No.21 フード・マイル計算の難しさ
〜イギリスがフード・マイル指標に関する報告書を作成〜
●フード・マイルとは
フード・マイル(food miles)は,1994年にイギリスのNPOのSAFE Alliance(現Sustain)によって提唱された指標で,食料の品目別重量(トン)に当該品目が生産者から消費者にまで到達する輸送距離(km)を乗じた積の総和(トン・km)を用いて,食料輸送に消費されている化石燃料(石油)の量を問題にする。フード・マイルが大きいほど,輸送手段となった船,航空機,車両などで使用する石油消費量が増え,それにともなって二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量が増加して地球温暖化に対する負荷が増大するとともに,移動する車両の増加によって道路の渋滞,騒音,交通事故などが増えて,環境面や社会・経済的なコスト負担が増加することに,衆目を向けさせた【Algela Paxton (SAFE Alliance)著・谷口葉子訳 (2001) フードマイルズ・レポート〜食料の長距離輸送の危険性。神戸大学農業経済 34: 55-62】。
●輸入食料に焦点を当てたフード・マイレージ
日本では農林水産省農林水産政策研究所の中田哲也がこのフード・マイルを踏まえて,一国の輸入した食料について,品目別輸入量と輸送距離との積の総和を計算し,その値をフード・マイレージと称した【中田哲也 (2003) 食料の総輸入量・距離フード・マイレージ)とその環境に及ぼす負荷に関する考察。農林水産政策研究 5: 45-59】。
2001年における日本の食料輸入総量は5,800万トンで,輸入食料のフード・マイレージは約9,000億トン・km。韓国やアメリカで約3,000億,イギリスで約1,900億,ドイツで約1,700億トン,フランスで約1,000億トン・kmで,日本は世界のなかで突出している(図)。そして,国民1人当たりのフード・マイレージを計算すると,食料自給率の低い日本で約7,100トン・km,韓国で約6,600トン・kmと高く,日本はイギリスの2.2倍,アメリカの6.7倍となっている。日本の輸入食料のための輸送で排出される二酸化炭素量は,輸出国内での輸送で670万トン,輸出国から日本への輸送で1,020万トン,合計1,690万トンに達すると推定された。他方,国産食料と輸入食料を合わせた国内での食料輸送で900万トンの二酸化炭素が排出され,国産食料の国内外輸送で合計2,590万トンが排出されていると推定された。2000年度における日本の運輸部門で排出された二酸化炭素の総排出量は2億5,600万トンだが,輸入食料を合わせた食料の輸送分はその約1割と推定された。
●イギリスにおけるフード・マイル指標の検討
イギリスのDEFRA(環境・食料・農村開発省)は,持続可能な社会の形成に役立たせるにはフード・マイルにかかわる指標をどのようなものにすべきかについて,AEAテクノロジー株式会社に調査を委託し,その調査報告書が2005年7月15日に公表された【AEA Technology plc (2005) The Validity of Food Miles as an Indicator of Sustainable Development: Final report】。
イギリスは輸入食料についてだけ計算するのでなく,国産食料の国内輸送分や輸出食料分も計算している。その合計のフード・マイルは,1992年2,030億,97年2,220億,2002年2,340億トン・kmと増加してきている。このようにフード・マイルが増加している原因として,食料貿易量(輸入と輸出)の増加,貿易相手国の多様化や食品産業のグローバル化に加えて,国内における食料の流通機構の変化も問題にしている。すなわち,食料供給システムが大規模化・集中化して,スーパーマーケットは商品を自社の配送センターから重量車両によって支店に配送し,消費者も自家用車で郊外の大規模スーパーに週1回でかけてまとめて購入するようになり,消費者が小売店に頻繁に歩いて出向いて少量ずつ購入するパターンが崩れてしまったことも原因として問題にしている。
フード・マイルには農業の国際化,流通機構や農村社会の変化などの様々な要因が関係していて,それらの要因の状態をフード・マイルだけで把握することはできないことを,報告書は指摘している。そして,フード・マイルを小さくすることが必ずしも良いとは限らないことも指摘している。例えば,イギリスの寒い冬に重油を燃やして温度を上げた温室でトマトを生産した場合には,トマトの輸送で生ずる二酸化炭素量は少なくてすむが,暖房のための生ずる二酸化炭素量が莫大となる。冬にトマトを国内生産するよりも,スペインで露地生産されたトマトを海上輸送で輸入した方が,生産過程と輸送過程を合わせた二酸化炭素排出量を少なくできることを記している。フード・マイルに関係する要因間には複雑なトレードオフが存在していて,それらを解析することは難しい。そこで,報告書は,フード・マイルに直接関係して生ずる,環境面および社会・経済的なマイナスのインパクトと明確に因果関係を有する指標として,下記の4つの指標を提案している。
a) 都市部における自家用車や大型など車両のタイプ別に区分した食料輸送のトン・km: 都市部における事故,渋滞コストおよび大気汚染のインパクトの指標となる。 b) 国内と輸出国内における大型輸送車両による食料輸送のトン・km: 大型輸送車両が,道路建設・維持費,騒音および大気汚染コストの大部分を占める。 c) 航空機による食料輸送のトン・km: イギリスでは航空機による食料輸送は全フード・マイルの1%にすぎないが,食料輸送による二酸化炭素排出量の11%を占め,環境負荷が最も大きい。 d) 食料輸送に起因した全二酸化炭素排出量: イギリス国内外の値を対象にする。ただし,現状では冷蔵・冷凍輸送分は計算できないので除外せざるをえない。
なぜこうした指標を問題にするかといえば,イギリス国産食料の国内輸送にともなって,2002年に生じた社会コストは総額91.2億ポンド(二酸化炭素排出3.6億,大気汚染4.4億,騒音2.8億,交通渋滞51.9億,交通事故20.4億,道路建設・維持8.2億ポンド)(1ポンドを200円とすると,91.2億ポンドは1.82兆円)と試算される。この91.2億ポンドは,2002年における農業部門の粗付加価値額(64億ポンド)を超え,食品・飲料水製造部門の値(198億ポンド)と比肩する額である。このため,フード・マイルを小さくして,社会コストを削減することが持続可能な社会の形成に大切となる。
●有機農産物輸送の社会コスト
報告書は冬小麦を生産・輸送する際の社会コストについても試算を行っている。生産・輸送の両過程を合わせた小麦1トン当たりの社会コストは,イギリス国内で小麦を有機農法で生産・消費した場合12.8ポンドだが,慣行農法では28.6ポンドとなる。船による輸送の社会コストは少ないが,自動車や航空機による輸送の社会コストは高いので,アメリカで小麦を有機農業で生産してイギリスに船で輸送した場合には16.5ポンドと若干高くなる。しかし,アメリカ産の有機小麦を航空機で輸送したら,76.2ポンドに跳ね上がり,イタリア産の有機小麦を車両で陸上輸送したら,52.8ポンドと高くなる。
●フード・マイル計算の今後のあり方
フード・マイルとは別にライフサイクルアセスメント(LCA)という手法もある。LACは製品やサービスの生産から廃棄までの過程における物質とエネルギーの流れを集計する手法である。したがって,フード・マイルは食料輸送場面に限定したLCAともいえよう。LCAの計算は煩雑だが,フード・マイルの計算は統計があれば,比較的簡単という利点を持っている。しかし,生産過程と結合してフード・マイルを評価しないと,一面的な解釈をしてしまう危険が高い。
食料自給率の低い日本のフード・マイルは異常に高い。しかも,多量の生鮮食品を航空機で輸入しており,それも考慮したら,ますます異常な値となろう。だが,国内での食料生産を増やせば,環境負荷が減るかといえば,必ずしもそうとはいえない。貯蔵性の高い穀物の場合,粗放的に生産された穀物を船で輸入した方が,国内で集約的に生産した場合よりも,石油の消費量が少ないケースが多いだろう。また,国内で施設を加温して野菜を生産した場合よりも,外国で露地生産された野菜を船で輸入する場合の方が,石油の消費量が少ないだろう。ただし,生鮮物を航空機で輸入した場合には逆転するであろう。単純な距離だけのフード・マイルでなく,生産過程と結合させた上で,輸送手段を考慮したフード・マイルの計算を日本でも行うことが望まれる。
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