環境保全型農業レポート > No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
    以前の記事一覧

  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か

    〜アメリカ経済研究局の解析

    ●アメリカにおける農業由来窒素による環境汚染

     後述するが,アメリカ農務省経済研究局の報告書によると,アメリカで排出されている硝酸(正確には硝酸塩と記すべきだが,硝酸と略記する)の54%,亜酸化窒素の73%,アンモニアの84%が農業に起因し,アメリカの水系に流入している窒素の約17%は家畜ふん尿に由来していると試算されている。アメリカではこうした農業由来の窒素に加えて,リンの負荷によって,水系や大気の環境汚染が問題になっている。なお,アメリカの農業由来の水質汚染については,環境保全型農業レポート.「No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例」「No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした」も参照されたい。

     アメリカの調査した4つの農村地域では(ネブラスカ州中央部,インディアナ州ホワイトリバー集水域,太平洋岸北西部のコロンビア中央流域,ペンシルベニア州とメリーランド州にまたがるサスケハナ川流域),住民は自宅の飲用井戸用地下水中の化学物質(硝酸を含む)濃度を引き下げるのに,年間(1995年ドルで)7300万ドル〜7億8000万ドル(1995年の基準相場1ドル93円で,67億8900〜725億4000万円)の間の金額を支払っても良いとの意向を示している。そして,経済研究局はアメリカ全体で,飲用水道から硝酸を除去するコストが年間48億ドル(4464億円)を超え,そのうちの農業のシェアは年間17億ドル(1581億円)と推定し,排出源からの排水中の硝酸濃度を1%減らすと,アメリカの水処理コストを年間1億2000万ドル(111億6000万円)減らせることを指摘している。

     こうした農業による窒素負荷を減らすために,経済研究局は,普通作物(野菜や果樹を除く,ワタ,牧草,穀物,ダイズ,ラッカセイ)について,施肥の実態を,統計調査を用いて分析した上で,コスト効果の高い余剰窒素削減政策を検討し,下記報告を刊行した。

    Ribaudo, Marc, Jorge Delgado, LeRoy Hansen, Michael Livingston, Roberto Mosheim, and James Williamson (September 2011) Nitrogen In Agricultural Systems: Implications For Conservation Policy. ERR-127. U.S. Dept. of Agriculture, Economic Research Service. 82p.

    この概要を紹介する。

    ●アメリカにおける普通作物への施肥の実態

     農務省の全米農業統計局 (National Agricultural Statistics Service: NASS)が農業関係の統計を調査しているが,毎年は詳しい調査を実施することができない。そこで,全米農業統計局と経済研究局(Economic Research Service: ERS)は,共同で,毎年対象を変え,圃場レベルでの農業生産の方法,農場運営の経理,農場の家族構成などについてより詳しいデータを収集する農業資源管理調査(Agricultural Resource Management Survey: ARMS)を実施している。このデータを利用して,経済研究局は,2006年における普通作物への化学肥料と家畜ふん尿を合わせた窒素の全米レベルでの施肥量を推定した(表1)。

    (1)無施肥栽培面積の多い作目がある

     アメリカの施肥に関する統計には施肥面積と無施肥面積との数値が必ず記載されていて,無施肥面積割合の高い作目が少なくないことに驚かされる。表1でも無施肥面積割合がダイズで78%,ラッカセイで41%,エンバク34%などとなっていることが注目される。

     かつて北海道の開拓期には,森林を開墾して造成した畑では,明治時代末期まで無施肥での作物生産が行なわれていた。これは森林や草原時代に土壌に蓄えられた有機物が,寒冷な気候下でゆっくり分解されて長期にわたって養分を放出し続けたために,無施肥でも,収量が少しずつ低下していったが,それなりの収量を長期に上げることができたためである。アメリカでは,それに加えて経営規模が大きいので,収量レベルが低くても,経営が成立する場合には無施肥で栽培することが可能になっている。

    (2)トウモロコシは多肥作物

     無施肥面積を除く,施肥面積での窒素施肥量の平均値は,トウモロコシが188 kg/haで普通作物のなかで断然多い。これはF1雑種を利用した単収の高い品種が普及しており,その能力を発揮するために多肥がなされているためである。ちなみにEUでは倒伏しにくい矮性遺伝子を組み込んだコムギの多収品種が普及し,コムギで多肥がなされている。しかし,アメリカではそうした多肥を要するコムギ品種があまり普及していない。表1で,トウモロコシは施肥された普通作物作付面積の45%を占め,施肥された窒素総量の66%を占めて,普通作物のなかでトウモロコシが窒素施肥量の過半を占めている。

    (3)不適な施肥面積が最も多いのもトウモロコシ

     アメリカでは連邦政府の農業補助金の支給を受けるには,農務省の自然資源保全局が定めている優良保全規範を遵守することが義務づけられている。自然資源保全局の規範は全米に共通する原則を定めたもので,その州事務所が州に適合した具体的規範を定めている。全米レベルの優良保全規範のなかの「養分管理,コード590」(Nutrient Management, Code 590)では,作物ごとに州レベルで定められている規範に従い,作物の窒素利用率を向上させるために,施肥量基準,施肥方法,施肥時期を守ることを要求している。

     経済研究局の報告書は,施肥実態に関する農業資源管理調査結果を,これら3つの要件を次のように設定して,窒素施肥の適切性を評価した。

     施肥量:窒素施肥量(市販肥料と家畜ふん尿)が,前作作物からの持ち越し分を含め,記述された収量目標から計算される収穫時の作物が収奪する窒素量の40%を超えないようにする。

     施肥時期:春に作付けした作物には,秋には窒素を施肥しない。

     施肥方法:窒素を土壌表面に撒いただけでなく,注入(肥料を直接土壌中に入れること)または混和(表面に施肥してから肥料を土壌に鋤き込むこと)する。

     この基準で農業資源管理調査結果をみると,施肥量基準は,普通作物の窒素施肥総面積の32%で守られていなかった。窒素施肥を受けた面積のうち,施肥量基準を満たしていない面積割合をみると,ワタが最大で(47%)で,次いでトウモロコシ(35%)であった(表1)。しかし,施肥量基準を満たしていない面積の実数ではトウモロコシが最大で,施肥量基準を満たしていない全作物での総面積の50%を占めた。

     施肥時期基準は,全作物での施肥総面積の24%で満たされていなかった。トウモロコシでは,施肥面積の約34%で化学肥料ないし家畜ふん尿の窒素が秋にも施肥され,施肥時期基準を満たしていないトウモロコシ面積は,全作物での基準を満たしていない施肥面積の64%を占めた。

     化学肥料や家畜ふん尿を土壌に混入ないし注入せずに,散播しただけの,施肥方法基準を満たしていない面積は,全作物での施肥面積の37%に達した。施肥方法基準を満たしていない面積割合が最も高いのはダイズ(45%)であるが,施肥方法基準を満たしていない実面積が最も多いのはトウモロコシで,基準を満たしていない施肥面積の約46%を占めた。

     このようにトウモロコシでは,窒素の施肥量が普通作物で最も多いのに加えて,基準を超えた過剰施肥が,違反した施肥方法や時期になされているケースが非常に多い。そのため,普通作物での施肥の適正化の第1のターゲットはトウモロコシとすべきである。

     因みに,日本はトウモロコシ子実を事実上全て輸入しているが,これを国産にしたら,余剰窒素で環境汚染が一層ひどくなってしまうであろう。

    (4)家畜ふん尿の施用は過剰

     これまでにも,家畜生産農場は処分すべき多量の家畜ふん尿を有するために,作物に養分を過剰供給しがちであることが指摘されている。この指摘については,施肥実態に関する農業資源管理調査結果もそのことを裏付けている。

     普通作物全体では,窒素を施肥した普通作物作付面積の約10%には,家畜ふん尿が施用されていた。施肥面積に占める3つの施肥基準のいずれか1つ以上に違反した面積割合は,市販肥料だけを施肥したケースは62%であったが,家畜ふん尿を施用した場合には93%に達していた(表2)。家畜ふん尿を施用された面積の大部分(72%)はトウモロコシ栽培面積であったが,家畜ふん尿を施用されなかったトウモロコシ面積では65%であった。そして,家畜ふん尿を施用されたトウモロコシ面積の95%超は,3つの基準のいずれかを満たしていなかった。

    ●湿地と植生ろ過帯による流出窒素の捕捉

     圃場内ではできるだけ窒素利用率を高くして,作物の吸収しきれない窒素を少なくすることに加えて,どうしても生ずる圃場から流出する余剰窒素を,圃場と川や湖などの水辺の間に牧草や野草を密に生やした植生ろ過帯で捕捉する方法や,余剰窒素の流入した表流水を湿地に導いて窒素ガスなどに脱窒させる方法が,アメリカで奨励されている。

     植生ろ過帯は,圃場から表面流去水によって流出した窒素の約74%を除去できるとの試算がある。湿地は1 ha当たり年間158〜240 kgの窒素を除去するとの研究以外にも,505〜1122 kgの窒素を除去するとの研究例もある。湿地は窒素の除去以外にも,水生生物の生息地,洪水防止など,いろいろな生態系サービスを提供できる点でも優れている。

     しかし,この植生ろ過帯にも弱点がある。

     かつてアメリカ内陸部の氷河の影響を受けた大平原部分には,多数の湿地が存在した。その湿地で作物生産を容易にするために,土管暗渠や明渠の排水システムを設置して地下水位を下げ,現在ではトウモロコシなどが生産されている。こうした排水システムが,圃場から硝酸を水源に急速に移動させる導管となっている。土管暗渠が設置されていると,圃場内で余剰となった硝酸が地表を流去せず,地下に浸透して土管暗渠を経由して流れる。そのため,地表に設けられている植生ろ過帯の除去効果は発揮されなくなってしまう。

     農業資源管理調査結果によると,窒素施肥を行なった普通作物作付地の約26%には土管暗渠が設置されていたが,その大部分はトウモロコシ作付圃場であった。こうした圃場の多くは優良管理規範に準拠した窒素施肥を行なっておらず,土管暗渠圃場の約71%が3つの窒素管理基準を全て満たしていないことが示されている。こうした面積の大部分はトウモロコシを生産していた。そして,土管暗渠の大部分は,ミシシッピー川流域に所在しており,やがてメキシコ湾に流れて,メキシコ湾の低酸素の原因の1つになっている。

    ●農業者はなぜ過剰施肥をするのか?

     窒素を施用し過ぎると,肥料コストがかさんで純益が減って,環境にロスされる窒素量が増える。一方,窒素施用量が少なすぎると,収量減少のリスクが高まる。作物生産は,不確実にしか予測できない天候や土壌条件の下で行なわれている。農業者は,減収リスクから経営を守るために,天候や土壌窒素供給量の変動性を窒素の過剰施用によって管理しようとする。つまり,天候や土壌窒素供給量の変動性によって生じる窒素不足を回避する「保険」として,窒素を増肥しようとする(保険施肥)。肥料代金が安いほど,保険施肥量が多くなる。

     これに加えて,農業者は,最適気象年に可能となる最高収量を上げるのに必要な窒素量を施用して,経済収益を最大にしようとする(セーフティネットアプローチ)。しかし,最適気象年は滅多になく,大部分の年で目標とする最高収量レベルはより低く,作物に過剰施肥していることになる。

     例えば,農業者がトウモロコシにha当たり200 kgの窒素を施用するとする。最適気象条件であれば,ha当たり10.7トンのトウモロコシを収穫できるとする。しかし,大部分の年には,条件は理想的でなく,平均単収がha当たり9.3トンだとする。この収量ならha当たり185 kgの窒素しか必要としないが,この収量レベルでは農業者は理想的気象条件だったら,ha当たり1.4トンを損してしまうことになる。肥料価格を窒素1 kg当たり1.10ドルとすると,余分に施用した窒素のコストは平均的な年でha当たり17.3ドルとなる。トウモロコシの価格をトン当たり177.2ドルとすると,理想的条件での最高収量を達成できた場合の利益は,ha当たり1,676ドルとなる。しかし,最高収量を上げるのに必要な窒素を施肥して,9.3トンしか収量が上げられない大部分の年の利益は1,428ドルにしかならない。その結果,作物に利用されずに圃場に残されて,環境汚染を起こす窒素量が増えることになる。

    ●土壌診断と作物診断

     前作作物の種類や家畜ふん尿施用の有無などによって,窒素施用量は当然変わってくる。このため,土壌の可給態窒素量を分析して,施肥量を調節する土壌診断が行なわれている。例えば,アイオワ州のトウモロコシでは,前作の種類や家畜ふん尿の有無によって,標準的な基肥量を施用した上で,土壌中の硝酸性窒素濃度によって追肥窒素量を調整する方式が行なわれている。そして,収穫期に地面から15〜35 cm部位のトウモロコシの幹を切断して,その汁液中の硝酸性窒素濃度を測定し,それが適正範囲の1,000〜2,000 mg N/Lの外にあれば,次作の施肥量を修正する作物診断行なわれている(Iowa State University (1997) Nitrogen Fertilizer Recommendations for Corn in Iowa.)

     経済研究局は,農業資源管理調査結果を用いて,2001年と2005年に農業者がどのような情報などを踏まえて,窒素施肥量を決定しているかを解析した。回答は複数回答なので,どの要因が個々の農業者の意志決定に最も強く影響したかは不明だが,複数の情報などを考慮している者が多い。ただし,最も多いのは,毎年決まり切った同じ施肥を行なっている者で,その割合は約70%もあった。こうした人達が,上述した保険施肥やセーフティネットアプローチによって,過剰施肥を行なっているのであろう。

     ここで注目されたのは,土壌・作物診断を実施した者で,家畜ふん尿を用いずに市販肥料だけを施用した者は,平均値でだが,土壌診断に基づいた適正窒素施肥量を守っていることである(表4)。そのことからみて,施肥量の適正化は,土壌診断に基づいた施肥設計によって可能といえる。ただし,家畜ふん尿を併用している場合には,過剰施肥が生じている。

    ●施肥量を適正化することがなによりも重要

     窒素の利用率向上を図るために,施肥量,施肥方法,施肥時期の適正化を取り上げた。この3つのうち,後者2つの施肥改善を行なってトウモロコシを栽培すると,窒素利用率が向上して環境にロスされる窒素総量は減少するものの,ロスされた窒素の形態が変化して,別の観点での環境負荷が高まってしまう。この点を,別途開発されている,窒素ロスとその環境影響を評価するシミュレーションモデル(NLEAPモデル:窒素ロスと環境評価のためのシミュレーションプロセス Simulation Processes for the Nitrogen Loss and Environmental Assessment Package)を用いて,アメリカの代表的なトウモロコシ生産地域について評価を行なった。

     その結果,例えば,施肥方法を改善して,それまで土壌表面に散布するだけだった市販肥料や家畜ふん尿を土壌に注入ないし混和するようにすると,アンモニアで大気に揮散する量が減る一方で,必ず硝酸の溶脱量が増え,2倍を超える増加になる場合もあった。また,秋の追肥をなくして,その分の施肥を春に移すこと(施用量は変えない)によって,硝酸ロスと全窒素ロスは減るが,施肥時期がより暖かくて湿った条件の春にシフトするので,温室効果の強い亜酸化窒素排出量が増えた。

     はっきりしたことは,施肥量を減らすだけで,硝酸,アンモニア,亜酸化窒素の3つの形態の反応性窒素のロス量が全て減少したということである。

     こうした結果から,飲料水源への硝酸の溶脱が問題な地域では,窒素利用率の向上は,施肥量の削減または施肥時期の春移動に焦点を合わせるべきである。

    ●アメリカの環境保全のための農業政策の概要

     アメリカ連邦政府は,様々な環境保全を目的にした農業プログラム(事業)を実施している。環境や農地資源を劣化させやすい農地を生産から撤退させるプログラムとともに,農業生産を継続しながら,環境にやさしい農業を実践することによって環境負荷を削減するプログラムなど,いろいろなプログラムが用意されている。

     農務省管轄の農業生産を行ないつつ,環境負荷を削減するプログラムの代表は,EQIP(環境質インセンティブプログラム: Environmental Quality Incentives Program)である。EQIPは環境負荷を減らしつつ作物や家畜の生産を行なう農業方法について,農業者に金銭的および技術的な支援を与える。EQIPでは,金銭的支援として,環境にやさしい農法(養分管理プラン,総合的有害生物管理,灌漑管理,野生生物管理)を採用することに対するインセンティブ支払を与えるのに加えて,家畜ふん尿貯蔵施設の建設や水辺への植生ろ過帯の設置などの建設費用に対して,通常半分(最大75%)の補助がなされている。

     農地を生産から撤退させるプログラムの代表は,保全留保プログラム(CRP: Conservation Reserve Program)や湿地留保プログラ(WRP: Wetlands Reserve Program)である。これらのプログラムでは,農業者が農地の所有権を保持するが,農地の使用権(地役権)を長期の一定期間にわたって連邦政府に譲渡し,その代金と,撤退した農地に作る草地や湿地の造成費用を支給し,コンプライアンス(遵守)メカニズムが適用されて,違反すれば,支給した金の返金や罰金が課せられる。

     環境庁(EPA: Environmental Protection Agency)は,養分管理に対処するために,ある種の高密度家畜飼養経営体(CAFO: al feeding operations)に対して,法的規制を課している(環境保全型農業レポート.No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況)

     また,一部の州は窒素肥料税を,養分管理プログラムに対する収益を増やすために使用している。

    ●アメリカの窒素施肥改善のための政策

    (1)情報提供(教育)

     環境にやさしい農業方法の使用がすすまないことの要因として,農業者は自ら行なっている農業実践の環境結果(パフォーマンス)について知らないことがあげられている。その要因を取り除くために農業者への教育が行なわれており,法律で教育が義務づけられている場合もある。ただし,教育で得た新しい方法を農業者が採用するか否かは,それを採用することによって,その採用に対するインセンティブ支払を含めて,儲けが増えることにかかっている。例えば,表3や表4に示すように,土壌・作物診断によって施肥の適正化が可能になるが,教育によってその概要と意義が理解され,施肥の適正化によって,収益向上と環境保全が図られることを教えることが大切である。

    (2)インセンティブ支払

     環境にやさしい農業方法を採用してとしても,そのために手間が増えて作業時間が長くなったり,収量が減って所得が減ったりすることがある。例えば,EQIPでは,市販肥料の適正施用を目指し,養分管理プランを作成して実行することが要求される。その実践に対して,州によって異なるが,全米の平均で2008年には21.9ドル/haが,当該の環境にやさしい農業方法に農業者を誘因させるためのインセンティブ支払として支給された。また,家畜ふん尿を施用する場合には,廃棄物利用ガイドラインに準拠して,施用量,施用時期や施用法を守ることが要求される。家畜ふん尿施用の場合には,全米平均で36.4ドル/haがインセンティブ支払として支払われた。

     著者らの試算によると,市販肥料だけを用いた場合に比べて,家畜ふん尿を施用した場合には,平均で66.3ドル/haも余計にコストがかかる。家畜ふん尿施用の支払金額36.4ドル/haでは割に合わず,ほぼ釣り合える金額を支給しているのは,コーンベルトのなかの2つの州(イリノイとインディアナ)だけであった。この結果は,EQIP単価では,家畜を飼養しておらず,家畜ふん尿を使用していない農業者に,環境に優しい仕方で家畜ふん尿を利用するように仕向けるのには不十分であることを示唆している。

     しかし,家畜を有する農場は家畜ふん尿を処分する必要がある。それゆえ,家畜ふん尿利用は,選択の問題ではなく,家畜ふん尿の必要な処分を助ける作業であり,66.3ドル/haよりも低い金額だけであっても,畜産農場は喜んで家畜ふん尿施用を行なうと考えられる。とはいえ,家畜ふん尿を施用していながら施用量基準を満たしていない普通作物作付面積は,2006年に1,900 haもあり,これらを全てEQIPに参加させて,インセンティブ支払を行なうと,そのコストは年間1億6900万〜2億5400万ドル/haにもなり,現在のEQUIPの予算総額にほぼ匹敵してしまう。

     ただし,農業者は,地域住民などが環境の改善を喜んでくれたり,利益をえたりすることが明確な場合には,たとえ収益が減っても,環境保全的な農業方法を喜んで採用する場合もある。

    (3)圃場外での窒素の浄化

    (A)湿地の造成

     湿地は,かつてアメリカ内陸部の氷河の影響を受けた大平原部分の大きな部分を占めていた。現在のトウモロコシの主要生産州の畑の多くは,そうした地形を排水して造成された。こうした氷河の影響を受けた大平原の畑を湿地に戻すコストを,湿地留保プログラのデータを用いて解析した。

     湿地の地役権コストは,3,682から7,487ドル/haの幅を持ち。湿地の造成・維持コストの中央値は年間378ドル/haと試算された。湿地で硝酸を脱窒させると,窒素の一部が窒素ガスでなく,温室効果ガス効果の高い亜酸化窒素に転換されるが,脱窒される窒素量の0.13〜0.30%だけだとの推定もある。ミシシッピー川上流部やオハイオ川の流域の湿地では,年間505〜1,122 kg/haの窒素を除去できるとしており,20〜45万haの湿地を追加することによって,表流水への窒素負荷量を30%減らすことができると試算している。

     窒素除去の単位コストは,ミシシッピー川上流部やオハイオ川の流域では年間0.18〜0.75ドル/kgとなる。ただし,中西部の湿地では,年間159〜240 kg/haの窒素を除去しているとの試算があり,この場合の単位コストは1.56〜2.38ドル/kgとなる。

    (B)植生ろ過帯の造成

     トウモロコシ生産地帯で,トウモロコシ畑の外縁部に植生ろ過帯を造成する場合,その造成に使った土地の機会コスト(トウモロコシ畑として継続した場合にえられる金額)を,著者らは年間232ドル/haと試算した。そして,湿地留保プログラムのデータを用いて,地代(機会コスト)と植生造成コストの合計額を,年間235〜240ドル/haとした。このコストの安いケースは,植生として草,高いケースは樹木を植えた場合である。

     樹木性の河川植生ろ過帯は,幅が10フィートから50フィートの帯で44〜131/haの窒素を除去するとのデータがある。そして,樹木性植生ろ過帯コストが240ドル/haなら,植生ろ過帯の窒素除去コストは窒素1 kg当たり4.07〜12.00ドルになる。このコスト試算値は,氷河の影響を受けた大平原のトウモロコシ生産地域におけるコストを重み付けした平均値である。

     湿地は,植生ろ過帯に比べて窒素除去能力が数倍高く,窒素1 kg当たりの除去コストは数倍安い。その上,湿地生態系は,植生ろ過帯よりも,より多様な環境サービスを提供する能力を持っている。

    (4)排出権取引

     事業所などが,硝酸の河川への排出や温室効果ガスの大気への排出の削減義務を果たすことが難しい場面が生じたとする。その一方で,農業が優良農業規範を遵守して,硝酸や温室効果ガスの排出を削減したとする。そして,農業での削減分を事業所などに販売して,事業所などの削減義務が達成できたとするなら,農業での環境保全コストを納税者からの税金に基づいた農業予算によらずに,民間の経済部門の資金によって支払えることになる。

     「クリーンウォータ法」では,特定汚染源(工場,下水処理プラントなど)には,特定の汚染物質をどれだけ放出できるかを規定した許可量が割当られ,当初は許可量の取引は認められなかった。しかし,環境保護庁の水質に関する現在の政策ガイドラインでは,特定汚染源の事業所などは,非特定汚染源の農業を含め,他の汚染源からの排出削減を含めて,自らの排出許可量を達成することが認められるようになっている。

     しかし,農業を排出権取引の対象に組み込むには,対象面積数を限定し,特定の地理的区域や特定の農業方法を対象に設定しなければならない。そして,基本的な優良農業規範の遵守のような,かなり高い管理レベルのベースラインを設定した上で,よりレベルの高い規範遵守による追加的な排出削減分を取引対象とするようにする必要がある。このため,排出権取引に参加できる農業者はかなり制限されることになり,窒素肥料の3つの施肥基準を遵守している農業者が35%しかいないトウモロコシ生産者で,排出権取引を行なえる農業者が直ぐに増えるとは考えにくい。これに加えて,非特定汚染源の農業からの窒素排出では,実際にどれだけの排出削減が達成されたかの判定が難しい場合が多く,排出権取引のルールを複雑にし,事務コストを高くしよう。

     排出権マーケットは,水質改善や温室効果ガス排出削減の努力の点で大きな関心を集めているものの,改善を要する全ての面積での養分管理を向上させる役割は恐らく限られよう。

    (5)肥料税

     一般に,窒素肥料需要は価格に比較的鈍感とされている。例えば,アメリカで1980年代に行なわれた窒素肥料価格と肥料購買量との関係を調べた結果では,価格弾性値は-0.20〜-0.70の範囲にあり,肥料価格が10%高騰すると,需要が2〜7%減ることが示されている。

     しかし,その後には,窒素肥料需要は価格に比較的敏感との結果も少なからず出されている。著者らは,農業資源管理調査の2001年と2005年の圃場レベルのデータを用いて,トウモロコシに市販肥料を施用している農業者の窒素肥料の需要弾性が-1.38,すなわち,窒素肥料価格が10%高騰すると,農業者は施用量を13.8%減らすことになるとの結果をえた。そして,トウモロコシ生産者の1/4弱が家畜ふん尿を施用し,その全ての者が市販窒素肥料を併用している。こうした農業者を含めると,需要弾性は-0.6,つまり,市販窒素肥料価格が10%高騰するごとに,農業者は窒素(有機態と無機態の和)の使用量を約7%減らすと推定された。

     価格弾性の推計値から,施用量基準を守るように施肥量を減らすのに必要な税を大まかに計算することができる。2005年の農業資源管理調査による,トウモロコシへの施肥量と栽培面積のデータを解析すると,基準施肥量を超えた農業者の50%は基準施肥窒素量を21.3 kg/ha程度超過していた。著者らの価格弾性値-1.38を用いると,肥料税率を上げて窒素肥料価格を7.4%(5.3セント/kg)上昇させると,施肥したトウモロコシの総作付面積3,076万haのうち,基準施肥量を超える窒素が施用された1,081万haの50%(約542万ha)が施肥基準を満たすことになると試算される。また,基準施肥量を超えた者の75%が,施肥基準を48.7 kg/haも超過していた。窒素肥料価格を17%(13.2セント弱)高くすると,基準施肥量を超過する作物耕地を809万ha減らせると計算される。

     肥料税は政策手段として長所と短所をもっている。

     長所として,次が上げられる。

     (1) 価格上昇によって農業者に施肥の適切化への注意を喚起し,どれだけ施肥するか,ロス量をどれだけにするかについて農業者の決定に柔軟性を与える。

     (2) 施肥量を減らしつつも,過剰施肥をなくして収益を上げることができる。

     (3) 遵守モニタリングの手間やコストを要しない。

     (4) 増税による歳入は,窒素利用率を向上させた生産者に払い戻して,生産者の税負担を減らすのにも使える。

     短所としては次が上げられる。

     (1) 肥料が過剰か否かを何ら区別するものではない。

     (2) 窒素肥料の価格上昇によってきちんと管理されない家畜ふん尿の施用が増加して,環境負荷がひどくなるケースが生じうる。

    (6)窒素コンプライアンス

     高度受食農地などで土壌保全農法を実施することや,農地を転換して造成した湿地を農地に戻さないことなどを遵守することが,連邦政府の農業補助金を受ける資格条件となっている。今後の可能性として,養分管理の遵守を補助金受給資格にすることが考えられるのだろうか。トウモロコシ生産者の75%かそれ以上が,連邦政府による補助金を受けており,その額は平均127ドル/haに達している。このなかには土壌保全農法や湿地維持を遵守することによる支払も含まれている。

     気がかりな点は,政府の農業補助金額は,2005年と2009年の間に,農産物価格が高くて災害支払が少なかったことなどを理由として約50%減額になっている。トウモロコシ生産者に対する面積当たりの平均支払額が同じパーセントで減額されると仮定すると,家畜ふん尿利用のような,より金のかかる窒素管理方法に対する支払額は,実際のコストはもちろん,現在支払われている額よりも少なくなってしまう。こうした補助金削減下では,窒素コンプライアンスは現実的政策手段になれないだろう。

    (7)法的規制

     窒素利用率向上を図る農業方法を採用・実践することを法的に要求するアプローチもありうる。しかし,こうした法的規制強化は,アメリカの農業に対するこれまでの政策とは異質である。というのは,一部の例外を除いて,農業経営体は「クリーンウォータ法」や「クリーンエア法」の規則の適用を免除されている。

     この適用除外を正当化するために,いろいろなことがいわれている。第1に,アメリカの農業は場所によって非常に多様であるために,単一の基準で規制する慣行の法的アプローチは実行しがたい。第2に,農業は非特定汚染源であるために,多額のコストをかけない限り,個々の汚染者を特定できない。

     そこで採りうる1つの方策は,窒素利用率を向上させる優良管理方法の採用を農業者に要求することである。生産者の農場の条件を考えずに,同じ方法を一律に要求する法的規則は効果的ではないので,農業の不均一的性格を考慮した柔軟性を持たせた優良規範をローカルに規定する方がより効果的である。しかし,農業者は,優良規範を実行するプランを作って適切に実行する予定であっても,実際には,いろいろな理由でその実行に失敗しやすい。それゆえ,法的規則の有効性を確保するには,資源管理組織による効果的なチェックや指導が必要になって,実施のための行政コストは高くなろう。

     「クリーンウォータ法」で,高密度家畜飼養経営体(CAFOs)に指定された家畜飼養経営体には養分管理プランの策定と実行が法的に課せられている(環境保全型農業レポート.No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況)。CAFOsだけでなく,全ての家畜飼養経営体に養分管理プランを採用することを法的に要求することは,コスト的に高くついてしまう。経済研究局は,そのことによる畜産部門のネットの収益の減少額は年間約14億ドルで,生産者および消費者に対する全米の経済的厚生はほぼ年間20億ドル減少すると試算している。そのことによって大気質や水質が改善されるのは便益であるとはいえ,法的規制は,汚染原因となっている度合の高い経営体に絞り込んで行なうことによって,全体的コストを引き下げることができよう。

     とはいえ,チェサピーク湾やメキシコ湾への窒素やリンの放出源となっている集水域のような,栄養塩類汚染が深刻で関心の高い地域では,自主的に窒素の優良管理規範を採用したがらない人々に対して,法的規制が最終手段として有効であろう。

    ●まとめ

    (a)アメリカの普通作物耕地面積の65%超では,まだ窒素の優良管理規範が守られていない。普通作物では,普通作物に施用される窒素の65%を占めているトウモロコシを主対象にする必要があり,そのなかでも土管暗渠を装備しているトウモロコシ畑と,家畜を飼養して家畜ふん尿を施用しているトウモロコシ畑を重点対象にする必要がある。

    (b)窒素肥料の施肥量を減らすことが,環境への窒素の排出を削減するのに最も有効な方法である。

    (c)しかし,過剰施肥削減を減らすと,天候不順年には土壌窒素供給力が低下して収量減が生じやすくなる。このため,施肥量削減に対するインセンティブ支払によって,農業者の所得を確保できるようにすることが必要である。

    (d)全ての農業者をEQIPなどの保全プログラムに誘い込めるほどにインセンティブ支払額を高くすることは,予算的に無理である。

    (e)排出権取引は水質改善や温室効果ガス排出削減で関心を集めており,排出権取引が使えれば,必要財源を政府負担から企業などの経済分野にシフトできる。しかし,非特定汚染源的性格の農業と特定汚染源の工業などの間で排出権取引を成立させるには,優良農業規範を実施している特定地域の農業者をターゲットにする必要があり,対象面積は限定されよう。そして,農業からの窒素排出が非特定汚染源的性格であるために,管理事務コストを高くしよう。

    (f)著者らの調査結果のように,農業者が肥料価格に比較的鋭敏に応答するなら,肥料税は窒素ロスを減らす効果的手段となりうるが,一般にいわれているように,農業者の窒素価格に対する応答性が乏しいなら,高い課税が必要になろう。そして,肥料税は,過剰でない施肥にも課税がなされる欠点を持っている。排出された窒素量に対してのみ課税するのは,現実的に無理である。肥料税によって市販窒素の代替物として家畜ふん尿の施用が助長され,家畜ふん尿の適正施用方策を見つけなければならない。

    (g)養分管理プランは農務省が奨励している方法であるが,CAFOsに指定された家畜飼養経営体にだけ要求されている。養分管理プランの策定と実施をコンプライアンス要件として全農業者にインセンティブ支払を行なうには,管理改善を要する農業者を参加する気にさせる,多額の支払額を用意することが必要である。2005年の農業プログラムのインセンティブ支払のレベルは非常に高かったものの,最近の作物価格上昇にともなってプログラム支払額が減少している。作物価格が引き続き高いレベルを維持するとすれば,プログラム支払額がさらに減額され,コンプライアンス要件を遵守してまでプログラムに参加する農業者は減るであろう。このため,コンプライアンスを条件にしたプログラムを意味のあるものにするには,支払を現在よりも広い要件にリンクさせるなど,コンプライアンス要件の内容を変える必要が出てこよう。

    (h)窒素利用率を向上させても,耕地からの窒素の排出量をゼロにはできない。低レベル窒素の圃場外排出によって環境問題が生じる地域では,圃場外ろ過の併用が必要である。連邦政府は,湿地や植生ろ過帯の創出・保全に金銭的インセンティブを提供している。このうち,湿地のほうが,ろ過帯よりも窒素除去のコスト効果がはるかに高い。特に土管暗渠が存在する場合には植生ろ過帯の窒素除去機能は無効になってしまうが,湿地は土管暗渠から出てくる排水をろ過する場所に設置できる。湿地は,野生生物生息地のような,その他の望ましい多数の生態系サービスを生み出している。しかし,ろ過帯は湿地を造成できない場所に設置できる。どちらを選択するかは,地形,土壌,水文学的条件による。

    (i)土壌診断および作物診断結果や環境状態に関するタイムリーな情報は,農業者が前年(または現在の栽培時期の開始時)に実践した農業方法を評価するとともに,窒素の過剰施肥を防止させる有効な手段である。このため,窒素診断を如何に実施して解釈し,如何に施肥を適正化についての情報は,プログラム全体のコストを引き下げ,改善スピードを高める。

    (c) Rural Culture Association All Rights Reserved.