環境保全型農業レポート > No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 |
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No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因
●はじめに有機農業による作物収量は,慣行農業に比べて,通常20%前後低いことが広く知られている。しかし,有機対慣行の収量差はグローバルな視点ではどうであろうか,収量差をもたらしている要因は何であろうか。 この問題について,カナダとアメリカの研究者が,世界の62か所で,34の作物種についてなされた既往の66の研究論文から収集した,316事例の有機対慣行の収量比較のデータを用いて解析を行なった下記の論文が公表された。その概要を紹介する。 V. Seufert, N. Ramankutty1 and J. A. Foley (10 May 2012) Comparing the yields of organic and conventional agriculture. Nature 485: 229-232 (電子版には膨大な補足資料が添付されている)
●解析方法上記論文と類似した解析は以前にもなされたが,当時は厳密に有機農業とはいえないものを有機農業圃場として解析せざるをえないケースが多かった。そこで,本研究は,(1)「本当の」有機栽培,つまり,認証された有機管理のシステムと,対照となる慣行管理とのペアのデータがそろっており,(2) 有機と慣行の両システムが時間的空間的に比較可能な研究で,(3) サンプルのサイズと誤差を報告している(または計算できる)研究だけを選定した。そして,選定した文献の収量データから,慣行収量を1.0にしたときの有機収量の割合を計算して,有機対慣行の収量比の違いをもたらしている要因を解析した。
●有機収量は全作物で25%減だが,永年生作物,油料作物,マメ科作物では減少が少ない全作物(316事例)の有機対慣行収量比は平均0.75(95%信頼区間は0.71から0.79)であった。つまり,全体として有機収量は慣行よりも25%低かった。 以下,著作権の関係で図を掲載できないが,多少不正確ながら,図から読み取った収量比と信頼区間値を記載する。 全作物を作物タイプに分類すると,収量比の平均値は,穀物(161事例)で0.74(95%信頼区間は0.71から0.78)と全作物とほぼ同じだが,野菜(82事例)では0.67(0.63から0.72)と,全作物の平均値よりも低かった。他方,果実(14事例)で0.99(0.79から1.20),油料作物(28事例)で0.89(0.79から1.20)と,全作物の平均値よりも高かった。 また,別の作物区分を用いると,収量比の平均値は,マメ科作物(34事例)で0.91(0.78から1.05),非マメ科作物(282事例)で0.74(0.70から0.77),永年生作物で0.92(0.76から1.13),1年生作物(291事例)で0.74(0.70から0.77)であった。 これらの収量比のうち,穀物と野菜の有機と慣行の収量の差は統計的に有意であった。しかし,マメ科作物と永年生作物(果実と油料作物)の差は統計的に有意でなかった。これは比較的小さいサンプルサイズ(マメ科でn=34,永年生作物でn=25,果実でn=14,油料作物でn=28)での結果で大きな不確実な範囲によるのであり,マメ科作物と永年生作物を合わせると,有意の差が示された。
●有機のマメ科と永年生作物で減収が少ない原因有機農業では,投入する緑肥,堆肥や家畜ふん尿のような有機資材からの可給態窒素の放出が遅く,旺盛な生育時期には作物の高い窒素要求に追いつかないことが多い。このため,採用した研究事例を有機と慣行の窒素投入量について解析すると,有機対慣行の収量比は,両者での窒素投入量が類似している場合,0.67(0.62から0.72)で,有機の収量減が大きかった。そして,有機の方で年間窒素投入量が50%超多い場合には,収量比は0.84(0.77から0.91)と収量減が少なくなった。 マメ科と永年生作物の収量減が有機で小さいことは,窒素を慣行栽培よりも多く受けているからではなく,窒素をより効率的に利用していることによると推定される。つまり,マメ科は,非マメ科のように外部からの窒素に依存しておらず,果実のような永年生作物は,そのより長い生育期間と広大な根系によって,養分要求と有機物からの遅い窒素放出とを上手に同調できるためと推定される。 なお,慣行のほうが有機よりも窒素の年間投入量が50%超多い場合の収量比は,0.68(0.64から0.73)で,有機と慣行の窒素投入量が類似している場合とほぼ同じであった。これは慣行栽培では窒素が過剰気味になっているためと推定される。
●有機の収量比は弱酸性から弱アルカリ性の土壌で良好有機対慣行の収量比を土壌pHの違いで比較すると,強酸性(pH 5.5未満)で0.68(0.61から0.75),強アルカリ性(pH 8.0超)で0.54(0.48から0.61)で,両条件で有機での減収が大きかった。これに対して弱酸性から弱アルカリ性の土壌(pH5.5〜8.0)では0.80(0.76から0.84)と良好な結果を示された。 この原因として,有機システムでのリンの可給性の難しさが推定される。強アルカリ性や強酸性条件では,不溶性リン塩が形成されてしまうので,作物は土壌改良材や肥料への依存度を高めることになるが,有機システムでは,収穫によって収奪されたリンを補給するのに必要な量のリンが補給されないことが多い。このため,土壌中のリン酸の不溶化程度の少ない弱酸性から弱アルカリ性で,有機での収量減が少なかったと推定される。
●優良管理方法を実践した方が有機の収量比が良好優良農業規範の管理方法を実施したケースとそうでないケースを比較すると,優良管理方法を実施した方で,有機の収量比が高かった。すなわち,有機の収量比が,優良管理方法を実施しない場合は0.71(0.67から0.75),実施した場合は0.88(0.80から0.97)であった。 有機システムでは,養分や有害生物の管理が,作物に養分を供給し,雑草や病害虫を防除する生物学的プロセスに依存している。このため,有機の収量は,慣行収量よりも,科学的知見に基づいた優良管理方法に依存している。このことが上記の差の原因になっている。 しかし,窒素に制約されていない(永年生作物やマメ科作物を栽培するか,多量の窒素を投入している)有機システムでは,優良管理方法を実践したほうが,収量比が高いということはなかった。
●有機の収量比は年数とともに向上有機の収量比は,転換後年数が3年以下の場合0.70(0.66から0.74),転換後年数が4〜7年の場合0.83(0.73から0.93),転換後年数が7年超の場合0.84(0.73から0.94)であった。 有機収量は転換した初年目に低く,時間とともに土壌肥沃度や管理技能が向上するために,徐々に増加することが多く報告されているが,ここでの結果は,このことを裏付けている。
●有機の収量比は天水利用の方が高い有機の収量比は,灌漑を行なった場合0.65(0.61から0.69)に対して,天水利用の場合0.83(0.79から0.86)であった。 これは天水システムにおいて有機で管理された土壌は,より水分保持容量や水浸透速度を良好なために,干ばつ条件や過剰降雨条件下で慣行システムよりも高い収量を上げていることと合致する。また,有機システムでは養分が生産の制限になっていることが多く,このため,慣行システムほどは灌漑に強く応答しないケースが多いのであろう。
●有機の収量比は先進国の方が途上国よりも高い有機対慣行の収量比を先進国と途上国で比較すると,先進国の0.81(0.77〜0.84)に対して,途上国では0.57(0.52から0.62)と,先進国で高く,途上国で低かった。 途上国での有機の収量比が過去の分析のときよりも低いのは,選定した文献の大部分で,対象としている慣行栽培が,試験場で灌漑をしながら優良管理方法を実践していないというもので,地元の慣行栽培による収量よりも50%超も高い,非典型的な慣行収量を上げていることが大きな原因になっていると考えられる。また,過去の分析では,取り上げた有機栽培が自給的システムによる栽培であって,真に有機でない栽培による収量が有機栽培の収量として扱われ,一方で適切な対照区を欠いたものと比較していたことも,今回の分析との差として考えられる。
●おわりに本論文は有機農業の収量に影響を及ぼす要因のいくつかを明らかにした。しかし,耕耘,作物残渣や病害虫管理の方法が有機対慣行の収量比に及ぼす影響は,研究事例が多くないために,分析できなかった。 ところで,収量は,いろいろな農業システムを評価する唯一の尺度ではない。先進国では,有機農業での所得に加え,消費者の食品購入費や,環境の保全や向上による社会的コストも問題になる。有機農業を収量や収益だけで慣行農業と比較するのではなく,より総合的な視点で比較されることが望まれる。
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