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No.52 イギリスの食品保証制度
●食品の安全をめぐるイギリスの動きイギリスは1990年に「食品安全法」で,バイヤーに対して購入・販売する食品の安全性について然るべき注意を払うことを義務づけた。これによって販売業者は,安全な食品をいかにして購入するかについての関心を高めた。そして,BSEによって消費者の食品の安全性に対する信頼が失われたことから,ますます食品の安全性をいかに担保するかが課題となった。こうした背景から,1990年代にいくつかの団体が食品の安全性を保証する制度を発足させた。 イギリスの食品保証制度について,主に次の記事に基づいて紹介する。 ・Assurance schemes and standards ・The scheme: The Assured Produce Scheme (APS)
●食品保証制度の概要食品保証制度は,民間団体によって実施され,農産物を生産する際に,団体の定めた食品の安全性,動物福祉,環境保全などの基準を遵守して生産したことを保証する制度で,その多くはトレーサービリティも備えている。主要団体は,AFS (Assured Food Standards:「保証食品基準」),RSPCA(Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals:「動物虐待防止協会」),LEAF (Linking the Environment and Farming:「環境と農業を結ぶ協会」),Soil Association(「土壌協会」)である。AFSとLEAFは最小限の化学資材を使用しつつ圃場または農場の総合的管理によって生産した農産物,RSPCAは動物福祉を重視して生産した畜産物,「土壌協会」は有機農産物を対象にしている。 農業者は自主的に団体と契約して,団体の定めている基準に従って農産物を生産し,その遵守状況をチェックされて,生産基準を遵守したことが担保された農産物に各団体のシールを添付して出荷する。シールの付いた農産物であれば,販売業者は安全性に注意して購入・販売したことになり,消費者も安心して購入するので,参加する生産者が増えている。現在ではイギリスの7.8万人以上の農業者がどれかの団体と契約しており,主要農産物の品目の65〜90%が保証制度によるものとなっている。
●AFS(「保証食品基準」)の組織と特徴食品保証制度を実施している団体の一つであるAFS(「保証食品基準」)は,いくつかの農業者団体や生産者団によって組織されて2000年に発足し,DEFRA(環境・食料・農村開発省:日本の農林水産省に相当)もオブザーバーになっている。AFSの生産基準を遵守して生産された農産物には「レッドトラクタ」のロゴマークの付いたシールが貼られ,イギリス全体で約50億ポンド(約1兆円)の売上に達している。AFSは政府の肝いりで発足したようで,DEFRAの「農業開発事業」(Agriculture Development Scheme)の補助金支給対象にも位置づけられている。また,食品の安全性や健康に関する問題について全省庁の元締めになっている「食品基準庁」(Food Standards Agency)も,AFSの生産基準の向上やその農産物の消費者へのPRなどについて助言を行っている。 AFSには,作物や家畜の作目や地域別に特化した14の組織が参加しており,農業者は作目や場所に応じて組織を選んで参加する。
●APS(「保証農産物計画」)の概要AFS参加組織の一つである「保証農産物」(Assured Produce)は非営利組織で,果実,サラダ用野菜とその他の野菜を対象にしている。その食品保証制度はAPS(Assured Produce Scheme:保証農産物計画)と呼ばれている。APSは有機農業ではない。総合的作物管理に基づいて,作付体系,品種選択,土壌・作物診断,病害虫の発生状況把握,化学資材の適正使用,圃場からの土壌,養分や農薬の流出防止などによって,食品の安全性,環境保全と農業所得を確保することを重視している。 スーパーマーケット,生産者,加工業者および「全国農業者ユニオン」(National Farmers Union)の代表者で構成される委員会が,毎年度作物ごとに生産基準(「協定書」と呼ばれる)を作成しており,基準作成に際してはDEFRAや食品基準庁の助言があると推察される。果樹,野菜,キノコについて,一般基準に加えて,合計約50品目の生産基準があり,APSのホームページからダウンロードできる。
●APSの一般基準APSの生産基準は,食品の安全性,品質,健康,環境保全を重視して作られているが,食品の安全性と健康の確保を最優先にしている。生産基準は特に農薬使用に力を入れて,具体的かつ総合的に記載されており,32頁にわたる作物共通の一般基準と,作目別の基準から構成されている。 いずれの生産基準も次の項目から構成されている。すなわち,(1)栽培地の選定(栽培地の履歴・状態の記録とリスク評価,輪作),(2)栽培地の管理(土壌タイプの確認,土壌管理,土壌消毒,培地,播種・移植法),(3)品種選択(品種,種苗の品質,種子の予措),(4)施肥(作付・施肥計画,施肥,硝酸とリン酸による地下水汚染,施肥装置,施肥記録,有機質資材による重金属汚染リスク),(5)灌漑,(6)病害虫・雑草防除(非化学的防除法,総合的作物管理,モニタリング,農薬選択,農薬散布方法,散布記録,農薬の貯蔵・廃棄,残留農薬分析),(6)収穫と貯蔵(衛生確保,廃棄物処理,パッキング,トイレ・手洗い設備,ポストハーベスト処理,記録保持),(7)汚染防止と廃棄物管理,(8)エネルギー効率,(9)作業者の健康・労働安全性・厚生,(10)環境保全。一般基準にはこれらの項目の作目共通事項が記載され,作目別生産基準に作目固有な留意点が記載されている。 一般基準にはmust(しなければならない)で記述された5つの重大過失事項があり,過失を犯した場合には,会員資格を6か月間失う。重大過失とは,(1)処理してない下水を灌漑に使用してはならない。(2)作物保護用農薬は使用の認められているものだけを使用し,法的に定められた使用条件を遵守し,散布記録を保持しなければならない。(3)収穫期日を記録し,農薬ごとに定められた収穫間隔を守らなければならず,収穫間隔は散布と収穫の間の期間で,消費者に届くまでの運搬期間を含めてはならない。(4)品質保持のためのポストハーベスト農薬処理は必要最低限とし,代替法がない場合に限って法的規制にしたがって使用しなければならない。(5)ポストハーベスト農薬処理の記録を生産地/貯蔵地から委託輸送する際に添付し,処理と消費までの規定された期間を書き添えなければならない。 APSは全製品について,生産条件を農場にまでたどれるトレーサービリティを確立しており,生産者,流通業者,販売者の間で所定の様式にしたがった生産・処理情報を引き継ぐとともに,記録を2年間保持することを義務づけている。 食品の安全性確保のために,HACCP(危害分析重要管理点)の考えに基づいて,安全を脅かす生産過程を実施しないように,また,作業者の健康や環境保全の確保のためにリスク評価を行って,リスクを回避するように基準が作られている。
●APSの作目別生産基準2006-07年用の作目別生産基準は,露地栽培レタス34頁,温室栽培レタス43頁,ホウレンソウ23頁,キャベツ71頁,ニンジン38頁に達し,具体的である。 いずれの作目でも圃場の土壌タイプ別分布図を作成することを義務づけ,輪作を基本にしている。例えば,ホウレンソウでは3年1作を理想とし,露地レタスでは現実に実行可能な2年1作を推奨している。そして,ホウレンソウでは,冬作ホウレンソウと夏作ホウレンソウを近接する圃場で併存させず,病害の持ち越しが生じないように前作ホウレンソウは収穫後直ちに始末することを喚起している。施設レタスでは病気の発生状況を確認した上で,必要な場合,蒸気やダゾメット(Basamid)で土壌消毒することを薦めている。 環境保全型農業レポートNo.51の『イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果』と関連するので,窒素施肥基準を紹介する。(当該記事にリンク) DEFRAは「施肥基準」(Fertiliser recommendations for agricultural and horticultural crops (2000))を刊行している。なお,DEFRAの施肥基準(7版)は,最近の研究を踏まえて目下改訂作業中で,2008年に新しい版が刊行される予定である。APSはDEFRAの基準に準拠することを基本にしている。そして,APSは,DEFRAの施肥基準をベースにして,DEFRAや食品基準庁の協力を得て,EUの法律で硝酸含量の上限値が設定されているレタスとホウレンソウについて,硝酸含量を最少にする独自の優良農業行為規範を策定している。 DEFRAの施肥基準では,前作の残りの無機態窒素と土壌有機物から供給される無機態窒素の総量を「土壌窒素供給量」(Soil Nitrogen Supply: SNS)と呼んで,そのレベルを7段階にランク分けしている。「土壌窒素供給量」は降水量,土壌タイプ,前作作物によって異なるが,自分の圃場がどの降水量地帯に位置し,どの土壌タイプで,前作に何を栽培したかによって,「土壌窒素供給量」のランクを推定する目安が用意されている。 DEFRA施肥基準とAPSの標準的施肥モデル比較すると,レタスではAPSは基肥窒素施用量をDEFRAの1/2に設定しているが,追肥分を含めると,実際にはDEFRAの基準と同程度になると考えられる(表1)。ホウレンソウについてDEFRAは施肥基準を用意していないが,APSは施肥モデルを設定している。日本の施肥基準では,作型によって異なるが,窒素施用量をレタスで200 kg/ha,ホウレンソウで100〜150 kg/haとしているケースが多く,施肥総量はAPSとさほど違わないと考えられる。しかし,イギリスでは「土壌窒素供給量」に応じて施肥量を変えさせており,土壌分析によって残留無機態窒素量を測定させて,「土壌窒素供給量」ランクを頻繁にチェックさせている点が優れている。日本では,北海道の施肥基準と「北のクリーン農産物」の施肥基準が類似の方式を採用している(環境保全型農業レポート.2004年7月28日号)。
また,硝酸含量を最少にする優良農業行為規範では,冬作では照度を落とさないために,古い汚れたプラスチックフィルムの使用を避けて,新しいものを使用することを指摘している。
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