環境保全型農業レポート > No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 |
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No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響
●背景アメリカのブッシュ第43代大統領(2001年1月〜2009年1月)は,「2007年エネルギー法」を成立させた。この法律によって,アメリカでは2015年までにデンプン起源のエタノール(大部分はトウモロコシ由来)を150億ガロン(約568億リットル)使用することが規定された。エタノール用トウモロコシ生産には補助金が支給されて生産が急激に拡大し,エタノール生産量は2005/06年の45億ガロン(約170億リットル)から2009/10年には125億ガロン(約473億リットル)に増えた。こうした経過は,最近のアメリカにおけるトウモロコシの用途別消費量の推移からもうかがえる(図1)。このため,アメリカのトウモロコシ輸出量が減少し,穀物の国際価格が上昇して,世界的な食料需給が逼迫することが懸念された(環境保全型農業レポート「No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響」;「No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘」)。
これは,ブッシュ前大統領が地球温暖化の防止に熱心だったからでは決してない。このことは,彼がアメリカの効率の悪いエネルギーの多量消費を放任し,地球温暖化防止のための京都議定書の批准を拒絶したことからもうかがえる。ブッシュ前大統領のねらいは,供給過剰で価格の低迷している穀物価格を,トウモロコシの在庫量を減らすことによって引き上げて,アメリカの農業者の所得を引き上げて,連邦政府の農業への補助金を削減することにあったと推察される。 そして,アメリカでは,トウモロコシからのエタノール製造が増えるにともなって,トウモロコシの蒸留粕が増え,トウモロコシ蒸留粕を活用する研究が活発に行なわれるようになった(環境保全型農業レポート「No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究」参照)。 トウモロコシ蒸留粕を飼料利用した多くの研究成果を踏まえて,アメリカ農務省経済研究局は,下記の資料を刊行した。 この概要を紹介する。
●DDGS(可溶性物質添加乾燥穀物蒸留粕)とは何かトウモロコシやソルガムといった穀物のデンプンを発酵によってエタノールに変換して,蒸留してエタノールを抽出した後の粕(残渣)が,穀物蒸留粕(DG: Distiller's grains)であり,湿った穀物蒸留粕(WDG)と乾燥した穀物蒸留粕(DDG)とがある。発酵液に溶けているエタノール以外の物質を可溶性物質(solubles)と呼んでいるが,これを穀物蒸留粕に戻したものが「可溶性物質添加湿潤穀物蒸留粕」(wet distillers grains with solubles: WDGS),これを乾燥したものが「可溶性物質添加乾燥穀物蒸留粕」(dried distiller's grains with solubles: DDGS)である。 ここではトウモロコシを原料に使用したものを扱っているので,DDGSは「可溶性物質添加乾燥トウモロコシ蒸留粕」に限定される。
●DDGSの養分組成と問題点DDGSは,トウモロコシの糖分がエタノールに変換された残渣であるため,糖分は激減しているが,蛋白質や脂肪は温存されている(表1)。DDGSは家畜・家禽の蛋白質源とエネルギー源として使用されている。
DDGSを添加して配合飼料を調製する際には,次の点に留意する必要がある。 (1) DDGSは乾燥工程を経るので,過剰加熱が起きると,炭水化物と蛋白質が化学結合して,有害物質が生ずる可能性がある。 (2) エタノール発酵過程でpH調節に硫酸が使われているので,DDGSのイオウ含量が高まる。牛が0.4%(乾物当たり)を超えるイオウを含む飼料を給餌されると,神経病の脳軟化症にかかりやすくなる。 (3) 飼料に含まれる過剰のイオウは,家畜の銅の吸収と代謝を妨害する。このため,飼料や水のイオウレベルが高い地域では,添加するDDGSのレベルを低く抑えることが必要になる。 (4) DDGSのリンレベルはトウモロコシよりも高く(表1参照),このため,DDGSを単胃家畜用飼料に添加すると,コストのかかるリンのサプリメントをなくすことができる。しかし,アメリカでは家畜ふん尿の農地還元量が窒素やリンで規制されているが,リンの規制が厳しい地域では,家畜ふん尿中のリン濃度を高くしないように,飼料へのDDGSの添加を減らす必要がある(環境保全型農業レポート「No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例」参照)。このため,DDGSのリンを減らす研究も実施されている。 (5) 発酵過程でのpH調節によって食塩が形成されるため,DDGSのナトリウム含量は平均0.11%もあり,トウモロコシの平均0.02%よりも高い。家禽が要求量レベルを超えるナトリウムを摂取すると,水消費量が増え,湿ったふんが卵に付着して,そこでの細菌の増殖を促し,家禽の腸内感染に対する感受性を高めてしまう。 (6) トウモロコシの栽培過程でマイコトキシンが蓄積することがあるが,マイコトキシン濃度はDDGSでは約3倍に濃縮される。これに加え,DDGSの貯蔵過程でカビさせてしまうと,マイコトキシンが生成される危険がある。アメリカ食品医薬品局(FDA)は家畜・家禽飼養者に対して,マイコトキシンレベルのテストを勧めている。 (7) 一部のエタノールプラントは,細菌汚染を防除するために発酵過程中に抗生物質を添加している。現在,飼料に使用する蒸留粕には抗生物質の残留は許されていない。 (8) DDGSの養分含量は,発酵プラントや同じプラントでも発酵のたびごと大きく異なってしまうことに留意する必要がある。 ●全米におけるDDGSの飼料への潜在消費量 今後,トウモロコシからのエタノール製造が増えるとともに,DDGSも増えることになる。そこで,著者らは,アメリカにおいてDDGSの飼料利用が潜在的にどこまで可能か試算した。 上述のDDGSの養分組成から生ずる,栄養生理的障害が起きない範囲でDDGSを飼料の乾物重量の何割まで添加できるかを調べた研究の文献を整理して,DDGSの適正混合可能量の範囲として表2をまとめた。
この表2はおおまかな目安ともいうべきものだが,一方で,畜種別の飼料へのDDGSの添加可能量の低レベルの値と,肉牛,乳牛,豚,家禽の年間頭羽数の統計値とを用いて,全米におけるDDGSの飼料への潜在消費量を計算した(表3)。このとき,潜在消費量はトウモロコシの作物年(9月−8月)での値として計算した。なお,家禽には鶏の他に七面鳥が含まれている。 全米での飼料での潜在的DDGS消費量は,2006/07年から2010/11年の平均値で6,180万トンであった。因みに2010/11年のDDGSの供給量の推定値は3,740万トン,また,トウモロコシ起源のエタノール生産量の2015年目標量の150億ガロンから推定されるDDGSの生産量は4,250万であるが,潜在的DDGS消費量はこれらよりもはるかに大きいと計算された(表3)。
●DDGSのトウモロコシとダイズ粕に対する代替率の推定通常の飼料にはトウモロコシやダイズ粕が使われており,両者の合量が飼料乾物重量に占める割合は,肉牛で10〜40%,乳牛で20%まで,豚で20%,家禽で12〜15%までとなっている。1ポンド(0.454 kg)のDDGSが,栄養的にトウモロコシとダイズ粕の何ポンドに該当するか,つまり,DDGSのトウモロコシとダイズ粕に対する代替率を,既往の文献から整理した。DDGSの飼料価値に関する知見は年とともに集積しているが,現在ではやや保守的な仮定に基づいた代替率(セット1)と,より新しい知見に基づいた代替率(セット2)をまとめた(表4)。セット2は,最近の研究によって認められた,家畜の増体やミルク生産量といった家畜のパフォーマンスの向上を考慮したものである。なお,出典の文献をみると,セット1は2002〜2006年の文献,セット2は2008年以降の文献となっている。
各年に飼料用に使用されたDDGSの総量は統計で公表されているが,それらが畜種別に消費された割合の統計は公表されていない。農務省が2007年にこの点に関連する調査を行なっており,それらの調査結果をふまえると,2007/08作物年において飼料用に消費されたDDGSの消費割合は,肉牛で約66%,乳牛で24%,豚で6%,家禽で4%と推定された。これをベースにして,他の年におけるDDGSの畜種別消費割合を,DDGSの消費総量を頭羽数の増減率に応じて配分して計算した。そして,全米の家畜と家禽の全体でみたときの,1ポンドのDDGSが何ポンドのトウモロコシとダイズ粕の合量に相当するかを計算した。 途中の計算は省略するが,結論として,1トンのDDGSは,トウモロコシとダイズ粕の合量で,2006/07年には1.22トン,2010/11年には1.21トンに代替し,過去5年間の作物年(2006/07-2010/ 11年)の平均値では1.22トンに代替すると推定された。 そして,2006/07年に1,250万トンのDDGSがアメリカの家畜・家禽に給餌され,このDDGSは1,280万トンのトウモロコシと230万トンのダイズ粕に代替したと推定された。同様に2010/11年には,2,910万トンのDDGSがアメリカの家畜・家禽に給餌され,これらのDDGSは2,860万トンのトウモロコシと670万トンのダイズ粕に代替したと推定された。 2006/07作物年と2010/11作物年のどちらでも,DDGSで代替された飼料(トウモロコシとダイズ粕)の量は,重量ベースで,当該作物年にエタノール製造に使用されたトウモロコシの約38%に相当したことが注目された。
●結論アメリカでは,家畜に給餌されるトウモロコシとダイズ粕の量が,最近,停滞しているか減少している。その理由の一端は,DDGなどのエタノール副産物が,トウモロコシやダイズ粕に代替していることによる。飼料原料の重量別順位は,従来から1位トウモロコシ,2位ダイズ粕であったが,2010/11年時点でDDGSがダイズ粕に置き換わり,2位となっている。エタノール製造の拡大によってトウモロコシに対する需要が増えたが,DDGSが飼料として利用されることによって,飼料マーケットへのトウモロコシ需要のインパクトが部分的に相殺されている。 例えば,DDGSによって代替される飼料(トウモロコシとダイズ粕)の量は,特定の作物年におけるエタノール製造で使用されたトウモロコシの約38%(重量ベース)となっている。2010/11年では代替したトウモロコシとダイズ粕の合量の約80%はトウモロコシが占めているので,トウモロコシ分だけでいえば,エタノール製造に使用されたトウモロコシの30%に相当することになる。つまり,エタノール製造に使われたトウモロコシの約30%は,DDGSの形で飼料に戻されたともいえる。 そして,アメリカの家畜生産ではまだDDGSを飼料として受け入れる余地がある。しかし,今後どの程度DDGSが使用されるかは,他の飼料原料との価格バランスもあり,正確に予測することは難しい。
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