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No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報
●これまでの土地劣化情報の弱点これまで世界の土地劣化(または土壌劣化)は,主に,1991年に発表された「世界の人為的土壌劣化アセスメント」(the Global Assessment of Human induced Soil Degradation: GLASOD) (Oldeman LR, RTA Hakkeling, WG Sombroek 1991. World map of the status of human- induced soil degradation, 2nd edition. ISRIC, Wageningen)の結果に基づいて論じられてきた(世界の人為的土壌劣化の簡略化したマップはFAOのホームページから入手できる)。 この調査では,当時の土地劣化を1世紀以上も昔からの土地利用に関する言い伝えも考慮に入れて,地中海沿岸,中近東および南・中央アジアの乾燥地を土地劣化の代表地域と結論した。そして,土壌劣化マップを作成して土壌劣化を視覚的に表示したが,定量的把握は十分でなかった。しかし,この調査で土地劣化の代表と結論された乾燥地の多くは,過去に劣化した歴史的遺産ともいうべき地域であって,現在では生産力が極端に低下した安定景観になっており,その回復は莫大な経費をかけたとしても難しくなっている。 では,現在,どこで土地劣化がまさに進行しているのか。この点が1991年の調査では十分把握されていなかった。
●人工衛星画像による土地劣化の解析FAO(国連食糧農業機関),UNEP(国連環境計画)とISRIC(世界土壌情報センター) は,共同して,1981年7月〜2003年12月に撮影された人工衛星画像から,8 kmの解像度で,必要な補正を行ったうえで,2週間ごとの画像データを作成して,世界の土地劣化を解析した。 この調査では,植物の純一次生産力(net primary productivity :NPP)(植物の大気から二酸化炭素を固定する速度と呼吸で失う速度の差)を主要な変数として,その他に降水などの要因を考慮したいくつかの変数も指標として,土地の劣化と改善を解析し,その結果を2008年7月2日に公表した。
●土地劣化とは世界中で,経済の発展にともなう市街地の急激な膨張や農村人口の増加によって,土地に対する需要がこれまでになく高まり,前例がないほどの土地利用変化が生じている。そうした事情もとで,人工衛星画像を用いた今回の調査は,土地劣化を,「土地利用変化にともなって,土地の持つ生態系機能と生産力が長期的に失われること」で,かつ,「その損失は自ずと回復せず,時間がたつほどその回復に多額の投入を要するもの」としている。そして,土地劣化の症状には,土壌侵食,養分不足,塩類集積,水分不足,汚染,生物サイクルの破壊,生物多様性の損失などがあるとしている。
●現在陸地の24%で土地劣化が進行している今回の調査が対象にしたのは,1981年から2003年の間に劣化した土地と判定された土地で,その面積は,世界全体で35億581万400 ha。陸地面積の23.54%を占めている(表参照)。1991年のGLASODアセスメントでは陸地の15%の土地が劣化していることが示されたが,今回の調査で確認された24%の土地はそれとほとんど重複せず,GLASADで問題にした15%の土地に加算される形で土地劣化が進行している。 これまでは乾燥地での土地劣化に焦点が当てられてきたが,現在劣化している陸地の24%を占める土地の78%は湿潤地帯にあり,その他,乾燥半湿潤地帯に8%,半乾燥地帯に9%,乾燥・極乾燥地帯に5%が存在し,湿潤地帯での土地劣化が主体となっている。劣化した土地と土壌や地形といった自然的要因との間には明確な関係が認められず,劣化は主に土地管理という人為によって助長されている。 そして,劣化している土地面積の内訳を地目別にみると,19%が耕地,24%が広葉樹林地,19%が針葉樹林地である。耕地の総面積は陸地の12%だけであり,その劣化した19%の耕地は陸地全体の2.28%にすぎず,土地劣化における耕地の比重はこれまで過大評価されていたといえる。
●どこで土地劣化が進行しているかこれまで土地劣化の中心は乾燥地とされてきたが,今回の調査で比較的劣化面積がまとまっていた乾燥地は,スペイン南部,マグレブ(モロッコ・アルジェリア・チュニジア,ときにリビアを含むアフリカの北西部地域),ナイル川河口デルタ,イラクの低湿地,カザフスタンの草原地帯といった比較的小面積だけである。この結果は、今回の調査は1981年以降の土地劣化だけを対象にして,これまで基本情報とされてきたGLASODのように1世紀以上前に起きた過去の土地劣化を対象にしていないためである。 現在,下記の地域で深刻な土地劣化が生じている(表参照)。 ▽アフリカの赤道以南(世界の総劣化面積の13%,世界のNPP減少量の18%) ▽インドシナ,ミャンマー,マレーシア,インドネシア(世界の総劣化面積の6%,世界のNPP減少量の14%) ▽中国南部(世界の総劣化面積の5%,世界のNPP減少量の5%) ▽オーストラリアの中央北部と東部海岸沿いの山脈の西側斜面の一部(世界の総劣化面積の5%,世界のNPP減少量の4%) ▽パンパス(世界の総劣化面積の3.5%,世界のNPP減少量の3%) ▽北アメリカおよびシベリアの高緯度森林ベルトの伐採跡地 世界の土地劣化面積に占める割合で土地劣化面積の大きい国をみると,1位ロシア(16.5%),2位カナダ(11.6%),3位アメリカ(7.9%),4位中国(7.6%),5位オーストラリア(6.2%)。 NPP(植物の純一次生産力)の損失量(100万トンC)でみると,1位カナダ(94),2位インドネシア(68),3位ブラジル(63),4位中国(59),5位オーストラリア(50)。 国土面積に占める土地劣化面積割合でみると,1位スワジランド(95%),2位アンゴラ(66%),3位ガボン(64%),4位タイ(60%),5位ザンビア(60%)。影響を受けた農村人口(単位:100万人)でみると,1位中国(457),2位インド(177),3位インドネシア(86),4位バングラデシュ(72),5位ブラジル(46)となっている。
●陸地の16%の土地で生産力が向上1981年から2003年の間に植物生産力が向上して,土地が改善したと判定された面積は全陸地の15.7%を占めている。その18%が耕地(全耕地の20%),23%が森林,43%が牧野である。改善した耕地の多くは潅漑にともなうものだが,北アメリカのプレーリーやグレートプレインならびに天水の耕地や放牧草地にも改善したところがある。また,特にヨーロッパや北アメリカでは森林植林,中国北部では大規模な干拓による樹木被覆の増加によって植物生産力が向上したところもある。しかし,牧野や農地に樹木やヤブが侵入したケースも多く,そうした場合には土地の改善とは見なさない。1980年代に深刻な干ばつの生じたアフリカのサヘルの土地は,今回の調査で回復したことが示された。
●土地劣化は地球温暖化を加速劣化した土地では,1981-2003年の23年間に世界全体でNPPが炭素で9.56億(9.56 × 108)トンも減少した(表参照)。つまり,9.56 億トンの炭素が大気から除去されなかったことになる。この量は,1980年の世界での二酸化炭素排出量の20%に相当する。2008年2月のイギリスにおける炭素のシャドー価格(排出権取引価格)は50 USドル/炭素1トンであり,失われた炭素固定量は480億USドルに相当する。しかも,植物の純生産量が減ることによって,土壌への有機物の還元量も減り,それにともなって土壌有機物の分解が加速される。これによる土壌有機態炭素の損失量は,NPPの減少による炭素固定量の減少量よりも大きい。このように土地劣化は地球温暖化に大きな影響を与えている。
●日本の土地劣化面積は陸地の34.6%今回の調査では,土地劣化を主に植物の純バイオマス生産量の減少によって判定している。意外なのは,日本の土地劣化面積が全陸地面積の34.6%に達していることである(表参照)。その地目別内訳は記載されていないが,土地劣化を起こしていると判定された地目は主にどこなのであろうか。 日本の農地面積は,1981年に比して2003年には130万ha減った。しかし,この面積は日本全体の陸地面積の4%未満にすぎず,土地劣化面積の増加を農地の減少では説明できない。また,日本の農地面積は陸地面積の約13%なので,農地全体の劣化でも説明できない。これらのことから考えると,今回の調査で劣化していると判定された土地は非農地のはずである。つまり,国土の70%弱を占める林地が土地劣化の主体であると推察される。林地では,松枯れが広がったり,間伐などの手入れが行なわれなくなったり,シカなどの野生動物による食害や汚染物質などによって樹木の生育低下が生じている。こうした林地での植物バイオマス生産量の減少が日本の土地劣化の主体と推察される。
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