環境保全型農業レポート > No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 |
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No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題
●アメリカでの有機農業の発展経過有機農業は,自然界に存在しないものをできるだけ排除し,環境にやさしい生産方式によって,安全な食品を長期持続的に生産しようとする農業だが,その生産・加工・流通を一定の基準にしたがって行なうことが要求されている。 アメリカでは,1970年代に民間組織が認証基準の策定を開始し,1980年代後半に一部の州が基準を作って認証を開始した。だが,こうした状況では,認証を行なう民間組織や州が違うと,有機農産物として認められなくなってしまい,国レベルで統一された生産基準を作る必要性が強く認識された。このため,1990年に,連邦政府が有機農業の枠組を定めた「有機食品生産法」を公布した。この法律に基づいて具体的な生産基準を定めることになっていたが,作業が遅れ,ようやく2000年になって「国定有機農業基準」が公布された。これによって,全米各地で生産された有機農産物がどの州でも有機農産物として販売できるようになり,アメリカの基準を遵守していると認定された外国産の有機農産物もアメリカで販売できるようになった。こうして,現在では,1990年代後半に比して,アメリカ国内おける有機農産物の生産は2倍超の増加を示した(表1)。それ以上に,消費者の有機食品に対する需要は急速に高まって,有機食品の販売額は1997年の36億ドルが2008年には211億ドルに増加し,この間に5倍超も増加した。この結果,かつて,有機食品は,自然食品店でしか入手できなかったが,現在では大手のスーパーマーケットでも入手できるようになった。しかし,それでもなお,アメリカでの有機農産物の自給率が低いことが問題になっている。
こうした背景の下に,アメリカの有機食品の生産・販売・消費には新たな課題が生じている。この問題について,アメリカ農務省のERS(農業経済局)が次を刊行している。Catherine Greene, Carolyn Dimitri, Biing-Hwan Lin, William McBride, Lydia Oberholtzer, and Travis Smith (2009) Emerging Issues in the U.S. Organic Industry. Economic Information Bulletin No. (EIB-55) 36 pp.。この概要を紹介する。
●アメリカ産有機農産物の供給不足有機食品の販売額は急激に増加し,2008年にはアメリカの全食品販売額の3%超を占めるようになった。販売額で1位と2位を占める有機食品の品目は,青果物(野菜と果実)と酪農製品で,両者を合わせると,有機食品販売額の過半を占めている。そして,表1に示すように,アメリカ国内での有機栽培面積は増加し,2005年時点で,慣行を含めた全栽培面積に対して野菜が約5%,果実が2.5%に達したものの,作目全体ではアメリカの全耕地の約0.5%,放牧草地・牧野の0.5%だけが有機認証を受けているだけである。 こうした状況の下で,2007年4月に開催された有機農業に関する連邦議会の公聴会で指摘されたように,国内産の有機農産物や有機加工食品用原料の不足が有機食品の販売を制約している。農務省経済研究局が2004年に行なった調査によると,アメリカの有機食品取扱業者全体の13%が,調達したくても供給量の不足のために調達できなかったと回答しており,調達できなかったと回答した取扱業者は,牛乳で26%,飼料用穀物で22%,果実・野菜で16%,ダイズ13%であった(ダイズは豆乳などの加工食品の需要が伸びている)。特に取扱業者が供給不足としている主要な製品や原料は,コーヒー,ダイズ,ミルク,種子(栽培用種子を含む),トウモロコシ,ナッツである。
●バイオエタノール用トウモロコシ生産の影響トウモロコシをバイオエタノール生産に回すようになって,慣行のトウモロコシ価格が上昇し,それに随伴してダイズの生産量が減少して,ダイズ価格も上昇した。このため,有機のトウモロコシやダイズが慣行のものに対して有していた価格プレミアムが縮小してきている。 有機ダイズの生産は慣行生産よりも規模の小さな経営体で実施され,生産方法も異なっている。慣行生産はほぼ全て遺伝子組換え除草剤耐性種子(飼料品質)なのに対して,有機生産は食用品質の種子で行なわれている。そして,慣行ではダイズを条播作物(条播する穀物などの作物)の3年輪作で栽培しているのに対して,有機ではダイズを穀物と乾草用牧草との輪作でしているケースが多い。有機のダイズ生産者は,その規模がより小さいにもかかわらず,農外就業を兼業しているケースは少なく,有機栽培では集約的労働が必要なことが反映されていると考えられる。2006年には有機ダイズの平均価格プレミアムはトン当たり337ドルであったが,これは有機生産における追加コストを平均的には十分カバーできた。 しかし,2007年に慣行ダイズの価格が劇的に上昇し,有機ダイズの価格プレミアムが2006年よりも目減りした。慣行ダイズ価格が高いと,有機栽培はその有利性を失って,有機栽培を採用する農業者が減って,有機ダイズの作付面積が減ってしまうことが示唆される。 有機ダイズ栽培は慣行ダイズよりも収益が高くなりうるが,国内のダイズ生産が伸びない原因として,次が指摘されている。(1)有機転換に必要な3年間は有機のプレミアムがつかない,(2)有機ダイズの販路は慣行ダイズよりも小さい,(3)収穫したダイズを慣行のものと区別して農場で貯蔵しておくことが必要,(4) 栽培管理が面倒,(5)有機栽培での病害虫や養分管理を行なってくれるコントラクターがいない,(6)病害虫や雑草発生などに近隣者からの非難の恐れがある,(7)政府のインフラ支援の欠如,(8)エタノール用の慣行穀物への補助金が指摘されている。
●有機農産物と地元産農産物との競合最近,民間組織が,「自然食品」店で買い物をしている全米の消費者に,次の質問を行なった。「貴方があるレシピ用の決められた食材を買うときに,地元産の食材と地元産でない有機の食材とを選ぶことができ,両者の価格と品質に差がないとしたら,どちらを選ぶか」と質問した。その結果,回答者の35%が地元産,22%が有機を選択し,41%が両者を同様に選択すると回答した。他の調査でも,消費者の好みとして有機食品と地元産食品を同様に選び,地元産により高いプレミアムを支払う意志が示されている。 小売チェーンには,地元産農産物の販売強化を開始しているものが増えてきている。大部分の消費者は,地元産は自分のコミュニティから100マイル(160 km)以内で生産されたものと考えている。そして,地元産表示の農産物はしっかりした生産基準に従ったものではないが,地元産は環境保全に責任を果たしているといった誤解ももっている。 上述したように,地元産と有機農産物とがほぼ同等の評価をえているという結果の背景には,アメリカの消費者も農産物の品質や安全性については輸入品よりも自国産を信頼していることがある。その上,有機農業は農業資源や環境の保全などに貢献するとしても,それを享受するのは,有機農業の行なわれた地元である。それゆえ,地元の農業者が有機農業をさらに継続してもらえるようにするために,地元産の有機農産物にプレミアムを支払うのは分かりやすい。しかし,輸入された有機農産物の場合,割高なプレミアムに対価を支払っても,農業資源や環境が保全されるのは,有機農産物の輸出国であって,輸入国ではない。自国産の有機農産物が入手にくいという実態に,取扱業者だけでなく,消費者もいらだちを感じていることがうかがえる。 最近では,多数の州が地元農業を支援する法律案を提案している。例えば,イリノイ州は2007年に,イリノイ州を地元産および有機農産物の生産における中西部のリーダーにすることを意図した法律を成立させた。この法律は、公的機関が有機製品を購入し,農業者が有機農業に転換するのを支援することを定めたものである。アイオワ州のあるカウンティ(郡)は,有機農業に転換する農業者に不動産税を100%払い戻し,カウンティの公的機関が地元産の有機食品を購入するのを支援する政策を制定した。連邦レベルでは,USDAの農業マーケティング局が,各地の地元産農産物・有機農産物の生産・販売を支援するいくつかのプログラムを実施している。
●連邦政府の有機農業に対する支援の方針転換環境保全型農業レポート「No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢」で紹介したように,EUは,有機農業に転換しようとする農業者や,有機農業をさらに継続しようとする農業者に対して補助金を支給している。その論拠を,有機農業は環境汚染の軽減,生物多様性の向上,農村景観の保全などの重要な便益(多面的機能)を社会に提供しているが,農業者はこうした社会的便益を意識しておらず,その対価も受け取っていない。そこで,慣行農業に比べて収量の低い有機農業に転換したり,実施したりすることによって生じた収益減を補償し,社会的便益に対する対価を支給するとしている。 これに対して,アメリカ政府は,有機農業が土壌の質や侵食に対してプラスの便益を与えていることを認識しつつも,有機農業を,消費者にとっては差別商品である有機食品を提供する農業と見なしてきた。だが,農業生産全体が停滞しているなかで,拡大している有機農産物マーケットを一層発展させることは大切である。そこで,有機農業の生産基準などの法的整備に加え,有機農産物のマーケティングの強化を支援することに重点をおいた。このため,有機農業者個人に対する支援は,せいぜい生産者が認証に要する経費の負担や,有機農業技術の指導などにとどめていた。 2008年農業法では,従来から実施していた,有機農業者が認証に要するコストを支援する予算を増額し,研究基金を20002年農業法でのレベルの5倍に増額した。その上で,2008年農業法において連邦政府は政策方向を変更して,有機農業に転換する農業者に財政的支援を与える条項を作った。すなわち,連邦政府がこれまで環境保全を図る農業者に財政支援を行なってきた様々な事業のうちの一つである既存の「環境質インセンティブプログラム」(Environmental Quality Incentives Program: EQIP)に2008年から有機農業転換支援条項を新設し,有機農業も環境保全的であるがゆえに,有機農業に転換する農業者に,年間2万ドル,1件当たり8万ドルを上限に6年間,個人または法人に支給することを可能にした。 EUは農業を営むことによって,原生の自然にはない独自のプラスの環境サービス(農村景観の形成,身近な野生生物の多様性保全など)を農業環境政策の対象にしているのに対して,アメリカは,環境的に脆弱な土地の過度の利用に起因する,表土の流出,水質汚濁,湿地の排水や野生生物生息地の喪失といった,マイナスの環境汚染・破壊を対象にしてこれまで農業環境政策を実施してきた(環境保全型農業レポート.No.105.EUとアメリカの農業環境政策の違い)。有機農業は農業の環境汚染・破壊といったマイナス影響を少なくするだけでなく,生物多様性の保全や土壌による炭素固定量増加による大気中の温室効果ガスの削減などのプラスの効果をもっている。プラスの環境サービスも支援対象にした点でも政策変更といえよう。 こうした政策変更を行なうに至ったのは,国内産の有機農産物に需要の伸びに比して,国内の有機農業の伸びが低いことに対処するためと理解できよう。
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