環境保全型農業レポート > No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか

    ●イギリス農業の経緯

     EU(欧州連合)は,その前身のEEC(欧州経済共同体)時代の1962年から共通農業政策を導入した。当初の共通農業政策は保護主義的性格が強かった。すなわち,

     (1) 指定された主要農産物について,EU域内の生産者が受け取ることが望ましい指標価格を設定し,

     (2) 指標価格よりも安価な輸入農産物には輸入課徴金を課して,域内価格を維持する。

     (3) 域内市場価格がある価格(市場介入価格)以下に下落した場合には,申し込みのあった全ての農産物を市場介入価格で買い取る。

     (4) 余剰になった域内農産物は安価な国際価格で輸出するが,域内市場価格と国際市場価格の差額を輸出払戻金として生産者に支給する。

     こうした保護政策によって域内の農業生産は急速に拡大した。イギリスでは,特に1970〜1980年代に,共通農業政策による補助金を受けて,耕種作物の連作化と輪作の最小化,冬播き穀物の栽培,農業機械の大型化,放牧地の耕耘,限界農地の不適切な使用,高地地帯での過放牧などが助長され,これら全てが土壌にマイナスの結果をもたらした。

     保護主義的な共通農業政策がガット・ウルグアイラウンドで国際的に非難を受けたのを契機に,EUは1992年に保護主義的要素を段階的に削減し,代わりに環境保全的農業を支援する方向に共通農業政策をシフトさせた。つまり,事前に定められた農業保全的な農業を実施する農業者に,慣行的農業を行なう場合に比べて減少する所得を補償するようにした。

     イギリスでは,EUの他の加盟国と同様に,農業による環境劣化が深刻であり,農業由来の硝酸や流亡土壌による水質汚染などの環境汚染が増えると同時に,農地を囲む石垣や生垣,粗放的なヒースや半自然草地などを含む伝統的農村景観と野生生物多様性の維持など,プラスの環境便益の劣化が問題となった。このため,イギリスは農業による環境汚染を減らし,農業の持つプラスの環境便益を高めようと,法的規制を強化するとともに,農業環境対策事業を実施して,農業者に持続可能な農業を実践することを求め続けている。

    ●農業者の持続可能な土壌管理についての知識不足への懸念

     持続可能な農業を実践するには,農業者がそのための新しい知識を必要とする。しかし,農業者の多くには「生産主義者的な思考様式」が続いているために,そうした新しい知識がほとんど獲得できていないことが,イギリスでは示唆されている。このため,政府が達成しようとしている持続可能な農業を達成するのに適切な知識を,農業者が有しているかについて懸念が提起されている。

     こうした知識の不足は土壌管理にも当てはまる可能性があり,多くの報告書は,農業者が土壌を持続可能に管理していないことを指摘している。なかでも,総合的農業システム,節減耕耘(広い意味で不耕起とか保全耕耘とも呼ばれる),家畜ふん尿養分管理,有機農業といった方法についての農業者の知識が不足していることが指摘されている。

     イギリスにおいて,現在の農業者の土壌に関する知識の実態は正確に把握されていない。このため,下記の論文は,イングランドの農業者と農業アドバイザーにインタビューと質問状郵送を行なって,農業者の土壌に関する知識の実態を解析した。その概要を紹介する。

     Julie Ingram (2008) Are farmers in England equipped to meet the knowledge challenge of sustainable soil management? An analysis of farmer and advisor views. Journal of Environmental Management 86: 214 - 228

    ●調査方法

     2つの調査を行なった。1つは,イングランドで実施されている2つの土壌管理事業に参加している農業者とアドバイザーへのインタビューであり,もう1つは,2つの事業関係以外の多数のアドバイザーへの質問状の郵送である。

     2つの事業,すなわち,土壌管理イニシアティブ(イギリス全体で実施されている,土壌の圧密,構造劣化や侵食の問題に,改良プラウ耕,管理の良い節減耕耘ないし保全耕耘や,下層や表層の圧密除去を図る耕耘や作業の適切化を目的とする農業環境事業で,これへのイングランドの参加者を対象)と,ランドケア・パートナーシップ(イングランドのアッパー・ハンプシャー・エーボン川の集水域において農業由来の非特定汚染を防止する優良農業方法を普及させる農業環境事業)に参加している農業者とアドバイザーから,デモンストレーションへの出席率の良い者を選定した。インタビューに同意してくれた者は合計で農業者17名,アドバイザー64名であった。なお,調査時点では口蹄疫のために立入制限の農場があったため,農業者と日頃接触していて良く承知しているアドバイザーを活用した。

     これらの農業者とアドバイザーに対するインタビューは,半構造化インタビューとした。つまり,事前に大まかな質問事項を決めておき、回答者の答えによってさらに詳細にたずねて行く簡易な質的調査法で,長時間のインタビューが行えない場合などに効果的とされるインタビュー手法である。

     また,上記の2つの農業環境事業関係のアドバイザー以外のイングランドのアドバイザー304名に質問状を郵送し,163名から得た回答も解析に活用した。

    ●科学的知識と暗黙的知識

     本調査を行なった著者は,持続可能な土壌管理のために,農業者は科学的知識と暗黙的知識の2つの知識を必要とするという立場に立っている。

     科学的知識とは土壌管理の原理を技術的に理解する自然科学的な知識で,全世界に共通する知識である。これに対して,暗黙的知識とは,農業者が観察やモニタリングによって,五感を通して身の回りのローカルな土壌について獲得した知識で,いわば科学的知識をローカルな条件に応じて解釈する能力といえる。暗黙的知識は,ローカル,素人,土着,非公式,伝統的な知識などとも呼ばれている,地方固有の知識とか,正規の組織から直接教えられるものではない。

     著者は,気象や土壌が異なるそれぞれの地方において,自分の圃場条件に適合した持続可能な土壌管理を適切に行なうには,ユニバーサルな科学的知識に加えて,暗黙的知識をも農業者が持っていることが大切であるとの立場に立っている。しかし,そうした暗黙的知識の必要性を重視するのは誇張であり,土着の土壌知識は,開発途上国ではまだ大きな価値を有しているものの,科学に大きく依存している現代農業には関係ないとの意見も強くある。

    ●農業者の土壌の持続可能な管理に関する科学的知識

    A.農業者は土壌管理について技術的知識を十分持っているのか

     農業者のなかには高学歴で,土壌について高いレベルの科学的知識を有する者が少なくない。しかし,全国から選定したアドバイザーに郵送して得られた質問状の回答をみると,土壌管理について技術的知識を十分持っていると考えられる農業者についてのアドバイザーの見解は大きく割れ,十分な知識を持っていると評価するアドバイザーは40%にすぎなかった(表2)。裏返せば,技術的知識を十分持っていない農業者も多いことを示しているが,この点に関連して,ある農業者のインタビューでの回答を紹介している。

     面白い記述がある。農業者のなかには自分の土壌管理が表面流去水の増加につながっていることを認識しているが,自分の行為はその直接原因ではなく,高速道路,隣人,異常気象のような他の要因を直接原因にしていた。別の農業者は,「自分の圃場から水が流れ出した茶色の流れが真っ直ぐ川に入っているのを見ているよ。でもどうしようもない。我々は自由排水農地にいるようなもので,(余所からきた水が)ここを洗うし,どこでも洗っているのだ。」と発言していた。著者はこの発言を農業者が技術的知識を十分持っていないことの事例としているが,そうしたへそ曲がりの解釈をする農業者は何処にもいることの証拠ともいえよう。

    B.土壌管理方法の知識不足のために,農業者の優良土壌管理方法の採択率が低いのか

     質問状に回答したアドバイザーの大部分(平均74%)は,農業者による優良土壌管理方法の採択率が低い原因として,農業者の土壌管理方法についての知識や技能が不足していることが重要になっていると考えていた(表2)。

     あるアドバイザーは,「環境的に好ましい土壌管理方法には,より多くの知識や技能を必要とするが,農業者がそれを有していないか,直ぐに習得できない場合には,そうした方法を諦めて,今までに試みたことのある集約的な生産方法に戻ってしまう。」と指摘していた。

     また,ある農業者は,「機械については何でも知っており,作物については多少知っているが,土壌についてはほとんど知らない。農地で作業をしているものの,土壌については十分知らない。」と述べていた。農業者がそうした理解不足を認識していることが,農業環境事業のデモンストレーション日に出席する動機の一因となっていた。

    C.農業者は家畜ふん尿養分を活用する科学的知識を持っているのか

     ランドケア・パートナーシップ事業では,家畜ふん尿を農場の養分収支の一環として利用するのを目指すことを,目標の1つとしている。このためには,土壌における養分動態の原理を理解し,家畜ふん尿の量とその養分含量を計算し,それによって化学肥料の施用量を調節することが必要である。

     しかし,多数のアドバイザーが指摘したが,農業者の大部分,特に酪農農業者は,家畜ふん尿を養分資源ではなく,廃棄物とみなしており,家畜ふん尿の量を計測できないか計測したがらないことが多かった。家畜ふん尿の施用量を計算するとしても,おおざっぱで,いろいろな畜種の家畜ふん尿を混ぜ込んで散布していて,散布も不均一であった。特に酪農や小規模な耕畜複合農場でこうしたことが顕著であり,トウモロコシ畑が家畜ふん尿の捨て場になっている農場であった。こうした農場主は,養分収支計算が彼らの能力を超える複雑プロセスと感じていた。

     しかし,進歩的な農業者やより規模の大きな農業者は,家畜ふん尿の計量やその養分価値の測定について訓練を受けていて,高性能の散布機械を使用し,養分プランの一環として家畜ふん尿を活用していることが,アドバイザーから指摘されている。家畜のいない耕種農場の場合には,家畜ふん尿,下水汚泥や家禽ふんを購入し,土壌構造が良くなって経済的メリットを実感していた。インタビューした3人の農業者(約500エーカ(約200 ha)ーの複合農場)は,「我々は何トンの家畜ふん尿が発生し,何処に処理・利用するか計算している。昨年家畜ふん尿をたくさん施用した圃場には,窒素の追肥をその分減らしている。それによって手間を省けるし金を節約できる。家畜ふん尿は土壌の構造や構成に良いと確信している。」と述べていた。

     このように一部の農業者は家畜ふん尿養分を利用し始めているものの,農業環境計画のアドバイザーは,95%の農業者は養分収支の計算を理解しておらず,大規模耕種農業者で関心を有しているのは恐らく5%だけで,養分収支を計算して家畜ふん尿が施用されている農地は15%だけであろうと,指摘していた。

    D.農業者は自分の農場の土壌について十分な知識と理解を持っているのか

     インタビューした全ての農業者は,土壌について,その空間的不均一性,物理的性質,耕耘作業に対する応答などの点で,ある程度の知識を有していた。このことをアドバイザーの65%が支持していた(表2)。

     インタビューした農業者は,耕耘のしやすさや難しさから土壌の特性を良く理解していた。特に天候とのかかわりを良く理解していた。例えば,節減耕耘を実践している農業者の1人は,「天候は非常に大切で,父が教えてくれたのだが,この農地を動かしているものの1つは天候であり,無理に押し通せないものだと述べていたが,まさにそのとおりだ。重い農地なので,乾燥時に耕耘したり播種したりしており,湿ったときには耕耘や播種はできず,良い作物は期待できない。」と述べていた。

     とはいえ,知識の程度には大きな幅があった。すなわち,節減耕耘ないし保全耕耘を実践している農業者は,科学的用語で自分の圃場の土壌を語り,土壌タイプを熟知して,収量も土壌タイプ・圃場別に記録し,高いレベルの知識を有していた。しかし,そうでない多くの農業者は,科学的用語と地元の用語を混ぜ込んで使用したり,明確性の乏しい表現を使用したりしていた。

     この点について,あるアドバイザーは,「農業者は,必ずしも土壌を(科学的に)知らないが,土壌は彼らの暮らしであり,土壌について直観を有している。」と述べていた。これに関係して,「農業者は土壌が流されてゆくのを見なければならないが,土壌侵食は世襲財産を失うようなものだ。」と,土壌に対する愛着を述べる農業者もいた。

     しかし,いく人かのアドバイザーや農業者は,農業者が土壌についてそうした愛着や直観的知識を有しているとすることに反対していた。特に自ら優れた土壌管理者と考えている農業者は,そうでない農業者に批判的で,例えば,「彼らは何らの直観的感覚を持っていない。私は彼らが多少なりとも土壌に関心をもっているとは思わない。」と述べていた。また,多数のアドバイザーも,下手な土壌管理や土壌の酷使が,そうした知識の欠如の証拠であると主張している。

    ●大型機械が農業者の土壌に関する暗黙的知識をダメにしている

     農業者は耕耘の際に,視覚,嗅覚,触覚によって直接土壌と接触するので,土壌についての暗黙的知識を深めることができるし,できるはずである。そして,いつ耕耘するか,次の耕耘までにどれだけの間隔を置くのか,どの機械を選択するかを判断するには,土壌の暗黙的知識が大切である。こうした耕耘の判断や作業が粗末になると,土壌の圧密や,土壌表面の被殻(注:雨滴によって団粒が破壊されて,細粒が土壌孔隙を埋めてできる表面の薄い層のことで,雨水の浸透を悪化させる。)によって,土壌構造が劣化して土壌侵食が起きやすくなる。

     アドバイザーの平均79%は土壌劣化がイングランド農業で問題であると考えているが(表2),問題の土壌劣化のタイプとしては,水食,圧密,表面被殻,排水不良などがある。それなのに,アドバイザーの平均54%は,農業者の大部分は土壌管理のための優良農業方法に関心がないとみており(表2),しかも「農業者は土壌や条件にまともに働きかけていない」という見方をしている。

     あるアドバイザーは,農業者は,どの程度の耕耘が必要かを決めるのに必要な,自分の土壌のチェック方法を知らないことを指摘している。そして,このチェックもせずに,天候が適当でなくとも,播種などを何時までにしなければならないという精神的圧力に負けて作業を強行し,その上,現在では強力な機械が使えるので,土壌を圧密し,必要以上に深く耕耘してしまうことが複合していると指摘している。そして,「これは猪突猛進に等しい。慎重さがどこにもなく,湯を沸騰させたままにして,物事を考えることなく次の仕事に進んでいるようなものだ。農業者は,種子を播こうとするときに,靴でゆっくり歩いて土壌のごく表面だけを見ただけで,種子を播こうとする表面が良い状態だと判断しているだけである。地面にシャベルをさして穴を掘って,播種したその先に何が起きるかを見ようとすることは滅多にない。」と厳しい批判を行なっているアドバイザーもいた。

     別のアドバイザーは,「馬と鋤の時代には,農業者は事態を直ぐに理解して,土壌を大きく損なうことはなかった。しかし,巨大な機械を使っている現在では,農業者が経験を獲得する前に,土壌に対して非常に迅速にたくさんのダメージを起こしやすい。暗黙的知識を多く持っている農業者でもこうしたミスを大規模に起こすことがありうる。」と記述している。

     多数のアドバイザーから(31人中の9人),農業者はかつてに比べて,土壌から離れてしまっているとの指摘があった。つまり,農場が大規模化するほど,必要な書類作業が増えて,農業者が自らの圃場に行く機会が減り,多くの農業者が耕耘をトラクタ運転手にゆだね,圃場の歩き回りをアドバイザーに任せるようになっていると指摘された。

     このように,大型機械技術は,農業者の土壌との物理的および感覚的コンタクトを排除し,歩いていればもっと早期に検出できたはずの,下層土での問題の眼に見えるサインをわからなくしているので,大型機械の使用が農業者の土壌についての知識をダメにしている。

    ●節減耕耘が農業者の土壌に関する暗黙的知識を醸成している

     他方,インタビューした節減耕耘を実践している3人の農業者は例外であった。節減耕耘システムには表土と下層土の状態の緻密で定期的な観察に加えて,土壌に対する新しい認識が必要であり,こうした農業者はこれらを実践し,新しい認識を有していた。3人のうちの1人の農業者はインタビューで,「個人的なことをいうと,10年前にはそうしたことを考えることは決してなかった。私は,土壌を見ず,穴を掘らず,ミミズを探すこともなかった。毎年油料ナタネを植え付ける前に習慣的に心土を耕耘して,そうすることによって数1000ポンドを無駄にしていた。」と述べていた。

     こうした人達は,自らの土壌に精通していると同時に,自ら見つけた土壌の持続的管理方法に熱心である。こうした農業者は特定の農業経営体や農場規模のタイプに限定されているわけではない。観察・実験・学習に傾倒して,直ぐに実践する資質を有しているか否かにかかっている。

    ●結論

     ▼イングランドの農業者の土壌に関する知識の特性と程度を,選定したアドバイザーや農業者が持っている見解から分析した。その結果,農業者は土壌についてかなり知識を有しているものの,多くの者はより複雑な持続可能な土壌管理行為を実施するのに必要な深い科学的知識や暗黙的知識までは有していなかった。

     ▼科学的知識とローカルな暗黙的知識は相互補完していることが示された。耕耘作業には科学的な知識に基づいた高度な技術を必要とするが,効果的なものにするには,科学的知識と土壌や天候といったローカルな暗黙的知識とを複合させることが必要である。同様に,農業者が養分収支計算のような科学的知識識を,自分の農場に適用するには暗黙的知識が役立つ。科学的知識と暗黙的知識とを完全に補完し合う形で有することによってのみ,農業者は土壌を持続可能に管理できることが示された。

     ▼しかし,多くの場合,農業者は持続可能な土壌管理に必要な深い知識を十分には持っていないことが注目された。こうした知識不足が,優良土壌管理方法の採用が乏しいことを説明する上で重要であると考えられた。

     ▼かつての農業者は,輪作や耕耘の実践を通して,自然のリズムに合った地元の知識とともに,自らの農地,その肥沃度や土性について詳しい知識を有し,それらを,農場や,土壌が中心的要素となっている地元の生態系に結びつけているのは普通だった。1950-1980年におけるイギリス農業の集約化の間に,こうした農業者のローカルな知識が,化学肥料,化学農薬,購入飼料や大型農業機械に置き換わったと指摘されている。農業者の土壌に関する知識基盤もこの推移を通して蝕まれたといえよう。

     ▼今後,新しい政策課題を達成できるように農業者の科学的知識や暗黙的知識を向上させる必要がある。科学的知識を向上させるには,農業者へのトレーニング,デモンストレーション,印刷物,ワークショップが必要である。実際的なデモンストレーションが,農業者に土壌状態を如何に調べて解釈するかを示す最も一般的な方法である。他方,農場で獲得される経験的な暗黙的知識の獲得には,資格を有する実践的専門家による1対1のアドバイスによる農場での学習を支援し,アドバイザーからの助言を求めて農業者が自ら学ぶようにすることが必要である。

     ▼なかでも節減耕耘や家畜ふん尿管理ではコスト削減が生ずるので,競争の激しい業界で生き残る方策を探している者にそれを採用する誘因となろう。これらをマスターして実践している農業者は,農業者仲間の中にあって優良土壌管理の「チャンピオン」ないし「影響を与える者」としての役割をもっており,活用すべきであろう。

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