの畦の間に栽培する作物,または,メインの作物が栽培されていない時期に栽培する作物」となっている。また,ヤフーの百科事典では,「通常の2つの栽培時期の間に,遊んでいる土壌を利用したり,不作だったメイン作物(の損失)を補ったりするために栽培する生育の早い作物をいう。(例えば)(1)ダイコン,種球根からのタマネギ,ホウレンソウなどの生育の早い野菜(生育の遅い作物の畦間に栽培),(2)ライムギ,キビ,ソバなどの生育の早い作物,(3)飼料として利用されたり,鋤き込めば土壌肥沃度を増進したりする(青刈り)ダイズのような1年生マメ科作物。」とされている。

     要するに,メイン作物の畦間にメイン作物と同時に栽培する作物だけがキャッチクロップではない。ヨーロッパの寒冷地帯では,作物を年1作しか栽培しないケースが多いが,その栽培期間以外の時期にいろいろな目的で植える作物もキャッチクロップである。キャッチクロップを間作物と訳すと,誤解を招くので,ここではキャッチクロップと表記する。

    B.春作物と冬作物

     下記に紹介する研究は,春作物(spring crops)と春作物の間に栽培するキャッチクロップの効果を論ずるが,春作物は,春に植え付け,その年のうちに収穫する1年生作物のことである。それゆえ,春作物と春作物の間に植え付けるキャッチクロップには,春作物を収穫した後の秋に植え付けて翌春のメインの春作物を植え付ける前に収穫する冬作物も多い。

     冬作物は秋に播種して翌年に収穫する作物で,子実を生産する作物では子実生産に低温(越冬)を必要としている。

    ●紹介する論文

     EUの農業環境対策事業では,農地からの硝酸排出を軽減する対策として多くの農業方法が実施されている。しかし,その効果は直ぐに現れるものではないため,どの方法ができるだけ少ない経済負担で硝酸濃度の軽減にどれだけ効果的なのかが,明確に評価されているケースが少ない。下記のフランスの研究論文は,春作物の跡にキャッチクロップを導入することが,農地から排出される硝酸濃度を軽減するのに有効で,かつ,慣行栽培に比べた所得損失もわずかですむことを示したものである。Anne Lacroix,Nicolas Beaudoinb,David Makowskic (2005) Agricultural water nonpoint pollution control under uncertainty and climate variability. Ecological Economics 53: 115-127。この概要を紹介する。

    ●対象地域

     フランスの中央部から北部にかけて東西に広がるパリ盆地は,東部をドイツやスイスとの国境となっているジュラ山脈などと接している。そこから多数の河川がパリ盆地に流入しているが,その最も主要な河川が中央部を流れるセーヌ川である。パリ盆地のなかにあって,セーヌ川よりも北側でドイツ国境に近いブリュイエール(Bruy醇Qres)集水域を対象地域に著者らは分析を行なった。

     この集水域は145 haの栽培農地を持った集約的栽培地帯で,作物の集約化は1950年代から草地を転換して継続的に行なわれている。このため,集水域の地下水の硝酸濃度は,1975年に25 mg NO3/L未満であったが,2000年には約60 mg/Lとなり,1975年以降年間1 mgの割合で増えている。当該地域では1989年以降,(1)施肥基準を守る,(2)春作物の前にキャッチクロップを播種する,(3)窒素の乏しい作物残渣を鋤き込む,などを定めた優良農業規範が履行されている。そして,1996年以降,これよりも環境にやさしい農業方法を守ることを契約した農業者には,EUの農業環境対策事業で所得補償が行なわれている。

     当該地域では,地表に降った雨が地下水の帯水層に流入するまでの平均滞留時間は20〜25年と試算されている。1991-97年の6年間の平均年間降水量は709 mm(最小は436 mm,最高は939 mm),平均年間気温は9.8℃(最小は8.5℃,最高は11.0℃)であった。当該地域の,1991-97年に栽培された作物の種類と栽培面積の割合は下記のとおりである。

     冬作物(ナタネ 6.1%,オオムギ 12.3%,コムギ37.7%),春作物(オオムギ 2.8%,エンドウ16.4%,シュガービート 17.8%,トウモロコシ1.5%,ヒマワリ 3.8%),被覆セットアサイド(牧草などで耕地を被覆した休閑)1.5%。これらの栽培面積割合の和は99.9%であるから,これらの作物は単独で年に1回だけ栽培されており,同じ圃場に2毛作の形で2種類の作物が栽培されていないことがわかる。

    ●分析の手法

     ブリュイエール集水域にある合計145 haの 36の圃場を対象にして,シミュレーションモデルを用いて,設定した6つの農業方法のシナリオを実践したときの収量とそれにともなう所得や地下水に浸透する硝酸濃度などを予測した。

    A.シナリオ

     シナリオ(設定した農業方法)は下記とした。

     (1)慣行栽培: 慣行どおりの栽培で,キャッチクロップは導入しない。施肥量は施肥基準量よりも多い。圃場全体の1.5%をセットアサイドする(耕種作物を栽培せずに休閑し,牧草や野草を生育させる)。

     (2)総合的施肥管理: 硝酸脆弱地帯における優良農業規範で指摘された,作物の窒素要求量土壌からの天然窒素供給量を踏まえた科学的施肥基準を遵守し,化学肥料窒素施用量を最適施肥量に合わせる。これによって,標準収量を確保し,収穫後に残存する無機態窒素量をできるだけ少なくする。圃場全体の1.5%をセットアサイドする。

     (3)総合的施肥管理+キャッチクロップ9月播種: 総合的施肥管理を行なった上で,春作物を収穫した後の9月にキャッチクロップを播種する。圃場全体の1.5%をセットアサイドする。

     (4)総合的施肥管理+キャッチクロップ8月播種: 総合的施肥管理を行なった上で,春作物を収穫した後の8月にキャッチクロップを速やかに播種する。圃場全体の1.5%をセットアサイドする。

     (5)施肥量削減+キャッチクロップ9月播種: 施肥基準の施肥量から窒素施用量を20%削減した上で,春作物を収穫した後の9月にキャッチクロップを播種する。圃場全体の1.5%をセットアサイドする。

     (6)施肥量削減+キャッチクロップ8月播種: 施肥基準の施肥量から窒素施用量を20%削減した上で,春作物を収穫した後の8月に速やかにキャッチクロップを播種する。圃場全体の1.5%をセットアサイドする。

     (7)セットアサイド: 限界耕地と呼ばれる生産力の非常に低い圃場を,生産から草地に転換して外すため,圃場全体の17%をセットアサイドする。

     なお,これらのうち,施肥量を削減する(5)と(6)およびセットアサイドの(7)には所得補償がなされる。ただし,(2)の総合的施肥管理は脆弱地帯の農業者の義務であり,施肥量を減らしていないので,所得補償はない。また,キャッチクロップを植えても施肥量を削減しない(3)と(4)でも所得補償はない。

    B.作物収量,溶脱硝酸濃度の予測

     ブリュイエール集水域の気象データや圃場特性データなどのパラメータ,既往の研究も参考にして,既に作成しその有効性を確認してある作物の収穫量予測モデルによって,圃場ごとに,作物の収量や収穫後に土壌に残存する無機態窒素量,圃場から溶脱する硝酸濃度などを予測した。作物収量や残存無機態窒素量は,作物の種類別に,1991〜96年の6年間の日々の気象データ(温度,雨量,日照量),土壌タイプ,土壌の水分含量,播種期日,施肥期日,次作物,間作物の有無などを入力して,年次ごとに予測値を計算した。

     また,秋から翌春までの圃場から排水量と溶脱硝酸濃度は,既往の別の予測式を用いて計算した。

    C.コスト予測

     設定した7つのシナリオを実施した場合の,集水域全体でのそれぞれの所得(収量およびコムギとオオムギの蛋白含量による粗収入,作物の栽培コスト,ならびに,キャッチクロップの栽培コストから所得を計算)を計算した。そして,慣行栽培と比較した所得の減額分をコスト予測額として表示した。設定したシナリオの(2)〜(4)では所得減額分は補償されないが,(5)〜(7)のシナリオでの所得減額分は農業環境対策事業で補償される。その際,EUの所得補償額や作物価格については3つのケースを仮定して計算した。

     (a)1997年状況: 作物価格と所得補額を1997年のものとした。コムギ品質と春オオムギ品質に少額の割増金があり,コムギはパン用,春オオムギはビール用として,蛋白含量が満足できる場合に作物価格が高くなる。

     (b)アジェンダ2000条件: 1999年の共通農業政策改革にしたがったものとした。穀物価格は15%削減されるが,所得補償額が増え,高品質穀物に対する割増金が多少増額される。

     (c)品質割増金増額: 共通農業改革による穀物価格の引き下げによって,穀物市場にゆがみが生ずるかもしれない。それを是正するために,アジェンダ2000状況で高品質穀物に対する割増金を大幅に増やす修正案を予見して設定した。

    ●分析結果

    A.コスト予測額

     7つのシナリオと3つの条件で行なった結果は,どの条件であっても類似の傾向なので,アジェンダ2000条件での結果を中心に述べる。コスト予測額(集水域全体での年間ha当たりの慣行栽培に比べた平均所得減少予測額)は,気象の違いによって6年間に変動するものの,シナリオ別にはある幅のなかに収まった(表1)。

     総合的施肥管理では,施肥基準を超えている施肥量を基準量にまで削減するので,これによって収量が若干減って,所得が減少し,コスト予測額が若干増える。そして,総合的施肥管理を行なった上でキャッチクロップを栽培すると,キャッチクロップの栽培コスト分が所得減になって増える。キャッチクロップを8月に播種する場合は,春作物の収穫直後の労働力不足の時期に臨時雇用を行なわざるをえないので,9月播種よりもコスト予測額が高くなっている。

     施肥基準の施肥量から窒素施用量を20%削減すると,収量がかなり減少して,コストが増える。それにキャッチクロップの栽培コストが加算される。

     セットアサイドでは収穫物の売上がないので,コストは非常に大きくなる。

    B.硝酸予測濃度

     集水域では6年間の年間平均降水量は,上述したように709 mm(575〜939 mm)で,農地からの排水予測量は年間217 mm(40〜409 mm)である。降水量の多い年に集水域における農地からの排水量も増え,その中の硝酸の平均濃度予測濃度が高くなる傾向が認められ,排水中の硝酸濃度は年次によってかなり変動した。

     慣行栽培では排水中の硝酸濃度が年次で大きく異なり,6年間の最大値と最小値の差が69.5 mg NO3/Lに達した。そして,キャッチクロップを栽培すると,排水中の硝酸濃度が慣行栽培に比べて低下すると同時に,年時間の変動幅も小さくなかった。

     どのシナリオでも毎年の硝酸濃度を50 mg/L以下には減らせなかったが,8月にキャッチクロップを播種すると,6年間の平均硝酸濃度が規制値の50 mg NO3/Lを下回ると予測された。

    ●キャッチクロップ導入効果分析の結論

     検討した範囲では,少ないコスト負担で,硝酸濃度を引き下げる最適シナリオは,総合的施肥管理と収穫直後の間作物の植え付けの組合せであった。硝酸レベルを規制値の50 mg/L未満に減らすには,このシナリオなら,水道システム(浄水場と水道供給システム)を設置するよりも資金を要しない。水道システムの浄水コスト(減価償却費と運転経費)はフランスでは平均0.27 ユーロ/m3で,農村の小規模プラントでは0.3〜0.5 ユーロ/m3と試算されている。他方,ケーススタディでの最適シナリオである総合的施肥管理+キャッチクロップのコストは,当該地域での水消費量を想定すると,0.06〜0.08 ユーロ/m3となり,浄水プラントよりも安い。

     しかし,上記のように,総合的施肥管理,施肥量20%削減,キャッチクロップやセットアサイドの導入では,農地からの排水中の硝酸濃度を毎年規制値以下に下げることはできなかった。この結果は,EUの示す農業管理方法を実施しても,硝酸濃度を急速に減少させることが難しいことを示している。当該集水域での農業生産システムを変更し,例えば,集約的輪作を大幅に減らすべきである。そのためには,共通農業政策の変更が必要にならざるをえない。

    ●おわりに

     日本の露地野菜畑では,秋の収穫後,もうけの少ない冬作物を栽培せずに,裸地のまま放置しておくケースが多い。翌春の5月〜6月になれば,露地畑での野菜栽培が開始されるが,梅雨の始まる6月にはまだ野菜の苗が小さく,作物の養分吸収力も弱い。秋の収穫後に土壌に残っていた硝酸が梅雨によって流亡して,地下水を汚染している。こうした露地野菜畑での硝酸溶脱を軽減するのに,冬作物の麦類などを栽培することが有効なことが日本でも確認されている。

     輪作を行なって裸地になる無作付期間をできるだけ短くすることが,硝酸の溶脱軽減だけでなく,土壌侵食の軽減,土壌肥沃度の維持増進,土壌生物多様性の富化などの基本である。冬作物だけでなく,2011年度から至急される環境保全型農業直接支援交付金の対象になったカバークロップ,リビングマルチや草生栽培も,地球温暖化防止や生物多様性保全に加えて,硝酸の溶脱軽減にも有効なはずである。

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