環境保全型農業レポート > No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令

    ●「枠組指令」施行の経緯

     毒性の強い農薬の使用や,低毒性であっても農薬の不適切な使用は,人間の健康や環境にマイナス影響を与える高いリスクを持っている。このため,どこの国でも健康や環境の安全性を確保するために,作物や樹木に対する有害生物を防除する農薬の登録,販売や使用を規制する法律を定めている。その一方で,通常,農薬使用量の削減や無使用を,別の法律によって助長を図っている。

     例えば,日本では農薬の登録,販売や使用を「農薬取締法」で規制している反面,総合食料局長・生産局長・消費・安全局長通知である「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」で減農薬やIPM(総合的有害生物管理)の普及を助長している。しかし,化学合成農薬による有害生物管理を行なう農業が主体であって,化学合成農薬よりもIPMを優先した農業の方向に誘導する法的措置を行なってはいない。なお,IPMは害虫防除の分野で始められたので,当初は総合的害虫管理と訳されたが,その後,対象生物が病原菌にも拡大されて,総合的病害虫管理,さらには雑草なども含めて総合的有害生物管理と訳されている。農林水産省におけるIPMの検討結果と具体例は,「総合的病害虫管理(IPM)検討会」の資料を参照。

     EUは,2002年7月に農薬使用リスクの削減戦略案についてパブリックコメントを募集して以来,有害生物防除のための農薬使用にともなう健康と環境の安全性確保を向上させるための方策を検討してきた。その際,下記を重視した戦略の立案を検討してきた。

     ・農薬の使用と流通における規制の強化

     ・毒性レベルの高い農薬のより低い代替物(非化学的手段を含む)への置き換え

     ・低農薬投入農法や農薬無使用農法の助長

     ・指標開発を含む,農薬リスク状態のモニタリングと報告システムの確立

     そして,新しい戦略に沿った新たな農薬行政を実施するために,農薬の安全使用を強化すると同時に,農薬使用量の削減や無使用を助長させる法律を,加盟国が早急に制定することを定めた枠組指令を2009年10月21日に成立させ,同年11月14日に施行した(2009年10月21日成立の農薬の持続可能な使用を達成するための共同体の行動のための枠組を定める欧州議会および閣僚理事会指令2009/128/EC: Directive 2009/128/EC of the European Parliament and of the Council of 21 October 2009 establishing a framework for Community action to achieve the sustainable use of pesticides. )。

     以下にこの枠組指令の概要を紹介する。

    ●国家行動計画

     加盟国は,2012年12月14日までに,人間の健康と環境に及ぼす農薬使用のリスクとインパクトを削減するための,農薬使用量の削減や,農薬使用への依存を減らすための総合的有害生物管理や代替技術の開発や普及の助長について,量的目標や工程表を含む,国家行動計画を策定し,欧州委員会と他の加盟国に通知する。

     目標としては,作業者の保護,環境の保護,残留農薬の削減,特定技術の使用,特定作物の使用など,いろいろな関心事項を対象にすることができる。加盟国は国家行動計画を少なくとも5年ごとに見直す。

    ●研修

     加盟国は,農薬のプロ的使用者(その職業活動の一環として農薬を使用する者),流通業者および技術アドバイザーに対して,農薬の安全性確保に関する研修を実施する組織を指定する。研修は,必要な知識を獲得し更新できるように,就業時とその後の追加的なもので構成し,加盟国は該当者が研修を受講できるように制度を整える。

     研修では,農薬関連法規,違法農薬の危険性と見分け方,農薬使用にともなう危険やリスクと対策方法,IPM,多様な防除法の比較,安全散布法,散布機の調整・メンテナンス法,農薬事故への対処法,農薬使用記録の記帳の仕方などを教える。

     研修修了者には修了証明書を発行する。

    ●農薬の販売

     加盟国は農薬の販売について下記を法律で定めなければならない。

     (1) 農薬の販売などを行なう流通業者は,研修の修了証明書を有する十分な数の従業員を確保するようにする。

     (2) 流通業者がプロ的使用者に農薬を販売する際には,研修終了証明書を有する者にしか販売できないようにする。

     (3) 流通業者が非プロ的使用者(家庭菜園や庭などで使用する一般の使用者)に農薬を販売する場合には,非プロ的使用者に農薬使用の健康や環境へのリスクに関する一般的情報,特に,危険性,暴露,適切な貯蔵,ハンドリング,散布,安全廃棄,リスクの少ない代替物についての情報を提供するようにする。

    ●農薬散布装置

     加盟国は,農薬散布装置の検査を行なう組織を指定する。そして,2016年12月14日までに,プロ的使用者の所有している既存の農薬散布装置を少なくとも1回,新しく購入した装置を少なくとも5年に1回は検査し,この期日以降は検査にパスした装置しか使用できないようにする。検査間隔は2020年までは5年間を超えず,その後は3年間を超えてはならない。

     ただし,現在は農薬散布に使用されていない農薬散布装置,手持ちの農薬散布装置またはナップサック型(背負式)散布機,使用頻度が非常に低い補足的な農薬散布装置(トレーラや航空機に装着された散布装置,3 mを超えるブームスプレーヤを除く)には,国家行動計画に規定したうえで,異なった工程表や検査間隔を適用しても良い。また,手持ちの農薬散布装置またはナップサック型散布機は検査を除外しても良い。

    ●空中散布の原則禁止

     地上散布による現実的な代替法がない場合や,加盟国が空中散布用に許可している農薬を用い,なおかつ所定の条件を満たしている場合を除き,農薬の空中散布は原則禁止する。

    ●水環境と飲料水供給の保護のための特別な措置

     水環境と飲料水供給の保護のために,下記の特別な措置を講ずるようにする。

     (1) 水環境に危険と分類されていない農薬や,非常に危険な物質を含んでいない農薬を優先させる。

     (2) 果樹,ホップなど草丈の高い作物には,ドリフトの少ない散布装置を使用させる。

     (3) 散布ドリフト,表面流去水,圃場排水などによって,水質と水生生物が悪影響を受けないように,圃場や表流水の縁にバッファーゾーンやセーフガードゾーンなどの措置を講じさせる。

     (4) 道路,線路,浸透性の高い表土,表流水や地下水の近傍など,表面流去水が,表流水,下水や地下水に流入するリスクの高い場への農薬散布を,できるだけ減らすか排除させる。

    ●特別な場での農薬使用制限

     自然保護地域や,一般の人達が使用する場(公園,庭園,運動場,レクリエーショングランド,校庭,子供の遊び場,医療施設の近傍)などでは,リスクの低い農薬や非農薬方策を考慮し,農薬の使用を最少にするか禁止する。

    ●農薬のハンドリングと貯蔵ならびに包装材や残物の処理

     農薬のプロ的使用者や流通業者による下記の作業が人間の健康や環境に危険を及ぼさないように,必要な措置を講ずるように規定しなければならない。

     (1) 農薬の貯蔵および散布前のハンドリング,希釈,混合

     (2) 散布後における包装材および残物のハンドリング

     (3) 散布後に残っているタンク内混合物の廃棄

     (4) 散布後における装置の洗浄

     (5) 廃棄物に関するEUの法律にしたがった残物と,その包装材の回収または廃棄

    ●総合的有害生物管理(IPM)

     加盟国は,農薬のプロ的使用者が有害生物(病原菌,害虫,雑草,齧歯類など)を管理する際に,可能な限り,非化学的な方法を優先し,農薬投入量の少ない方法(総合的有害生物管理や有機農業)を採択するのを助長する措置を講じなければならない。そのために,加盟国は,プロ的使用者が必要なアドバイスやツールを入手できるようにして,総合的有害生物管理を実施するのに必要な条件を確立,または支援しなければならない。そして,加盟国はプロ的使用者に対する支援の実施状況や有害生物管理の実施状況を,2013年6月30日までに欧州委員会に報告する。

    本枠組指令は,付属書の1つで有害生物管理の一般原則を定めている。加盟国は,一般原則に即した有害生物管理のガイドラインを策定し,その実施を助長するために適切なインセンティブを設けるなど,その一般原則がプロ的使用者に実施されるようすることを如何に担保するかを,2014年1月1日までに国家行動計画の中に明記する。

    ●有害生物管理の一般原則

     付属書に書かれた有害生物管理の一般原則は下記のとおりである。

     (1) 有害生物の防除ないし抑制は,いろいろな選択肢のなかでも特に下記によって達成するか,下記を土台にしなければならない。

     ・作物輪作

     ・適切な栽培技術。例えば,おとり播種床(stale seedbed technique:播種に先だって播種床を作り,発芽してくる雑草を手で除き,数週間後に播種を行なう),播種の期日と密度の調整,畦間緑肥(undersowing:作物のない畦間などを生育の早いマメ科植物などの緑肥作物で被覆し,雑草を防除し土壌肥沃度を向上させる),保全耕耘,刈り込みと直播

     ・抵抗性・耐性品種,保証付き種子や苗

     ・バランスのとれた施肥,石灰施用,灌漑・排水作業

     ・圃場衛生。例えば,機械や装置の定期的洗浄

     ・有益生物の保護と増進。例えば,適切な植物による保護または圃場内外の生態学的インフラストラクチャーの利用による

     (2) 有害生物を,可能な場合,適切な手法やツールを用いてモニタリングしなければならない。そうしたツールとしては,圃場での観察に加え,科学的に信頼できる警報・予想・早期診断システム,プロ資格を持ったアドバイザーのアドバイスの使用などがある。

     (3) モニタリング結果に基づいて,植物保護措置を講ずるか否か,いつ講ずるかを決定しなければならない。地域,作物,気象条件などで設定された植物保護措置の要否を判定する有害生物の閾値レベルを,事前に把握しておくことが不可欠である。

     (4) 生物学的,物理的および他の非化学的手法によって満足できる有害生物防除が可能になるなら,それらを化学的手法よりも優先しなければならない。

     (5) 施用する農薬は標的生物にできるだけ特異的なものであって,人間の健康,非標的生物や環境への副次的影響が最小なものでなければならない。

     (6) 農薬およびその他の防除手段は,必要なレベルにとどめ,有害生物の抵抗性が発達するリスクを高めてはならない。

     (7) 抵抗性が生ずるリスクが分かっており,作物への農薬のくり返し施用が必要な場合には,作用機構の異なる複数の農薬を使用するなど,抵抗性発達を阻止する戦略を適用して,製品の有効性を維持するようにしなければならない。

     (8) 農薬使用の記録と有害生物のモニタリングの記録に基づいて,実施した作物保護措置の成功度をチェックしなければならない。

    ●その他

     加盟国は,本指令に基づいて採択した国の法律に対する違反に適用する罰則を2012年12月14日までに定める。

     加盟国は本指令に基づいて義務となる業務に要するコストを料金または負担金の形で回収することができる。

     加盟国は,2011年12月14日までに,本指令の遵守に必要な法律,規則および行政規約を発効させなければならない。

     欧州委員会は,下記に財政支援を行なうことができる。

     (a) 加盟国から報告された情報を収集し蓄えるデータベースシステムの開発と,その情報の所管当局やその他の関係組織および一般国民に提供すること。

     (b) 技術発展への適用など,法律の改正に必要な調査を実施すること。

     (c) 本指令の施行を容易にするガイダンスや優良規範を開発すること。

    ●おわりに

     OECD国における耕地面積(永年作物地面積を除く)当たりの農薬原体使用量をみると,2001-03年では韓国と日本が突出していて,EUの国々の使用量は少ない(環境保全型農業レポート.No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス)。この理由として,夏期高温多湿な東アジアでは夏期の有害生物の繁殖が顕著なことが指摘され,農薬をEUのように少なくすることはできないといわれている。しかし,1990-92年の値をみると,集約農業の活発なオランダでは,耕地面積当たりの農薬原体使用量がOECD国のトップであった。それが,2001-03年には4位へと使用量を大幅に下げた。この原因の一部には,オランダの花き生産者の一部がアフリカなどの国外に生産拠点を移したこともあろうが,オランダ農業が農薬や肥料を削減する努力を継続していることが大きな原因になっていると考えられる。

     日本でもオランダのように,農薬の使用量を削減する努力をさらに強化する余地が多分に残されていると考えられる。

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