環境保全型農業レポート > No.203 OECD加盟国における水質汚染
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.203 OECD加盟国における水質汚染

    〜農業による水質汚染に対処する政策

    ●経緯

     先進国が共通する問題を論議するOECD(経済協力開発機構)は,1972年に,当時先進国で深刻な状況を呈していた工場などの特定汚染源から排出された汚染物質による環境汚染(公害)について,当該汚染者が汚染の削減や生じた被害の弁償を行なうべきであるという「汚染者負担原則」を打ち出した(OECD Recommendation of the Council on the Implementation of the Polluter-Pays Principle, 14 November 1974 - C(74)223)。

     先進国は環境政策にこの原則を順次導入して,特定汚染源からの環境汚染を顕著に減少させた。他方,農業のように排出濃度は低いものの,排出面積が広大であるために,排出総量が莫大な量に達する非特定汚染源からの環境汚染対策が残された。現在,先進国では通常,特定汚染源よりも非特定汚染源からの汚染物質の排出量のほうが多くなっている。

     OECDはこれまでにも農業による環境負荷の実態とそれに対処する政策について,多くの報告書を刊行している。この点については,環境保全型農業レポート.「No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法」,「No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス」,「No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー」も参照願いたい。

     これまでのOECDの農業環境に関する報告書は,様々な環境問題を対象にしていたが,今回,農業における水質問題に限定して下記の報告書を作成した。

     OECD (2012), Water Quality and Agriculture: Meeting the Policy Challenge, OECD Studies on Water, 155p. OECD Publishing.

     この概要を紹介する。

    ●OECD加盟国における水質汚染実態の概要

     農業は農地や畜舎から水系に排出された,養分,農薬,土壌(沈積物)などによって,いろいろな水系の水質を劣化させている。OECD国全体の農業によって生じている水質汚染の経済,環境,社会的な被害コストは,満足できる推定ではないが,年間数10億USドルを超えると推定されている。

     OECDは2008年に刊行した報告書(OECD (2008) Environmental Performance of Agriculture in OECD Countries Since 1990)において,1990-92年に比べて,余剰養分量や農薬使用量が減少し,OECD加盟国全体では農業起因の水質汚染程度が減少したと結論した(環境保全型農業レポート.No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス)。また,EUは硝酸指令に基づいて,4年ごとに農業による水質汚染の実態を欧州委員会に報告することを定めているが,2004〜2007年の報告をまとめた第4回報告書(環境保全型農業レポート.No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書参照)において,2004年以前からEUに加盟していて,蓄積データが多い15か国 (EU(15)) についてみると,農業が表流水への窒素負荷になお大きく寄与しているものの,2000〜2003年に比べて,表流水の硝酸汚染に対する農業の圧力は多くの加盟国で減少してきており,地下水についても,一部の加盟国を除き,水質が改善したステーションの割合のほうが,安定ないし増加傾向の割合よりも高かったと結論していた。

     しかし,2000年代中頃から2010年までの間にOECD加盟国が行なったより新しい調査結果をレビューすると,農業による水質汚染は,多くの場合,安定しているか悪化していることが示された。代表的OECD加盟国の概要は下記のとおりである。

     ◆EU: EU全体で表流水の40%,地下水の30%が,EUの「水枠組指令」(環境保全型農業レポート.No.34 欧州の水系汚染対策 参照)で規定された化学的および生態学的に良好な状態という目標を満たせない状態にある。EU(15)についてみると,表流水と地下水のモニタリングステーションの約1/3では,水中の硝酸濃度がなお増加する傾向を示しており,淡水および海水の富栄養化も顕著である。EU加盟国全体にわたって,農業は表流水や地下水に対する養分や農薬の重要な汚染源となっており,農業の寄与は高止まりしている。

     ◆バルト海沿岸国: バルト海に流入する窒素の71%は非特定汚染源起源に由来し,その80%は農業に由来している。他方,リンの56%は特定汚染源に由来し,その90%は都市の特定汚染源に由来している。バルト海に流入するリンの44%が非特定汚染源に由来しているが,フィンランドやスウェーデンでは,農業がバルト海へのリンの最大の寄与者になっている。

     ◆スイス: 大部分の地下水および表流水の水質は良好であるが,一部局地的に問題が起きており,特に集約的農業地域で硝酸や農薬に関する問題が起きている。地下水に溶脱している硝酸の3/4は農地由来と試算されており,富栄養化問題や飲料水基準違反が起きている。

     ◆カナダ: 水質に対する農業の寄与は現在良好な状態にあるものの,全体としては1981年の望ましい状態から低下してきている。肥料および家畜ふん尿による養分(窒素とリン)の施用量増加が,カナダ全体での水質の低下傾向の主たる駆動力となっている。東部からプレーリー地方に家畜頭数が移動されて,東部では表流水の大腸菌汚染の状況は比較的安定してきているが,プレーリー地方では大腸菌による汚染リスクが高まってきている。

     ◆アメリカ: アメリカ全体で農業は,河川汚染の約60%,湖沼汚染の30%,河口・沿岸汚染の15%の原因と試算されている。農業による水質汚染が深刻な水系として,五大湖,チェサピーク湾,エバーグレーズと南フロリダ,カリフォルニア湾デルタ,ミシシッピー川流域とメキシコ湾の5つの生態系が問題になっている(チェサピーク湾については,環境保全型農業レポート.No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例.参照)。メキシコ湾の低酸素ゾーンは,1970年代に最初に認められてから,かなり面積が増加してきおり, 2011年に200万haを超えると試算されている。農業はアメリカ全体で,特に養分と農薬の溶脱による地下水汚染(井戸と帯水層)にも有意に寄与している。

     ◆日本: 河川の90%超は健康に関する水質基準を満たしているものの,多くの湖沼,貯水池,沿岸水はそうではない。農業に由来する汚染物質が,下水,工業などの他の汚染源とともに,その原因となっていることが認識されている。内陸水や沿岸水では頻繁な藻類の異常繁殖(赤潮と青潮)を引き起こす富栄養化が頻発しており,集約的畜産経営体や農地から排出された養分も大きな原因を占めている。地下水の水質は改善しており,農業を含む全ての汚染源に由来する汚染で,基準を超えた硝酸+亜硝酸汚染はモニター井戸の4%,農薬については0.1%未満となっている。水田圃場は自然の湿地に似て過剰養分をろ過し,水質の点である程度の便益を与えている。

    (筆者注)基準を超えた硝酸+亜硝酸汚染はモニター井戸の4%ということには注意が必要である。「水質汚濁防止法」に基づいて行なっている地下水の概況調査では,都道府県の市町村を市街地では1〜2 km,その周辺地域では4〜5 kmを目安としてブロックに分割し,そこを代表する井戸を選定して,井戸水の水質を年1回以上分析している。このため,農村部のブロックを5 km四方とした場合,その面積は2,500 haの広さになる。日本では国土の約7割が山林なので,2,500 haの大部分が農地で占められているケースは少なく,大方は山林になる。このため,農業から排出された養分が森林から排出された地下水によって基準以下に希釈されているケースが多いと推定される。農地だけのブロックでは地下水,特に水田地帯以外では,地下水の硝酸+亜硝酸濃度が基準を超えているケースがはるかに多いことに留意する必要がある。

     ◆韓国: 多少の改善が最近なされているものの,河川の約1/3が国内水質基準を満たせず,1/4超の湖沼が富栄養化している。地下水の水質は良好だが,6%が国内基準を満たしていない。沿岸の富栄養化は局地的に漁業や養殖で問題になっている。農業を含む非特定汚染が汚染源として認識されており,家畜頭数の増加が水システムに対する圧力を高めている。自然湿地に似た水田圃場は,水質を向上させる能力を有している。

     ◆オーストラリア: 農業汚染や塩類濃度問題が,最近の取水増加や少雨によって生じた水流の減少によって,一層悪化している。オーストラリアの畑状態土壌での塩類集積問題の多くは,主に農業目的での徹底的な土地の刈り払いによって起きている。すなわち,樹木や他の深根性土着植生を,水使用量のより少ない浅根性作物や牧草に置き換えると,地下水位の上昇をもたらし,乾燥地の表層土壌への塩類集積が引き起こされる。

     大部分の河川,特に主要な農業生産地域であるマレー川・ダーリング川流域の河川の水質はひどく劣化している。飲料水質は多くの場所で損なわれており,大きな農業地域の下流に位置している沿岸地域は沈積物や養分負荷を受けて劣化している。グレートバリアーリーフは,陸地から流入する沈積物,リンや窒素の量によって汚染されてきており,農業がグレートバリアーリーフにおける水質問題のキーとされている。しかし,国のモニタリングシステムがないために,農業に関連した水質の傾向をきちんと評価することは難しい。

     ◆ニュージーランド: 全体として水系の質は良好だが,低地の多数の河川で水質が問題になっている。国全体では,非特定汚染が特定汚染を現在では上回っている。牧畜景観の中の湖沼の約64%は,富栄養化ないし劣悪水質と分類されている。絵のように美しい一部の湖では高額な修復清浄作業が進行している。地下水質は1995年と2008年の間にモニターされたサイトの1/3で硝酸レベルが増加傾向を示し,劣化してきている。

    ●今後10年間の農業生産と水質変化の予測:日本の農業生産は縮小

     OECDは,2010年にFAOと共同して2010〜19年の世界の農業動向を予測している(OECD-FAO (2010) Agricultural Outlook 2010-2019. p.247)。その結果として,最近の農産物価格の高止まりに刺激されて,生産を大きく拡大し続ける国(グループ1)と,生産をゆるやかに拡大するか減少させる国(グループ2)とに分類した。

     ◆次の10年間に生産拡大を強く続けると予測されるグループ1のOECD加盟国は,カナダ,アメリカ,メキシコ,トルコ,オーストラリア,ニュージーランドなどで,OECD加盟国以外では,ブラジル,中国,インド,ロシア,ウクライナなどがある。

     これらの国々は過去10年間に生産性や集約度を高めて大幅に生産を拡大している。その上,これらの国では,生産を環境的に脆弱な農地や以前は耕作されていなかった限界地に拡大するリスクがある。

     なお,このグループの例外は韓国で,1990年代後半から2007年まで生産を減少させたが,2010年代末には1990年代後半のレベルに戻ることが予測されている。これは,韓国での生産増加は,消費者需要の増加と政府の生産者に対する支持の強化によって助長された肉牛生産の成長による。

     ◆グループ2のOECD加盟国は,次の10年間に生産がゆるやかに拡大すると予測されるEU(27)と,減少すると予測される日本である。ただし,EU(27)の内容は多様であり,農業部門が引き続き縮小するEU(15)の多くの国と,拡大している新加盟国とに大別される。生産を縮小する国々でも,作物や家畜の生産をさらに集約化し,少ない農地で生産を集中させて生産性と収益の増加を維持するようになろう。

     グループ2の国々の多くでは,汚染の絶対レベル(ha当たりの余剰養分量など)がOECDの平均値よりも高いままだろうが,農業生産が予測されたように減少するなら,水への農業汚染物質負荷量全体に的減少しよう。こうした傾向は,日本でより顕著であろう。

    ●政策ミックス

     農業による水質汚染を軽減するために,OECD加盟国はいろいろな政策手法を講じているが,単一の政策手法よりも,地域や問題に合わせて下記の政策手法をミックスさせて講ずるほうが良いとしている。

     ◆規制や基準の遵守:違反を放任しないように,既存の水質規制や基準の遵守を図る。

     ◆歪曲的農業政策の廃止:政府による生産者価格保証や肥料などの投入物使用への補助金などの農業支持政策は,こうした支持がない場合よりも,農業者に生産増強や投入物使用量増加を促して,水質汚染を助長するため,歪曲的な農業支持政策を廃止する。

     ◆汚染者負担原則の考慮:汚染者負担原則に沿って,農業者が環境汚染を防止するために講ずるコストを必要コストに組み込んで,なお収益を確保(内部化)できるように農業者を奨励する。しかし,農業のような主に非特定汚染の場合,現時点では防止するために必要となる妥当なコストを計算できないために,農業における汚染者負担原則の適用は広がってはいない。

     ◆明確なターゲットと工程表の策定:農業による水質汚染を軽減する対策事業を実施する際には,進捗状況を追跡できる,現実的で,計測が容易なターゲットと工程表を設定する。

     ◆空間的ターゲットの設定:汚染の深刻な集水域の改善を図るには,最もひどい汚染を発生させている地域などを対象にした,空間的ターゲットを設定する。

     ◆コスト効果の評価:講じようとする政策手法について,水質改善によって生ずる便益,生産者の要する追加コスト,改善効果のモニタリングや管理コストなどを考慮することが必要である。

     ◆ホリスティックな視点:例えば,圃場と水辺の間に牧草を生やした水辺緩衝帯は,牧草によって土壌や養分を捕捉して水質汚染を軽減するだけでなく,牧草によって野生生物生息地や炭素隔離の点でも便益を提供でき,生ずる便益を高くできる。

     ◆情報システムの提供:農業方法の水質に対する影響,その対策技術,技術に要するコストなどについての技術および社会・経済の情報が,政策立案者,普及・技術指導者,農業者などに必要である。

    ●OECD加盟国の水質関連農業環境支払の実施状況

     農業に起因した環境汚染を削減し,農業を営むことによって生ずる生物多様性の増進などのプラスの環境便益を増進するために,OECD加盟国は,水質対策以外も含めて具体的には様々な手法を採用している。その概要は環境保全型農業レポート.No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 を参照されたい。

     そうした様々な政策手法の1つとして,農業環境支払がある。これは1992年にEUで導入されたものである。これは農産物価格保証や関税などの政策を減らして,貿易自由化を進める代償として導入された経緯がある。すなわち,貿易自由化で流入してくる外国産農産物が安価に販売されると,EU域内の農業者の所得が減少する。その減少分を環境保全を名目にして直接補償するといった性格が初期にはあった。その後,単なる所得補償ではなく,その正当性の理論付けも行なった。

     農業では汚染者負担原則が守られずに,汚染を起こしている農法にも政府が補助金を支給しているとの批判に対処する理屈を作った。すなわち,法律や優良農業規範で定められた環境保護要件を守ることは農業者の義務であって,そのために要する農業方法などの改善に要するコストは農業者の自己負担とし,この部分には公的支援を行わない。しかし,法律や優良農業規範で定められた環境保護要件を超えて環境にやさしい農業方法を実践する農業者には,そのために要するコストを支給する。それは環境保護要件を超えて環境にやさしい農業方法を実践して,それに要するコストが加算されても,市場はそのコストを加えた価格で農産物を販売してくれないため,市場経済だけではそのコストが回収されない。そのため,そのコストを市場に代わって政府が支給するとした。そして,環境保全目的を明確にするために,規定された環境保護要件を遵守することを条件にし,違反すると受取額の返還や減額を要求する環境クロス・コンプライアンスも導入した。これがEUの始めた農業環境支払であり,その後,多くのOECD加盟国で施行されている。

     環境保全型農業レポート.No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法の表1は,農業環境問題全般を対象にして作成されている。同じデータを基にして水質問題を対象にして作成し直したのが,下記の表1である。

     表1は,農業方法を,水質を直接的に向上させるものと,間接的に向上させるものに分類し,政府がそれぞれのなかのどのような農業方法に支払を行なっているかを示している。EU加盟国でも,自然や農業の事情によって同じではないことが注目される。EUに加え,スイス,アメリカ,韓国も表示したが,日本はこれらの国比べて,取り組みが弱いことがうかがえる。ただし,表1は2008年段階のものであって,2011年度からは「環境保全型農業直接支援対策」が日本でも導入された(環境保全型農業レポート.No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い)。

     環境保全型農業直接支援対策では,カバークロップ,リビングマルチ,草生栽培,冬期湛水管理,有機農業,5割低減の取組が対象となっている(農林水産省(2012) 平成24年度環境保全型農業直接支援対策.取組の手引き.を参照されたい)。これらはいずれも水質を間接的に向上させる農業方法に位置づけられるものである。

    ●OECD加盟国における家畜ふん尿管理の法的規制状況

     水質を直接的に向上させる農業方法の1つが,表1の「養分管理プラン」である。これは,国が法律あるいは優良農業規範のなかで,肥料や家畜ふん尿由来の養分の施用量の上限値または適正範囲を定め,それに基づいた施肥を行なったことを証明する施肥設計のことである。

     表2は,一部のOECD加盟国における豚および乳牛のふん尿管理の法的規制要件の概要である。豚については2003年,乳牛については2004年に刊行されたOECDの報告書に基づいている。この時点では日本は,1999年に「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」(家畜排泄物法)が施行されていたので,日本に関する記載は同法に関するものといえよう。

     家畜排泄物法は,家畜ふん尿をスラリーとして貯留する施設と堆肥として加工する堆肥化施設の構造的仕様(雨水の浸入しない構造と素材)や施設の維持管理などを規定したもので,スラリーや堆肥の圃場への施用については何らの規定も行なっていない。

     このため,欧米が家畜ふん尿養分による水質汚染を防止するために,家畜ふん尿窒素の施用量の上限,施用禁止時期,施肥設計などを要求しているのに対して,日本はこれらの側面について何らの規定も行なっていない。そして,韓国よりも規定がゆるいことがうかがえる。

     なお,表2で日本では「養分収支計算」が要求されていると記載されているが,これは欧米のように圃場における余剰養分量の計算を求めるのではなく,畜産経営体における年間の家畜ふん尿発生量,処理方法別処理量といった,家畜ふん尿処理記録だけの意味と理解される。

     因みに,雨水を遮断して家畜ふん堆肥を製造すると,これまで雨水によって流れていた塩分が流れずに塩類濃度の高い家畜ふん堆肥が製造される。土壌の塩類濃度の上昇によって生育が抑制されやすい作物を生産している耕種農家からは,塩類濃度の高い家畜ふん堆肥は敬遠されている(環境保全型農業レポート.2004年12月8日号.家畜排せつ物処理法の完全施行は,家畜ふん堆肥の利用にブレーキをかけるのではないかNo.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造も参照されたい)。

    ●おわりに

     日本では地下水の硝酸+亜硝酸性窒素で汚染された井戸が全国で4%だけなので,農業による硝酸汚染はほとんど問題ないといった空気がある。しかし,これは「OECD加盟国における水質汚染実態の概要」の日本の項で筆者注として指摘したように,森林率が高くて,農地率の低い日本では,森林を含めた2,500 ha程度のブロックでは,農地の影響が森林地帯の地下水によって希釈されていることに安心しているにすぎない。農地近傍の地下水の硝酸+亜硝酸性窒素濃度が基準値をはるかに高く超えていることを示す研究は枚挙にいとまがない。このため,水田地帯以外の農村の地下水の硝酸+亜硝酸性窒素汚染は深刻である。このため,日本の農村でも井戸水を使って溶かした粉ミルクを飲んだ赤ちゃんにメトヘモグロビン血症(硝酸塩中毒)が発生した事例が報告されている(環境保全型農業レポート.No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例)。

     日本も農業による水質汚染問題にもっと真剣に取り組むべきであるが,農業のマイナスの側面に目を向けていては,農業に対するイメージが損なわれる。農業の持つプラスの側面である,身近な生物の保全,農村景観の保全,伝統文化の継承,土壌の炭素蓄積による気候変動緩和機能などを,積極的に打ち出して,農業のイメージアップを図る戦術が採られている。しかし,汚染された環境は安全な食料生産と相容れない。

     日本も農業による水質汚染に対する取組を強化すべきである。

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