環境保全型農業レポート > No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト |
||
□ |
No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト
●開発の背景家畜ふん堆肥中の養分,特に窒素の大部分は有機態で存在し,無機化されるのは一部にすぎない。これに加えて,堆肥の養分組成は作物要求と一致してなく,一般に牛ふん堆肥ではカリ,豚ぷん及び鶏ふん堆肥ではリン酸が真っ先に過剰になる。このため,家畜ふん堆肥を連用していると,土壌の養分バランスが大きく変わって,作物生育が異常になるケースが少なくない。このため,家畜ふん堆肥を利用する際に,その適正施用量を簡便に計算する方法が求められている。
●肥効率を用いる方法農業試験場は化学肥料の必要施用量は次のようにして決定して施肥基準を作成している。すなわち, (1)ある作物で目標収量を上げるのに必要な養分吸収量をこれまでの知見に基づいて設定する。そして, (2)作物が土壌,潅漑水,降雨などから吸収する天然養分量を計測する(通常は,無肥料で栽培した作物の養分吸収量を天然養分吸収量とする)。
(3)化学肥料で吸収させるべき養分量を化学肥料養分のうちの作物に吸収される割合(利用率)を用いて計算する。 この化学肥料養分施用量の決定方法に準ずれば,堆肥施用量を計算することができる。無論,化学肥料を全く使用せずに,家畜ふん堆肥だけを施用すると,養分のアンバランスが起きるので,化学肥料施用量の一定割合を堆肥で代替し,不足分を化学肥料で施用することが前提である。そして,家畜ふん堆肥中の養分について,そのうちの作物に吸収される割合(利用率)を実験で求めておき,化学肥料養分の利用率に対する堆肥養分の利用率の比率(100×堆肥養分利用率÷化学肥料養分利用率)を計算する。これが肥効率で,堆肥養分中の化学肥料相当養分量割合の概算値となる。 肥効率を用いて次のように堆肥施用量を計算する。すなわち,施肥基準を参考に目標収量に応じた化学肥料施用量を設定する。化学肥料養分量のうち家畜ふん堆肥養分に置き換える割合(代替率)を設定する。 例えば,20kgの化学肥料窒素を基肥で施用する場合,その30%を全窒素含有率1.0%の家畜ふん堆肥で代替するなら,20×0.3=6kgの化学肥料相当窒素を堆肥から放出させることになる。 家畜ふん堆肥窒素の肥効率が20%であれば,6÷0.2÷0.01=3000kg(3トン)の家畜ふん堆肥を施用し,残りの14kgの化学肥料窒素を施用すれば,化学肥料窒素を20kg施用した場合と同量の窒素を吸収させることができる。 こうして窒素に関して3トンの堆肥を施用すると計算できたら,3トンの堆肥から供給されるリン酸,カリなどの他の養分量も計算し,その分を差し引いて,不足分を化学肥料で供給する。この差し引きを行わないと,窒素以外の養分が過剰になってしまう。そして,代替率を30%に設定したときに,堆肥から持ち込まれる他の養分量が必要な化学肥料養分量を超えてしまうこともありうる。その場合は,代替率を低く設定して計算をやり直して,養分過剰が起きない堆肥施用量を求める。
●千葉県農林水産部の「家畜ふん堆肥利用促進ナビゲーションシステム」計算は単純なのだが,当初設定した条件で養分過剰が生じた場合には計算し直しをしなければならず,存外面倒である。千葉県農業総合研究センターは,こうした計算を表計算ソフトのエクセル上で簡便にできるソフト「家畜ふん堆肥利用促進ナビゲーションシステム」(略称「堆肥ナビ」)を2001年に開発した(千葉県農林水産部・(社)千葉県畜産会(2001)環境にやさしい家畜ふん尿処理利用の手引き〜2001年版。232頁)。 ソフトを動かすと,「家畜ふん堆肥による基肥代替計算テーブル」の画面が現れる(下図)。
千葉県農業総合研究センター アクティブインフォメーション この画面には初期値として計算に必要な数値が水色で入力されて,その数値に基づいた結果が表示されている。 家畜ふん堆肥の成分含有率としては,農業総合研究センターの堆肥分析結果に基づいた牛ふん堆肥の平均的な成分含有率が空色で入力されている。無論,農業者の使用する堆肥には平均値からずれたものが多い。このため,肥料取締法に基づいて表示された成分表に基づく値など,自分の家畜ふん堆肥の成分含有率で空色のセルを変更することが可能になっている。 堆肥の成分組成が不明な場合には,千葉県で流通している牛,豚,採卵鶏,ブロイラーおよび馬ふん堆肥の平均値等の成分特性データが添付されており,これを参考に値を入力することもできる。また,堆肥の成分データを記憶させておくこともできる。 計算には化学肥料の基肥施用量も必要だが,初期画面には適当な数値が入力されている。実際には作物の種類・作型や目標収量レベルに応じて窒素,リン酸,カリの基肥量が必要だが,ソフトには千葉県の施肥基準にある各種作物の基肥施肥量が添付されていて,それを参考に基肥量を変更することが可能になっている。 冒頭の説明では計算に際して,代替率を設定したが,ソフトでは先に堆肥施用量を設定する。図の表Aと表Bに示すように,初期画面では,化学肥料の基肥施用量を単なる例示として示し,平均的な牛ふん堆肥の施用量を1,250kg/10aに設定して,農業総合研究センターの研究成果に基づいた肥効率にもとづいて,計算がなされている。そして,初期設定条件だと,代替率の計算結果が30%になることが示されている(表B)。無論,表Bの基肥施用量を設定し直せば,代替率が計算し直される。 代替率とともに,化学肥料の基肥施用量に対する堆肥からの養分の過不足量も示される。表Bの例ではカリが基肥施用量を上回り,赤で警告されている。これを是正するには,表Aの堆肥施用量か,表Bのどれかの養分の代替率を低い値に置き換えれば,必要な計算を全て自動で行ってくれる。そして,不足の場合には施用すべき化学肥料量も表示される。 パソコンソフトは使い始めにとまどいが多いもので,このソフトでも若干とまどいがある。しかし,直ぐに慣れて,簡単にマスターできる。ソフトはマイクロソフト社のエクセル97のマクロ言語で作られている。エクセル97と2000では問題なく作動するが,エクセル2002以降では,オプション欄にある「マクロセキュリティ」でセキュリティレベルを「低」に設定すれば,作動する。 「堆肥ナビ」のソフトは,千葉県農林水産部畜産課(〒260-8667 千葉市中央区市場町1-1,電話043-223-2944)に申し込めば配布してくれるとのことである。
●「堆肥ナビ」で設定した肥効率肥効率を利用して堆肥施用量を調節している事例として,「環境保全型農業レポート」ではこれまでに,「成分調整をして成型した家畜ふん堆肥の製造と利用技術」と「牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術」を紹介した。それらでは従来から一般的に利用されている肥効率が用いられている。すなわち,畜種とオガクズの有無によって分類した家畜ふん堆肥について,窒素,リン酸,カリの標準的な肥効率を設定しており,例えば,牛ふん堆肥(オガクズなし)と牛ふんオガクズ堆肥の窒素肥効率はそれぞれ30と15%に設定している。 「堆肥ナビ」では,黒ボク土でコマツナを栽培して再検討し,新たに設定した肥効率を用いている(表1)。従来のものと異なり,オガクズ混入の有無の区別はなくなっている。これはオガクズ混入堆肥では窒素含量が低下しており,窒素含量によってカバーできるとの結果に基づいている。また,カリについては,従来からカリが水に溶けやすいので,90%の肥効率が用いられているが,カリ含有率の低い堆肥については50%の肥効率を設定している。 「堆肥ナビ」の初期画面では下表の肥効率が設定されて計算される。この肥効率でなく,他の知見に基づく肥効率を採用したい場合には,入力して計算し直すこともできる。
●中央農業総合研究センターの「施肥太郎1号」類似した計算ソフトを(独)中央農業総合研究センターの家畜ふん尿問題を研究している総合研究第5チームが開発している(総合研究第5チーム(2005)家畜ふん堆肥を有効利用するための簡易施肥計算ソフトウェア.平成16年度関東東海北陸農業研究成果情報)。 ソフトは「施肥太郎1号」と名付けられている。計算方式は千葉県のソフトと同じだが,採用している肥効率は下記の表の値を採用している。「堆肥ナビ」が堆肥の全窒素含有率を考慮した肥効率を用いているのに対して,堆肥の種類別に単一の肥効率を設定している。ただし,標準の肥効率でなく,独自に肥効率を設定することも可能になっている。
本ソフトはマイクロソフト社のアクセス2000で作成されており,参考資料として,6府県(新潟,群馬,栃木,茨城,三重,大阪)の各種作物の施肥基準(合計702)や,81の市販肥料の養分含有率や価格がデータベースとして付随している。 初期画面で「施肥設計を行います」を選択し,まず, (1)作物・作型と目標収量達成に必要な養分量の設定を行う。このとき,データベースのデータが表示され,これに準拠する場合は該当作物・作型にチェックを入れて次に進む。無論,独自の必要養分量を設定することもできる。次に, (2)堆肥の設定に進む。画面には例として3つの堆肥の養分含有率と肥効率が表示される。これに準拠するなら,チェックを入れて次に進むが,使用堆肥の実際の養分含有率と肥効率を入力することもできる。そして, (3)肥料の選択に進み,補完する肥料の種類を選択する。データベースにある肥料を使用するなら,チェックだけで次に進むが,別の肥料を追加することもできる。 (4)以上のデータ入力が終わると,「施肥設計」画面に移る。
中央農業総合研究センター:平成16年度関東東海北陸農業研究成果情報より 「施肥設計」画面では,まず作付面積(a)を入力すると,当初(1)で設定した値に基づいた入力面積当たりの必要養分量が,「必要な施肥量(合計)」の欄に表示される。そして,最下段の表で,表示されている堆肥および化学肥料の種類ごとにキーボードから施用量を入力すると,それらによって施用される養分量が「現在の施肥量」の欄に表示される。 上図の例では,10a当たり牛ふん堆肥1400,塩加34,過石0,硫安195kgで,「現在の施肥量」が窒素45,リン酸25,カリ45kgとなり,必要養分量と一致するので,これによって施肥を行う。 「堆肥ナビ」ではまず仮の堆肥施用量や代替率で計算を行って,その数値が過剰か不足かを示してくれる。しかし,「施肥太郎1号」では施用量の例示がなく,必要養分量と最下段の表に示されている資材の養分含有率を参考に,頭のなかで見当をつけて数値を入力し,過不足が起きたら,数値を修正する操作を繰り返すことが必要となっている。この操作段階は慣れるまで戸惑うかもしれない。 「施肥太郎1号」の概要は,山口武則・牛久保明邦(2005)施肥計算プログラムの紹介と利用例。農業技術。60:37-40にも書かれている。「施肥太郎1号」は中央農業総合センターの山口武則氏(現東京農業大学)と牛久保明邦氏(東京農業大学)によって作成され,山口武則教授(東京農業大学 国際食料情報学部 国際農業開発学科 農業環境科学研究室:〒156-8502世田谷区桜丘1-1-1)に依頼すれば,入手可能である。
●肥効率を用いた堆肥施用量計算の注意点堆肥の組成は様々であり,肥効率は具体的堆肥によって大きく異なるので,標準の肥効率はあくまでも概算値にすぎないことに注意する必要がある。実際の肥効率が標準の値から大きくずれていれば,誤差が大きくなる。このため,堆肥施用量を多くすると,誤差が大きくなるので,堆肥施用量を少なく設定した方が安全である。茨城県奥久慈地域で牛ふん堆肥を施用して良質なコシヒカリの安定生産に成功している事例(環境保全型農業レポートNo.28牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術では,牛ふん堆肥施用量が1t/10aと少ないことがポイントになっていると理解できる。 また,両ソフトとも施肥基準を参考にして必要養分量を設定しているが,土壌診断による土壌蓄積養分量を勘案して減肥することが必要なことはいうまでもない。 肥効率は堆肥を連用していると高まってくるので,標準の肥効率を固定せず,土壌診断結果や作物の生育状況に基づいて,堆肥施用量を調節する作物栽培のプロの眼が大切である。
(c) Rural Culture Association All Rights Reserved.
|