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No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開
●土壌の分類国や地域によって,気候,植生,地形,母材などが大きく異なり,これらの違いに応じて様々な土壌が発達している。例えば,同じ岩石が風化されて砕けた礫から土壌が発達する場合でも,降水量の多い地帯では,岩石から溶け出た塩類が雨で流されて酸性の土壌ができる。しかし,降水量の少ない地帯では,塩類が残ってアルカリ性の塩類集積土壌ができる。そして,降水量が同じでも,温度,植生,地形,母材が違えば,別の土壌ができてくる。 土壌を分類する際には,土壌を掘って,色,岩石の混入度合い,土壌粒子の大きさなどによって断面を構成している土層を区別する。そして,土層の堆積状態や形状などを観察して土壌を分類する。 土壌の分類方式には国際的統一を目指したものもあるが,特異的な土壌が多く存在する国は,おおづかみな統一的分類方式よりも,当該国に多い特異的な土壌をより詳しく識別できる土壌の分類方式を構築している。かつての国際的な土壌の分類方式は,欧米の土壌を中心に構築され,日本に多い火山灰土の分類は詳細さを欠いていた。このことなどのため,日本は独自の土壌分類方式を構築してきた。 土壌の分類方式には,自然生成過程だけを重視したものあるが,実用目的で土地を利用する際には,その目的に大きな影響を与える要因を重視した土壌分類が行なわれている。日本には,農業生産を目的にした「農耕地土壌分類」,森林造成・管理を目的にした「林野土壌分類」(土壌分類方式,森林土壌図),国土開発を目的にした「土地分類基本調査」の土壌分類,農耕地や森林・原野を問わず,土壌生成過程を重視した「日本ペドロジスト学会」の作った分類が,存在している。
●農耕地土壌分類日本の農耕地土壌の分類方式を構築し,その土壌型別分布図(土壌図)を作成するには,まず全国の農耕地の土壌特性を把握して,土壌の分類方式を構築し,それぞれの土壌の広がり範囲を確認する必要があった。 その第一歩は,農林省(当時)が中心になって,1953年から1961年まで,各都道府県の農業試験場が全国の水田約170万haを対象にして行なった「施肥改善調査事業」であった。この調査事業では,化学肥料の施肥効果を検証するための現地試験と,その試験結果が適応できる範囲を把握するために土壌の分布状況の調査などが行なわれた。この調査事業で水田の約20万地点で土壌断面の特性データが蓄積された。次いで,1959年から1978年に行なわれた「地力保全基本調査事業」によって,全国の田畑約508万ha(水田288万ha,普通畑180万ha)について,農地の生産力を阻害している理化学的要因を明らかにして,土壌の潜在的生産力の分級が行なわれた。この調査事業では,各都道府県の農業試験場によって,25haにつき1地点の間隔で土壌調査が行なわれ,土壌断面の特性データが蓄積された。 これらの調査事業では,農業環境技術研究所(農環研)の前身である旧農業技術研究所が中心になって作った暫定的な農耕地土壌の分類が使用されていたが,調査事業で蓄積された土壌断面の特性データを踏まえて,1973年に「農耕地土壌の分類」第1次案が作られた。「農耕地土壌の分類」はその後,1975年に第2次案,1983年に第2次案改訂版,1995年に第3次改訂版が作られている。 農耕地土壌分類では,「ほぼ同じ材料から同じような過程をとおって生成された結果,ほぼ等しい断面形態をもっている一群の土壌の集まり」を土壌統と呼び,分類の基本単位としている。そして,断面形態の主な特徴や母材,分布状況などについて共通点をまとめて土壌群に大別している。土壌統数の多い土壌群については,中間分類として土壌統群が設定されている。土壌情報閲覧システムでは,第2次案改訂版に基づいた土壌分類方式に準拠しており,16土壌群,56土壌統群,320土壌統が設定されている。
●これまでの農耕地土壌図の閲覧土壌の違いによって,作物生産に適正な肥料や堆肥の施用量や,土壌改良の仕方などが異なってくる。例えば,「地力増進法」に基づいた土壌の基本的な改善目標や堆肥の施用量は土壌群グループによって異なる(2008年10月改正の地力増進基本指針)。 このため,農業者が自分の農地の土壌の種類とその特性を確認した上で,土壌診断結果などを有効に活用することが望まれるが,これまでは農業者が土壌図を直接閲覧して土壌の種類やその特性を確認することは簡単ではなかった。 農耕地土壌図は,過去に農林水産省から都道府県別印刷物として刊行され,農業関係の研究所,普及センター,大学などに所蔵されているが,一般の人は接しにくい。また,財団法人土壌協会が,農耕地土壌図と代表土壌断面データをデジタル化しCD-ROMを販売しているが,全国版は消費税込みで21万円,5つに分割した地域版は各5.25万円で,個人で購入するには高額である。都道府県の多くは,ホームページで当該都道府県の土壌図を提供しているが,すべての都道府県ではないし,提供される土壌図の縮尺もまちまちである。
●土壌情報閲覧システム独立行政法人農業環境技術研究所の高田裕介氏は,土壌協会などの了解の下に,5万分の1の縮尺で作られている農耕地土壌図(1992年または2001年)を,2万5千分の1の基盤地図情報に重ねて,都道府県名と市町村名を指定するだけで,当該地の農耕地土壌図をインターネット上で画面表示できる「土壌情報閲覧システム」を構築した(農環研プレスリリース(2010年4月13日),土壌情報閲覧システム)。 A.農耕地土壌図 土壌情報閲覧システムで表示している土壌図は,「地力保全基本調査事業」で作成した農耕地土壌図であり,その土壌分類方式は1983年の第2次案改訂版に準拠している。元の土壌図の縮尺は5万分の1だが,この縮尺では地図上の1 mmが実際には50 mに相当し,地図上の1 mm四方は25 a,1 cm四方は25 haとなる。このため,通常は,分散錯圃した圃場の1筆1筆を土壌図の上で識別できない。しかし,それぞれの圃場の土壌群と土壌統を土壌図から読み取ることはできる(図1参照)。 「地力保全基本調査事業」では,1974年の農耕地面積に合わせて土壌群別農地面積を集約しているが,その後に農耕地面積は大きく減少している。このため,土壌情報閲覧システムでは第3次と第4次土地利用基盤整備基本調査結果での農耕地の分布を踏まえて,1992年と2001年の土壌図を提示している(どちらかの年次を指定しないと土壌図が表示されない)。 土壌情報閲覧システムは,その「土壌分類解説」のページに,土壌図に表示されている土壌群と土壌統群の特徴の説明,土壌断面の写真,全国における土壌群の分布図や地目別面積を記載している。
土壌情報閲覧システムには,土壌群別の日本全体における農耕地土壌分布も示されており,そのうちの黒ボク土と灰色低地土の分布図を図2に示す。黒ボク土は,主に北海道,東北,関東,山陰,南九州といった火山の多い地帯の台地に分布し,灰色低地土は全国の大きな河川流域に分布していることが分かる。 B.土壌断面データベース 土壌情報閲覧システムには,土壌の分類方式や土壌図を作成する基礎になった全国7115調査地点の土壌断面データベースも組み込まれている。都道府県名を指定し,水田と畑ならびに土壌群を指定すると,指定条件に該当する土壌断面データが得られた場所が円で地図上に表示される。その円をクリックすると,土壌断面の調査結果の当時の手書き原票がpdfで表示される。 記載されている項目は,深さ1 mまでの層位の特徴,調査時点での土壌の水分含有率,腐植含有率,礫含量率,粒径組成,土性,現地容積重,固相率,液層率,気相率,孔隙率,pH(H20),pH(KCl),置換酸度(Y1),全炭素含有率,全窒素含有率,塩基交換容量,交換性のカルシウム・マグネシウム・カリの含有率,石灰飽和土壌,リン酸吸収係数,有効態リン酸含有率の層位別データである。 「地力保全基本調査事業」当時と比べれば,土壌の養分含有率は上昇して,当時の値が今日でも通用することは考えにくい。しかし,粒径組成,土性,塩基交換容量,リン酸吸収係数といった値は変化しにくく,今日でも近似値として使用可能であろう。これらの値は「地力増進法」に基づいた土壌の基本的な改善目標にも関係している。土壌診断で分析してもらえない場合には,近くに同じ土壌統での断面データがある場合には,それを活用することができる。 ただし,土壌断面データベースの所在を示す小円が示されても,当該の断面データがない場合もあるので,注意が必要である。
●おわりに日本の農耕地土壌図は5万分の1でまだ縮尺が大きすぎる。韓国も5万分の1の土壌図を作っていたが,1995年から精密土壌図作成のための土壌調査を開始し,全国の耕地について5000分の1の精密土壌図を完成させている。5000分の1の縮尺なら1 cmが実際の50 mに相当するので,分散錯圃の小圃場でも明確に識別することができる。韓国はこの精密土壌図に基づいて,1筆ごとに施肥の適正化を行なって,国をあげて取り組んでいる「環境農業」の基盤にしている。日本でも5万分の1よりも精密な土壌図が必要なことは研究サイドから提起されたが,予算化さなかったし,今後ともそれは期待できない。 今後,農業による環境負荷削減に真剣に取り組むには,精密土壌図を作り,それを誰もが利用できるようにすることが大切である。農環研の今回の土壌図公開はこの方向に向けた前進に貢献しよう。
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