環境保全型農業レポート > No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題

    ●アメリカでの有機農業の発展経過

     有機農業は,自然界に存在しないものをできるだけ排除し,環境にやさしい生産方式によって,安全な食品を長期持続的に生産しようとする農業だが,その生産・加工・流通を一定の基準にしたがって行なうことが要求されている。

     アメリカでは,1970年代に民間組織が認証基準の策定を開始し,1980年代後半に一部の州が基準を作って認証を開始した。だが,こうした状況では,認証を行なう民間組織や州が違うと,有機農産物として認められなくなってしまい,国レベルで統一された生産基準を作る必要性が強く認識された。このため,1990年に,連邦政府が有機農業の枠組を定めた「有機食品生産法」を公布した。この法律に基づいて具体的な生産基準を定めることになっていたが,作業が遅れ,ようやく2000年になって「国定有機農業基準」が公布された。これによって,全米各地で生産された有機農産物がどの州でも有機農産物として販売できるようになり,アメリカの基準を遵守していると認定された外国産の有機農産物もアメリカで販売できるようになった。こうして,現在では,1990年代後半に比して,アメリカ国内おける有機農産物の生産は2倍超の増加を示した(表1)。それ以上に,消費者の有機食品に対する需要は急速に高まって,有機食品の販売額は1997年の36億ドルが2008年には211億ドルに増加し,この間に5倍超も増加した。この結果,かつて,有機食品は,自然食品店でしか入手できなかったが,現在では大手のスーパーマーケットでも入手できるようになった。しかし,それでもなお,アメリカでの有機農産物の自給率が低いことが問題になっている。

     こうした背景の下に,アメリカの有機食品の生産・販売・消費には新たな課題が生じている。この問題について,アメリカ農務省のERS(農業経済局)が次を刊行している。Catherine Greene, Carolyn Dimitri, Biing-Hwan Lin, William McBride, Lydia Oberholtzer, and Travis Smith (2009) Emerging Issues in the U.S. Organic Industry. Economic Information Bulletin No. (EIB-55) 36 pp.。この概要を紹介する。

    ●アメリカ産有機農産物の供給不足

     有機食品の販売額は急激に増加し,2008年にはアメリカの全食品販売額の3%超を占めるようになった。販売額で1位と2位を占める有機食品の品目は,青果物(野菜と果実)と酪農製品で,両者を合わせると,有機食品販売額の過半を占めている。そして,表1に示すように,アメリカ国内での有機栽培面積は増加し,2005年時点で,慣行を含めた全栽培面積に対して野菜が約5%,果実が2.5%に達したものの,作目全体ではアメリカの全耕地の約0.5%,放牧草地・牧野の0.5%だけが有機認証を受けているだけである。

     こうした状況の下で,2007年4月に開催された有機農業に関する連邦議会の公聴会で指摘されたように,国内産の有機農産物や有機加工食品用原料の不足が有機食品の販売を制約している。農務省経済研究局が2004年に行なった調査によると,アメリカの有機食品取扱業者全体の13%が,調達したくても供給量の不足のために調達できなかったと回答しており,調達できなかったと回答した取扱業者は,牛乳で26%,飼料用穀物で22%,果実・野菜で16%,ダイズ13%であった(ダイズは豆乳などの加工食品の需要が伸びている)。特に取扱業者が供給不足としている主要な製品や原料は,コーヒー,ダイズ,ミルク,種子(栽培用種子を含む),トウモロコシ,ナッツである。

    ●バイオエタノール用トウモロコシ生産の影響

     トウモロコシをバイオエタノール生産に回すようになって,慣行のトウモロコシ価格が上昇し,それに随伴してダイズの生産量が減少して,ダイズ価格も上昇した。このため,有機のトウモロコシやダイズが慣行のものに対して有していた価格プレミアムが縮小してきている。

     有機ダイズの生産は慣行生産よりも規模の小さな経営体で実施され,生産方法も異なっている。慣行生産はほぼ全て遺伝子組換え除草剤耐性種子(飼料品質)なのに対して,有機生産は食用品質の種子で行なわれている。そして,慣行ではダイズを条播作物(条播する穀物などの作物)の3年輪作で栽培しているのに対して,有機ではダイズを穀物と乾草用牧草との輪作でしているケースが多い。有機のダイズ生産者は,その規模がより小さいにもかかわらず,農外就業を兼業しているケースは少なく,有機栽培では集約的労働が必要なことが反映されていると考えられる。2006年には有機ダイズの平均価格プレミアムはトン当たり337ドルであったが,これは有機生産における追加コストを平均的には十分カバーできた。

     しかし,2007年に慣行ダイズの価格が劇的に上昇し,有機ダイズの価格プレミアムが2006年よりも目減りした。慣行ダイズ価格が高いと,有機栽培はその有利性を失って,有機栽培を採用する農業者が減って,有機ダイズの作付面積が減ってしまうことが示唆される。

     有機ダイズ栽培は慣行ダイズよりも収益が高くなりうるが,国内のダイズ生産が伸びない原因として,次が指摘されている。(1)有機転換に必要な3年間は有機のプレミアムがつかない,(2)有機ダイズの販路は慣行ダイズよりも小さい,(3)収穫したダイズを慣行のものと区別して農場で貯蔵しておくことが必要,(4) 栽培管理が面倒,(5)有機栽培での病害虫や養分管理を行なってくれるコントラクターがいない,(6)病害虫や雑草発生などに近隣者からの非難の恐れがある,(7)政府のインフラ支援の欠如,(8)エタノール用の慣行穀物への補助金が指摘されている。

    ●有機農産物と地元産農産物との競合

     最近,民間組織が,「自然食品」店で買い物をしている全米の消費者に,次の質問を行なった。「貴方があるレシピ用の決められた食材を買うときに,地元産の食材と地元産でない有機の食材とを選ぶことができ,両者の価格と品質に差がないとしたら,どちらを選ぶか」と質問した。その結果,回答者の35%が地元産,22%が有機を選択し,41%が両者を同様に選択すると回答した。他の調査でも,消費者の好みとして有機食品と地元産食品を同様に選び,地元産により高いプレミアムを支払う意志が示されている。

     小売チェーンには,地元産農産物の販売強化を開始しているものが増えてきている。大部分の消費者は,地元産は自分のコミュニティから100マイル(160 km)以内で生産されたものと考えている。そして,地元産表示の農産物はしっかりした生産基準に従ったものではないが,地元産は環境保全に責任を果たしているといった誤解ももっている。

     上述したように,地元産と有機農産物とがほぼ同等の評価をえているという結果の背景には,アメリカの消費者も農産物の品質や安全性については輸入品よりも自国産を信頼していることがある。その上,有機農業は農業資源や環境の保全などに貢献するとしても,それを享受するのは,有機農業の行なわれた地元である。それゆえ,地元の農業者が有機農業をさらに継続してもらえるようにするために,地元産の有機農産物にプレミアムを支払うのは分かりやすい。しかし,輸入された有機農産物の場合,割高なプレミアムに対価を支払っても,農業資源や環境が保全されるのは,有機農産物の輸出国であって,輸入国ではない。自国産の有機農産物が入手にくいという実態に,取扱業者だけでなく,消費者もいらだちを感じていることがうかがえる。

     最近では,多数の州が地元農業を支援する法律案を提案している。例えば,イリノイ州は2007年に,イリノイ州を地元産および有機農産物の生産における中西部のリーダーにすることを意図した法律を成立させた。この法律は、公的機関が有機製品を購入し,農業者が有機農業に転換するのを支援することを定めたものである。アイオワ州のあるカウンティ(郡)は,有機農業に転換する農業者に不動産税を100%払い戻し,カウンティの公的機関が地元産の有機食品を購入するのを支援する政策を制定した。連邦レベルでは,USDAの農業マーケティング局が,各地の地元産農産物・有機農産物の生産・販売を支援するいくつかのプログラムを実施している。

    ●連邦政府の有機農業に対する支援の方針転換

     環境保全型農業レポート「No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢」で紹介したように,EUは,有機農業に転換しようとする農業者や,有機農業をさらに継続しようとする農業者に対して補助金を支給している。その論拠を,有機農業は環境汚染の軽減,生物多様性の向上,農村景観の保全などの重要な便益(多面的機能)を社会に提供しているが,農業者はこうした社会的便益を意識しておらず,その対価も受け取っていない。そこで,慣行農業に比べて収量の低い有機農業に転換したり,実施したりすることによって生じた収益減を補償し,社会的便益に対する対価を支給するとしている。

     これに対して,アメリカ政府は,有機農業が土壌の質や侵食に対してプラスの便益を与えていることを認識しつつも,有機農業を,消費者にとっては差別商品である有機食品を提供する農業と見なしてきた。だが,農業生産全体が停滞しているなかで,拡大している有機農産物マーケットを一層発展させることは大切である。そこで,有機農業の生産基準などの法的整備に加え,有機農産物のマーケティングの強化を支援することに重点をおいた。このため,有機農業者個人に対する支援は,せいぜい生産者が認証に要する経費の負担や,有機農業技術の指導などにとどめていた。

     2008年農業法では,従来から実施していた,有機農業者が認証に要するコストを支援する予算を増額し,研究基金を20002年農業法でのレベルの5倍に増額した。その上で,2008年農業法において連邦政府は政策方向を変更して,有機農業に転換する農業者に財政的支援を与える条項を作った。すなわち,連邦政府がこれまで環境保全を図る農業者に財政支援を行なってきた様々な事業のうちの一つである既存の「環境質インセンティブプログラム」(Environmental Quality Incentives Program: EQIP)に2008年から有機農業転換支援条項を新設し,有機農業も環境保全的であるがゆえに,有機農業に転換する農業者に,年間2万ドル,1件当たり8万ドルを上限に6年間,個人または法人に支給することを可能にした。

     EUは農業を営むことによって,原生の自然にはない独自のプラスの環境サービス(農村景観の形成,身近な野生生物の多様性保全など)を農業環境政策の対象にしているのに対して,アメリカは,環境的に脆弱な土地の過度の利用に起因する,表土の流出,水質汚濁,湿地の排水や野生生物生息地の喪失といった,マイナスの環境汚染・破壊を対象にしてこれまで農業環境政策を実施してきた(環境保全型農業レポート.No.105.EUとアメリカの農業環境政策の違い)。有機農業は農業の環境汚染・破壊といったマイナス影響を少なくするだけでなく,生物多様性の保全や土壌による炭素固定量増加による大気中の温室効果ガスの削減などのプラスの効果をもっている。プラスの環境サービスも支援対象にした点でも政策変更といえよう。

     こうした政策変更を行なうに至ったのは,国内産の有機農産物に需要の伸びに比して,国内の有機農業の伸びが低いことに対処するためと理解できよう。

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