環境保全型農業レポート > No.12 「農業生産活動規範」とは |
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No.12 「農業生産活動規範」とは
「環境と調和のとれた農業生産活動規範(農業環境規範)」が確定
●農業環境規範の経緯環境保全型農業レポートNo.5(2004年10月22日号)で,2005年度からの新たな「食料・農業・農村基本計画」の中間論点整理に書かれた農業生産環境施策の方向を紹介した。その後,新基本計画は2005年3月25日に閣議決定されて承認されたが,No.5に紹介したように,新基本計画において下記が記載された。すなわち, (1)農業者が最低限取り組むべき規範を2004年度中に有識者の意見を踏まえて策定するとともに,2005年度以降,その規範の実践を各種支援策のうち可能なものから要件化していく。 (2)環境保全への取組が特に強く要請されている地域において,農業生産活動に伴う環境への負荷の大幅な低減を図るためのモデル的な取組を導入するが,モデル的な取組に対する支援を円滑に導入するために,2005年度から環境負荷の低減効果に関する評価・検証手法等を確立するための調査に着手する。そして,このモデル的な取組に対する支援の具体的手法,支援対象地域等については,調査の結果を踏まえて検討する。 農業者が最低限取り組むべき規範は,2004年10月から,「環境と調和のとれた作物生産の確保に関する懇談会」や,食料・農業・農村政策審議会生産分科会畜産企画部会で検討され,2005年3月31日に「環境と調和のとれた農業生産活動規範」(農業環境規範)として公表され,同日,農林水産省生産局長名で農政局長等に通達され,農政局長等から都道府県知事に通知するよう指示された。
●農業環境規範の内容農業環境規範は,農政局長通達によれば,「我が国農業生産全体の現状を勘案し,様々な農業生産の様態を通じて基本的と考えられる取組をとりまとめたものである」とされ,作物生産と家畜生産にかかわる2つの部分から構成されている。説明文章を一部省略してあるが,規範の内容を下記に転載する。
以上が農業環境規範の本体である。そして,これに付随して,点検シートが添付されている。各項目について,(1)農業者が過去1年間の実行状況を点検し,(2)農業経営全体について点検し(作目や畜種ごとの点検は不要),(3)農業者自らがその是非を判断して,実行できていると判断する場合にはチェック欄に○やレを記入し,(4)実行できない項目については,その理由や改善予定を記入欄に記載する。そして,(5)点検シートと作物生産にかかわる生産情報(肥料や農薬の使用等の記録)を次回の点検まで保存する。(6)最後に点検期日を記入し,署名・捺印する。
●項目の取組内容チェックの際の判断基準として,農業環境規範には,この点に関する「取組(例)」が添付されている。
点検シートは添付されたものでも,また,都道府県等が別途定めた同等以上のものでも良い。作物生産と家畜生産の双方を行っている農業者は両方の点検シートに記入する。
●農業環境規範の実践が補助金交付の条件地方農政局長通達によれば,基本計画を踏まえて農林水産省が実施する各種の補助金,交付金,資金,制度等の事業は,農業環境規範を実践する農業者に対して講じていくことを基本とする。このため,事業に参加する農業者は,自らがその生産活動を点検して署名捺印した点検シートの写しを手続窓口に提出することが義務化される。
●不十分なわが国の農業環境規範農業環境規範はわずか7ページだけである。諸外国の同様の規範に比べるときわめて貧弱だといわざるを得ない。例えば,EUの農業に起因した硝酸による汚染の防止に関する法律(硝酸指令)に定められた優良農業行為規範の枠組の条文は1ページに過ぎないが,これに基づいて作られたイングランドの「水保護のための優良農業行為規範」は全96ページにも及び,その中で,遵守すべき農業行為を具体的に記載している。これに比べて,今回のわが国の農業環境規範は,法律で裏付けられたものでなく,通達にすぎない。その上,簡略すぎて,農業者が守るべき農業行為の内容が具体的に記載されていない。しかも,経営体全体を通したチェックであるため,規範を守ったと判断できないケースが一部にあったとしても,全体としては守ったと農業者が主観的に判断する場合も当然ありうる。そして,署名捺印して提出しても,その是非を検証する仕組みが記されていない。 農業者が守るべき農業行為の内容に具体性がない例を以下に若干述べる。 土づくりの項に,堆肥,麦わらのすき込み,緑肥の栽培などにより土壌に有機物を供給する(原則として1年に1度)ことが記されている。しかし,作物生産に支障を生じない,いわゆる完熟堆肥の作り方,作物生産の持続性と環境の保全とを両立させる,堆肥,わら,緑肥の施用上限量や施用方法については,何らの説明や指示もなく,農業者の判断だけにまかされている。 施肥については,都道府県の施肥基準やJAの栽培歴等に則した施肥を行うことが記載されている。しかし,施肥基準は土壌診断に基づいて施肥量を調節することを求めているものの,農業環境規範では土壌診断が義務化されていない。これでは片手落ちである。土壌診断に基づく施肥量の調節を行わずに,標準的な施肥基準に則した施肥を続けていると,すぐに過剰施肥になって,作物生産の持続性がそこなわれ,環境汚染が生じてしまう。また,堆肥等の有機物資材の施用を奨励するなら,そこから供給される養分量を考慮して,化学肥料の施用量を調節しなければならない。しかし,現行の施肥基準で,有機物資材施用量に応じた化学肥料施用量の削減量を明示している施肥基準は,北海道の施肥ガイド(環境保全型農業レポートNo.2)など,ごく一部にすぎない。因みに,北海道農政部は2005年3月に「北海道における有機質資材の利用ガイド」(全137ページ)を刊行した。これは北海道の施肥ガイドの有機質資材施用にかかわる部分を詳しく解説したもので,(1)有機質資材の種類と特性,(2)堆肥化のポイントと堆肥の品質,(3)有機質資材の施用基準と減肥対応,(4)有機質資材施用と環境問題,(5)実際の利用,(6)堆肥生産と利用の取り組み事例,(7)資料から構成されている。 このように,現状の施肥基準の多くには,有機物資材や化学肥料の施用について欠陥が存在する。このためであろうか,地方農政局長通達には「施肥基準の策定・見直しの指針」が添付されている。その中で,(1)環境負荷低減に配慮し,作物に利用されない余剰分を少なくすることを基本に,肥料成分施用量の上限水準として,施肥量の基準値を設定する(従来の施肥基準の多くが平均的単収を上げる際の標準的施肥量を記載していたが,今後は施用上限量を記載する),(2)土壌・作物診断結果に基づく施肥量の決定方法や,堆肥等の資材に含まれる肥料成分を勘案した施肥量の決定方法等,土壌・作物に応じた施肥量の調整方策を示す施肥基準とする,(3)施肥量,施肥方法の基準に加え,施肥に関するその他の指導事項,施肥と環境の関係についての知識等をわかりやすく体系的・総合的に取りまとめた資料として作成する,ことを指示している。 防除についても,農業環境規範には理念が書かれているだけで具体性に乏しい。ただし,2004年11月から農林水産省消費・安全局が「総合的病害虫管理(IPM)検討会」を開催し,総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指標策定指針(案)を検討しており,近く,水稲におけるIPM指標が公表される予定となっている。そこでは,農業環境規範の防除の項目を細分化して,より具体的にチェックできる指標が作られるはずである。しかし農林水産省は,このIPM指標を農業環境規範に位置づけていない。どうやら前出の「農業環境規範の経緯」に記した,2005年度からモデル地域に導入する事業の環境負荷の低減効果に関する評価・検証手法に位置づけている模様であるが,農業環境規範として「総合的病害虫管理(IPM)検討会」で策定されるはずの細分化した具体的項目についてチェックできるものでなければ,規範としての実効性を持たないであろう。同様に,施肥についても,施肥基準を見直した上で,見直された施肥基準が守られたか否かを細分化した指標によってチェックするリストを作ることが必要である。
●形式だけで内容のない農業環境規範環境を保全する農業環境規範を定めて,それを守る農業者に環境保全目的の支援を行うクロス・コンプライアンスの方向は,これまでのWTO協定交渉の流れからみて回避できないし,農業者に政府が支援を行うための唯一の方策といえよう。しかし,しっかりした基準と具体的なチェックリストが作られていない現状においては,上記の農業環境規範は形式だけで,内容のないものといわざるをえない。 WTO協定交渉において環境保全目的の補助金であると諸外国に納得させるには,農業行為規範を政府が定めて,厳正に履行されることを条件に補助金を支出することを証明しなければならない。そのために,ともかく政府が農業行為規範を定めたという実績が必要である。しかし,「我が国農業生産全体の現状を勘案し」といったゆるい規範にするのが,現在の日本では必要だとする,政策的な姿勢が背後にみえる気がしてならない。つまり,定めた規範を守れないために,補助金を受け取れない農業者が続出しないように,というおかしな配慮がかいま見える。地方農政局長通達には,「都道府県等が,地域の環境や農業生産の状況を踏まえ,農業環境規範と同等以上のものを策定すること等についても推奨するものとする。」と記されている。都道府県等が,国レベルよりも,本来の趣旨を踏まえた,科学的で具体的な農業環境規範を策定することを期待したい。
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