No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度
●都市園芸ブームだが・・・
途上国や先進国の双方で,都市部での野菜生産が,食料費の節減や社会的交流を増やすなどのために,活発化してきている。特に先進国の都市住民には,自ら栽培した新鮮な野菜が健康に良いと考えている人が多い。しかし,既にいくつかの研究によって,都市部で栽培された野菜が,一般に高レベルの重金属などの有害物質に汚染されているケースが多く,そうした野菜を摂食することによる健康リスクが懸念されることが指摘されている。
これまでの研究から,都市部で栽培された野菜の重金属の蓄積量は,マメ科野菜で低く,根菜が中程度で,葉菜で高いことが経験的に知られている。そして,道路への隣接が野菜の重金属蓄積に重要であり,交通量,曝露時間,風の特性,道路と栽培地の間に存在する建物などの障害物の存在によって異なるが,道路から離れるにつれてしだいに減少することなどが知られている。
しかし,これまでの研究では,都市部で採取した土壌をポットに充填し,必要な場合には重金属を添加して,研究所などの管理された環境で栽培した野菜を分析した事例が圧倒的に多かった。これに対して,ドイツのベルリン工科大学のゾイメルらは,ベルリン中心部で市民によって栽培されている野菜を採取して分析を行なった。
その結果の概要を下記文献から紹介する。
I. Saumel, I.Kotsyuk, M. Holscher, C. Lenkereit, F. Weber and I. Kowarik (2012) How healthy is urban horticulture in high traffic areas? Trace metal concentrations in vegetable crops from plantings within inner city neighbourhoods in Berlin, Germany. Environmental Pollution, Volume 165: 124 ? 132
●分析した野菜
ベルリン中心部の28のサイトで下記の野菜とハーブを栽培し,栽培概要,栽培地と道路との位置関係,半径1 km範囲内の総交通負荷量,最寄りの道路の1日当たりの交通負荷量,最寄りの道路と栽培地の間の大気汚染を減らすと考えられる障害物の有無などを記録した。
果菜:トマト,サヤインゲン
根菜と茎菜:ニンジン,ジャガイモ,コールラビ(アブラナ科の野菜で,球状に肥大した茎部を食用とする。和名はカブカンラン)
葉菜とハーブ:シロキャベツ,ナスタチウム(ノウゼンハレン科の一年草で花や若葉を食す。和名はキンレンカ(金蓮花)),パセリ,スイスチャード(アカザ科フダンソウ属の一年・二年草。葉菜として改良されたビートの系統),バジル,ハッカ,タイム
比較のために,一般のスーパーマーケットから購入した同種の野菜もサンプルとし,可食部組織中の鉛,カドミウム,クローム,銅,ニッケルを分析した。
●市街地中心部の野菜やハーブの重金属による汚染状況
市街地中心部からの野菜やハーブのサンプルは,スーパーマーケットからのものよりも高い重金属含量を有しているケースが多かった(表1)。
野菜やハーブの可食部中の重金属濃度は,付近の交通負荷量,栽培した場所と道路の間にある障害物としての建物や植生の存在などによって,次のようにかなり異なった。
(1) 栽培サイトの半径1 km範囲内にある,総交通負荷量の多い道路に近い栽培場所で収穫した全ての野菜で,可食部中の鉛含量が有意に高かった。また,総交通負荷量が少ないと,果菜類の亜鉛の含量が低く,茎菜や根菜のクロームとニッケルの含量が低かった。
(2) 野菜やハーブの全サンプルのうちの52%が,食用作物中の鉛濃度についてのEU(ヨーロッパ連合)の基準を超えていた。そのうち,最寄りの道路の交通量が多く,その道路から10メートル未満の場所で栽培されたサンプルの67 %が,EU最大許容濃度 (Commission Regulation (EC) No 1881/2006 of 19 December 2006 setting maximum levels for certain contaminants in foodstuffs )を超えていた。他方,最寄りの道路から10メートルを超えた場所で栽培された野菜とハーブでは,38%しかEUの最大許容濃度を超えていなかった。
(3) 栽培場所と最寄りの道路の間に障害物(建物や丈の高い植生)があり,その後ろで栽培された野菜とハーブでは,鉛のEU最大許容濃度を超えたのは37%だけであったのに対して,障害物がない場所で採取された全サンプルの半分強(52%)が,最大許容濃度を超える鉛を含んでいた。
(4) 本研究で収集したサンプルのカドミウム濃度は,EUの最大許容濃度を超えるものはほとんどなかった。
(5) 鉛では,全サンプルの52%がEU最大許容濃度を超えていたが,野菜とハーブ種によって明かに違いがあった。ニンジン,スイスチャード,タイム,ハッカ,ジャガイモ,パセリのサンプルの過半は最大許容濃度を超えた。これに対して,トマト,コールラビ,サヤインゲン,ホワイトキャベツのサンプルで最大許容濃度を超えたのは1/3未満で,バジルやナスタチウムのサンプルで超えたものはなかった。
これまでの知見から,野菜の重金属蓄積量は,マメ科で少なく,根菜で中位,葉菜で多いとされているが,著者らの研究では,ニンジンやジャガイモのような重金属の蓄積量が中位とされる野菜で鉛の最大許容濃度を超過する事例が多く,ホワイトキャベツ,バジルやナスタチウムのような葉菜では,最大許容濃度を超えるものが少ないか,ほとんどなかった。このため,市街地で栽培したときに,重金属蓄積の点で「リスクの高い蓄積作物」とか「安全な低蓄積作物」といった一般化を行なうことはできなかった。一般化していくためには,今後,品種レベルでの情報が必要である。
(6) 重金属に強く汚染された市街地中心部で栽培された野菜を摂取していると,健康に害作用が与えられるリスクが推定された。すなわち,WHO(世界保健機関)の重金属の食事からの摂取上限値は,成人の場合,銅で3.0 mg,亜鉛で22.0 mg,カドミウムで0.060 mg,鉛で0.214 mgである。推奨されている1日の野菜の消費量(ジャガイモを除く)は,成人で400 g,6才未満の子供で200 gであり,ジャガイモの1日消費量は,成人で100 g,子供で50 gとされている。
このため,本研究での市街地での重金属の平均濃度のニンジン,トマト,コールラビ,チャードとジャガイモを平均100 gずつ消費している成人を想定すると,亜鉛,鉛,銅,カドミウムの1日許容摂取量のそれぞれ3%,17%,5%と5%をこれらの野菜から摂取することになる。6才未満の子供が各野菜を50 gずつ消費すると,許容日摂取量のそれぞれ6%,35%,11%と10%を摂取することになる。本研究では平均値よりも数倍高い濃度の野菜も検出されており,そうした野菜を摂食し続けると,重金属の摂取量がWHOの最大許容濃度からみて危険な状態になることも想定される。
●おわりに
ガソリンやディーゼル油の燃焼によって,添加物の鉛を含む重金属が大気に排出され,それが作物の地上部に直接付着したり,土壌に落下してから根に吸収されたりして,作物体に蓄積する。
無鉛ガソリンやディーゼル排ガス対策の進んだドイツであっても,交通量が多い道路沿いの土地で栽培した野菜の重金属含量は,農村部で生産されたものよりも高く,安全基準濃度を超えたケースも少なくない。自ら汗をかきながら農薬や化学肥料を使わず,安全な食料を生産しているつもりが,そうでないケースが存在することが,本研究によって示された。この種の研究では,市街地で重金属濃度の点で安全な野菜などを生産するための市民向けガイドラインの策定を目指しているが,そうしたガイドラインは非常に難しいであろう。安全な環境でこそ安全な農産物が作れることを再認識すべきである。
(c) Rural Culture Association All Rights Reserved.
|