No.23 定植前リン酸苗施用法
〜野菜苗に施してリン酸施用量大幅削減〜
土壌に施用したリン酸のうち作物に吸収される割合(利用率)は一般に5〜15%にすぎないため,吸収量をはるかに超えるリン酸が施用されている。土壌に残ったリン酸の多くは難溶化するが,一部は作物に吸収可能な可給態で残る。これまでのリン酸施肥のくり返しによって,適正上限を超える可給態リン酸が蓄積している耕地が少なくない。
こうした状況を打ち破るには,リン酸の利用率を飛躍的に向上させることが必要である。その一つの方法が,(独)東北農業研究センターの渡邊和洋(現中央農業総合研究センター)らによって開発された「定植前リン酸苗施用法」である。
●定植前リン酸苗施用法
定植前リン酸苗施用法とは,苗にリン酸塩水溶液を与えてから定植する方法である。リン酸を難溶化する土壌の妨害が少ないならば,水溶性のリン酸は直ぐに吸収されて作物の生育を促進する。苗の段階ならば,妨害する土壌が少ないので,水溶性リン酸が有効である。ただし,水溶性リン酸の濃度が高いと,発芽・生育障害が起きるので,通常の条件で事前に発芽させた苗を仕立てた後,定植する前に水溶性リン酸を与える。
●ポットで仕立てたキャベツ苗での例
市販の園芸培土300 gずつで第3葉が完全に展開するまで育てたキャベツ苗(秋蒔極早生2号)を用いて,表1の試験区によって,慣行栽培と定植前リン酸苗施用法で栽培した場合のキャベツの生育を比較した【渡邊和洋ら (2005) キャベツの定植前リン酸苗施用によるリン酸施用量の80%削減と土壌の化学性の変化.日本土壌肥料学雑誌.76: 35-41】。
8月下旬にポットに,試薬の第1リン酸カリウム水溶液(リン酸17.3 g/L含有:pH6.2)を表1に従って添加した後,畑に定植した。このとき,P10区とP20区では水溶液を定植当日にそれぞれ25と50 mlずつ,P30区とP40区では定植の2日前と当日の2回に分けて,それぞれ計75と100 mlずつ添加した。慣行区ではリン酸肥料として過リン酸石灰を施用した。全ての区に肥料窒素25,カリ20,炭酸苦土石灰100 kg,稲わら堆肥2 t/10aを施用した。土壌は淡色黒ボク土で,事前に2年間にわたって無リン酸で均一栽培したため,可給態リン酸(ブレイ2法)は4.32 mg P2O5/100gと低下していた。こうした畑で,定植前リン酸苗施用法を行って,リン酸施用量を慣行の20%(P20)にしても,キャベツの結球重は慣行施肥と同じであった(図1)。そして,定植前苗施用を行ったキャベツでは特に初期生育が促進された。リン酸の利用率は慣行区では14.8%に過ぎなかったが,P20区では43.0%に高まった。
慣行区とP20区でのキャベツの栽培を3年間くり返し,P20区の収量が慣行区と遜色ないことも確認された。
●キャベツのセル苗での例
128穴セルトレイでキャベツ品種「南宝」を,第3葉が展開するまで育苗した。そして,第1リン酸カリウムと第2リン酸カリウムを3 : 1のモル比で溶かした水溶液(リン酸11.5 g/Lを含有:pH 6.2)を入れたバットにセルトレイを1時間浸漬して,リン酸の定植前苗施用を行った。この場合にはポットの場合に比べて,添加される水溶性リン酸の量がわずかに過ぎないが,可給態リン酸レベルの低い畑(トルオーグリン酸1.9 mg/100g)で,リン酸施用量を18 kg/10aの慣行区の50%にしても,結球重に遜色がなかった。そして,可給態リン酸レベルがそれよりも高い畑(トルオーグリン酸2.8と3.9 mg/100g)では,リン酸施用量を慣行の25%にしても結球重に遜色がなかった【渡邊和洋ら (2005) キャベツセル苗へのリン酸カリ液の定植前施用によるリン酸施肥削減.平成16年度東北農業研究成果情報】。
●スイートコーンのセル苗での例
128穴セルトレイを用いてスイートコーンの苗を作り,第1リン酸カリウムと第2リン酸カリウムを3 : 1のモル比で溶かした水溶液(リン酸22.9 g/Lを含有:pH 6.2)を入れたバットにセルトレイを1時間浸漬してから畑に定植した。浸漬の過程でセルに約10 mlの水溶液が吸水されるので,個体当たり約229 mgのリン酸を施用したことになる。この量は慣行のリン酸施用量12 kg/10aの8%に相当する。リン酸の定植前苗施用を行っただけで畑にリン酸肥料を全く施用しなくても,畑に慣行量のリン酸を施用した場合に比べて,初期生育はむしろ促進され,収穫量は遜色なく,リン酸施用量を92%も削減できた【渡邊和洋ら (2003) スィートコーンのリン酸カリ水溶液定植前浸漬によるリン減肥栽培.平成14年度東北農業研究成果情報】。
●苗の定植前リン酸処理の注意点
定植前リン酸処理として,過リン酸石灰や重焼リンなどの粒状のリン酸肥料を通常よりも多く,発芽前から培養土に混和しておいたり,水溶液であってもリン酸アンモニウムを用いたりすると,リン酸の高濃度障害が発生しやすい。また,処理する水溶液のpHが6以下になると障害が発生しやすい。浸漬処理中や処理後の強光や,定植後の土壌の乾燥によっても,高濃度障害の発生が助長されることがある。
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