環境保全型農業レポート > No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行

    ●経緯

     2010年は国際生物多様性年であるが,多くの人の関心は地上部の動植物の多様性に集まり,地下部の土壌生物の多様性についての理解は乏しい。しかし,地上部の生物多様性は,土壌生物の働きによる土壌の様々な機能があってこそ成立している。そして,土壌生物の多様性も,地上部生物の多様性によって支えられている。これまで地上部に比べて地下部の生物の研究は遅れており,市民や政策立案者に土壌生物の多様性とその意義が地上部の生物多様性に比べて理解されていないのが現状である。

     ところで,EUは環境政策を一層充実させるために,2006年9月に「土壌保護枠組指令案」を提案したが,有力加盟国の反対によってまだ成立していない(環境保全型農業レポート.No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行)。

     こうした状況を打破するために,EUの欧州委員会は政策立案者向けに2010年2月に土壌生物多様性に関する報告書を刊行した。そこでは,土壌にどのような生物が生息し,どのような働きをしているかを解説した。

     2010年9月に,その第2弾として,欧州委員会の研究組織である「共同研究センター」が加盟国の多数の専門家の共同作業によって作成した下記報告書を刊行した。

     S. Jeffery, C. Gardi, A. Jones, L. Montanarella, L. Marmo, L. Miko, K. Ritz, G. Peres, J. R醇rmbke and W. H. van der Putten (eds.) (2010) European Atlas of Soil Biodiversity. European Commission, Publications Office of the European Union, Luxembourg. 128 pp.

     今回の報告書も,政策立案者向けのものである。土壌生物とその機能の概要を簡単に解説しているが,重点は,土壌の生物多様性に与えられている脅威の内容とヨーロッパにおける脅威の分布図,ヨーロッパにおける土壌生物(実際には代表的な土壌動物群)の分布図,土壌生物多様性の調査方法,土壌生物多様性を保護する政策の意義とその展開方向などにおいている。以下にその一端を紹介する。

    ●EUにおける生物多様性保全政策の展開

     ヨーロッパの野生生物の保護政策は,保護地域を指定する国立公園の形で19世紀に開始された。国立公園は20世紀には植民地を含む大英帝国全体に導入され,1930年代や第二次大戦後にはヨーロッパ全体に広まった。この段階では,最も危機的状況にあって,協定やコンセンサスが得やすい種や生息地を対象にして,国およびヨーロッパレベルで保護地域が指定された。こうした保護地域の考え方に基づいた最初の国際条約が,1975年に発効した「ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)」で,EUは同年に,保護すべき種を明確に指定した「鳥類指令」(Council Directive 79/409/EEC)を施行した。

     しかし,こうした種に基づいた保全管理の仕方では,指定された種のなかでも特定のシンボル的な「旗艦」種に関心を集中させ,総合的な環境保護に必ずしもならないことが判明した。その反省から,EUは,関心の高い特定種だけの保護だけでなく,その生息地も対象にするように,野生動植物保護の政策を変えた。そして,EUは1992年に自然生息地と野生動植物を保全する「生息地指令」(Council Directive 92/43/EEC)を採択し,Natura 2000と呼ばれる,特別に保護する価値があるとされる保護区域のネットワークを構築した(2008年時点でNatura 2000の総面積はEU27か国の陸地面積の17%,約73万m2)。

     さらに,EUは野生動植物保護をNatura 2000に指定された区域内に限定せず,その外側の農村地帯や海洋も含めて野生動植物を保護する「グリーン・インフラストラクチャー」に向けた動きを開始している。すなわち,集約的な土地利用,道路,都市などなどによって分断された動植物の生息地をつないで,動植物が移動できるようにして,ヨーロッパの豊かな自然遺産を回復させる総合的な土地管理が着手されている。「グリーン・インフラストラクチャー」では,特定の野生生物種だけでなく,全ての野生生物種を保護し,しかも,生物種だけでなく,生態系が発揮している様々な多面的機能の保全や増進もねらっている。こうした生態系全体とその機能の保全を目指した政策が「グリーン・インフラストラクチャー」であり,1992年に発効した国連の「生物多様性条約」の目指す方向と合致しているとしている。

     というのは,「生物多様性条約」は,生態系アプローチを条約施行の一義的なフレームワークとしているからである。例えば,「生物多様性条約」の第2回締約国会議の決議事項II/8は,「生物多様性とその要素の保全および持続可能な利用は,3つのレベルの生物多様性(種内の多様性,種間の多様性,生態系の多様性)を考慮し,社会・経済的および文化的な要因を十分に考慮して,全体論的な仕方で対処しなければならないことを再確認する。しかし,生態系アプローチを本条約で取るべき行動の一義的フレームワークとしなければならない。」としている。つまり,「生物多様性条約」は,シンボリックな絶滅危惧種や役に立つ生物種だけを対象にしているのではなく,生態系を構成している全ての生物種と生態系機能の保全と持続可能な利用を対象にしているのである。

    ●生物多様性条約における土壌生物多様性の位置づけ

     「生物多様性条約」を実行する上で,食料生産に果たしている生物多様性の役割が大きいことから,2006年の第8回締約国会議において,農業における生物多様性についての決議がなされた(COP 8 Decision VIII/23)。一つは,「食料および栄養のための生物多様性に関する横断的イニシアティブ(先導的取組)」であり,もう一つは,食料生産や陸地のあらゆる生態系を支えている土壌生物多様性についての「土壌生物多様性の保全と持続可能な利用のための国際イニシアティブ(土壌生物多様性イニシアティブ)」である。

     土壌生物多様性イニシアティブは,FAOの調整と技術支援をえて,伝統的および慣行的農業生産システムにおける多様な土壌管理方法や農業生産における土壌生物多様性の役割を理解し,土壌生物多様性の保全と活用を組み込んだ土壌の管理方法を開発し,その知識を向上させて普及させることを目標にしている。

     しかし,こうしたことを実際に研究し,新しい知見を集積させる勢力は先進国でも他分野に比べて乏しく,途上国ではなお不足している。このため,農業者レベルまで土壌生物多様性についての知識を普及させるには,ほど遠い状況にあると考えられる。土壌生物多様性イニシアティブが実際に役立っているのは,生物多様性条約の他の問題を扱っている委員会に,土壌生物多様性の重要性を注意喚起していることである。まだ土壌生物多様性についての認識が低いために,EUがこうした土壌生物多様性に関する報告書をインプットして啓蒙している段階だといえる。

    ●土壌生物多様性に脅威を与えている要因

     土壌生物多様性のデータ蓄積は地上部生物に比べて乏しい上に,土壌生物多様性に影響を与える要因とその強さも明確に把握されているわけではない。しかも,土壌生物多様性に与える要因の強度は,土壌生物と地上部生物とで必ずしも同一ではない。例えば,大きな森林が都市や道路によって分断されるといった生息地分断の程度が高まると,野生動物の移動が妨げられ,生物多様性が減少する。理論的には生息地分断が土壌生物多様性にも大きなマイナスインパクトを与えることはありうるが,実際には土壌生物多様性に大きな影響を与えることは通常考えにくい。というのは,研究では,数平方センチのオーダーでの生息地分断によって土壌生物多様性に影響が出ることが認められているが,現実世界で起きている生息地分断のスケールでは影響が出ることは考えにくいからである。こうした側面もあるため,地上部生物での知見をそのまま土壌生物に適用することはできない。

     そこで,欧州委員会の「共同研究センター」は土壌生物多様性の専門家を招集し,アンケートの形で,事前にリストアップしておいた土壌生物多様性に影響する要因の強度を1から10まで(”1”は事実上何らの脅威がない,”10”は非常に深刻な脅威)の重み付けすることを依頼した。各要因について20名の専門家に回答を依頼したので,各脅威の合計最高スコアは200となる。各脅威について専門家のつけた重みを合計し,その最高スコアの200に対するパーセント値を脅威の潜在的重みとした。これによって個人のバックグランドや専門領域によって導入される主観的なバイアスを除いた。

     その結果,土壌生物多様性に対する脅威の潜在的重みは次の順位となった。(1)人間による集約的開発,(2)土壌有機物の減少,(3)生息地の撹乱,(4)土壌の封入(コンクリートやアスファルトによる被覆),(5)土壌汚染,(7)土地利用変化(以上が60〜65),(8)土壌の圧密,(9)土壌侵食(以上が50台),(10)生息地の分断,(11)気候変動(以上が40台),(12)外来種の侵入,(13)遺伝子組換え体による遺伝子汚染(以上が30台)(Jeffery et al. (2010) のFig. 5.2)

     これらの潜在的重みのうち,「共同研究センター」が1 km×1 km のグリッド(格子)ごとのデータとして既にデータベースを構築している関連要因(土地利用変化/生息地分断,農業の集約度(窒素負荷レベル),外来種の侵入(動植物),土壌の圧密リスク,土壌侵食リスク(水食リスク),土壌有機物の減耗リスク)の強度を5段階にランク分けし,各グリッドの強度データに,関連する脅威の潜在的重みを乗じた。そして,その合計値を7段階に分けて,1 km×1 km のグリッドの「土壌生物多様性に対する潜在的脅威分布図」を作成した(Jeffery et al. (2010) のMap of Soil Biodiversity Potential Threats)。

     潜在的脅威の値が高いのは,イギリスと中部ヨーロッパ(フランス北部,ベルギー,オランダ,デンマーク,ドイツ北部)で,脅威を大きくしている主要要因は,農業の高い集約度,侵入種の多さ,土壌有機物減耗の高いリスクであった。ただし,こうした結果は将来の可能性を示しているのであって,現在の土壌生物多様性のレベルを示しているわけではない。

    ●侵入外来種の土壌生物多様性に対する脅威の例

     侵入外来種によって,在来の多くの地上部生物や水生生物が絶滅したり,絶滅危惧に追いやられたりしている。それに比べて侵入外来種の土壌生物多様性に対する脅威は小さいとされていて,その確認された具体的事例は乏しい。本報告書に記載されているヨーロッパで確認されている事例を抜粋する。

     ・北アメリカでは,外来植物のアリアリア (Alliaria petiolata) (ニンニクに似た臭いのするヨーロッパ産のアブラナ科雑草)の侵入によって,堅木広葉樹林のアーバスキュラー菌根菌(VA菌根菌)が減少。

     ・イギリスの一部地域では,ニュージーランドからの扁形動物(Arthurdendyus triangulatus)(成虫は淡青色と淡黄色からなり,約17 cmに達し,ミミズを補食する)によって,土着ミミズの多様性が減少。

     ・ハワイには窒素固定のできる土着植物がいなかったが,窒素固定能を持ったMyrica faya(ヤマモモの一種)が侵入し,土壌窒素量が増大して,植物の種類と量が大幅に変化。

     ・日本から導入したイタドリ(Polygonum cuspidatum)がヨーロッパで繁殖し,カタツムリやダンゴムシの数と多様性を減らし,これらの捕食者を増加。

    ●土壌生物多様性に対する認識向上

     EUや加盟国は,土壌の多様な機能を維持するために分野ごとに多数の法律を定めて,様々な政策を実施してはいるが,一貫した形で土壌を保護するようにはなっていない。そうした背景には,市民や政策立案者が土壌生物の活動や分などについて十分な知識と認識を持つに至っていないことがある。そして,既往の土壌保護に関連した法律には,土壌生物多様性のロスの防止が明確には含まれていない。それゆえ,子供も含めて市民の土壌生物多様性についての知識を研究や教育によって向上させることが,また,社会が土壌生物多様性やその重要性を全体として理解し評価できるようにすることが大切であり,今後はそうした活動も強化する。

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