環境保全型農業レポート > No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き |
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No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き
〜コメ以外には基準値を設定しない模様〜
●コーデックス委員会の食品中カドミウム濃度の国際基準値コメのカドミウム濃度は,現在,食品衛生法に基づく「食品,添加物等の規格基準(昭和34年12月28日 厚生省告示第370号)」によって,コメ(玄米)にカドミウムおよびその化合物がCd(カドミウム元素)として1.0 ppm以上含有するものではあってはならないと規定されている。これに対して,食品の規格や表示の国際的ガイドラインを審議するコーデックス委員会は,2006年7月に食品のカドミウム濃度の国際ガイドラインを確定し(環境保全型農業レポート「No.50 食品のカドミウム規制に終止符!」),コメのカドミウムの上限濃度を精米で0.4 mg/kg (ppm)とするなどの基準値を設定した。コーデックスの基準値はガイドラインであって,各国は遵守する義務を持たない。しかし,コーデックス基準を超えるカドミウムを含む食品を輸出しようとする際に,輸入国から基準値を超えることを理由に,輸入拒否があっても反論できない。このため,日本も,農産物の輸出振興を図る観点からも,食品衛生法をコーデックス基準に準拠して改正することが望ましいことになる。
●厚生労働省の対応食品衛生法を所管している厚生労働省は,薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食品規格部会を中心にカドミウムの国際基準への対応を検討した。2009年1月14日に開催された同部会において合意が得られた(「食品中のカドミウムの企画基準の一部改正について(案)」および議事録を参照)。合意の概要は次のとおりである。 (1) 我が国において食品からのカドミウムの1日摂取量は,平均21μg/人/日で,耐容週間摂取量の約4割程度であり,一般的な日本人における食品からのカドミウム摂取が健康に悪影響を及ぼす可能性は低いと考えられる。
(2) 寄与率の最も高い食品はコメであり,1日摂取量の約4割(耐容週間摂取量の約2割)を占めている(図)。食品中のカドミウムの規格基準を,最も摂取寄与の大きいコメにのみ設定することとし,食品衛生法に基づく規格基準を「コメ(玄米及び精米)のカドミウムの成分規格として,カドミウムおよびその化合物にあっては,Cdとして0.4 ppmを超えて含有するものであってはならない。」に改正する。 (3) コーデックス基準のあるコメ以外の品目(小麦,穀類,野菜類,海産二枚貝や頭足類)については,コメに比べ寄与率が低く,カドミウムの実態調査結果や,検査に要する労力,時間,コストなどを考慮すると,基準を設定して遵守させたとしても,カドミウム暴露量の低減に大きな効果は期待できないので,基準を設定しない。 (4)コーデックス基準が定められていない乾燥大豆の大部分は輸入されているが,国内産のカドミウム濃度が相対的に高く,外国産の大豆の濃度は,大豆を除く豆類のコーデックス基準を超えたものはほとんどない。軟体動物(イカなど)の内臓を用いた加工食品に,比較的高いカドミウム含有を示す調査結果が得られている。ついては,米,大豆,麦,野菜などについては,農林水産省が実施している低減対策を引き続き推進するよう関係者に要請する。また、海産物やそれらを原料として用いた加工食品については,Q&Aを改訂し,国民にバランスの良い食生活を心がけることを推進するとともに,さらなるカドミウム汚染実態把握に努めるよう関係者に対し要請する。また,一定期間経過後にそれらの実施状況について報告を求める。
●改正原案の食品健康影響評価を食品安全委員会に依頼上記の方針に基づいて,厚生労働大臣は,2009年2月9日付けで,「コメ(玄米及び精米)のカドミウムの成分規格として,カドミウムおよびその化合物にあっては,Cdとして0.4 ppmを超えて含有するものであってはならない。」と改正することについての食品健康リスク評価を食品安全委員会委員長に依頼した。2009年4月7日の化学物質・汚染物質専門調査会 第1回汚染物質部会で,この問題が検討された。
●今後の予定食品安全委員会の食品健康リスク評価結果を受けた後に,厚生労働省の薬事・食品衛生審議会が,コメのカドミウム成分規格の改正をさらに検討し,食品衛生法の改正手続を行なうことになる。 食品衛生法が改正されると,おそらく「農用地の土壌の汚染防止に関する法律」も改正されることになろう。というのは,同法律によって,都道府県知事は,基準値以上のカドミウム,銅,ヒ素による汚染が確認された田を,農用地土壌汚染対策地域に指定することができ,その汚染対策計画を立てて,国の補助を得て対策を実施することを規定している。これまでにも多くの面積の水田地域で対策事業が実施されてきたが,これまでは玄米のカドミウム1 ppm以上になった水田が対象であった。これからは玄米および精米のカドミウムが0.4 ppmを超える水田を対象にしなければつじつまが合わなくなる。 そして,カドミウムの基準がコメ以外の農産物には設けられないことになると,「農用地の土壌汚染防止に関する法律」は引き続いて田だけを対象にして,普通畑は今後とも対象にしないことになろう。
●日本の農産物はカドミウムの点で安全といえるのかコーデックス委員会の当初案では,コメのカドミウム濃度の上限値は精米で0.2 mg/kgであった。日本では土壌のカドミウムのバックグラウンドレベル(通常の状態での濃度)が高く,現在,基本的には0.4 mg/kaを超えるコメは食用に回さず,非食用の加工に供しているが,0.2 mg/kgにすれば,食用にできないコメが増えて,致命的な影響を受ける稲作農家が少なからず出現することになる。そこで,日本は上限値を精米0.4 mg/kgにしても,人間の健康を保護できることの示す実験データを提出し,精米0.2 mg/kgと0.4 mg/kgとで比較しても食品から摂取するカドミウム摂取量には大きな違いはないと主張した。日本の意見に対して,EU,エジプト,ノルウェーは反対していたが,最終段階で,自分らが日本のコメを食べることはないから,0.4 mg/kgでも良いでしょうといった雰囲気で保留したので,コメの上限濃度を0.4 mg/kgとする日本の意見が採択された(環境保全型農業レポート「No.50 食品のカドミウム規制に終止符!」)。 また,ダイズにしても当初案は豆類の上限値は0.1 mg/kgとする案であったが,ダイズのカドミウム濃度が高い日本は,豆類から乾燥ダイズを除外することを主張した。というのは,農林水産省が2002年に公表した,日本の作物などに含まれるカドミウムの実態調査http://www.maff.go.jp/www/press/cont2/20021202press_4.pdfによると,0.1 mg/kg以下のダイズは49.8 %で,残りの50.2 %が0.1 mg/kgを超えた。こうした状況では,一生懸命に国産ダイズの生産を奨励しても,収穫された半分は食用に供せないことになりかねない。現実にはダイズを煮豆などでまるごと食する量はわずかで,大部分は特定成分を抽出して加工食品として利用されていて,この加工過程でカドミウムの多くが除去されていると考えられる。このため,日本は,豆類からダイズを除外することを主張し,アメリカの賛同もあって,乾燥ダイズの除外が承認されたとのことである。 こうした経緯から分かるように,日本は国内農業を守るために当初案を懸命になって引き下げてきた。そして,コメの上限値を0.4 mg/kgに引き上げても良かったのは,日本人のコメの消費量が以前に比べて激減したためである。自給率向上を図るために,コメの消費量拡大を図ると,コメから摂取するカドミウム量が必然的に増加する。また,ダイズにいたっては,輸入ダイズのカドミウム濃度は国産のものよりも低いからかえって安全であるといった,薬事・食品衛生審議会の食品衛生分科会食品規格部会での上述の論調がまかり通っている。ダイズの自給率を向上させれば,ダイズからのカドミウム摂取量は増加することになる。 同様なことは野菜などにも当てはまるケースが多いだろう。多少国際基準よりも高くても健康に心配ないとして,国内農産物のカドミウム濃度を放置しておくことは,カドミウム濃度の高い輸入農産物を排除する論拠を放棄することにつながる。食品規格部会は,コメ,ダイズ,麦,野菜などについては,農林水産省が実施している低減対策を引き続き推進するよう関係者に要請するとしているが,法的な規制がなければ,低減対策を実施させる論拠がない。「農用地の土壌の汚染防止に関する法律」によって,田だけでなく,畑についても,ある濃度以上のカドミウムが存在する,あるいは吸収される場合には,農用地土壌汚染対策地域に指定して,対策事業が実施できるようにするといった,法的論拠作りが必要だろう。無論,ある濃度以上といったときに,国際基準をそのまま適用するのでなく,当面はそれよりも高い暫定基準を設けて,時間をかけて国産農産物のカドミウムを引き下げてゆく政策が望まれる。 ★「カドミウム」に関する技術大系の収録記事をさがす → 検索
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