環境保全型農業レポート > No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 |
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No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果
●有機農業の推進に関する法律「有機農業の推進に関する法律」(環境保全型農業レポート.No.68 有機農業推進法が成立)が2006年12月に公布・施行された。これによって,わが国では2つのカテゴリーの有機農業が存在することになった。 一つは,「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)に基づく有機農産物,有機畜産物,有機飼料および有機加工食品の日本農林規格(有機JAS規格)によって,登録認証機関のチェックを受けて行なう有機農業である。もう一つは,有機JAS規格の認証を受けていないが,「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として,農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行なわれる農業」である。具体的には勝手な解釈に基づいた栽培管理が行なわれて混乱が生じないように,有機JAS規格に基づいた生産基準を遵守することが要求される(ただし,登録認証組織によるチェックは不要)。 有機JAS規格は国際的なコーデックス委員会の有機農産物の表示に関するガイドラインを踏まえて,日本政府が作成したもので,認証組織によるチェックを義務づけており,認証組織による検査を合格した農産物などでないと,「有機」という文字の入った表示を使うことを禁止している。それゆえ,有機JAS規格に合致する生産方法で生産した農産物などであったても,認証組織のチェックを受けていなければ,有機農業推進法では有機農産物として認定されるが,販売に際して,「有機」と表示を使えない。そのために,外国からは有機農産物とは認めてもらえない。
●なぜ有機JAS以外の有機農業が存在するのかではなぜ,日本は有機JAS以外の有機農業を認めているのであろうか。 日本では有機農業は農産物者の自主的な努力によって発展してきており,その推進を担っている農産物者は有機農業を本来のあたりまえの誰もが求める農業に位置づけている。そして,農林水産省の有機JAS規格は,表示規制から始めているが,これは有機農業を高付加価値農業として位置づけているからだ。その上,行政の支援なしに,長い時間をかけて農業者と消費者の間で築いてきた顔の見える信頼関係を否定して,高い費用を負担して認証組織の検査を受けなければ,「有機」の表示ができないというのは納得できない。こうしたスタンスから有機JASの認証を受けていない生産者が少なくない。こうした農業者の生産・販売活動も支援すべきだとして,当時野党だった民主党の議員立法によって,有機農業推進法が成立した。
●有機JAS以外の有機農業の実態は?有機JASの農産物生産・販売量や栽培面積などは,所管官庁の農林水産省が登録認証組織に対して調査を依頼すれば,各認証組織からの回答によって把握することができる。例えば,農林水産省の公表している都道府県別有機認定事業者数の統計によると,2010年3月31日現在のJAS認定農業者数(農家戸数)は3,815名である。そして,国内と外国の登録認定機関に対して行なった調査によって,2010年4月1日現在の日本の有機JAS規格の認定を受けている圃場面積を公表している(表1)。
他方,有機JAS以外の有機農業については,生産者組織に参加していない者も少なくなく,その実態が十分には把握されていなかった。このため,NPO法人MOA自然農法文化事業団は,有機JAS以外の有機農業の農家数や有機農業実施面積などの実態を把握する「有機農業基礎データ作成事業」を計画し,農林水産省の補助金をえて,農林水産省補助事業として調査を実施した。 調査対象とした有機農家は, (1) 「有機農業の推進に関する法律」で規定された有機農業を実践する者であって, (2) 有機JASで認められている以外の化学資材を使用せず, (3) 遺伝子組換え作物を栽培せず, (4) 農家(耕地面積が10a以上の個人世帯であるか,年間農産物販売金額が15万円以上の個人世帯)であること。これは自給農家と販売農家(30a以上または年間の農産物販売金額が50万円以上の農家)を合わせたものである。ただし,3年以内に新規就農し,上記(2)と(3)の条件を満たしている者は,この限りでない。 (5) 過去1年間に有機農業で生産された農産物の販売実績がある。3年以内に新規就農した者については,有機農産物の販売を予定している。 (6) 有機農業を実施している農地が固定されている。 調査結果は下記にとりまとめられて公表された。 NPO法人MOA自然農法文化事業団 (2011) 有機農業基礎データ作成事業報告書.p.59 この概要を紹介する。
●調査方法一次調査で各都道府県のJAS以外の有機農家数を調べた。すなわち,2005年の農林業センサスの情報を元にして,各都道府県について,農家数と耕地面積とがともに20%以上になるように無作為に市町村を選定し,2010年7月12日から10月31日の間に,総勢59名の調査員が,農政局,都道府県や市区町村の農政課,普及指導センター,農業委員会,JA,有機農業関連団体,既知の有機農家や販売所などからの情報やインターネット検索によってえた情報に基づいて,農家に聞き取り調査を行なった。 二次調査では,一次調査で把握できた1,719の有機農家のなかから無作為に抽出した600名の有機農家(有機JAS認定農家を除く)について,全耕地面積,有機農業実施面積,有機農産物出荷量,上位5品目の収量および単価などを,2010年11月から2011年1月の間に原則として聞き取り調査した。なお,聞き取り調査が困難な場合には,調査票の郵送と電話確認を行なった。そして,調査の結果,有機JAS基準にしたがった生産を行なっていないことが判明した場合には,調査対象から除外した。 なお,有機JAS認定農家の収量と販売価格のデータが農林水産省から公表されていないため,比較のために,全国で83の有機農家について収量と販売価格のみの調査も実施した。
●調査結果A.有機農家数 2010年に一次調査を行ない,調査した全国591の市町村の620,110の総農家数のうち,1,719の有機農家(有機JAS農家を含まない)の存在が判明した。当該都道府県の有機農家数を,当該都道府県で調査した市区町村の平均農家割合で除して,当該都道府県の有機農家数を推定した。その結果,2010年における,全国の有機JASでない有機農家数は7,865,JAS農家数は3,815,合計で11,680。それゆえ,2010年における有機JAS認定とそうでないものを合わせた有機農家数は全国で約12,000と推定された。 なお,一次調査の対象とした有機農家の条件をクリアできなかった「自称有機農業者」が多数存在した。そうした人々には技術支援を行なって,条件をクリアできるようにすることの必要性が指摘されていた。 B.有機農家の経営主の年齢 平均年齢は59.0才(最小値26才,最大値89才)であった。2010年農林業センサスによると,2010年の農業就業人口の平均年齢が65.8才であったが,有機農家経営主はそれに比べて約6才若かった。 C.農業年数と有機農業年数 農業年数(農業を始めてからの年数)は平均27.6年(最小値1年,最大値73年)であった。農業年数には10年と40年の2つの山があった。40年の山は親の後を継いで20才前後に就農した人達のもので,10年の山は別の職業についていた後に,途中から就農した人達のものと推定される。 有機農業年数(有機農業を始めてからの年数)は平均15.8年(最小値1年,最大値60年)で,就農と同時に有機農業を始めた者は43%であった。そして,意外であったが,有機農業を始めて10年以下の人達の割合は大部分の年齢階層で20%程度かそれ以下であったのに,60才から65才未満の階層では約55%に達し,極端に高かった。 D.農業従事者数 農業従事者数の平均は,家族による2.1人であった。 E.有機農業実施面積 有機農業実施面積は, JAS有機認定圃場が2010年4月1日現在で9,067 haであったが,有機JAS以外の有機農業実施面積は2011年1月31日現在で7,300 ha,合計で16,417 haと推定された(表2)。 2009年7月15日現在のわが国の総耕地面積は460.9万haであったので,有機農業実施面積は全体の0.36%(有機JASが0.20%,有機JAS以外が0.16%)と推定された。 有機農業実施面積を農家数で除した農家当たりの平均有機農業実施面積は,有機JASで2.4 ha,有機JAS以外で0.93 haと計算される。有機JAS以外の有機農業では自給的農家を含めた値であり,自給目的で有機農業を実践している者が多いと考えられる。 有機JAS以外では田の割合が54%と,有機JASの33%よりも高かった。 F.有機農産物の出荷量 2010年1月31日現在で有機JAS以外の有機農産物の出荷量を推定した(表3)。農林水産省の公表している2009年度有機JAS格付実績量と合わせた2009年度の有機農産物出荷量は10.1万トン(有機JASが5.7万トン,有機JAS以外が4.4万トン)と推定された。そして,有機農産物出荷量は,国内の農産物総生産量の0.35%(有機JASが0.20%,有機JAS以外が0.15%)であった。
G.有機農産物の単収と販売価格 主要作目ごとに,有機農法での単収が慣行よりも何割減収したかと,販売価格が慣行のものよりも何割高く売れたかをまとめた(表4)。 有機JAS以外では作目全体で慣行農法よりも25%減収したが,販売価格は46%割高であった。つまり,慣行に比べた0.75の収量と1.46の販売価格との積は1.1となり,総販売額は慣行よりも平均して1割高かったといえる。コメ(うるち米)の場合,有機JAS以外では慣行に比べて25%(10 a当たり約120 kg)減収したが,販売価格は平均2倍であり,総販売額は1.5倍となった。 有機JASでも,減収率はほぼ同様であったが,価格の割高率は全体として有機JAS以外のものの46%よりも,有機JASのものは67%と,20%程度高かった(表4)。
H.有機JAS以外の有機農業者の有機JASに対する姿勢 有機JAS以外の有機農業者のうち,有機JASを申請中および目指している者は,合計でも12%にすぎない。大部分の者は有機JASをとるつもりはないことを回答している。その理由として,回答数の比較的多かったのは,取得費用が高いとか申請書類が煩雑すぎるであった。そして,有機JASをとらなくても,買ってくれる,消費者との信頼関係がある,だからとる必要がない,とるメリットがないとの回答が多かった。
●終わりに有機JAS以外の有機農業者についての統計がこれまでなかったが,今回の調査によって,その輪郭が明らかにされたことは意義のあることである。 ところで,有機JAS以外の有機農業者の多くが有機JASを取得するつもりがないとの回答が多かったが,このことから次が推察される。 有機JAS以外の有機農業では,自営農家も多く,全体として規模が小さく,労働力も乏しい。そうした有機農家にとって,有機JASの取得に金がかかり,記録作りなど時間をとられるのは,経営的にも労働的にも厳しいケースが多いであろう。有機JAS基準を守りつつも,その認証を受けずに,そのための費用と作業の負担増加がない方が,特に規模の小さい,高齢者の有機農家にはありがたい。有機JASを取得すると,経営的にかえって厳しくなる。そうした声が聞こえくる感じがする。 有機JASは,有機農産物の国際的な貿易を円滑に進めることを目的にしたコーデックスのガイドラインを踏まえて,生産基準が作られている。これは有機農産物の規格を国際的にある水準以上のものにして,その基準を遵守した生産が実施されていることを認証組織による生産者のチェックによって担保する仕組みとなっている。これによって国際的な有機農産物の貿易が活発化した。その結果として,日本だけでなく,アメリカやヨーロッパの主要先進国では,自国消費者の有機食品に対する需要を満たすのに,多量の有機農産物をオセアニア,中南米,アジアの有機農産物輸出国から輸入している。その結果,地域内の物質循環に立脚した有機農業を目指しているにもかかわらず,世界の有機農業はそれから大きく外れている(環境保全型農業レポート.No.172 世界の有機農業の現状(2))。 では,こうした現状は,国際的な有機農産物貿易を円滑にすることを目的にしたコーデックスのガイドラインや,それを踏まえた各国の有機農業基準ができたために生じたのであろうか。国際的な農産物貿易となれば,安価な農産物を輸出できる国があれば,それを輸入する国が出てくるのは必然で,地域の物質循環を踏まえた有機農産物の自給率が低下する。この点に関して,アメリカにおいて地元産(自分のコミュニティから100マイル(160 km)以内で生産されたもの)の慣行農産物と有機農産物とがほぼ同等の評価をえていることが注目される。その背景には,アメリカの消費者も農産物の品質や安全性については輸入品よりも自国産を信頼していることがあろう(環境保全型農業レポート.No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題.)。 有機JAS以外の農業者も,地域で販売しつつ,地域の物質循環に根ざした本来の有機農業を目指しており,顔の見える範囲で消費者との信頼関係を培ってきている。それゆえ,有機JASの認証はなくても経営が成立し,有機JAS認証のための支払がないために,経営が安定しているケースもあろう。しかし,そうしたケースであっても,有機JASの生産基準をしっかり守って,消費者から信頼される有機農産物を供給してゆくことが大切である。そのために,有機JAS以外の農業者が自分らの組織で互いに勉強して,技術レベルを向上させることが大切であろう。有機JASと対立しても何の得にならないであろう。
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