No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発
水と肥料を大幅に削減する画期的技術
世界の乾燥・半乾燥地域では灌水が作物生産に不可欠である。しかし,不適切な灌水によって塩類の表土への集積や土壌侵食などの問題が生じている(和田秀徳 (1987) 地球規模における土壌問題.農業技術大系.土壌施肥編.第3巻.p.土壌と活用VII 1〜8)。日本では雨量が多いとはいえ,瀬戸内地方などの少雨地帯や,養液土耕を含む施設栽培では,畑状態土壌に灌水が行われている(遠山柾雄 (1993) 点滴かん水と野菜の生育.農業技術大系.野菜編.第12巻.p.施設・資材76-22〜76-33)。そして,日本では不適切な灌水によって硝酸の地下水汚染などが助長されているケースも少なくないと推察される。
●日射制御型拍動自動灌水装置
近畿中国四国農業研究センター・中山間傾斜地域施設園芸チームの吉川弘恭氏らのグループは,日射制御型拍動自動灌水装置を開発した。瀬戸内の傾斜地では,肥料を溶かした水を点滴チューブで灌水するマルチ点滴灌水が行われている。しかし,この方式はかなりの灌水速度を要するので,大きなため池を有するか,しっかりした灌水施設が整備されたところにしか適用できない。そこで,より低い灌水速度で灌水を行えるシステムが開発された。
アイデアの元は水洗トイレのタンクにあった。ご存じのように,水洗トイレのタンクはチョロチョロした流れで流入した水を貯め,一定の水量を貯めると,勢いよく排水する。この原理を利用した拍動タンクを貯水タンクとして利用し,パイプで送られてきた水をまず拍動タンク(貯水タンク)に導く。拍動タンクは貯水・排水を心臓の鼓動のように繰り返し,間欠的に勢いよく排水する。これを点滴チューブに送って,広い面積に配水する。そして,ソーラパネルで発電した電力によって小さなポンプを動かして,水を高い位置に設けた拍動タンクに導くようにした(図1)。通常,20 a程度の施設の灌水には,毎分100ℓの送水能力を持ったポンプと電磁弁,コントローラなどを要するのであるが,この方式だと,50 W のソーラパネルと,毎分15 ℓ程度の送水能力を持った手のひらに乗るような小さなポンプですむ。そして,ゴミが混じったため池の水をくみ上げる場合には,ゴミをろ過装置で除去する(太陽の光で作物に水を与える.近中四農研ニュース No.14. p.5 (2004) )。
その後,拍動タンク(貯水タンク)を200ℓ,55 Wのソーラパネル,定格出力6 Wの直流ブラシレスポンプを用いるように改良した。この装置だと,20分程度で200ℓのタンクがいっぱいになる。肥効調節型肥料をタンクに入れておき,水に溶けた養分を点滴チューブを通して作物に供給する。晴れた日には1日20回,雨の日でも2〜3回の灌水施肥が行える。装置の費用は10万円/10a程度で,安価な養液土耕装置として利用できる(近畿中国四国農業研究センター (2006) 第1期中期計画期間における主な研究成果〜中山間・傾斜地域における農業資源の効果的な活用技術の開発をめざして.日射制御型灌水装置による環境保全型肥培管理.)。
作物の蒸散量は降水量に換算すると,0.4〜1 mm/hだが,一般的な点滴灌水チューブの灌水速度は,この10倍以上に達する。このため,作物に吸収されなかった水が表面流去したり,地下水に流亡したりする。このシステムを用いると,灌水速度を点滴灌水チューブの1/10程度,すなわち,水量に換算すると200〜400 ml/h程度に下げて,無駄になる水を大幅に減らすことができる。
●施肥量と硝酸流亡量の削減
この装置で養液土耕栽培を行い,次の結果が得られている。
一つは,貯水タンクに肥効調節型肥料で窒素,リン酸,カリを投入して,トマトを隔離培地によって養液土耕栽培した例である。通常の点滴チューブを用いた灌水方法に比べて,本装置を利用した場合には,隔離培地からの排水量を3 %以下に削減できた。しかも,通常の点滴チューブ灌水では60 mg/日・個体の窒素を与えて窒素過多の生育となったのに対して,本装置を使用した場合には,窒素を30 mg/日/個体に半減してむしろバランスのとれた生育を確保できた(近畿中国四国農業研究センター (2006) 第1期中期計画期間における主な研究成果:上出)。
別の例では,マーガレットを畑と隔離培地に移植して,畑では液肥を通常の点滴チューブ灌水し,隔離培地では肥効調節型肥料を側条施肥して通常の点滴チューブと本装置とで灌水した(各区とも窒素は50 kg N/10a)。ただし,この場合は太陽光発電による日射制御を行っていない。各区とも最初の19日間は生育に合わせて適宜灌水した後,次の14日間は1日に3回に分けて合計173 ml/個体を灌水した。このとき,通常の点滴チューブの場合には,合計173 mlの水を9分間かけて排出させ(39 ml/分/穴)(ふつう灌水),本装置の場合には合計173 mlの水を90分間かけて排出させた(3.9 ml/分/穴)(ゆっくり灌水)。
その結果,隔離培地本装置を用いてゆっくり灌水した場合には,畑での通常灌水に比べて,総灌水量が1/2,硝酸性窒素の溶脱量が1/100未満となった。そして,隔離培地での通常灌水に比べて,総灌水量は同じにしたが,総排水量が1/10,硝酸性窒素の溶脱量が1/6に抑制された(図2)。マーガレットの草丈は通常灌水区と同等で,むしろばらつきが小さい傾向を示した(近中四農研ニュース.No.19. p.5 (2005) ゆっくりした灌水で環境を汚さない栽培を目指す.)。この実験で日射制御を行えば,曇天の日に灌水量を減らして,排水量もさらに減らせたはずである。
日射制御型拍動自動灌水装置については,吉川弘恭ら (2005) 太陽の光で作物に水を与える(1)〜(2).農業および園芸.80: 440-445,80: 569-571.吉川弘恭ら (2005/06) 日本における超低流速灌水システム発展の可能性?〜?.農業および園芸.80:1242-1248,80: 1327-1333.81: 81-84,81: 324-330,81: 427-432にも紹介されている。これらの記事の中で,養液土耕栽培への応用事例に加えて,茶園での応用事例や,降雨の少ない中国華北平原への応用の可能性などが説明されている。
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