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No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況
〜家畜ふん尿の肥料およびエネルギー利用に関する議会報告書〜
●背景アメリカは,原則4年ごとに政策や予算配分を決めた農業法を改正している。現在の2008年農業法は,正式には「2008年食料・保全・エネルギー法」(Food, Conservation, and Energy Act of 2008)と呼ばれ,2008年6月18日に公布され,2012年度末まで適用される。 2008年農業法は,その一部として,農務長官に対して,家畜ふん尿の養分やエネルギーなどの資源としての役割について,下記を中心に調査することを命じている(農業法の第XI章家畜生産,セクション11014)。 (1) 家畜生産経営体のタイプや規模別の余剰な家畜ふん尿量の評価。 (2) 養分源としての家畜ふん尿の利用を制限することによって生ずる,家畜生産経営体ならびに消費者へのインパクトの評価。 (3) エネルギー利用にともなう,家畜ふん尿の養分源利用との競合による作物生産への影響の評価。 そもそもこうした調査を命じた背景には,日本の水質汚濁法に相当する「クリーンウォータ法」の強化と,化石燃料削減のためのバイオエネルギーへの関心の高まりがあった。 「クリーンウォータ法」は,船の航行可能な表流水(河川,湖沼,河口,沿岸海域など)へのポイントソース(特定汚染源)からの汚染物質の排出を規制する,連邦政府の最も重要な法律である。家畜生産経営体には,長い間,同法の適用が除外されていたが,2003年4月14日から適用対象となった。適用対象となった家畜生産経営体は,高密度家畜飼養経営体(concentrated animal feeding operations : CAFO)と呼ばれている経営体である(表1)。 CAFOと認定された家畜生産経営体には,家畜ふん尿による環境負荷を軽減する義務が課せられる。アメリカではふん尿や畜舎排水はスラリーとしてラグーン(貯留池)に貯められた後に,飼料生産圃場などに散布されることが多い。その際,(1)ラグーンから大雨による溢水や表流水への直接漏出が起きないようにし,(2)表流水から30 m以内にふん尿を散布せず,(3)化学肥料と家畜ふん尿を合わせて,作物要求量を超える養分を施用しないように養分管理プランを作成して,その記録を保存し,(4)作物要求量を超える家畜ふん尿は他人に譲渡したり,エネルギー利用など農地還元以外の方法で処理・利用したりすることが課せられている(西尾道徳 (2005) アメリカの大規模舎飼家畜飼養経営体からの排出規制.農業技術大系.土壌施肥編 第3巻.p. 土壌と活用? 8の19の12〜15.農文協)。 こうしたCAFOの家畜ふん尿管理規制が強化されたことによって,アメリカの家畜生産経営体でどれだけの家畜ふん尿量が余剰になっているのか,余剰ふん尿はどのように処理・利用されているのか,処理・利用のために家畜生産経営体にはどの程度のコスト負担が生じているのか,そのために畜産物価格が上昇したとすると,消費者にはどの程度の影響がでるのか,温室効果ガス削減の意味もあって家畜ふん尿のエネルギー利用への関心が高まっているが,エネルギー利用の展望はどうかなどの問題を,農務省のERS(経済研究局Economic Research Service)が調査して連邦議会に報告した (ERS (James M. MacDonald, Marc O. Ribaudo, Michael J. Livingston, Jayson Beckman, and Wen Huang) (June, 2009) Manure Use for Fertilizer and for Energy 〜 Report to Congress. 53 pp. )。その概要を紹介する。
●主要畜産地帯における家畜の生産とふん尿の作物利用の状況アメリカの家畜生産経営体は,ますます作物生産との複合経営を減らし,特定の畜種に特化して規模拡大を進めており,家畜生産の集中した地域が生じている。南東部(家禽とブタ),ロッキー山脈東側に近い高地平原地帯(肥育肉牛,乳牛,ブタ),西部(乳牛)などがその代表で,これらの地帯では家畜の養分排泄量が作物の養分必要量を上回っている。 アメリカ全体の2006年における作物栽培面積の総和は1億2780万haだが,家畜ふん尿が施用された総面積は639万haで,全体の5%だけであったと推定されている。そのうちの463万ha (72%) は穀物類(トウモロコシ,オオムギ,ワタ,エンバク,ラッカセイ,ソルガム,ダイズ,コムギ)だが,そのうちの368万ha (58%) はトウモロコシで,乾草と牧草は170万ha (27%) と推定されている。トウモロコシは,飼料用として多くの酪農経営体や養豚経営体で栽培されている。この結果は,ふん尿を施用しているのは家畜生産経営体が中心であって,家畜ふん尿を受け入れている耕種経営体はまだわずかにすぎないことを示している。 家畜ふん尿を施用された463万haの穀物類栽培面積のうち,ふん尿の畜種別割合は,2006年において乳牛56%,肉牛22%,豚12%,家禽8%,その他2%と推定されている。 家畜生産経営体について,ふん尿が余剰になっている経営体数などの分析が,酪農経営体と養豚経営体についてなされている。
(1)酪農経営体 牛乳生産は,現在,西部で急速に拡大し,カリフォルニア州,アイダホ州,ニューメキシコ州が主要生産地帯になっているが,ワシントン州,アリゾナ州,テキサス州でもかなりの生産がなされている。西部には作物生産を行っていない酪農経営体も少なくなく,アメリカの全酪農経営体の16%は作物生産を行なっていない。 アメリカでは,搾乳牛1頭のふん尿生産量を年間約25トン,その中の窒素を150 kg ,リンを25 kg ,カリを16 kg を標準にしている。酪農経営体はトウモロコシを栽培することが多いが,トウモロコシは窒素の吸収力が高い。アメリカでのトウモロコシへの化学肥料窒素施用量の平均値は140 kg/ha程度だが,この量の窒素をふん尿で施用するなら,ふん尿からの窒素の揮散がないとして,乳牛1頭当たり約1 haのトウモロコシの栽培が必要になる。この比率を参考にすると,酪農経営体の頭数と栽培面積から,不足する面積が推定でき,過剰なふん尿を搬出しなければならなくなる。 2000年時点で全酪農経営体の92%は200頭未満で,1%未満の経営体が1,000頭以上の乳牛を有しているが,全米の総頭数の19%強を占め,生産量の23%を占めている。 養分施用では,家畜ふん尿や化学肥料などを合わせた養分,特に窒素とリンの施用量が作物要求量を上回らない養分管理プランを作成して守ることが必要である。畜産経営体の圃場にはふん尿由来のリンの集積が進んでいるケースが多い。このため,生産された家畜ふん尿を自作地に施用した際,窒素に比べて,リンが過剰になるケースが多い。大部分の小規模酪農経営体は,作物生産のための適正な窒素施用量の範囲でふん尿を施用している(表2)。しかし,大部分の中規模および大規模経営体は,自らの家畜ふん尿の全てを自作地に施用すると,窒素施用が過剰になってしまうため,ふん尿を受け入れる農地面積を増やすか,ふん尿の一部を農場外に搬出しなければならない。リンについては,増やすべき農地面積や農場外に搬出すべきふん尿量がさらに増加する経営体数が,これまで以上に増えることになってしまう。
(2)養豚経営体 西部コーンベルトが豚生産の中心地になっているが,ノースカロライナ州,オクラホマ州,ユタ州でも活発な生産が行なわれている。これらの州の豚生産者の多くは豚生産に特化しており,作物生産との複合経営体の数は少ない。アメリカ全体でみても,肥育豚の22%が作物栽培を行なっていない経営体で生産されている。 今日では,肥育だけを行なっている経営体のなかには,養豚の全過程を統括して豚を所有しているインテグレータと契約し,インテグレータから子豚と飼料の提供を受け,出荷重量にまで成長させたことに対して支払いを受けているケースが多い。中西部の養豚経営体にはインテグレータから肥育の報酬を受けるのに加えて,作物(トウモロコシ,ダイズ,コムギが最も一般的)も生産しているケースが多い。こうしたケースでは豚のふん尿を低コストな養分として作物生産に活用している。 仕上げ段階の豚は,毎年,545 kgのふん尿を排泄し,その中には4.5 kgの窒素,0.77 kgのリン,2.0 kgのカリウムが含まれている。このため,6000頭を毎年肥育している経営体では,トウモロコシに窒素140 kg/haを施用するとして,窒素の揮散がないとすると,193 haの耕地が必要になる。 全米の養豚経営体の平均値でみると,小規模農場は,窒素基準を満たして過剰な窒素施用を回避するのに十分な農地を有している(表2)。しかし,中規模と大規模の経営体はふん尿量に比して農地面積が不足している。窒素基準を守るために,中規模経営体は,平均で,家畜ふん尿を施用する農地面積を33%増やし,大規模経営体は,平均で農地面積を114%増やさなければならないと推定された。リンの基準を守るためには,農地をさらに大幅に増やし,大規模経営体では平均で405 haの農地を増やす必要があると推定された。
●家畜ふん尿施用規制が家畜生産経営体に及ぼすインパクト窒素やリンを過剰施用しないように家畜ふん尿の施用量を制限するために,経営体は農地の拡大,ふん尿の農外輸送,養分の排泄量を減らす給餌の改善などを行なうことが必要になる。そのために要する追加コストは,当該経営体が自ら十分な農地を有しているか否か,または,どの程度の量の家畜ふん尿を農場外に搬出しなければならないのか,農場外に搬出させる場合には,近隣の耕種経営体のどの程度の割合が家畜ふん尿を使用する意向を持っているのか,あるいは家畜ふん尿をどこまで運搬するのかによって大きく異なってくる。大規模家畜生産経営体ほど,この問題が深刻である。 この点について,主要家畜生産地帯において経営規模および畜種別に追加コスト上昇分を予測した結果が紹介されている。近隣の耕種経営体のふん尿受け入れ意向が低いなら,家畜生産者はさらに遠くまで余剰家畜ふん尿を輸送することが必要になってしまう。そこで,近隣の耕種経営体による家畜ふん尿受け入れ意向の割合を10%から80%まで変えて予測を行なっている。ふん尿が余剰になっている地域では,家畜生産経営体が無料でふん尿を耕種経営体に引き取ってもらっているケースも少なくない。しかし,アンケート調査で,耕種経営体が家畜ふん尿受け入れる場合,家畜ふん尿に対して,1トン当たりの平均価格で,乳牛で6.2ドル,豚で4.8ドル,ブロイラーで4.4ドルの対価を支払ってくれるとの結果が得られ,この結果を使って予測を行なっている。そして,受け入れ意向割合が高いほど,輸送コストが安くなり,かつ,大量の家畜ふん尿を販売できる大規模経営体ではふん尿販売による純益が上がることになる。お近隣の耕種経営体のふん尿受け入れ意向が多少ある場合(20%とする),大規模経営体では,地域の差は多少あるものの,家畜ふん尿管理を含め,生産コストが2.5〜3.5%上昇すると推定された。この程度の上昇なら,大規模経営体は小規模経営体よりもコスト面でなおかなりの有利性を有しており,家畜生産の現在の構造が変わるとは思えないとしている。 また,この程度の生産コスト上昇では,生産量や消費量に大幅な減少が生ずるとは思えない。肉や牛乳に対する小売段階での需要は比較的価格変化に鈍感であるのに加え,小売価格の上昇率は生産コストの上昇率よりも低くなると考えられる。その結果,養分管理プランによる規制強化は,家畜ふん尿の耕種経営体での利用を拡大させながら,家畜生産経営体の規模構造にはあまり影響を与えないであろうと結論している。
●家畜ふん尿のエネルギー変換利用が作物生産に与えるインパクト家畜ふん尿をエネルギーに変換するには,スラリー状のふん尿を嫌気消化して,メタン発酵によって生じたメタンを燃焼させて火力や電気をえるか,または,水分の少ない肉牛のふんや家禽ふんを直接燃焼させて火力や電気をえる方法が一般的である。 アメリカでは,現在,家畜ふん尿のエネルギー変換はあまり実行されていない。 ふん尿から嫌気消化装置で発生するガスは,メタン,二酸化炭素,その他の微量ガスを含み,農場のボイラー,ヒーター,クーラーや発電機の燃料として利用できるが,洗浄して調製すれば(97%メタン),天然ガスパイプラインに入れて販売することもできる。嫌気消化システムは一部の酪農や養豚の農場や,いくつかのコミュニティで運転されているものの,計画中や建設中を含め,酪農で3%未満(建設済みが91経営体,建設・設計・計画が64経営体),養豚(建設済みが17経営体,建設・設計・計画が6経営体)で1%未満の経営体で実施されているに過ぎない。 家畜ふんを燃焼させるプラントは,アメリカでは,最初,1987年に肥育牛ふんを利用したプラントがカリフォルニア州で運転されたが,現在は休止されている(2009年に再開予定)。七面鳥ふんを原料にしたプラントが2007年にミネソタ州で稼働し始め,ミネソタ州の七面鳥の約40%(アメリカの七面鳥の6.6%に相当)の生産したふんが燃焼されている。また,コネチカット(採卵鶏ふんを利用)やテキサス(牛ふんを利用)でも建設中である。 家畜ふん尿をエネルギーに変換すれば,農業者は電気代金の節約や電力販売で収益を増やせるはずだが,目下の段階では,支出に見合う十分な節約を実現できた者はほとんどいない。しかし,家畜ふん尿のエネルギー変換は,化石燃料の消費や温室効果ガスのメタン発生の削減によって,社会に便益をもたらすことができる。このため,家畜ふん尿のエネルギー変換装置の建設に対して,補助金や奨励金をする提案を行っている州もある。こうした支援が強化されれば,エネルギー変換施設建設の申請がかなり増加しよう。 とはいえ,エネルギー変換利用が,家畜ふん尿の肥料利用を制約することはないであろう。理由の第一は,エネルギー変換を行なっても作物養分があまり減らないことである。つまり,嫌気消化を行なっても,作物養分の窒素,リン,カリの多くは排出液に保持されている。燃焼した場合には,家畜ふん中の窒素はなくなるが,リンとカリウムは灰に残り,濃縮されて,輸送コストが少なくてすむ。第二に,家畜ふん尿のエネルギーによって得られるエネルギーと肥料の双方が市場で機能し,家畜ふん尿入手コストが最も安い地域で経済的に成立できよう。しかし,エネルギー変換の普及には,温室効果ガス削減といった環境便益の視点からの公的支援が必要である。
●おわりにEUも家畜ふん尿の施用の量,時期,場所などを規制しているが,アメリカも,施用量の上限設定の仕方は異なるが,類似の規制を行なっている。これに対して,日本は農地への施用であれば,家畜ふん尿の施用の量,時期,場所などに何らの規制を設けていない。 また,日本では水質汚濁防止法で,閉鎖性海域(東京湾,伊勢湾,瀬戸内海)と指定湖沼(琵琶湖など11の湖沼)の集水域に所在する畜産事業所(房総面積が,豚で50 m2,牛で200 m2,馬で500 m2以上で,鶏は規制対象外)の畜舎から公共用水域と地下水に排出される排水を規制している。畜産事業所からの無機態窒素(アンモニア,アンモニウム化合物,亜硝酸化合物および硝酸化合物の和)とリンについては,2008年9月30日まで一般基準よりも緩やかな暫定基準を適用していたが,同年10月1日からは牛と馬については一般基準(無機態窒素120mg,リン16 mg/L)が適用され,豚についてはなお暫定基準(無機態窒素190 mg,リン30 mg/L)が適用されている(環境保全型農業レポート.No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化)。しかし,日本では畜舎排水は規制していても,上述したように,家畜ふん尿の農地還元量については何らの規制もしていない。環境を保全しつつ,農業生産を発展させる視点に立った政策展開が望まれる。
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