環境保全型農業レポート > No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 |
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No.37 福島県の「環境にやさしい農業」福島県には猪苗代湖や磐梯五色沼湖沼群があり,環境と調和した農業が大切になっている。幸いに猪苗代湖や磐梯五色沼湖沼群の水質は全国の湖沼のなかで1位,2位と良い。こうした福島県ではあるが,環境にやさしい農業の推進に力を入れている。その概要は,【須田十三男(2006)福島県における「環境にやさしい農業」の推進について.農業と経済.72(1): 67-69】に書かれている。この福島県の「環境にやさしい農業」への期待を込めて,あえて改善の望ましい点を指摘させていただく。
●「循環型社会形成に関する条例」と「猪苗代湖及び裏磐梯湖沼群の水環境の保全に関する条例」福島県は廃棄物による環境汚染を軽減・防止するために,2005年3月に「循環型社会形成に関する条例」を公布した。この条例は福島県における物質循環にかかわる全ての環境要素と関係者を対象にしているが,農業については,第12条において,「県は,農業による環境への負荷を低減し,及び持続可能な農業の確立を図るため,持続性の高い農業生産方式(持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律(平成十一年法律第百十号)第二条に規定する持続性の高い農業生産方式をいう。)の導入を促進し,並びにそれらを担う人材の育成及び確保を図るため,必要な措置を講ずるものとする。」と規定している。そして,循環型社会を実現するために,県が「循環型社会形成推進計画」を策定することが規定されている。 この推進計画は福島県環境審議会で目下検討されており,2006年1月に答申される予定だが,中間報告では具体的施策として,エコファーマーの育成,堆肥化とその流通・利用の推進,遊休農地の発生防止と活用,自然環境に配慮した整備を掲げている。そして,条例は,県が猪苗代湖及び裏磐梯湖沼群における健全な水の循環が保全されるのに必要な措置を講ずることを規定している。 福島県は「循環型社会形成に関する条例」に先だって,2002年3月に「猪苗代湖及び裏磐梯湖沼群の水環境の保全に関する条例」を公布し,当該流域市町村内の全ての点源と面源に対して汚濁物質の排出を削減することを規定している。 農業関係では畜産事業所と農地が対象になる。条例で畜産業を営む者は,家畜排泄物を公共用水域に流出させないようその適切な管理に努めなければならないと規定されているが,点源からの窒素とリンの排出規制は水質汚濁防止法の一律排水基準よりもはるかに厳しい。 すなわち,一律排水基準は窒素120 mg/L(日間平均60 mg/L)以下,リン16 mg/L(日間平均8 mg/L)以下としているが,条例は畜産事業所で窒素20 mg/L以下,リン2 mg/L以下としている。これに対して,面源の農地についてはかなり緩く,条例では「県は,猪苗代湖及び裏磐梯湖沼群流域の良好な水環境を保全するため,適正な施肥及び適切な用水の管理についての営農指導その他の水環境に配慮した農業に関する施策を推進するものとする。」と規定して,農業者に罰則が及ばないようにしている。 そして,条例で策定が規定された「猪苗代湖及び裏磐梯湖沼水環境保全推進計画」では,当該流域の達成水準として,農業では2000年度に1人だったエコファーマー認定者を2010年に80人に増やすことと(県全体のエコファーマー認定者数は2005年9月現在で8,621名),家畜排泄物処理施の設整備率を59.1%から100%に上げることを掲げている。 また,農薬や化学肥料の適正使用を周知して環境に配慮した農業を推進することと,家畜排泄物の適切処理と堆肥のリサイクルを促進することを行動指針に掲げているが,いずれも直ちに実践する「ステップ1」でなく,速やかに実践するよう努める「ステップ2」に位置づけている。
●福島県農業環境規範と持続農法導入指針福島県は環境にやさしい農業を図る方策として,「福島県農業環境規範」を2005年11月に策定している。これは農林水産省が2005年3月31日に「環境と調和のとれた農業生産活動規範」(農業環境規範)(環境保全型農業レポートNo.12)として公表したものをベースにしており,記載内容も類似している。 ただし,農林水産省の規範では,作物生産では,土づくりの励行,適切な施肥,適正な防除,廃棄物の適正な処理・利用,エネルギーの節減,新たな知見・情報の収集,生産情報の保存の7項目を上げているが,福島県の規範では8番目の項目として「安全な農産物生産への配慮」を上げている。家畜生産でも同様に「安全な畜産物生産への配慮」を追加している。 農業環境規範に付随する農家の点検シートも農林水産省のものをベースにしているが,福島県のものは作目ごとに具体的項目を増やしている。つまり,作物生産では,土づくり,施肥と防除の3項目については,普通作物,露地栽培の野菜・花き,施設栽培と果樹に分けて主要点検事項を掲げ,その他の項目を共通事項にして主要点検事項を掲げている。 例えば,普通作物の施肥では,主要点検事項として,(1)福島県施肥基準以内の肥料を施用している,(2)土壌診断結果に基づいた肥料を施用している,(3)水田代かき後3日以上の止水とゆっくりした落水を行っている,(4)肥効調節型肥料を施用している,(5)局所施肥を行っている,(6)有機質肥料を施用している,を掲げている。この施肥に関する事項を1つでも実施していれば,施肥のチェック欄はまとめてOKとなる。また,家畜生産での点検は農林水産省のものと同様に,「家畜排泄物法」の遵守を基本にしている。
エコファーマーの場合には,「福島県持続性の高い農業生産方式の導入に関する指針」に基づいた施肥と農薬散布を行う。「持続農業法」で環境にやさしいと認められている技術に加えて福島県が認める技術を1つ以上使用して,目安として表示されている施用量以下の堆肥と化学肥料窒素を施用し,目安の散布回数以下の農薬を施用する。施肥基準をホームページから入手できないが,化学肥料窒素施用量と農薬散布回数の目安は慣行の2割削減のようである。
●「日本一きれいな湖を守る福島農業」を打ち出せないか上述のように,福島県の農業環境対策は,「持続農業法」,「家畜排泄物法」と農業環境規範という国の施策に立脚している。「持続農業法」によるエコファーマーの導入指針も,特別栽培制度(環境保全型農業レポートNo.1と同様に,化学肥料窒素の削減を課しても,堆肥や有機質肥料の施用量には制限がない。福島県のエコファーマーの導入指針にある堆肥施用量は目安であって,上限量ではない。 このため,化学肥料窒素を削減しても,堆肥や有機質肥料の施用量を増やせば,環境に流出する窒素量が同じというケースもありうる。また,「家畜排泄物法」に準拠して雨水を遮断して製造した家畜ふん堆肥は電気伝導度が高まり,耕種農家に嫌われて,畜産農家に滞留する可能性がある(環境保全型農業レポートNo.6)。 福島県の湖沼はきれいなので,あまり厳しい制約をもった農法を農業者に課す必要はなく,「持続農業法」と「家畜排泄物法」を最低限遵守すれば,現状の水質を守れるのかもしれない。他方,指定湖沼で汚染状態が容易に改善しない琵琶湖を抱えた滋賀県は,持続農業法よりも厳しい環境にやさしい農法を遵守する農業者に所得補償する「環境こだわり農業推進条例」を施行している(環境保全型農業レポート)。 また,農業による地下水汚染が各地で起きている北海道は施肥について厳格な基準を遵守する「クリーン農業」の制度を発足させている(環境保全型農業レポートNo.2)。滋賀県と北海道は肥料だけでなく,堆肥についても施用量の上限を設けている。 福島県でも水質汚染がないわけではない。少し古いデータだが,1953〜62年と1986〜88年の河川水を比較すると,汚染が著しく進行し,水田からの窒素やリンの排出が問題な地域も少なくない【小沢一夫(1991)農耕地の水質保全と有効利用に関する研究.第1報.福島県内における農業用水の水質実態.福島県農業試験場研究報告.30: 37-46:小沢一夫(1992)第2報.安積疎水の水質実態と水稲への影響.同研究報告.31: 45-56】。また,福島県の野菜生産地帯で地下水の硝酸性窒素濃度が平均で10 mg/Lを超えているケースも報告されている【舘川洋(1995)有機農業−福島県を中心としたケーススタディー.庄司貞雄編「新農法への挑戦」.博友社】。 日本一きれいな水質の湖をもっている福島県は,その流域については,国の基準に上乗せした独自の農法基準を設定し,それを遵守した農産物に独自ブランドをつけて,日本一の水質の湖を守る安全な農産物を売り出せないのだろうか。
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