環境保全型農業レポート > No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い

    ●農業環境政策の必要性

     EUとアメリカは,農業活動によって創り出されている農村景観や生物多様性などのプラスの公益的機能の維持・増進や,農業行為によって生じる水質汚染や土壌流出などの環境負荷軽減をはかる事業に参加し,事業で定められた作業基準を守ることを契約した農業者に金銭を支払う農業環境政策を実施している。農業環境政策を行なう経済学的論拠は,農業者は市場から販売した農産物の対価を受け取っているが,農業が創出しているプラスの公益や環境負荷軽減といった環境サービスに対する農業者の努力には対価が支払われていない(これを「市場の失敗」(market failure)という)ことに基づいている。つまり,農業者が自らの農業資源を最も儲かるように使用して最大の農業所得を上げる場合には,農業資源を酷使したり,資材を過剰投与したりして,環境サービスが低下してしまう。したがって,環境サービスを増やすには,農産物生産を抑制しなければならず,その減額分を農業者に補償する農業環境政策が必要になるというものである。

     EUとアメリカの農業環境政策は似ているが,かなりの違いもある。最近,カナダとアメリカの研究者は,EUとアメリカの農業環境政策の目標や施行の仕方を比較し,両者にかなりの違いがあることをまとめた (Kathy Baylisa, Stephen Peplowb, Gordon Rausserc, Leo Simonc (2008) Agri-environmental policies in the EU and United States: A comparison. Ecological Economics 65 (4) 753-764)。原著論文の要約はインターネット上で読むことができる(全文を見るには31.5 US$を支払うことが必要)。この論文の概要を他の資料による補完を加えて紹介する。

    ●農業環境政策の位置づけ

     アメリカは1930年代から土壌侵食防止事業を実施しているが,農業環境政策が世界で注目されたのは,EUの1992年の農業環境規則からである。つまり,EUは1960年代から共通農業政策によって,域内で生産された農産物を国際相場よりもはるかに高い価格で農業者から買い上げる一方,域外の安価な農産物には域内価格との差額を輸入課徴金として課す関税障壁を設けた。こうした政策によって域内の農業生産が増加し,やがて農産物の生産過剰が生じた。そこで,EUは余剰農産物を安価な国際相場で輸出し,農業者には域内価格と国際相場の差額を輸出補助金として支給した。こうして,新大陸の農産物輸出国のコムギなどの輸出量が大きく減ってしまい,EUと新大陸の農産物輸出国の間で農産物貿易戦争が起きた。これがガットのウルグアイ・ラウンドの争点であった。

     こうしたEUの農業政策はアメリカなどから厳しく批判される一方,EUは価格支持のために巨額を要することとなり,財政危機を頻発させることになった。このため,EUは,1992年に価格支持や輸出補助金のような生産刺激的な農業政策を削減し,その代わりに生産を削減しつつ,環境保全を図る農業環境政策を増やすという方針を出して,農産物貿易戦争が一応の決着をみた。

     こうした経緯とその後の展開を踏まえて,報告は農業環境政策には次のような位置づけがなされているとしている。

    (1) EUにおいて,農業環境政策は,支持価格の引き下げによって,政府が農業者に支払う金額の減少分を補う役割をもっている。

    (2) EUとアメリカの双方で,農業外部から農業による環境汚染や破壊に対する法的規制が強化されている。そうした法的規制に農業者が対処するには多額の出費を要するが,農業環境政策は,農業者が法的規制に対応可能なように支援する役割をもっている。

    (3) EUとアメリカの双方において,環境汚染や破壊に対して,当初,農業者が自主的に対処するアプローチが取られたが,環境汚染や破壊を十分に食い止められなかった。その後,優良農業行為規範や農業環境対策事業の規定を遵守した者にだけ奨励金を支給するという,クロス・コンプライアンスが導入され,クロス・コンプライアンスに対する補償の一部として農業環境政策が位置づけられている。ただし,汚染削減義務をクロス・コンプライアンス条項にして,その遵守だけで補償を行なうのは汚染者負担原則に反する。このため,EUは,優良農業規範をベースラインとして,これ以上に環境に優しい行為を行なって,追加的な環境改善を行なうことを補助金支払の条件にしている。

    (4) EUとアメリカの双方で,農業環境政策をWTO要件(単収や生産性などを向上させる生産刺激的な政府補助金を禁止する)を守る方策として使用されている。アメリカは国際農産物価格の低迷によって農業者の所得が減少したのを補うのに,農業環境政策による補助金を増やして,EUの反発を招いた。

    ●農業と自然に対する認識の違いと対象とする環境サービスの違い

     報告は,EUとアメリカの農業環境政策では,その根底となる農業と自然とのかかわりについての認識と,それに基づいて重視する環境サービスに,次の違いがあることを指摘している。

    A.農業と自然とのかかわりについての認識の違い

     EUの農業環境政策は,集約度の低い伝統的な農業こそがヨーロッパの農村の景観や生物多様性を育んできたのであり,農地が耕作放棄されてヤブを経て森林に戻るよりも,伝統的な農業によって使用されたときに,景観や生物多様性などの環境価値が最高に発揮されるという認識に立脚している。このため,耕作放棄地の拡大を抑制し,農地を伝統的あるいは集約度の低い農業によって維持するために,EUの農業環境支払のかなりの部分が使用されている。そして,マイナスの環境汚染や環境破壊は,伝統的農業から集約度の高い農業にシフトして,化学肥料,農薬,購入飼料などの投入物が過剰使用されために生じたことを重視している。

     他方,アメリカの農業環境政策は,農地を生産から撤退させて自然に戻したときに,土地の環境価値がより高まるという考えに立脚している。それゆえ,農地を生産から撤退させて,野草地に戻したり植林したりするのに多額の予算を支出している。そして,農業による土壌侵食や生物多様性の喪失などの環境負荷や破壊は,環境的に脆弱な,高度に侵食されやすい傾斜地や,湿地を排水した干拓地といった限界農地の利用強度を高めたために,生じたことを重視している。

    B.重視する環境サービスの違い

     こうした農業環境政策の基本的認識の上で,EUは,伝統的農業が作り上げてきた,段々畑のテラス,家畜囲い用の生け垣や石垣,家畜の希少種の飼養などのプラスの環境サービスを農業環境政策の重要な対象に位置づけている。農業がこうしたプラスの環境サービスの創出に貢献していることは,EUの非農業の市民からも支持されている。そして,EUの農業環境政策には,補助金を受けて生産から撤退した農地を市民の散策に開放するといった,非農業の納税者の環境に対する要求に応える目的で作られたものも多い。

     これに対して,アメリカは農業のもたらしているプラスの環境サービスを農業環境政策の対象にしていないし,非農業市民の要求を考慮していない。アメリカは,上述したように,環境的に脆弱な土地の過度の利用に起因する,表土の流出,水質汚濁,湿地の排水や野生生物生息地の喪失といった,マイナスの環境汚染・破壊を対象にしている。

     EUもマイナスの側面も政策の対象にしているが,農業の過度の集約化による問題として,化学物質の過度な使用や過剰な家畜ふん尿による水質汚染,非持続可能な潅漑による環境汚染と土壌資源の劣化,過密な家畜飼養によるアンモニアなどによる大気汚染,農業生物多様性の減少などを対象にしている。そして,集約農業からの転換を助長するために,EUは有機農業や家畜飼養密度の削減などに支払を行なっているが,アメリカはこうした支払を行なっていない。

    ●事業目標に対する適合度合いの評価の仕方の違い

     政府の行なう農業環境対策事業は,プラスの環境サービスの維持・増進や,マイナスの環境負荷の削減を目標に設定している。例えば,農業による硝酸性窒素の地下水汚染の削減を目的にした事業が,農地から地下水に流入する土壌水中の硝酸性窒素濃度を,年間を通じて,土壌水1リットル当たり10 mg N以下にすることを目標に設定したとする。この具体的目標を達成するために,個々の農業者が圃場ごとにどのような栽培条件を設定すべきなのか,また,農業者が実際に栽培を行なって設定された目標を達成できたのか,これらの課題を事業に参加する全ての農業者の圃場全てについて計算し実測するのは通常は不可能である。そこで,事業目標を確実に達成するとは言い切れないが,少なくとも達成の方向に環境を改善するはずの,環境にやさしい資材を,負荷を起こさない範囲で使用する技術条件を指定して,それを守ることを条件にすることが代替方策として使用されている。報告は,EUの農業環境政策はこうした環境パフォーマンスの評価の仕方を採用していることを指摘している。

     EUでは「有機生産基準を守ることは,特定の環境公益を生み出す行為よりも環境の質を全体的に改善するのにつながる」という観点から,有機農業に転換した農業者に支援金が支給されている(環境保全型農業レポート.No.24.有機農業に対する政府の取組姿勢参照)。全体的には,有機農業は慣行の集約農業よりも環境負荷を減らしているが,化学肥料の代わりに有機質肥料や堆肥を多量施用すれば,硝酸性窒素による地下水汚染を起こす可能性を持っている。つまり,EUの農業環境対策事業はその目標達成度合いを定量的に評価していない。特に景観や生物多様性といったプラスの環境サービスの定量的評価が難しいことも,その一因であろう。

     これに対してアメリカは違った評価方法を採用していることを指摘している。  例えば,「保全留保プログラム」(Conservation Reserve Program: CRP)は,高度に侵食を起こしやすいか,その他の環境問題を起こしやすいとして指定された環境脆弱地域内に耕地を有する農業者を対象にして,耕地を10〜15年間作物生産から撤退させて,永年生の牧草や樹木を生やすことを条件に,エーカー当たりの年間借地料と,永年生植物被覆の造成コストの半分とを支給する事業である。借地料は各カウンティ(郡)の平均値を超えることができないが,必要な場合にはインセンティブを与えるために追加料金を加えることができる。応募者は,どのような耕地をどの永年生植物でどのように被覆するのかについての計画を提出する。計画案について,野生生物生息地,水質,生産力の持続性維持など,6つの環境要因の改善期待度合と造成コスト要因に基づいて,環境便益指数を事務局が一定の計算方式で計算する。そして,必要コストが少なく,環境改善効果の高い計画から採用するという入札方式を採用している。ただし,環境便益指数は,計画の実施によって達成される環境便益(環境サービス)の量を定量するものではなく,その相対的大小を示す指数である。

     EUの方式では,環境にやさしいものと指定された技術を使用すると約束するだけで支払を受け取ることができる。例えば,有機農業を採用したことによって環境改善効果が特に高い,例えば水辺の農地であれ,環境改善効果のほとんどない圃場であれ,同額の支払を受け取ることができる。これに対して,アメリカのCRPでは事業目標に対する高い適合度を求め,そのために必要な環境便益指数を計算するために,応募者の圃場の環境特性に関する情報,農地を生産から撤退させて放置した場合の環境改善効果に関する情報や,農地を撤退させて土着草本を栽植した場合の環境改善効果に関する情報を必要として,面倒である。しかし,相当するEUのプログラムよりも,1ドル当たりより多くの環境改善を引き出しており,農業による環境の汚染や破壊が深刻で,採用した場合に環境改善効果の高い地域や場に予算を振り向けうる方式であると指摘している。

    ●政策立案・実施構造の違い

     報告は農業環境政策の立案・実施構造の違いが重要な違いをもたらしていると指摘している。いうまでもなくEUは加盟国の連合体であり,農業環境政策の予算はEUと加盟国の共同拠出であり,立案・実施には当然加盟国の意向が反映される。農業環境政策の趣旨からいえば,集約農業が活発で,例えば,余剰窒素量が多いなど,農業による環境負荷の多いオランダやベルギーほど,農業環境対策事業を積極的に行なっていることが期待される。しかし,EUで農業環境政策を多くの予算を使って精力的に実施している上位3か国は,オーストリア,スウェーデン,ドイツである。これらの上位国では,教育レベルが高く,環境認識の高い,主に都市住民の「グリーン」納税者の要求に呼応して農業環境政策が多く提供され,農業セクターは不承不承したがっている側面があることを指摘している。

     これに対してアメリカは,連邦制をとって州政府の権限を大きく認めているものの,農業環境政策では事実上,連邦政府だけが予算を拠出している。このため,EUでは農業環境政策の予算や政策の中味は加盟国が合意できる範囲に限定されるのに対して,アメリカは連邦政府の意向で決めることができる。こうしたことを反映して,アメリカでは「保全留保プログラム」のケースに限定されるが,連邦政府からの各種農業補助金が多く,農業生産が活発な州ほど,農業生産にともなう環境負荷も多いと考えられるため,その環境負荷を減らすために,連邦政府からの「保全留保プログラム」の配分額が多くなっている。

    ●農業環境政策の今後の課題

     報告は,これから,他の形態の農業補助金は国家財政の制約や貿易協定によって削減されると予測されるとし,今後,農業グループから出される条件を満たしながら,納税者の納得できるコストで市民の求める環境サービスを提供する事業をデザインすることが大切な課題となろうと指摘している。

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