環境保全型農業レポート > No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響

    ●パーソナルケア製品とトリクロサン

     人々が医師の処方箋なしで購入できる,健康のための医薬部外品,化粧品や芳香剤などの製品は,パーソナルケア製品と総称されている。因みに,日本では人間用の製品が対象だが,アメリカでは同様な目的で使用される家畜用の製品も対象にされている。

     手洗い石鹸,スキンクリーム,歯磨き,防臭剤入り石鹸など,毎日使用されている広範囲のパーソナルケア製品に,合成防腐剤や抗菌剤として広く使用されているのが,トリクロサン(Triclosan:5-クロロ-2-(2,4-ヂクロロフェノキシ)フェノール)である。トリクロサンは脂肪酸合成系の酵素を阻害して細菌や植物の細胞膜を破壊するとされ,40年以上前に抗菌剤として導入されている。最近では,抗菌・防菌製品の要請の高まりとともに,プラスチック製まな板,スポーツ用品,靴,家具などの多数の製品で,トリクロサンがますます使用されてきている。2005年における世界の年間生産量が約1,500トン,そのうちの450トン超がヨーロッパとアメリカでパーソナルケア製品に使用されているとされている。

    ●トリクロサンの生態系影響リスクを警告した文献

     トリクロサンは,人体の外側で使用される製品に使われており,代謝変換されることなく,洗い落とされて,排水管を経て排水として下水処理プラントで処理されている。この処理によって,トリクロサンの58%から99%が除去されている。しかし,下水処理プラントはこうした微量物質には十分に対応していないため,除去されなかったトリクロサンが河川や湖沼などの表流水に排出されている。また,トリクロサンの約30%は下水汚泥に保持されるため,下水汚泥堆肥を農地に施用すれば,農地土壌に持ち込まれることになる。したがって,下水処理施設からの表流水への排水と,汚泥堆肥の農地施用が,トリクロサンの環境放出の2つの最も重要な系路となっている。

     こうして表流水に放出されたトリクロサンの生態系影響については,最近,急速に関心が高まり,多くの研究がなされている。そのなかで,緑藻類を用いて,トリクロサンが水中の生物に悪影響を及ぼしている可能性を指摘した研究の1つとして下記がある。

     Peter Carsten von der Ohe, Mechthild Schmitt-Jansen, Jaroslav Slobodnik and Werner Brack (2012) Triclosan―the forgotten priority substance? Environmental science and pollution research international (2012) 19:585–591

     また,下水汚泥の土壌施用によって土壌生物を含む野生生物が影響を受ける可能性を示した研究の1つとして下記がある。

     Fuchsman P, Lyndall J, Bock M, Lauren D, Barber T, Leigh K, Perruchon E, Capdevielle M (2010) Terrestrial ecological risk evaluations for triclosan in land-applied biosolids. Integrated Environmental Assessment Management 6:405–418

     これらの概要を紹介する。

    ●エルベ川流域河川のトリクロサン濃度

     ドイツ東部にあって,チェコと国境を接しているのがザクセン州である。エルベ川がチェコから流れてきて,ザクセン州の中心を通過して北海に流れて込んでいる。ザクセン州には,エルベ川を中心に572の水系が存在している。von der Oheら(2012)は,572の水系に総計802のサンプリングサイトを設け,各サイトで2006年から2008年の間に1から155のサンプルを採取し,総計6,756サンプルを採取して,トリクロサン濃度を分析した。その結果,サンプル総数の62.7%からトリクロサンが検出され,検出濃度の中央値と最大値は,それぞれ13と1,100ナノグラム/リットルであった。

    (注)ナノグラム(ng)は10-9グラム:1グラムの10億分の1。

    ●トリクロサンの水生生物に対する影響

     既に他の人達が行なったトリクロサンの水生生物に対する影響の結果は,次の通りである(von der Ohe, 2012)。以下に示した結果は,投与直後から数日以内に発現する急性毒性を,試験生物の半数に死亡,成長,遊泳,繁殖などに影響が出る濃度を示す「半数影響濃度(EC50)」によって示してある。

    (注)マイクログラム(µg)は10-6グラムで,1,000ナノグラム。

     ・ミジンコ(Daphnia magna)の死亡率で,390 マイクログラム/リットル

     ・ユスリカ(Chironomus tentans)の生存率で,3,000 マイクログラム/リットル

     ・魚(ファットヘッドミノーPimephales promelas)の死亡率で,260マイクログラム/リットル

     ・イボウキクサ(Lemna gibba)の生育阻害で,62.5マイクログラム/リットル

     ・単細胞緑藻類のイカダモ(Scenedesmus subspicatus)の生育阻害で,1.4マイクログラム/リットル

     ・珪藻綱(Skeletonema sp.)の生育阻害で,66マイクログラム/リットル

     ・標準的試験生物の単細胞緑藻類Selenastrum capricornutumの生育阻害で,4.7マイクログラム/リットル

     このように,水生生物のなかでは,単細胞緑藻類がトリクロサンの影響を最も敏感に受けている。

     そこで,von der Oheら(2012)は,標準試験のSelenastrum capricornutum(単細胞緑藻類)を用いて,95%の個体に急性毒性のでない無影響濃度を調べた。その値は4.7 ナノグラム/リットルと推定された。なお,この値は影響のない濃度であり,急性毒性の半数影響濃度に比べれば1,000倍も低かった。

     分析したエルベ川の75%のサイトがこの値を超えていた。各サイトにおける最大環境濃度の95パーセンタイル(100個の値のうちの小さい順に数えて95番目の値)は,無影響濃度を12倍も超えており,藻類群集に対する潜在的な危険性が示唆された。

    ●なぜトリクロサンは法律で優先物質として指定されないのか

     EUは,表流水,地下水,沿岸水などの様々な水系を汚染している多様な原因を統合的に規制して地域全体の水質を改善するために,集水域単位に全ての水系や汚染原因に対して包括的な取組を行なうために,2000年に「水枠組指令」(Directive 2000/60/EC )を施行した(環境保全型農業レポート.No.34 欧州の水系汚染対策参照)。

     この法律は,水環境に深刻な悪影響を与える物質を「優先物質」として指定する決定を公布し,これらの物質については加盟国がモニタリングを行なって積極的に対策を講ずることを義務づけている。

     von der Oheら(2012)は,エルベ川流域の水系から検出された,最近優先指定された河川流域特有の汚染物質500のうち,トリクロサンの水生生物に対する影響のリスクは,影響の強さと濃度からみて,最も問題な物質の上位6番目にランクされた。この結果からみれば,トリクロサンも優先物質として指定されて良いとvon der Oheらは主張している。

     しかし,「水枠組指令」では,少なくとも4か国からのモニタリングデータによって,問題がヨーロッパ全体に及んでいるかその可能性があることが証明されないと,優先物質に指定されない。河川のトリクロサン濃度について詳細なモニタリングを行なった研究は,紹介したこのドイツでの例とアメリカでの例があるだけである。ヨーロッパでは調査すれば,4か国以上の国々で問題なはずだが,その裏付けデータがないために,問題が放置されているとvon der Oheらは主張している。

    ●アメリカにおける下水汚泥中のトリクロサン濃度と汚泥の農地施用

     Fuchsmanら(2010)は, アメリカの下水処理プラントで生じた汚泥中のトリクロサン濃度に関する莫大な数のデータを,EPA(環境保護庁)やペンシルベニア大学の報告書から入手した。そのトリクロサン濃度は,0.18〜34.9 mg/kg乾物と大きな幅を持っていた。トリクロサン濃度の最も低い汚泥サンプルから順に最も高いものまで,データを順番に並べて,パーセンタイルの値を直ぐに読み取れるようにした。パーセンタイルとは,例えば,50パーセントタイルは,データを小さい順に並べたときに初めから数えて全体の50%に位置する値のことである(50パーセンタイルは中央値ともいう)。下水汚泥の50パーセンタイルは,6.2 mg/kg乾物であった。

     アメリカでは,下水汚泥の施用量は,窒素の表面流去を制限するために規制されており,EPAは,典型的な年間施用量は農地で5,000〜50,000 kg/haとしている。しかし,ヨーロッパやカナダでの施用量はより厳しく規制されていて,アメリカよりはかなり低い。

     汚泥は,耕起圃場では深さ15〜25 cmまでの層に混和され,不耕起圃場では2 cmまでの層に混和されたとした。汚泥を混和した層におけるトリクロサンの濃度は一定の前提の下に計算し,耕起と不耕起を合わせて,50パーセンタイルは0.21 mg/kg乾土となった。

    ●トリクロサン濃度が生物に及ぼす影響の解析方法

     Fuchsmanら(2010)は,自らいろいろな濃度のトリクロサンを土壌や各種の生物に与えて,その影響を調べる実験を行なったのではない。トリクロサンの生物影響を調べた多数の既往の研究結果から,トリクロサンの土壌濃度や生物体内濃度と生物影響の関係を表すシミュレーション式にかかわるパラメータ(変数)の値を導き出したり設定したりして,トリクロサンの土壌濃度や生物体内濃度と生物影響のシミュレーション式を構築した。そして,土壌生息生物が土壌中のトリクロサンを直接吸収し,また,地上部の生物が土壌生息生物を捕食したりして,生物体内に蓄積するトリクロサン濃度をシミュレーション式によって推定した。そして,既往の文献を参考にして,陸上生物群(土壌微生物群,植物,土壌無脊椎動物,鳥類,哺乳類)について,トリクロサンの土壌中または生物体中の最大許容毒性濃度(無影響濃度(試験生物に影響が出ない最大濃度)と最小影響濃度(影響が出る最小の濃度)の中間の値で,両者の幾何平均値)を計算した。

    ●トリクロサンの陸上生物群に及ぼす影響

     シミュレーション式の設定などの面倒な途中過程を省略して,Fuchsmanらによる結論を紹介する。

     トリクロサンは,その抗菌剤としての機能から予想されるように,土壌微生物群に「最悪の条件下」で一時的に悪影響を与えることが推定された。すなわち,セルロース分解能やデヒドロゲナーゼ活性などの一部の土壌微生物活性は,トリクロサン添加で増加した報告があるものの,硝化活性はトリクロサン添加で抑制されて,土壌にアンモニア性窒素が蓄積しやすいことが既往文献から判明している。そして,硝化活性を中心とした研究から,土壌微生物群に対する,土壌中のトリクロサンの最大許容毒性濃度は2 mg/kg乾土と設定された。そして,もしも,既往の分析データに示されたアメリカで最高濃度のトリクロサンを含む下水汚泥が最高量で不耕起栽培の土壌の表層0〜2 cm層に混和されたときには,そこのトリクロサン濃度は2 mg/kg乾土を超えてしまうので,この2 cm層の微生物群の一部が影響を受けると推定された。

     ただし,耕起栽培で深さ15〜25 cmまでの層に汚泥を混和した場合には,土壌中のトリクロサン濃度が最大許容毒性濃度よりもはるかに低いので,そうした影響は考えにくい。また,不耕起層の場合でも,圃場条件では,土壌中のトリクロサンが16週間の半減期で分解されるので,影響は一次的にすぎないであろう。また,土壌微生物群の活性が抑制されることによる作物への影響は,根が表層2 cmよりも下に直ぐに伸びるので,ほとんどないと考えられる。

     そして,汚泥中のトリクロサンによる,作物,無脊椎動物(ミミズ),鳥,哺乳類に対する悪影響は考えにくいことが示された。

    ●終わりに

     衛生上の需要から抗菌物質の使用が増えたが,それが思わぬ生態系影響を及ぼしうることがこれらの研究からもうかがえる。トリクロサンは難分解で自然界での残留が問題になった有機塩素系農薬に類似した化学構造を持っている。その使用量が今後増えるとともに,生態系影響がさらに問題になろう。

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