環境保全型農業レポート > No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 |
||
□ |
No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案
●問題の背景EUは農薬による作業者の健康,食品および環境の安全性を確保するために,軸となる2つの法律を公布している。一つは,販売する農薬の安全性を事前にチェックして危険な農薬を排除するための法律(「植物保護製品の販売に関する指令91/414/EEC」(Directive 91/414/EEC on the placing of plant protection products on the market)で,もう一つは,消費者の安全性確保を目的にした「食料および飼料中の農薬の最大残留レベルに関する規則(Regulation (EC) No 396/2005 on maximum residue levels of pesticides in food and feed) である。これらが遵守されているならば,基準値を超える残留農薬の検出された農産物は生じないはずだが,実際には1996年〜2003年に基準値を超える残留農薬が検出された農産物は毎年約5%に達している。 こうした事態になっている原因は,これまでの農薬に関する法律の枠組が農薬販売と農薬製造・使用の最終段階に重点を置き,農薬使用の現場段階にほとんど及んでいない点にあるとして,欧州委員会は2006年7月に「農薬の持続可能な使用に関する戦略(案)」(A Thematic Strategy on the Sustainable Use of Pesticides)を提案した。
●農薬戦略(案)の骨子農薬戦略(案)は,現行の法律を遵守して,適正使用を徹底させるために,プロの農薬使用者(営利活動として農薬を使用する,オペレータ,技能者,自営農者と法人)の知識と技能の向上を図ると同時に,非プロの農薬使用者の農薬に対する認識を向上させ,さらに,代替技術を普及させて化学農薬使用量を減らすために,様々な措置を講じ,農薬使用にともなう作業者と消費者の健康および環境への害やリスクを最小にすることをねらっている。下記に主要な提案を欧州委員会による「農薬の持続可能な使用を達成するための共同体の枠組を定める指令案」(枠組指令案)(Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council establishing a framework for Community action to achieve a sustainable use of pesticides)を元にして紹介する。 (1)国家行動計画の策定 加盟国は,後日,枠組指令が施行されたなら,3年以内に,化学農薬のリスクと農薬依存度を減らす削減目標,方策,工程表を規定した国家行動計画を策定する。その際,経済および環境面での影響を十分考慮するとともに,策定には国民の参加を必須とする。 (2)プロの農薬使用者等に対する研修の義務化 加盟国は全てのプロの農薬使用者,販売業者および技術指導者に対して研修を行い,研修修了証明書を発行する制度を設ける。研修項目は, 1) 農薬およびその使用に関する全ての法規 2) 農薬による人体に対する中毒や害作用,非標的生物や環境に対するリスクの確認方法救急措置方法と防止方法。 3) IPM(総合的有害生物管理)戦略と技術,総合的作物管理と技術,有機農業の考え方,IPMの一般および作物別基準 4) プロの農薬使用者が,特定有害生物ごとに使用状況に応じて最適な製品を選択できるようにする農薬の比較評価 5) 人体・非標的生物や環境へのリスクを最小にする手法,農薬の貯蔵・ハンドリング・混合時の安全作業方法,空容器・その他の汚染資材・残った農薬(タンク中の混合物を含む)の廃棄方法,オペレータの暴露防止方法(人体保護装置) 6) キャリブレーションを含む散布装置の作業準備手順と,人間・非標的生物・環境に対するリスクを最小にする操作手順 7) 散布装置の使用方法,少量散布,低ドリフトノズルなど特殊な散布技術 8) 事故発生時の健康と環境の保護のための緊急対処法 9) 健康チェック方法と事故時の連絡先 10) 関連法規に準拠した農薬使用記録の保持 (3)研修修了者による農薬販売 加盟国は,プロ用の農薬を販売する業者は,上記の研修を修了した者を少なくとも1人雇用し,その者が研修を修了したプロの農薬使用者にプロ用農薬を販売できるようにするとともに,非プロ用の農薬を販売する業者は,一般の顧客に農薬の危険性,暴露,適切な貯蔵,取扱と散布,廃棄についての一般的情報を提供させるようにする。 (4)農薬散布装置の定期検査 加盟国は,プロの農薬使用者の農薬散布装置および付属部品を検査証明する認定システムを構築して,その責任機関に後日規定される期日から5年以内にプロの農薬使用者の農薬散布装置および付属部品を全て検査させ,検査に合格したものだけを使用させ,その後は一定間隔で検査させるようにする。 (5)空中散布の原則全面禁止 農薬の空中散布は原則全面禁止とする。ただし,地上散布と比較して,有効な代替方法がないか,健康および環境へのインパクト削減の点で明らかに利点がある場合と,空中散布が認められている農薬の場合には,空中散布の許可を国の機関に申請できる。 (6)水系の保護 加盟国は,水系の近傍における農薬使用について,a)水環境に危険でない農薬を低ドリフト散布装置など効果的な散布技術によって散布させるようにして,b)表流水から一定距離内を,農薬を散布または貯蔵してはならないバッファーゾーンとして指定し,c)表流水に直接隣接した位置に存在する果樹,ホップなどの丈の高い作物についてはドリフトを抑制する適切な措置を確保させ,d)道路や線路またはこれらの沿線,表流水や地下水に隣接した水を浸透しやすい土地,または表流水や下水道に表面流去水を流入させやすい舗装地への農薬散布をできるだけ減らすか,なくすようにする規定を設ける。 (7)脆弱地域への農薬散布の最小化 公園,運動場,校庭,遊園地など,多くの人々や農薬に感受性の高い子供などの利用する場所や,特別な自然保全地域での農薬使用を禁止するか,必要最小限にする。 (8)農薬とその容器および残りのハンドリングと貯蔵 加盟国は,a)散布前の農薬の貯蔵,ハンドリング,希釈および混合,b)使用済み容器のハンドリング,c)散布後に残った農薬混合物の処理,d)散布に使用した装置の洗浄が,人間の健康と環境に危険を及ぼさないように必要な措置を講じる。 (9)総合的有害生物管理(IPM) 加盟国は,IPMを含む低農薬農業の推進に必要なあらゆる措置を講じ,プロの農薬使用者が,環境に優しい低リスクの代替方法を優先的に利用し,それができない場合には,利用可能な農薬のなかで人間の健康と環境に対するインパクトの最も少ない製品にシフトするように措置を講じる。そのために,農業者が,上述の研修などによってIPMや有害生物のモニタリングの知識を得るとともに,IPMに関するアドバイスサービスを受けられるようにして,自らIPMの意志決定を行えるようにして,遅くも2014年1月1日までにプロの農薬使用者がIPMの一般基準を実施するようにする。 (10)農薬のリスク指標 欧州委員会は農薬のリスクを計測する指標を策定し,加盟国はその指標に基づいて農薬使用状況を欧州委員会に報告する。
●今後の予定欧州委員会は,上記の「枠組指令」に基づいて,「植物保護製品の販売に関する指令91/414/EEC」の改正案を提案しており,さらに,「特にリスク指標と戦略の影響を計測するための農薬販売および使用に関する統計収集に関する規則(案)」,「環境要件を考慮した新たな散布装置に関する指令226/42/ECの改正(案)」と,「農薬での基準を含む水行政分野での環境質の基準(案)」を今後提案する。そして,欧州委員会は「農薬戦略専門家グループ」を編成して,優良農業行為規範のガイドラインや,戦略で提案された様々な方策の実施状況をモニタリングするガイドラインを策定する。 「枠組指令」が採択されて施行されたら2年以内(案)に,加盟国は「枠組指令」の遵守に必要な法律,規則,告示を施行することになる。 今後の詳細な時間的段取りは明示されていないが,「枠組指令」において,「加盟国は遅くも2014年1月1日までにプロの農薬使用者がIPMの一般基準を実施するように措置しなければならない。」との期日が明示されているため,この期日よりも前に全ての法律が確定されるはずである。
(c) Rural Culture Association All Rights Reserved.
|