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No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定
●経緯国内外で問題となった不適切に生産された食品に対する消費者の不安に対処するために,農林水産省生産局は,農業者が最低限取り組むべき規範として,「環境と調和のとれた農業生産活動規範」(農業環境規範,基礎GAP)を2005年3月31日に公表した。この規範は雑ぱくなものである。例えば,作物生産では,土づくり,施肥,防除,廃棄物処理,エネルギー節減,知見・情報の収集,生産情報の保存といった項目について,その必要性と管理の原則をごく簡単に記している。そして,正しく実践するには多数の要素を実施する必要があるが,その個々の要素を示さず,各項目を一括して守ったか否かだけをチェックすることを要求している(環境保全型農業レポート.No.12 「農業生産活動規範」とは)。 農林水産省は,基礎GAPを守ることを農業補助金を受給する条件にしている。しかし,この基礎GAPを守っていない,と農業者が申告することは非常に難しく,誰でも守るのが当たり前の内容である。国際場面で,日本も環境保全のために農業者とクロス・コンプライアンスの下に農業補助金を支給していますという形式を整えることをねらい,実際には,規範を守れないために,補助金を受け取れない農業者がでないようにゆるい規範にしたと推察することもできる。 農林水産省が基礎GAPを公表した背景には,EUを中心に環境保全と食品の安全性を保証する制度として実施されているEUREPGAP(ユーレップギャップ)(現在はグローバルGAPに改称)が国際的に広まったことがある(環境保全型農業レポート.「No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要」)。日本の農業者の中にも認証を受けてこれに参加する者が出るようになり,そうした農業者も加わって,民間主導の日本GAP協会が2005年に設立された。そして,日本GAP協会の穀物と青果物の規範は,2007年にグローバルGAPとの同等性を承認された(環境保全型農業レポート.「No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称〜JGAPとグローバルギャップとの同等性も承認」)。 また,農林水産省は基礎GAPを公表した上で,GAP手法を農業生産に取り込むことを関係者に働きかけた。例えば,農林水産省は2007年4月に公表した「21世紀新農政2007」において,野菜・果樹や米麦等の産地を対象とした農家に研修・指導等を通じて,2011年度までにおおむね全ての主要な産地(2,000 産地)においてGAP の導入を目指すとした。産地は基礎GAPに加えて,項目や必要なことがらを加えて,独自の規範を作ることが奨励された。 だが,ごく雑ぱくな基礎GAPと,精緻なグローバルGAPとの間には大きな格差が存在する。産地としては,基礎GAPでは簡単すぎて,基礎GAPを守っているとして産地を積極的に宣伝しても消費者の受けには不安がある一方,グローバルGAPの認証はハードルが高くて,その取得は難しい。現実的にはどうすれば良いのか。そんな困惑が生じていた。
●「GAPの共通の基盤づくりに関する検討会」農林水産省生産局は,こうした事態を改善し,GAPの推進を図るために,食品安全,環境保全と労働安全という3つの安全を視野に入れた日本の標準的なGAPを構築するのに役立つ,その共通基盤部分を作成するために,「農業生産工程管理(GAP)の共通の基盤づくりに関する検討会」を2009年8月から2010年3月まで4回開催し,当面,米,麦,野菜を対象に検討を進めた。 検討会で作成した「農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドライン(案)」について,2010年3月19日から4月1日まで意見募集を行なった後,2010年4月21日付け農林水産省生産局長通知として,「農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドライン」を公表した(全22頁)。
●ガイドラインの内容ガイドラインは,野菜,米,麦の3つの品目について,それぞれ,(1)食品安全を主な目的とする取組,(2)環境保全を主な目的とする取組,(3)労働安全を主な目的とする取組,(4) 農業生産工程管理の全般に係る取組に分けて,取り組むべき事項とそれに関する法令等を簡単に列記している。あまりにも簡単な記述なので,事項と関連法令などの概要を承知していないと,良く理解できないであろう。 参考資料集には,事項別に産地等の取組主体が留意すべき点や関連法令等が記されている。参考資料(全143頁)を読めば概略を把握できよう。 ガイドラインは3つの品目に分けて表形式で記述しているが,重複部分が多い。そこで,3つの品目を合わせて,重複部分を少なくして,下記に紹介する。 1.食品安全を主な目的とする取組
2.環境保全を主な目的とする取組
3.労働安全を主な目的とする取組
4.農業生産工程管理の全般に係る取組
例えば,「肥料による環境負荷の低減対策」のなかの事項である「土壌診断の結果を踏まえた肥料の適正な施肥や,都道府県の施肥基準やJAの栽培暦等で示している施肥量,施肥方法等に則した施肥の実施」について,参考資料には次が記されている。 「作物は,施用された肥料成分のすべては利用できないため,肥料成分の一部は環境中に溶脱,流亡または揮散します。このため,過剰となるような肥料成分量は投入しないことが必要です。 土壌診断の結果を踏まえた肥料の適正な施肥や,都道府県の施肥基準やJAの栽培暦等で示している施肥量,施肥方法等に則した施肥の実施に関し,「地力増進基本指針」及び「環境と調和のとれた農業生産活動規範点検活動の手引き」に取組例を示しています。 (取組例) ・たい肥等の有機物を施用した場合は,その肥料成分を考慮した施肥設計,減肥マニュアル等に基づく減肥 ・都道府県の施肥基準,JAの栽培暦等で示している施肥量,施肥方法等に則した施肥 ・施肥用機械・器具の点検・整備 等」 そして,「地力増進基本指針」と「環境と調和のとれた農業生産活動規範点検活動の手引き」の関係部分を原文のまま転載している。「環境と調和のとれた農業生産活動規範点検活動の手引き」の中には,「適切で効果的・効率的な施肥」の具体的な取組例として,下記が記載されていることを紹介している。すなわち, ◎ 都道府県の施肥基準,JAの栽培歴等で示している施肥量,施肥方法等に則した施肥を行なう。 ◎ 地域向けの施肥量等が示されていない場合は,次の取組のうちいずれか一つを実行する。 (1)他の都道府県が示している基準,各種試験研究成果等を目安とした施肥を行なう。 (2) 土壌診断の実施とその結果を活用した施肥を行なう。 (3) 残存肥料成分の流出を防止するためのクリーニングクロップの作付け等を行なう。 この程度まで記述してくれると,その内容をある程度理解できよう。
●GAPのPDCAサイクル産地などは,このガイドラインにしたがって,各事項について,参考資料に記してある法令等を良く理解し,記載されている注意を踏まえて,(1)産地の品目や生産条件にあった必要な点検事項を策定する(立案Plan)。そして,(2)農業者は点検事項を確認して農作業を行い,取組内容を記録・保存し(実践Do),(3)実践内容を自己点検し(産地の責任者などによる他者による客観的な点検の仕組みを加えるもこともある)(評価Check),(4)改善が必要な部分の把握・見直して(改善Action),改善した点検事項を用いて実践するといったサイクル(英語の頭文字を取ってPCDAサイクルという)をくり返して,食品安全,環境保全と労働安全という3つの安全のレベルを向上させてゆくことになる。
●ガイドラインを参考に産地は点検事項を策定できるかではこのガイドラインを参考にして,産地は必要な点検事項を策定できるのか。ガイドライン案に対する意見の中には,共通基盤のガイドラインでなく,生産者が農業を行なう上で,最低限実施しなければならない基準または規範を示してほしいとの意見もあった(公募意見の結果)。これに対して,検討会事務局は,「これらの取組内容は,法令,国の指針,国際機関が定める基準及び科学的知見等を基本として作成したものですが,一方で,全ての農業者が実施しなければならない基準や義務を定めたものではありません。法令上の義務の定めのある一部の取組事項については,その旨記載してあります。」と記している。法令上の義務があるものだけが,法令上最低限実施しなければならない事項だが,関係法令のないものも含め,農業者が最低限取り組むべき規範とし基礎GAPが作られており,このガイドラインは基礎GAPとは別ですといいたいのであろう。 日本では農業生産の方法についての法令は欧米に比べて少なく,法令上最低限実施しなければならない事項はわずかにすぎない。例えば,EUでは硝酸指令によって,家畜ふん尿の還元可能上限量に加え,農地であっても,家畜ふん尿や化学肥料の施用を禁止する場所(傾斜地など)や,秋冬の施用禁止期間,投入可能窒素量の上限値などが決められている。EUに比べて,日本では最低限実施しなければ事項はごくわずかにすぎない。このため,ガイドラインに記載された事項は法令で決められていないものが大部分である。そうした事項で具体的にどのような取組や作業を決めれば良いのか。それは産地などが自主的に決めれば良いというのであろうが,産地などは具体的にどう決めて良いのか分からずに苦労しているであろう。
●GAPの階層性イギリスで実施されているGAPをみると,その内容が一様でなく,GAPに階層性がうかがえる(図1)。例えば,外国と農産物貿易を行なう際には,グローバルGAPの認証を農産物なら,スムースに取引される。グローバルGAPは,民間組織が,コンバイン収穫作物(穀物,豆類,イモ類など),果実・野菜,コーヒー(緑色豆),チャ,花き・観賞用植物,家畜(牛,羊,豚,家禽),養殖魚といった作目群共通の規範を定め,所定の基準内容で農産物が生産されたことを保証している。グローバルGAPでは,個々の品目についての生産基準はあえて定めていない。個々の品目の生産基準は自国と輸出相手国のものにしたがうことを原則にしており,農産物を輸出しようとする農業者は,自国と輸出相手国双方の使用可能農薬など生産基準に習熟していなければならない(環境保全型農業レポート.「No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要」)。
イギリスでは,1990年に「食品安全法」で,バイヤーに対して購入・販売する食品の安全性について,然るべき注意を払うことが義務づけられた。これが契機になって,1990年代にいくつかの組織が食品の安全性を保証する制度を発足させた。それぞれの組織は,青果物,畜産物,有機農産物など,得意な作目を扱っており,主要品目については具体的な生産基準を定めて,参加している農業者はそうした生産基準に準拠して生産した農産物であることを保証している(環境保全型農業レポート.「No.52 イギリスの食品保証制度」)。 民間組織の生産基準は当然,イングランドなどの政府が定めている優良農業規範を遵守したものになっている。政府の定めた優良農業規範では,イギリスやEUの関係法令の関係部分の解説と,それを遵守するための基準的な農業管理技術が科学的に解説されている(環境保全型農業レポート.「No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正」:「No.40 イギリスの農薬使用規範」.)。こうした優良農業規範は個々の技術をあまり具体的には記述していない。それを記述しているのが,各種のマニュアルであり,施肥基準のほか,硝酸脆弱地帯の農業者向けのマニュアルでは家畜のふん尿排出量やふん尿中の有効成分量の計算の仕方など,具体的な技術が解説されている(環境保全型農業レポート.「No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行」)。民間組織の生産基準は当然,政府の定めた優良農業規範や各種マニュアルを参照する形で作られている。
●国が策定すべきGAPは何か国が真っ先に決めるべきは,作目共通の関係法令を遵守するための科学的な農業管理技術基準を記したGAPである。関係法令が少ない日本では,イングランドの食料・農業・農村開発省の定めている土・水・大気の優良農業規範や農薬使用規範のようなものは作りにくいであろう。そして,法令で定められた最低守るべきGAPは内容の乏しい貧相なものになってしまうだろう。とはいえ,関係法令で決められた事項だけや現在の基礎GAPでは,食品安全,環境保全と労働安全という3つの安全が守られないからこそ,関係法令のない事項についても,守るべき基準を定めてこそ国が作るGAPの意味がある。関係法令で規定されていないからこそ,最低農業者が守るべき作業内容を具体的に記した優良農業規範を国が作り,民間の作るGAPの模範やベースとするとともに,その遵守を農業者への補助金支払いの条件にすることが国際対応の場面でも必要であろう。 アメリカ連邦政府は,連邦政府の支出する補助金を受給する条件として,各州の定めた環境保全的な農業行為基準を守ることを定めている。そして,各州がそうした基準を策定する参考として,160を超える農作業別の国定保全行為基準を作っている(USDA: National Conservation Practice Standards )。これはあくまでも参考で,これをベースに州が自らの地域の条件に合うように作り直した州の基準が法的に有効である。アメリカの保全行為基準は,関係法令との関係などは特に書かず,具体的な農作業(堆肥化施設,IPM,養分管理,灌漑施設,カバークロップ,廃棄物処理等々)を標準的な数値がある場合には,それも具体的に示しつつ,科学的に解説している。そして,例えば,ここで規定された堆肥化施設の要件は,慣行農業だけでなく,有機農業でも守ることがアメリカの「有機農業法」で規定されている。それゆえ,アメリカのように,農業者が実践すべき3つの安全を守るのに適切な基本的農作業を具体的にまとめたものを作るのも,国が作るGAPといえよう。 国が作るGAPは民間では作りにくい基盤となるGAPであって,民間はその上に,自分らの目的に沿った内容の作業を積み重ねられるようにすることが必要である。その意味で国が作るGAPは「規範」であり,今回のガイドラインのように農林水産省がGAPを「農業生産工程管理」と訳すべきではなかろう。「農業生産工程管理」と表現されるGAPは民間が具体的品目の生産を管理するためのGAPで用いるべきであろう。
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