環境保全型農業レポート > No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題

    〜FAO報告書の概要:持続可能な集約化

    ●FAOの報告書

     世界人口は,2050年には現在の70億人が90億人に増えると予測されている。この人口を支えるための,食料を生産する世界の農地と水資源の現状と,抱えている課題についての本を,FAO(国連食糧農業機関)が2011年12月に刊行する。その刊行に先立って,2011年11月29日に要約版をインターネットで公開した。FAO (2011) The state of the world's land and water resources for food and agriculture (SOLAW) - Managing systems at risk. Summary Report. 47p.

     正規本は全192ページ。ペーパーバック版で29.99ポンド(1ポンド121円として3630円)。

     本書を作成する際にまず作られたバックグランド文書はFAOのホームページから入手できる。

     以下に,要約版の概要を紹介する。

    ●土地資源と水資源の現状

    (1)農地増加はわずか,農業の集約化で食料を増産

     過去50年間に,世界の作物栽培面積はわずか12%しか増えなかった。FAOの統計では,耕地面積と永年作物地(永年放牧地を除く)の和が作物栽培地に近似するが,作物栽培地面積は,1961年の13.7億haが,2009年には15.3億haにしか増加しなかった(図1)。しかし,過去50年間に投入資材施用量の増加,農業の機械化と灌漑が,生産力を急速に向上させて,世界の農業生産は2.5〜3倍増加してきている(図2)。そして,世界の人口は,1961年の31億人が,2009年には68億人に増加し,この間に人口が2.2倍に増加した。この結果,世界平均で,人口1人当たりの作物栽培面積は1961年の0.44 haが2009年には0.22 haに半減したが(図1),生産力の向上によって,約70億人の人口を支えている。

     50年間の食料生産増加分の40%は,面積を2倍に増やした灌漑農地によっており,灌漑用水量は,帯水層,河川および湖沼から取水した農業用水総量の70%を使用している。

    (2)低所得国では降水のネックが一層深刻化

     灌漑によって生産力が飛躍的に向上するが,天水依存農業が世界の主要農業生産システムである。現状でも,北半球温帯地帯が世界の穀物生産ベルトとなっているが,地球温暖化によって,穀物生産ベルトは北にさらに拡大すると予想されている。

     他方,世界の農村の貧しい人達の大部分を支えている天水依存農業で,作物栽培に適した農地の分布は,生産力向上が最も必要な国とは合致せず(表1),今後,人口が顕著に増加し,食料需要が大きく伸びる国は低所得国に集中している。低所得国の1人当たりの耕地面積は高所得国の半分以下で,農業の持続可能性も低い。その上,乾燥熱帯や亜熱帯の天水依存農業は不安定な降雨の支配を受けており,水不足のために養分吸収が抑制され,収量も抑制されている。このため,限界地帯の貧しい農村で,農地改良や養分施用を行なえば,一時的に収量を向上できるが,不安定な降水が続く限り,収量向上を維持できない。

     世界的の最貧国は,農地資源や水資源への所有や利用の権利が法的に不明確であり,土壌の質も悪く土地劣化への脆弱性も高い。しかも気象的にも不安定で,貧しさのワナにはまり込んでしまっている。貧困者の手の届く範囲の技術や農業システムは,低管理・低投入システムで,土地劣化に寄与するものであり,持続可能な農業システムは高価で入手できない。

     一方,栽培に最も適した農地で高い集約農業を行なうことによって,農地を拡大しようとする圧力を弱め,森林や未利用地の開墾を減らすことができる。世界での灌漑設備を有する農地面積は年間0.6%ずつ拡張してきているが,灌漑に適した優良農地の大方は既に開発されている。そして,適時適切な水供給への要求が高まっており,現在,灌漑面積の約40%は地下水に依存している。しかし,あまりにも多くの場所で,農地や水システムを破壊する生産方法で農地が管理されている。そして,肥料や農薬の不適切な使用による生物多様性のロス,表流水や地下水の汚染を含む深刻な環境劣化を引き起こされ,農業生産や農村生活を危うくするまでに達しているケースが多い。

    ●低所得国における農業政策・制度・投資の問題点

    (1)農業政策・制度の問題点

     低所得国では,農地資源や水資源の所有権が明確で安定しておらず,法的執行能力も弱いケースが多い。そのために,土地アクセスや水使用についての紛争がしばしば生じている。慣習的・伝統的な使用権を国の法律に取り込むことが,農村の生活を保護し,農地と水の使用の責任を持たせるステップとして必要である。

     低所得国では,潜在生産力の高い地域において,市場出荷用や輸出用作物の単作生産とそのための灌漑や機械化に投資する農業開発政策がとられる傾向が認められる。これによる利益は,生産力の高い農地を持ち,水,機械や資本を入手できる農業者のものである。やせた農地で低投入な農業を行なっている小規模農業者の大部分はその恩恵を受けられない。こうした政策は短期的な利益を優先し,長期的には資源や生態系サービスを劣化させていることを無視していることが多い。

     世界的にみて,農業での農地と水の利用政策は,悪循環にはまっている。一方で農業政策は食料需要の増加に応えているものの,他方では肥料や農薬の過剰施用や地下水の枯渇などの,意図しない結果を起こしている。同様に,水政策は農業用水の供給を拡大させてきたが,一部の水不足地域では,不必要なまでの過剰灌漑によって作られた不足を生み出している。灌漑水料金が安いことが,非効率的な利用を助長している。環境政策は高所得国ではある程度の影響を持っているが,貧しい国の農業開発に対してはほとんど影響していない。

     農地制度と水制度は別個に扱われていて,両者の効果的な連携は遅れている。河川流域の開発が大きく進展した地域では,土地資源と水資源がいろいろな部門間で競合するようになり,資源不足や市場需要変化対応できるように,土地資源と水資源の連携した利用を図る制度が要求されている。地域や流域全体を管理する制度があるが,実態としては,主に土地資源か水資源のどちらかを扱っていて,両者をつなげて扱ってはいない。このため,多くの国で,土地と水についての競合が増えるのにともなって,様々な利用間の調停を図るべしとする圧力が高まっている。複数の国またがる河川や湖について,国境を越えた協力協定がないことや弱いことが,上流と下流間での投資不足や緊張状態を引き起こしている。

    (2)投資の問題点

     基本的な農業インフラや制度への公的および私的投資レベルは過去20年間に減少してきている。旧来からの農業インフラ(農村道路,灌漑計画,貯蔵およびマーケティングチェーン)は,ますますマーケット変化に即応せず,高品質農産物の提供の点で非効率なものになっている。現代の農業に対応する投資は,食料供給の安定化とグローバルな回復を図る必須要素と見なされている。自然資源の枯渇や劣化の脅威が生じている農地および水システムを,投資のターゲットとして優先すべきであろう。

     土地資源や水資源が豊富で利用できる,アフリカ,アジアやラテンアメリカの一部で大規模な農地買収が増えている。これは世界的な食料やエネルギーの不足懸念に加え,金もうけ,輸入国の農産物需要などの他の要因によって突き動かされている。大規模な土地買収は,どこの国でも適切な土地のわずかな一部で可能だが,既往の適切な土地は既に地域の人達によって使われていて,「空いた」土地はほとんどない。大規模土地買収によって農村の貧しい人達が犠牲になったり,農地,水やその他の資源の利用を失ったりするリスクが存在する。

    ●2050年に向けた農地資源と水資源の利用の展望

    (1)農地資源と水資源の利用

     今後の人口と所得の増加によって,2009年に比して,2050年には農産物需要が世界で70%増加すると予想されている。しかし,低・中所得国では生産を100%増加させることが必要で,このために低・中所得国では年率1〜2%の食料生産の増加が必要になる。

     農地拡大はサブサハラアフリカとラテンアメリカではなお可能であろうが,全体的には農地拡大を望むことはできず,途上国での生産増加の約8割は主に既存耕地での灌漑農業と,天水依存農業の双方の集約化によってしか達成できそうにない。その際,灌漑が重要性を一層増し,灌漑農地面積は,2009年の301百万haが2050年には318百万haに6%増加しよう。そして,農業での取水量が,2030年までに2900 km3超/年,2050年までに3000 km3超/年に増加し,現在と比べて2050年の間に10%の増加が必要になると予測されている。

     今後,地下水を含め,生活用水や工業用の水需要との競合が強化され,農業内でも部門間での競合が増えよう。このため,土壌管理や農業用水制御のレベルを上げて,農業生産力向上を達成することが必要になろう。

    (2)地球温暖化の影響

     地球温暖化によって,高緯度地帯ではより多くの土地が作物栽培に適するようになって,食料生産にとってプラスの影響が大きくなる一方,低緯度地帯ではマイナス影響のほうが大きくなると予想されている。亜熱帯地域では干ばつと洪水の双方の頻度と強度が高まり,デルタ地帯や沿岸地帯は,海面上昇によってマイナス影響を受けると予想されている。山岳や,高地の農業システムや夏期の融雪水に依存した灌漑システムでも,基盤となる流水が長期にわたって変化すると予想されている。今後,干ばつ,過剰な降水などのリスクを緩和させて農業の弾力性を高める対策を講じて,気候変動の農業生産に対するマイナス影響を緩和する必要がある。

    ●持続可能な集約化

     サブサハラアフリカなどの天水依存耕地の生産力は,土壌本来の肥沃度が低く,養分不足が厳しく,土壌構造が悪い上に,土壌管理方法が不適切なために,一般にその収量は低く,単収は1 t/ha未満であることが多い。しかし,天水に依存できる場所では,ローカルな生態系,文化やマーケット需要に合わせた,持続可能な農地と水の管理を図る,総合的な土壌肥沃度管理,保全農業,総合的病害虫管理(IPM),アグロフォレストリ,総合的作物家畜システム,総合的灌漑養殖のような生産方法で,単収を向上できる。

     こうした生産方法を成功させるには,普及サービスやマーケットアクセスの改善を含む農村開発や生活改善の一環として実施することが必要である。その際に,教育,圃場スクール,誘導政策を行なうことによって,より生産的で弾力性の高い土地利用システムへの移行がスピードアップされている。

     灌漑システムの大部分はその能力以下でしか働いておらず,灌漑による単収向上が低い場合が少なくない。灌漑用水の供給量を増やせば単収向上を図ることができるが,水の乏しい多くの地域では,灌漑用水の供給量を増やせる余地は限られている。多目的水力発電計画が実施される地域では,灌漑水をある程度増やす余地はあろうが,そうした地域を含めて,水需要管理がますます重要になるであろう。灌漑システム管理の向上,新しい技術や知見の開発・普及,トレーニングなどを組み合わせることによって,水利用効率を大幅に向上させ,貧しい末端利用者への供給量を増やせるであろう。こうした効果が最も高いのは,サブサハラアフリカやアジアの一部であろう。

     灌漑システムを持続的に維持するには,効果的な法的規制が不可欠である。それに加えて,塩類および水の収支に関する研究や,規制,モニタリングシステムを整備して,塩類化や冠水などを起こさずに,長期維持できるように必要がある。

    ●農業者に対する国の支援の必要性

     低・中所得国の農業者の多くは,貧困,不安定な土地保有権と水使用権,適切な地方組織の欠如,貸付金や基金の不足,マーケットや技術へのアクセスを含む普及サービスの不十分性によって,農地や水を非持続的に管理せざるをえなくなっている。

     このため,国は次の3つの領域について,農業への公的投資を増やす必要がある。(a) 道路,倉庫,農地資源と水資源の保護のような公共投資を行なって,民間投資を助長する。(b) 持続可能な農地と水の管理を推進する体制;研究開発,誘導政策と法的規制を実施する体制;土地利用計画と水管理を規制・助長する体制に投資する。(c) 流域または灌漑計画レベルにおいて,農地と水に対する一連の投資を呼び込む総合計画を策定する。

     灌漑や地下水利用への利害関係者の直接参加による集団管理など,灌漑システムの管理に多様なレベルの利害関係者が参加することによって,部門間の配分を調整し,効率的な水使用を助長することができる。国境を越えた水管理の協力は,まず技術レベルから開始して,多目的投資の調整や,流域全体にまたがる利益共有を目指すようにする。将来的に参加型の管理体制を構築できれば,ローカルレベルへの権限移譲を可能にできる。

     持続可能な土地・水管理のための技術の普及を図るには,例えば,地方の農業者グループ,NGOや民間の農産物認証組織と協力した農業者圃場スクールのような教育プログラムによって,適切な技術を提供する必要がある。

    ●国際的な協力と投資の必要性

    (1)国際条約・組織

     持続可能な農地や水の管理に関する行動についての国際条約はまだない。しかし,食料安全保障,貧困撲滅,環境保護や気候変動の観点から,持続可能な農地および水の管理に関する協力は,国際条約の優先事項になっている。このため,いくつかの国際条約に,農地や水を含む自然資源の保全原則が含まれている。とはいえ,保全原則が国の指導ガイドや規範に,具体的行動にまでくだいて翻訳されていることは滅多にない。

     「地球環境ファシリティ」(Global Environment Facility:GEF)などの組織や事業が持続可能な土地や水の管理について,国際的活動を行なっている。「地球環境ファシリティ」は,4つの環境関係国際条約(国連気候変動枠組条約,生物多様性条約,国連砂漠化対処条約,残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)の資金メカニズムとして,世界銀行(世銀)に設置されているものである。そして,世界銀行,国連開発計画(UNDP),国連環境計画(UNEP)がこの資金を活用して,開発途上国や市場経済移行国が,地球規模の環境問題に対処するためのプロジェクトを実施している。

     その際,地球規模の環境問題として,具体的には次のような諸課題があげられている。

     [1] 地球温暖化の防止(例:太陽熱等のクリーンエネルギーの開発・利用)

     [2] 生物多様性の保護(例:動物保護区の制定・管理)

     [3] 国際水域汚染の防止(例:産業廃棄汚染水処理施設)

     [4] オゾン層の保護(例:家電製品からのフロン回収施設)

     [5] 土地劣化防止(例:植林)

     [6] 残留性有機汚染物質対策(例:水銀汚染の除去))

     これらの課題に対処するために追加的に必要となる費用を対象とし,原則として無償資金を提供している。ただし,「地球環境ファシリティ」の活動で,別々の組織が同じ分野で作業していて,統合的な取り組みとなっていないという問題が指摘されている。

     他方,こうした政府レベルの活動とは異なる,フェアトレード,環境認証,有機表示のような市民組織や民間部門の活動は,持続可能な土地・水管理にプラスの影響を与えうるものである。その効果を助長するように,これらの市民組織や民間部門の活動を推進することが望まれる。

    (2)土壌への炭素固定を増やす持続可能な農業への財政支援の期待

     2007年から2050年までの間に,農地と水の管理に必要な投資総額は,世界全体で約1兆USドルと試算されている。さらに農地の保護と開発,土壌保全と洪水防止に1600億USドルが必要と試算されている。

     グローバルレベルでの新しい財政支援方策として,農業者が持続可能な農地と水の管理方法を採用して,マイナスの環境影響を減らす農業プログラムに資金を提供する基金を創設することが期待される。すなわち,植林を含めて二酸化炭素の土壌貯留量を増やす農業システムを採用し,それにともなって土壌養分ロスの削減,圃場からの流去水防止,土壌侵食軽減などの多様な公益的な環境サービスの提供を助長する基金の設立が期待される。

     農業と森林伐採を合わせた温室効果ガス排出量は,人為的な温室効果ガス総排出量の第3位を占めている。その一方,特に低緯度地帯などの農業は気候変動の影響を受けやすく,そうした影響に対する弾性力を高めるためにも,土壌への炭素固定を図る農業が重要となる。こうした点から,途上国が炭素隔離のもつ価値を高める持続可能な土地・水管理に対して,国際的な財政支援を呼び寄せられるはずである。

    ●おわりに

     本報告書の内容を端的に述べれば,下記のことがその骨子といえよう。

     現在,世界のいろいろな食料生産システムの土台となっている農地資源や水資源は,人口増加と経済発展にともなう前例のない需要増加によってストレスを受けている。その上,気候変動によっていくつかの地域ではこうしたストレスが悪化すると予想されている。

     今後,利用可能な農地資源や水資源が大幅に拡大できる見込みはなく,現在の農地資源や水資源で集約度を高めて単収を引き上げ,かつ生産を持続可能にすることが必要である。

     そのためには,政府,農業者,関係民間部門が,農地資源や水資源の管理方法を大きく変えて,より持続可能なものに積極的に転換・採択する必要がある。そして,国際レベルと各国の政策を連携させて,知識の普及,農地資源や水資源の所有や利用に関する法律の制定・改正を実現させるコンセンサスを作る必要がある。

     そうした方向に低・中所得国を向かわせるには,資源を保全しつつ,所得向上を図るためのインフラ整備や,農業者への教育を行なうための資金供給が不可欠である。土壌への炭素蓄積量を増やして単収レベルを向上させる持続可能な農作業を実施することを条件に,温室効果ガス排出量の多い国々の排出権取引の対象に位置づけて,国際的な基金供出が実現できよう。

    ●蛇足

     2011年12月に南アフリカのダーバンで開かれた,気候変動枠組条約の第17回締約国会議において,温室効果ガスの大量排出国のアメリカと中国が京都議定書を批准しなかった。そのため,アメリカ,日本,カナダなどから,中国を始めとする途上国が排出削減義務を負わないのでは意味がないとする意見が出された。そして,カナダは脱退し,日本は脱退しないものの,すべての国が参加する法的義務のある新体制が合意されるまでは,削減義務の数値目標の設定を拒否して,一時的に削減義務の国際体制から離脱することになった。  この京都議定書をめぐる動きについて蛇足を述べる。

     2つの巨大排出国や途上国が排出削減義務を持たない現在の京都議定書の延長が難しい状況に陥ったときに,それでも延長すべきだとの意見が途上国からだされ,カナダや日本は悪者になった。

     それはそれとして,筆者には疑問が残った。というのは,途上国は,今のままなら排出削減義務を負わないのだから,京都議定書を破棄させたほうが得策ではないか。それなのに,なぜ延長して,削減義務を負うようになる新体制を作ることに賛成したのか。この点に疑問に感じていた。しかし,上記のように,京都議定書に基づいて排出量の多くない途上国は,排出量の多い国の排出権を引き受けて,その代金を頂いて,温室効果ガスの固定能力の高い農業とともに,排出量の少ない工業や運輸などの他の産業を推進しようとしていると解釈すると,疑問が氷解した。

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