環境保全型農業レポート > No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 |
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No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測
福井農試がホームページで予測量や基肥施用量の目安などを提供
●地力窒素発現量予測の重要性施肥基準で化学肥料の施用量を決めるには,まず目標収量を設定して,その収量を上げるのに必要な作物体の吸収すべき養分量を計算する。そして,その必要養分吸収量から,土壌,灌漑水や降雨などから供給された天然養分の吸収量を差し引き,不足する養分量を算出する。不足養分量は化学肥料で施用するが,その量は化学肥料養分のうちの作物に吸収される養分の割合(利用率)で不足養分量を除して決定している(次式を参照)。 【化学肥料養分の施用量】=(【必要養分吸収量】−【天然養分吸収量】)× 100/【化学肥料養分の利用率%】 三要素の中で,通常,作物の生育を最も強く制限していて,かつ無機態と有機態の形態変化が激しく起きる窒素がまず問題になる。水稲では目標収量を上げるだけでなく,食味も問題になることから,過繁茂が起きず,頴花数と稔実歩合,さらに食味も適正に保たれる最適窒素保有量が,必要窒素吸収量の代わりに使用されることが多い。 こうした施肥量決定過程から分かるように,土壌や灌漑水から供給される天然養分の吸収量を知り,それによって化学肥料の施用量を変えることが大切である。では,天然養分吸収量をどのように測定するのか。 天然養分吸収量は通常,無肥料か,当該養分だけを無施用にした試験区の養分吸収量で測定している。この測定は作物を栽培して行うため,数か月を要する。そこで短時間で測定するために,土壌を一定温度で培養したときに放出される養分量または土壌から一定の方法で抽出される養分量と,圃場で測定した天然養分吸収量との関係を調べておいて,分析した養分量から天然養分吸収量を推定している。 多くの都道府県の施肥基準は,天然養分吸収量として平年の気象条件での値を採用している。しかし,天然養分のうちの土壌から無機化されてくる地力窒素量は,気象条件などによって異なってくる。そこで,地温の推移に対応して地力窒素供給量を予測する方法として,温度変換日数法が考案されている(金野隆光(1990)地力窒素発現予測法.農業技術大系.土壌施肥編 第4巻.p.基本272-6〜272-15.農文協)。この方法は堆肥を施用していない水田ではかなり高い予測精度を持っているものの,地温データがアメダスなどで提供されていないために,農業者が直接利用するわけにはゆかない。また,北陸地方や東北地方の日本海側の水田では,温度だけでなく,春先の土壌の乾燥状態が地力窒素の放出量に大きく影響するが,温度変換日数法はこの問題を考慮していない。この点を踏まえた土壌からの無機態窒素放出量を予測する研究もあるが,測定に手間がかかる(鳥山和伸・関矢信一郎・宮森康雄(1988)湛水前の土壌乾燥が土壌窒素の無機化量に及ぼす影響の定量的把握.日本土壌肥料学雑誌.59: 531-537)。
●福井農試の地力窒素供給量予測の出発点福井農業試験場は,精度が多少落ちるとしても,多数の現地水田での地力窒素放出量を予測する方法を考案した。その端緒になった研究は,10年間にわたって,毎年4月20日頃に試験場の水田から土壌を採取して直ちにガラスビンに入れ,湛水・密閉状態で30℃に4週間保温静置して,放出される無機態窒素量を測定した研究である。採取した水田は化学肥料のみを施用した区と,毎年秋にワラを全量還元して化学肥料を施用した区であった。2つの系列の水田土壌でともに,30℃・4週間に放出される無機態窒素量は毎年異なった。 10年分の無機態窒素放出量のデータをまとめると,毎年3月21日〜4月20日の日射量と雨量を変数にした関数式によって,当該年度に採取した土壌を30℃・4週間保温静置したときに放出される無機態窒素量が概算できることが確認された。これは4月20日に採取した土壌からの無機態窒素放出量は,採取時の土壌の乾土効果(乾燥にともなう無機態窒素の放出促進)の程度によって毎年異なり,3月21日〜4月20日の日射量と雨量の値を使うことによって乾土効果を反映した相関式を得ることができたと理解できる(平井?一・伊森博志・田中英典・森川峰幸・中島健一・川端顕子 (1997) 水田土壌における土壌窒素無機化量の年次変動と気象要素による予測.福井県農業試験場研究報告.34:49-57)。 ちなみに水田土壌からの無機態窒素の放出は,気温が15℃以下ではごくわずかだけである。15℃を超える温度と日数の積を有効積算気温と呼んでいるが,30℃・4週間は有効積算気温で420℃・日となる。土壌を採取した4月20日を起点にすると,福井県では圃場の有効積算気温が420℃・日になるのは7月上旬で,コシヒカリの幼穂形成期に相当する。
●福井農試の地力窒素供給量の予測方式上記の研究を踏まえて,福井県内の代表的水田地帯の水田132地点と試験場圃場について,2000年〜2004年の5年間,毎年4月上旬に土壌を採取して,30℃・4週間保持したときの無機態窒素放出量を測定した。そして,5年間の無機態窒素放出量のデータに適合するように次の予測式にあるa,b,cの圃場固有の3つの係数を各圃場について計算した。 【無機態窒素放出予測量(mg N/100g乾土)】=a×【3月21日〜4月20日の日射量(MJ/m2)】 +b×【3月21日〜4月20日の降水量(mm)】+c 30℃・4週間の保温静置で放出された無機態窒素の実測値あるいは予測値はmg N/100g乾土で表示されるが,仮比重を1.0として,mg値に作土深(cm)を乗じて10で割れば,kg N/10aに換算できる。このkg/10aに換算した無機態窒素放出量を幼穂形成期までの「地力窒素発現量」とした。 福井県ではコシヒカリについて幼穂形成期の目標窒素吸収量を4.5 kg/10aとしている。「地力窒素発現量」のうちコシヒカリに吸収される窒素の利用率を,福井県では土壌型によって60〜80%としている。したがって,「地力窒素発現量」に地力窒素利用率を乗ずれば,コシヒカリに吸収された地力窒素量が計算できる。そして,目標窒素吸収量の4.5 kg/10aと地力窒素吸収量の差を基肥の化学肥料窒素で施用するが,基肥化学肥料窒素の利用率は土壌型で30〜40%なので,不足窒素量を化学肥料窒素利用率で割れば,基肥量が計算できる(福井県農業試験場・生産環境部・土壌・環境研究グループ (2006) コシヒカリ基肥量診断システム.平成18年度普及に移した技術)。
●ホームページで提供福井県農業試験場はこうした計算結果を2006年からホームページで提供し始めた。 対象水田は堆肥を施用しておらず,小麦ワラを全量還元している水田である。福井県の7地域を示す地図がまず表示される。その地図の目的地域をクリックすると,132のモニタリング水田のうち当該地域内に存在する水田の所在地の地図が表示される(図1)。そのどれかをクリックすると,当該水田の所在する町名,土壌型,作土深,幼穂形成期までの地力窒素発現量の平年値(2000年〜2004年の5年間の平均値),本年の予測値とその平年比,地力窒素と基肥化学肥料窒素の利用率,基肥化学肥料窒素施用量の目安,注意事項が表示される(図2)。
●今後の課題施肥基準は,地力窒素の供給量とその水稲による吸収量として平年値を採用している。しかし,これらの値は年次によって異なるので,毎年度これらを田植え前に予測して基肥量を調節できるようにすることは水稲への適正施肥を確保する上で大切であり,農業者に直接こうした情報を提供するようにした福井農業試験場の試みは画期的といえる。 しかし,その予測方式は理論的な面でいくつかの弱点を有している。 第1は,30℃・4週間に放出された無機態窒素量を,幼穂形成期までの地力窒素発現量としたことの妥当性である。水田土壌を湛水状態で保温静置したときに,乾土効果などによって直ぐに無機化されてくる窒素と,その後徐々に長期にわたって無機化されてくる窒素に区別され,有効積算温度に比例して放出されてくるのは後者である(鬼鞍 豊・吉野 喬・前田乾一 (1975) 稲作期における土壌窒素の有効化過程.日本土壌肥料学雑誌.46: 255-259)。福井農試の予測式では,有効積算温度の420℃・日がコシヒカリの幼穂形成期に相当するとしているが,有効積算温度に比例した無機化が生ずるのは,30℃・2週間の保温静置の後に放出される無機態窒素であり,通常は10週間の保温静置によって測定している。したがって,30℃・4週間の保温静置での窒素無機化量を幼穂形成期までの地力窒素発現量としたことの妥当性を示すことが必要である。 第二は,放出された地力窒素が水稲に吸収される割合(利用率)の妥当性である。通常は地力窒素の利用率を強いて必要とせずに,無肥料で栽培した水稲が実際に吸収した窒素量を測定している。福井農試では水稲が実際に吸収した地力窒素量を測定せずに,利用率によって計算したわけである。化学肥料窒素の利用率は他の多くの研究と比べて妥当な値だが,地力窒素の利用率はいささか高すぎると思える。稲ワラ堆肥から放出された無機態窒素の水稲による全生育期間での利用率は,北海道50%,東北40%,関東以西33.3%とされている(志賀一一・大山信雄・鈴木正昭・前田乾一・鈴木弘吾 (1985) 水田における有機物管理が土壌の有機物集積,窒素供給能,水稲生育におよぼす影響.農業研究センター研究報告.5: 21-38)。また,山形県のササニシキでは地力窒素の利用率が6月30日まで(幼穂形成期よりも2週間前)30%,7月1日以降60%としている(上野正夫 (1994) 山形県における良質米(水稲ササニシキ)の安定生産のための生育と窒素吸収パターン並びに地力窒素を生かした窒素施肥法の開発.山形県立農業試験場特別研究報告.22: 1-86)。こうした研究と比較すると,福井農試で幼穂形成期までの地力窒素利用率を60〜80%にしたのは高すぎると思える。 勝手な憶測だが,第一の問題は過小評価だが,第二の問題では過大評価となり,両者の積は適正な概算値になった可能性も考えられる。 理論的に弱点があっても,農業者に地力窒素の発現量についての情報を田植え前に提供するようにしたことは画期的である。今後,予測式の理論的な練り上げが期待される。
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