No.67 野菜畑と河川底性動物との関係
傾斜畑からの土壌流出が多様性を損なっている
●傾斜野菜畑からの土壌の流出
傾斜畑から豪雨の際に流出した土壌が,河川を汚濁している例が少なくない。例えば,群馬県嬬恋村のキャベツ畑でも,夏の豪雨の際に流出した土壌が河川を汚濁して問題になった。このため,農家有志,JA,村役場等が環境保全型農業推進協議会を設置して,傾斜畑の下に存在する排水路の周辺に牧草を密生させたグリーンベルトや(図1),50 mを超える斜面長の畑の途中にもグリーンベルトを設けて,畑からの土壌の流出を防止している(農林水産省農村振興局 (2003) 農村の地域資源を巡る論点の整理の参考資料.p.6)。
畑からは土壌粒子とともに,栄養塩類(窒素とリン酸)や農薬も流出する。畑からの土壌粒子や栄養塩類の流出に関する文献は多い。しかし,農薬の流出については水田潅漑水からの流出に関する研究が多く,畑からの流出については意外に少ないものの,Takahasiら(2002)は傾斜野菜畑から豪雨時に土壌粒子とともに農薬が表面流去水によって流出することを報告している(Y. Takahashi et. al. (2002) Field-scale runoff of pesticides from upland fields under natural rainfall. Journal of Pesticide Science. 27: 378-382)。
●野菜畑による河川底性動物への影響
(独)水産総合研究センターの中央水産研究所内水面研究部は,長野県千曲川流域において,畑率(集水面積に対する畑面積の割合)と河川の底性動物との関係を調査した(伊藤文成・村上真裕美・山口元吉・阿部信一郎・片野修・西村定一 (2000) 周辺の畑作農業が河川の底生動物種多様性へ及ぼす影響.平成11年度水産研究成果情報)。すなわち,千曲川流域の畑のない4水系と畑のある4水系で人家の影響の入らない地区に39の調査定点を設けて,環境(標高,畑率,濁度,電気伝導度,川幅,河床構造,カバー,流量,強熱減量,付着藻類のクロロフィルa量)およびカゲロウ,トビケラ,カワゲラの幼虫などの底生動物を調査した。
その結果,河川の汚濁程度を示す汚濁指数は畑率と正の相関関係を有していた。そして,畑率の高い水系では底生動物の出現種類数が少なく,調査した水系全体でみると,底生動物の出現種類数(出現した種類の総数)は畑率と負の相関を示した(図2と表1)。また,底生動物の多様度指数(出現種類数と個体数から計算した多様性を表す指数で,指数が高いほど多種類の底生動物が出現)も畑率と負の相関を示し,底生動物の湿重量(バイオマス量)は付着藻類のクロロフィルa量と正の相関を示した。そして,汚濁指数の高い水系には汚濁に強い汚濁耐性種(ユスリカ,シマトビケラ,コカゲロウの仲間,ヒルの仲間(シマイシビル)など)が多く出現した。このように底生動物は畑から強く影響を受けていることが明らかになった。
●水系生物の保全と両立できる作物生産への意識向上の必要性
上記の結果は,傾斜野菜畑の多い地帯では豪雨時に畑から土壌の流出によって,底生動物の出現種類数や多様性が低下していることを示している。土壌の流出にともなって,流れ出した土壌粒子によって水の光透過性が低下して微小藻類の増殖が低下したり,川底に沈殿した泥によって底生動物の生息地が劣化したり,また栄養塩類による微小藻類の増殖や農薬による減少も生じたりする。上記の結果に対して,土壌粒子の懸濁と沈殿,栄養塩類や農薬などがどの程度ずつ寄与しているかは不明だが,この結果は水系生物の保全と両立できる作物生産への意識向上の必要性を示している。
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