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No.89 中国における農業環境問題
OECD報告書から
●OECDの中国農業に関する2つの報告書先進国で構成されているOECD(経済協力開発機構)は,国際的に関心の高い問題について多数の報告書を刊行している。中国は開発途上国に位置づけられていて,OECD加盟国ではないが,OECDは最近,中国の農業と環境に関連する次の2つの報告書を刊行した。 (1) OECD (2006) Environment, Water Resources and Agricultural Policies: Lessons from China and OECD Countries. 287p. OECD Publishing (2) OECD (2007) OECD Environmental Performance Reviews: China. 336p. OECD Publishing (1)の報告書は,2006年6月に北京で,農業環境問題に対処するために今後中国が採るべき政策オプションを,中国とOECD国の代表者が討議した「中国の環境・資源・農業政策に関するワークショップ」の記録である。 (2)の報告書は,OECDが1992年以来実施している,加盟国の環境状態を調査して,汚染削減,資源管理,環境保全と経済発展の両立のために当該国が努力すべき方向を提言する環境パフォーマンスレビューを,非加盟国だが,問題の大きな中国について,中国政府の協力を得て行なった報告書である(2007年7月刊行)。 この2つの報告書から,中国における農業による環境負荷の問題を紹介する。なお,理解しやすいように,FAOの統計から作成した図も補完する。 ところで,OECDのホームページにある"Online Bookshop"(オンライン書店)の検索欄で上記2つの本を検索すると,"Browse-it"(立ち読み)を意味するマークがでてくる。これをクリックすると,PDF (Portable Document Format)版の本の全文を「立ち読み」できる。「立ち読み」は無料だが,わざと全文のダウンロードに時間がかかるようにしてある。そして,全てのページに大きな立ち読みスタンプが押してあり,文章や図表を複写できないように細工してある。代金を払えば,スタンプもなく,複写機能の制約も解除された全文がすぐにダウンロードできる(代金はpdf版だけなら2冊で9000円強)。立ち読み版は下記からアクセスできる。 (1)の報告書 http://213.253.134.43/oecd/pdfs/browseit/5106101E.PDF (2)の報告書 http://213.253.134.43/oecd/pdfs/browseit/9707051E.PDF
●中国農業では化学肥料・農薬などの資材多投が必然中国の人口は13億人で世界人口の21%に達するが,農地は世界の10%にすぎない。人口1人当たりの農地面積は42aだが,その多くは少雨地帯の放牧草地で,放牧草地を除いた農地(耕地+果樹などの永年作物地)面積では12aである(ちなみに日本の人口1人当たりの耕地+永年作物地面積は4a)。かつての中国では,水や養分などの供給が制限になって,作物単収がきわめて低かったが,中国政府は,化学肥料,農薬,灌漑水の供給量を増やして,単収を飛躍的に向上させてきた。 この点について,FAOの統計によって化学肥料使用量と穀物単収の関係を調べてみる。放牧草地では化学肥料をろくに使用していないので,化学肥料窒素の使用量を耕地+永年作物地面積で割った値と,主要穀物全体の単収との関係をみてみる(図1)。FAOの統計の始まった1961年に,世界平均値で化学肥料窒素使用量は8.48 kg N/ha,全穀物単収は1.35 t/haであったが,中国ではそれぞれ5.17 kg N/haと1.21 t/haで,両者とも世界平均値よりも低かった。その後,世界平均値の化学肥料窒素使用量と全穀物単収は緩やかに増加して,2002年にそれぞれ55.0 kg N/haと3.06 t/haとなったが,中国では急激に増加して,それぞれ164.8 kg N/haと4.89 t/haとなった。1961年に対する2002年の倍率をみると,世界平均値では化学肥料窒素使用量が6.5倍,全穀物単収が2.3倍増加したのに対して,中国では前者が31.9倍,後者が4.0倍増加した。中国はこのように資材の多投によって単収を飛躍的に向上させてきた。
中国では最近,都市や工業の拡大にともなって,農地が減少している。このため,単収向上が一層必要となっている。中国政府は肥料,農薬などの資材に,総額100億元(約1560億円)と推定される購入補助金を支給している。国際的には資材購入補助金は,農産物生産コストを不当に低くして自由貿易をゆがめるうえに,農業者による資材の多投とそれにともなう環境汚染を助長しやすいため,それを廃止する方向にあるが,中国はなお継続している。 中国ではかつて人民公社で生産チーム単位の農作業が実施されていたが,1978年に農地(村の共同体が所有権を有する)の使用権を農業者世帯に配分して,農業者の生産意欲をかき立てた。配分は世帯の員数当たりで行われたため,全てが小規模農家となった。1998年に農業者が使用権を他の農業者に移譲することが認められて,規模拡大の道が開かれたが,小規模農家が圧倒的に多い。この点も投入物を多投して単収を高くする戦略をとらざるをえない背景となっているといえよう。 中国では農地の約40%に灌漑がなされ,農業が社会全体の水使用量の約70%を占めている。中国では水が貴重だが,農業における水利用効率はOECD加盟国に比べて低く,灌漑システムに通水された水の約40〜60%しか有効利用されていないとされている。その背景には工業や家庭用を含め,水使用料が供給コスト以下に安く設定されて,安易な仕方で水を使用することが許されて,水利用効率向上のための努力がなおざりにされていることもある。中国は2020年までに南部の長江(揚子江)から年間400億m3を超える水を北部に送水する工事を行なっているが,都市,工業および農業の水使用について,需要量管理と持続可能な使用を行わないなら,直ぐに水不足が再発することになろう。
●農業資源の劣化中国では乾燥・半乾燥地帯での自然的・人為的な土壌劣化(砂漠化)が深刻で,2004年末で中国の全農地面積の27.5%が砂漠化状態にあり,約4億人が土壌の塩類化・アルカリ化,砂塵の飛散による連絡・移動の妨害,村の埋没,飛行機の運行障害,灌漑施設の短命化による影響や呼吸器疾患を受けていると推定されている。中国全体での砂漠化による直接・間接コストは毎年400億USドルと試算されている。中国の砂漠化の10%は過放牧,30%は過耕作,40%は森林や樹木の伐採,残りが不適切な水利用に起因するとされている。 中国では工業での石炭燃焼や自動車の排ガスなどによってひどい大気汚染が生じているが,その被害は都市部だけでなく農村部にも及び,酸性雨の影響による被害は国土全体の25%で起きている。 河川や湖沼などの表流水は,不十分な処理の家庭排水や工場排水によってひどく汚染されている。汚染の原因を,工場などの特定汚染源と家庭や農地などの非特定汚染源に分けると,汚染原因に占める特定汚染源のシェアが年とともに低下している。しかし,工場排水の処理が不十分なケースが多い。このため,環境パフォーマンスレビュー(報告書2)は,工場の水処理を向上させる努力を継続し,処理プラントを効率的に管理させ,汚染に対する罰金を値上げするとともに,河川の水質を確保するために,河川の最少流量を維持できるように工場の取水量を制限し,取水料金を値上げするなど,汚染者負担原則を適用することを勧告している。 他方,表流水汚染に対する非特定汚染源のシェアは1980年代40%,1990年代48%,2000年代66%と年とともに高まっている。ただし,この非特定汚染源のシェアに占める農業と家庭排水のそれぞれの割合は2つの報告書からは判然としない。表流水の汚染が深刻化するとともに,飲料水や農業用水に取水される地下水の量が増え,帯水層へ水補給を上回る速度で地下水が取水されているケースが多い。しかも,過剰施肥による地下水汚染が深刻化している。このため,環境パフォーマンスレビュー(報告書2)は,農業における水質汚染防止と水利用効率を向上させる努力を続け,潅漑水使用料は供給コストを回収できる額として料金支払を義務とする水使用者組合を設立し,地下水取水についても料金を徴収し,地下水の過剰取水を止めさせる対策を講ずるとともに,農地から帯水層,河川,湖沼への排出防止対策(河川や湖沼沿岸の緩衝地帯,集約的家畜生産からの排出液の処理,農薬の効果的な散布など)を農業者が講じるように助長し,肥料補助金を段階的に廃止することを勧告している。
●過剰施肥に対する農業者の認識農業による汚染を減らすには,肥料や農薬の施用を適正化することが大切だが,報告書(1) には農業者が肥料や農薬を過剰施用していることが報告されている(Huang Jikun, Hu Ruifa, Cao Jianmin and Scott Rozelle: Non-point source agricultural pollution: issues and implications. p.267-271)。 この報告によると,多くの調査から,中国では肥料と農薬をそれぞれ25〜30%減らしても,収量には影響がないことが示されている。このことはつまり,高い金を払って購入した肥料と農薬の25〜30%を排水口に無駄に捨てているのに等しいのだが,実態調査から農業者はそのことを知らされていないことが示された。むしろ農業者には行政や普及などの関係者から,「少量が良いなら,たくさんならもっと良いはずだ」と信じ込ませるような話がなされていたという。また,農業だけでは生活が苦しいので,出稼ぎで他産業に従事している者は,作物生育に合わせて最適な時期に最適量の投入物を施用するのでなく,自宅に帰った際に,限られた短い滞在期間中にロス分を考慮していっぺんに過剰施用することが多いことも指摘されている。 中国政府は食料安全保障を確保するために,資材多投による単収向上路線を継続するが,水,肥料,農薬などを適切に使用しないと,環境悪化が加速されてしまう。単収を減らさずに,環境汚染につながる過剰投与分をなくすように,農業者の意識を変えるように,普及組織の指導態勢の変革が必要になっている。同様な問題は日本を含めた多くの国にも存在する。
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