環境保全型農業レポート > No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 |
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No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術
●コーデックス委員会の食品のカドミウム濃度に関するガイドライン環境保全型農業レポートのNo.42とNo.50に紹介したが,コーデックス委員会によって,食品中に許されるカドミウムの上限濃度のガイドラインとして,精米0.4 mg/kg,小麦0.2 mg/kg,その他の穀類(ソバを除く)0.1 mg/kg,豆類(乾燥した大豆子実を除く)0.1 mg/kg,葉菜0.2 mg/kg,その他の野菜(鱗茎類,アブラナ科野菜,ウリ科果菜,その他の果菜)0.05 mg/kgなどが決定されている。これを踏まえて,日本は食品中のカドミウム濃度の規制値について,必要な法律改正や制定を行なうべく作業を進めている。
●我が国における土壌および農産物のカドミウム汚染の状況日本では江戸時代から金銀銅などの金属の採掘が活発に行なわれたが,金属を抽出した後の鉱滓の山から,目的金属以外の重金属類が溶け出して,河川を経て,とく水田を汚染しているケースが少なくない。このため,「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」によって,カドミウム,銅,ヒ素に強く汚染された田について,汚染土壌対策事業が実施されている。 基準値以上の3つの重金属類が検出された田は,134 地域,7,487ha(このうち,カドミウム汚染田は96 地域,6,945ha)で,2007年度末で対策事業が完了したのは,7,487ha のうちの87.4 %,6,544haとなっている。しかし,カドミウム汚染については,21地域,406 haで対策事業が未着手となっている(環境省 (2008) 平成19年度農用地土壌汚染防止法の施行状況について)。 農林水産省は2004年にコーデックス委員会でのカドミウムのガイドラインを巡る論議の参考として,日本の農産物のカドミウム濃度の実態調査結果を提出した(穀物・豆類;野菜)。その中で,コーデックス委員会の最終案が採択された場合,コメで0.3%,コムギで3.1%,ホウレンソウ3.0%,タマネギ1.0%,ナス7.3%などの生産物割合が,ガイドライン値を超えるようになると試算していた。 生産物割合ではわずかだが,ガイドラインを超える濃度のカドミウム汚染農産物を生産した地域では,農業が深刻な事態にならざるをえない。カドミウム汚染のために水稲を栽培せずに,水田を畑地化し,転換畑として畑作物を生産している地域もあろう。しかし,畑作物にもカドミウム規制値が法的に適用されると,事実上,生産できる作物がなくなる恐れもでてこよう。
●これまでのカドミウム汚染軽減対策これまでカドミウム汚染軽減対策は,主に客土,水管理,土壌・施肥管理で行なわれてきた。その概要は,(独)農業環境技術研究所の「情報:農業と環境」のNo.30 とNo.56 に書かれている(水稲のカドミウム吸収抑制のための対策技術;ダイズのカドミウム吸収抑制のための対策技術)。 例えば, (1) 耕種的な対策による吸収抑制では十分な効果を上げられない場合は,極度に汚染された土壌を排除するか,排除しなくても済む場合には,汚染土壌の上に非汚染土壌を客土する。 (2) 水田では土壌の湛水期間を長くして還元状態を発達させ,土壌で生ずる硫化水素によってカドミウムを難溶性の硫化カドミウムに変化させて,水稲に吸収されにくくする。 (3) 水田で排水を行う際には水田土壌が酸化的に戻るのを抑えるように水管理を行なう。 (4) 土壌にアルカリ資材を添加して,土壌pHを上げて,土壌中のカドミウムを難溶性にして,作物に吸収されにくくする。 (5) 過リン酸石灰などのカドミウム濃度が相対的に高いリン酸肥料を使用せずに,カドミウム濃度の低い熔成リン肥などを使用する。 その後,(6) 汚染された水田土壌に塩化第二鉄を加えて,カドミウムを溶出して洗浄する方法や, (7) 畑状態にした土壌でカドミウム高吸収稲品種を栽培して土壌中のカドミウム濃度を低下させる方法;M. Murakami, N. Ae, S. Ishikawa, T. Ibaraki and M. Ito (2008) Phytoextraction by a high-Cd-accumulating rice: Reduction of Cd content of soybean seeds. Environmental Science and Technology. 42 (16), p.6167–6172)といった新しい技術も作られている。 しかし,対策技術を実施しても,農産物中のカドミウム濃度が高すぎるケースや,土壌や作物の種類によっては,既存の対策技術を実施できないケースもある。そうした場合に,期待できる別の新しい技術が作られてきた。
●玄米のカドミウム濃度の低い水稲品種の検索玄米のカドミウム濃度の低い水稲系統の育種に向けて,(独)農業環境技術研究所の土壌環境研究領域は,まず遺伝的に玄米のカドミウム濃度の低いイネ品種を検索した。手始めに,いろいろな国で育成された49のイネ品種を,カドミウム汚染土壌を充填したプランターで湛水栽培して,品種によって玄米のカドミウム濃度が大きく異なることを確認した。そして,「日本晴」,「コシヒカリ」は玄米濃度の低い品種グループに属したが,そのなかでも,西アフリカのリベリアで育成された品種の「LAC23」の玄米のカドミウム濃度が特に低いことを認めていた(T. Arao and N. Ae (2003) Genotypic variations in cadmium levels of rice grain. Soil Science and Plant Nutrition. 49(4) 473-479)。 また,(独)農業生物資源研究所が既に育成していた,遺伝的背景が「コシヒカリ」で,インド型品種「カサラス」の染色体断片がそれぞれ1か所のみ大きく置換された39系統群を,カドミウム汚染土壌を詰めたポットで栽培した。そして,玄米のカドミウム濃度を比較して解析した結果,玄米のカドミウム濃度を低くする遺伝子が存在し,その遺伝子座は第3および第8染色体上に位置していることを確認した。 これは遺伝的背景がコシヒカリである系統での結果だが,このことから「LAC23」にも玄米カドミウム濃度を低くする遺伝子が存在することの確信がさらに強化された(石川覚・阿江教治・矢野昌裕・杉山恵・村上政治・阿部薫 (2005) 玄米のカドミウム濃度に係わる遺伝子座の検索.農業環境研究成果情報.第21集.;S. Ishikawa, N. Ae, and M. Yano (2005) Chromosomal regions with quantitative trait loci controlling cadmium concentration in brown rice (Oryza sativa). New Phytologist. 168, 345-350)。
●玄米のカドミウム濃度の低い水稲系統の育成こうした研究蓄積のうえで,農業環境技術研究所の土壌環境研究領域は,(独)農業・食品産業技術総合研究機構の東北農業研究センターの低コスト稲育種研究東北サブチームに,玄米のカドミウム濃度の低い水稲系統の育成を要請し,共同で育成に成功した(農業環境技術研究所・東北農業研究センター (2008) プレスリリース:稲のカドミウム吸収に品種間差異があることを明らかにし,玄米カドミウム濃度が低い系統を開発;山口誠之(2006)カドミウム低吸収性・高吸収性イネ品種の育成.農林水産技術研究ジャーナル.29(10): 11-14)。 「LAC23」はジャバニカ(熱帯ジャポニカ)の陸稲で,草丈が高く(写真1),収量も低く,東北で栽培すると,出穂が9月中旬の晩生種で,年によっては登熟できない。そこで,日本の水稲品種で,草姿良好な安定多収品種の「ふくひびき」と交配した。ちなみに,「ふくひびき」は超多収品種で,福島県会津で5年連続して900kg/10a以上の収量を記録しており,酒造用掛米や米菓加工用としての適正に優れている。 米のカドミウム濃度の低い系統を確実に選抜するために,土壌のカドミウム濃度を比較的高くし(0.1 M 塩酸抽出で3 mg Cd/kg),7月上旬以降節水栽培して,あえてカドミウムを吸収しやすい条件で,自殖第3世代(F3)から第5世代(F5)の126系統を栽培した。そして,玄米カドミウム濃度が比較的安定して低く,栽培特性が向上した5系統を選抜し,育成地(東北農業研究センター)の系統番号「羽系1118」〜「羽系1122」をつけた(表1)。これらの系統の玄米カドミウム濃度は,カドミウムを吸収しやすい条件でも,国際ガイドライン基準値の 0.4 mg/kg前後で,「ふくひびき」や「ひとめぼれ」に比べて40〜50 %程度低く,玄米の粒形はやや細長が多いものの,「LAC23」に比べて出穂が早く,草丈も比較的短くなっている。
カドミウムは,人の健康に必要な銅,鉄,マンガン,亜鉛といった重金属と,化学的な性質が似ており,玄米カドミウム濃度の低いコメでは,これら必須重金属濃度も低い可能性が考えられる。しかし,これら5系統の玄米の必須重金属濃度は,「ふくひびき」や「ひとめぼれ」とほぼ同等で,カドミウムのみ減らした系統が育成できた。 今後,系統の特性をさらに改良して育種母本として配布できるようにする。そして,各地域で主力品種と交配して,地域に適した実用品種が作られることが期待される。
●稲ワラのカドミウム濃度ところで,育成5系統とその片親の「LAC23」では,稲体全体のカドミウムの吸収量が減少しているのではない。これらの玄米のカドミウム濃度は低いものの,稲ワラのカドミウム濃度は,「ふくひびき」や「こしひかり」とほぼ同レベルで,高濃度のカドミウム汚染土壌でポット栽培すると10 mg/kg前後に達している。茎葉のどこかの部分にカドミウムをろ過する機能が存在すると考えられる。 飼料の安全性は「飼料安全法」(飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律)で規制されているが,飼料中のカドミウムは,1988年10月14日付け農林水産省畜産局長通知63畜B第2050号で,配合飼料・乾牧草等で1.0 mg/kg,魚粉・肉粉・肉骨粉で2.5 mg/kgと定められ,2008年1月31日に改正されて,配合飼料・乾牧草で1.0 mg/kg,稲わらで1.0 mg/kg,魚粉・肉粉・肉骨粉で2.5 mg/kgと,稲ワラについての規制値が特記された。 上述した農業環境技術研究所のデータをみると,今回育成した系統や既存品種の稲ワラのカドミウム濃度は10 mg/kg前後かそれよりも高い。これらのカドミウム濃度は飼料の安全基準の約10倍以上である。飼料イネの利用拡大を図るには,稲自体がカドミウムを吸収しにくいか,吸収しても根でろ過して茎葉に移行させない品種の開発も課題である。
●台木によるナスのカドミウム濃度の低減ナスなどの果菜類に対するコーデックス委員会によるカドミウムの上限値のガイドラインは0.05 mg/kgで,上述したように,日本ではナスの7.3%がこの値を超えると試算されている。ナスでは台木が広く利用されており,台木にカドミウムを吸収しにくいか,地上部に移行させにくいものがあれば,ナス果実のカドミウム濃度を低くする期待がもてる。この問題を農業環境技術研究所の土壌環境研究領域が中心となって検討した(荒尾知人・竹田宏行・佐藤淳・西原英治・大崎佳徳・飯田佳代 (2008) 農業環境研究成果情報.第24集.スズメノナスビを台木としてナス果実中カドミウム濃度を低減;竹田宏行・佐藤淳・西原英治・荒尾知人 (2007) スズメノナスビ(Solanum torvum)を台木とした接ぎ木栽培によるナス果実中カドミウムの低減技術.日本土壌肥料学雑誌.78: 581-586;T. Arao, H. Takeda and E. Nishihara (2008) Reduction of cadmium translocation from roots to shoots in eggplant (Solanum melongena) by grafting onto Solanum torvum root stock. Soil Science and Plant Nutrition. 54: 555-559)(注:和名はスズメナスビが正しく,本文では以下そのように記す)。 ナス(Solanum melongena)の台木としては,栽培ナスにごく近縁なヒラナス(アカナス),栽培ナスと近縁種(ヒラナスなど)との一代雑種(「耐病VF」など),ナス近縁種固定品種(スズメナスビ(S. torvum)など),栽培ナス品種(「台太郎」)といったものが使用されている。このうち,スズメナスビはプエルトリコから導入したものだが,台木品種として「トルバム・ビガー」,「トレロ」,「トナシム」が登録されて利用されている(吉田建実 (2000) 台木の種類・品種と耐病性, 生育特性.農業技術大系.野菜編 第5巻ナス p.基199〜202.農文協)。 いろいろなタイプの台木に,「千両二号」を穂木にして接ぎ木したナス苗をカドミウム汚染土壌でポットと圃場で栽培して,果実のカドミウム濃度を比較した。その結果,スズメナスビを台木にして接ぎ木した場合には,土壌の種類(褐色低地土,灰色低地土,黒ボク土),作型(6月定植7〜9月収穫,9月定植10〜5月収穫),穂木の種類(千両二号他3種類)によらず,自根栽培およびその他の台木(ヒラナス、台太郎、カレヘン、耐病VF、ミート、アシスト)に接木した場合に比較して,果実のカドミウム濃度を約1/2〜1/4のレベルに低減できた(図1,図2)。 こうした結果から,スズメナスビを台木にすることによってナス果実のカドミウム濃度を低減できることが示された。ただし,コーデックス委員会のガイドラインの0.05 mg/kg以下にできていないケースも存在したことから,この技術の適用条件を明確にすることが望まれる。 また,カドミウムを添加した水耕栽培での結果から,スズメナスビを台木にした場合,果実だけでなく,地上部(穂木の茎葉,台木の茎)のカドミウム濃度が低くなるものの,根のカドミウム濃度には差がないことが示された。これらのことから、スズメナスビの根には地上部へのカドミウムの移行を特異的に抑制する何らかの機能が備わっていると推定されている。
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