環境保全型農業レポート > No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
    以前の記事一覧

  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要

    ●EU加盟国における有機農業に対する公的支援に関する調査報告書

     EUは農業および農村地域の活性化のために,様々な支援を農業者に行なっている。その中で,様々な法的論拠を設けて有機農業に対する支援も行なっている。加盟国がどのような論拠を用いて有機農業を支援するかは,加盟国の選択に任されている。その上,加盟国がEUの支援金に自己負担の支援金を上積みしているケースや,EUの支援金を受けずに加盟国が独自の支援金を農業者に支給しているケースも多い。このように,EU加盟国によって有機農業に対する公的支援金の内容や金額が様々となっており,EUの執行機関である欧州委員会も,各加盟国の状況を正確には把握していなかった。

     このため,欧州委員会は,EU加盟国の有機農業者に対する公的支援の実態調査を,ドイツのヨハン・ハインリッヒ・フォン・チューネン研究所(Johann Heinrich von Thunen‐Institut),スイスの生物学的農業研究所(Forschungsinstitut fur biologischen Landbau),イギリスの有機研究センター(Organic Research Centre)に委託した。これらの研究所は共同して,加盟国に質問状を送付し,それを解析して下記の報告書を刊行した。

     Jurn Sanders, Matthias Stolze, Susanne Padel (Editors) (November 2011) Use and efficiency of public support measures addressing organic farming. Study Report. Braunschweig. (本文150頁,付属文書1,374頁:付属文書2,13頁,付属文書3,7頁;付属文書4,145頁)

     報告書は2つの部分からなり,パートAでEU 27か国の有機農業に対する公的支援の概要を比較し,パートBで6加盟国の計9地域についてより詳しく調査したケーススタディを報告している。以下,パートAを中心に概要を紹介する。

     なお,本報告書では,国(nation)と地域(region)を次のように区分して使用している。例えば,イギリス(連合王国)が国(EU加盟国)で,それを構成しているイングランド,ウェールズ,スコットランド,北アイルランドが地域と呼称される。

    ●EUにおける有機農業に対する公的支援の経緯と論拠

    (1)当初の共通農業政策の弊害

     EUは1960年代前半から,域内農業を保護・振興するために,共通農業政策を実施してきている。当初は域内で生産された主要農産物に価格保護政策を実施し,安価な外国産農産物には高い関税を課して,域内農産物と釣り合う価格で販売させるようにした。その結果,農業者の生産意欲が刺激されて,食料難を急速に克服できた。

     当時の共通農業政策は,たくさん生産するほど,より多くの助成金をもらえる仕組みであったため,肥料,農薬,購入飼料などを多用して単収向上がなされ,やがて生産過剰が生じるとともに,環境汚染が深刻化した。また,大型機械導入による圃場拡大によって,伝統的農業で家畜囲いのために構築された石垣や生垣が撤去されて,景観や野生生物の生息地などの環境破壊が生じた(環境保全型農業レポート「No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件」参照)。

     その結果,共通農業政策では,生産過剰を減らしつつ,また環境汚染を軽減し環境破壊を修復しつつ,農業者の所得を確保することが大きな課題になった。こうした背景から,有機農業が,単収低下による過剰生産の抑制とそれによる公的支出額の削減,単価の高い有機農産物の販売による所得確保,有機加工産物の製造・販売による農村雇用の創出と所得拡大,環境の保全に貢献するものとして期待され,共通農業政策で有機農業が取り上げられるようになった。

    (2)EUの共通農業政策への有機農業の取り込み経過

     EUにおいて,明確に有機農業を対象にした最初の支援事業は,1987年にデンマークが独自の予算で導入したものであった。この頃主要農産物の生産過剰が顕在化しており,EUは1988年に農業生産の粗放化(農業生産の抑制ないし減産)を実施した農業者に補償金を支払う法律を導入した(Commission Regulation (EEC) No. 4115/88 of 21 December 1988 laying down detailed rules for applying the aid scheme to promote the extensification of production )。ドイツはこの法律に基づいて,1989年に有機農業に転換する農業者に補助金を支給する事業を開始した。その直後に,同様な事業をフランスやルクセンブルクも施行した。

    A.農業環境規則と条件不利地域対策

     1992年になると,生産刺激的性格を持った当初の共通農業政策を継続することが無理になり,共通農業政策の改革が行なわれた。そのなかで,農業環境規則(Council Regulation (EEC) No 2078/92 of 30 June 1992 on agricultural production methods compatible with the requirements of the protection of the environment and maintenance of the countryside )が導入された。

     農業環境規則では,特に価値の高い農村景観,農業・農村の生物多様性,農村地域の維持,ならびに,緊急な対応を要する硝酸や化学農薬による汚染の軽減が重視された。加盟国はこれらのカテゴリーに合致するプログラム(対策事業)案を原則として地域別に策定して,欧州委員会に申請する。農業環境規則に合致するとして承認されたプログラムには,EUから必要経費の50%ないし75%が支給され,残りの額を加盟国が負担して,プログラムが実施された。農業者はプログラムに規定された条件の農業を実践することを自主的に契約して参加し,契約内容を遵守(コンプライアンス)することを条件に,プログラムの実施に要する追加コストや所得損失の補償などを直接支払の形で受け取った。契約期間は最低5年間,長いものは20 年間であった。

     有機農業が主に生産過剰の削減と公的支出の節減ならびに環境の保護に寄与することから,農業環境規則が,EU全域にわたって有機農業への転換と有機生産の維持を支援する統一フレームワークを提供した。なお,有機農業を支援することは,目的への手段であって,政策目標そのものではないことに留意する必要がある。

     農業環境規則は,主に平地の農業者を対象にしたものであった。山間部など狭隘な区画の圃場で,生産性の高い農業を行なえない条件不利地域の農業者に対しては,1972年以降,条件不利地域対策を実施してきた。これは,平地では条件不利地域よりも,高い生産性のためにより低いコストで農産物を生産できるが,共通農業政策の高価格保証によって,同一価格で買い上げるなら,条件不利地域の農業者がますます不利になるため,条件不利地域の農業者を支援するために導入したものである。その中で平地との競争に勝てない場合には,伝統的な農村景観の保全,環境負荷の少ない粗放農業などを行なう農業者に所得補償を行なう事業も進めてきていた。

    B.1999年の共通農業政策の改正

     1999年5月にEUは,共通農業政策の基本的法律を改正し,条件不利地域対策や農業環境規則などを廃止して一本化した(Council Regulation (EC) No 1258/1999 of 17 May 1999 on the financing of the common agricultural policy )。この法律によって,共通農業政策の資金枠となっているEAGGF(欧州農業誘導保障基金)の位置づけが再整理された。この基金は農産物市場に対する政府介入や輸出返済などのための保障セクションと,農村開発支援や環境保全支援のための誘導セクションからなる。後者の部分には,「EAGGFによる農村開発支援並びに関連規則の改正及び廃止に関する規則」(Council Regulation (EC) No 1257/1999 on support for rural development from the European Agricultural Guidance and Guarantee Fund (EAGGF) and amending and repealing certain Regulations )が公布されて,2000年から施行された。この法律はEUの拡大とWTO交渉後をにらんだもので,つぎの意図を持っていた。

     (1) 環境保全目的と農業政策との一層の統合を図る。

     (2) 農業者にも汚染者負担原則(OECD, 1974年採択)を課し,汚染を起こす農業を行なっている農業者には罰金や修復費を課すとともに,そうした農業の実践に政府は補助金を支給しないことを普及させる。このため,基準レベル(レファレンスレベル)として優良農業規範を国が定め,優良農業規範を遵守するのは農業者の義務であって,優良農業規範のレベルまでは自己負担で保全・浄化する義務をもち,当該部分には一切の支援を行なわず(汚染者負担原則),規範レベルを超える環境サービスを生み出す場合にのみ支援を行なうことを明確にする。

     (3) 支払を,(a) 契約実施によって失われる所得,(b) 契約によって生ずる追加費用,(c) 環境保全効果は高いものの参加者の少ない場合に参加者を増やすのに必要なインセンティブ(奨励)支払に限定し,生産刺激的な要素をできるだけ排除する。

     こうした改正によって,農業者に対する支援は,1999年の改正の(1)〜(3)を満たした上で,次の目的を持つものに限定された。

     (a) 生産コストを削減する。

     (b) ニーズに合った生産へシフトする。

     (c) 品質を向上させる。

     (d) 自然環境を保全・向上し,食品衛生状態と動物福祉を向上させる。

     (e) 農場活動の多様化を推進する。

    C.2005年の共通農業政策の改正

     1999年の改正を踏まえて,その後の情勢変化に対応するために,共通農業政策の基本的法律を2005年に再び改正した(Council Regulation (EC) No 1290/2005 of 21 June 2005 on the financing of the common agricultural policy )。この法律によって,保障セクション部分の予算枠がEAGF(欧州農業保障基金European Agricultural Guarantee Fund)による価格市場政策(第1の柱)に,誘導セクション部分がEAFRD (欧州農業農村振興基金European Agricultural Fund for Rural Development)による農村振興政策(第2の柱)に分割された。

     第2の柱の農村振興政策では,EAFRDによって農業者を支援する農業農村開発プログラムの立案,実施や管理の仕方について,欧州委員会と加盟国との責任分担を明確にした法律も作られた(Council Regulation (EC) No 1698/2005 of 20 September 2005 on support for rural development by the European Agricultural Fund for Rural Development (EAFRD) )。

     そして,農村開発プログラムとして重点的に取り組む4つの軸とそれを達成する以下の対策が定められた。

    軸1:農業および林業部門の競争力向上

     (a) 知識の普及と人的能力の向上のための対策

     ・農業,食品業,林業に従事する人々に対する,科学的知識や革新的方法を含む職業トレーニングと情報普及  ・若手農業者の就農

     ・農業者および農場労働者の早期退職

     ・農業者および林地所有者による指導サービスの利用

     ・農場管理,農場救済,農場指導サービス,林業指導サービスのための組織設立

     (b) 物理的能力の再構築・開発と技術革新の促進のための対策

     ・農業経営体の近代化

     ・林地の経済価値の向上

     ・農産物および林産物の高付加価値化

     ・農業,食品業,林業の各部門における,他者との連携による新しい産物や加工技術の向上・開発

     ・自然災害によって損なわれた農業生産能力の回復と,適切な防止行動の導入

     (c) 農業生産と農産物の品質向上を図る対策

     ・農業者がEUの法律によって要求されている基準に適合できるようにする支援

     ・食品品質事業に参加する農業者の支援

     ・食品品質事業の産物に関する情報や普及活動支援と,生産者グループ立ち上げ支援

     (d) チェコ共和国,エストニア,キプロス,ラトビア,リトアニア,ハンガリー,マルタ,ポーランド,スロベニア,スロバキアに対する暫定的対策

     ・再編中の半自給的経営体の支援

     ・生産者グループ設立の支援

    軸2:環境および田園地帯の向上

     (a) 農地の持続可能な利用をターゲットにした対策

     ・山間地域の農業者に対する自然的条件不利地域支払

     ・山間地域以外の条件不利地域の農業者に対する支払

     ・「ナチュラ2000*」支払および「水枠組指令」による支払

    (* 自然保護区内での生産活動制限に対する補償支払)

     ・農業環境支払(注:旧農業環境規則による支払)

     ・動物福祉支払

     ・非生産的投資への支援

     (b) 林地の持続可能な使用をターゲットにした対策

     ・農地への最初の植林

     ・農地における最初のアグロフォレストリーシステムの確立

     ・非農地への最初の植林

     ・「ナチュラ2000」支払

     ・森林−環境支払

     ・林業能力の回復と防止行動の導入

     ・非生産的投資への支援

    軸3:農村地域における生活の質と農村経済の多様化

     (a) 農村経済の多様化を図る対策

     ・非農業活動への多様化

     ・起業精神の推進と,経済的要素の発展を展望した小規模企業体の創出・発展に対する支援

     ・ツーリズム活動の奨励

     (b) 農村地域における生活の質を向上させる対策

     ・経済および農村住民に対する基本的サービス

     ・村の再開発と発展

     ・農村遺産の保全と価値の向上

     (c) 軸3の対象分野の経済関係者に対するトレーニングと情報に関する対策

     (d) 地元開発戦略の策定および実施を展望した技能の獲得と活性化対策

    軸4:リーダー(LEADER)事業

     リーダー事業は,限定された農村地域の住民が主体となって実施するボトムアップ型の農村活性化事業に,EUが財政支援を行なうものである。支援の対象者は,農業者だけでなく非農業の多様な分野の者も含み,多様な分野が協力して,従来と異なる新しい事業を試みる。グリーン・ツーリズム,特産物の生産,中小企業振興,農村在住の女性や若者への就業促進事業など,多種多様である。

     農村開発プログラムでは,上記の4つの軸に位置づけられている対策に即した事業が,欧州委員会の承認をえてから加盟国によって実施され,参加農業者などに支援金が支給される。

     こうした2回の改正は,なによりも,生物多様性ロスの増大,水質汚染,気候変動,所得不均衡,農村開発,食品の安全性と品質,消費パターンの変化,予算の制約に加えて,より自由な世界の農業貿易の機会や政策のかかわりといった様々な新しい課題に対応しなければならなかったことによる。こうして共通農業政策の目的と有機農業の目的とは,特に,環境,資源の持続可能な使用,動物福祉,食品安全性,栄養,人体の健康,農業経営体の財政的活力,社会的正義などの点で,ますます一致するようになった。そして,いくつかの加盟国では,有機農業の拡大それ自体が政策目標になっている。

    ●ほとんどの加盟国が,農村開発プログラムの軸2「農業環境支払」を活用して有機支援支払

     27加盟国のうち,オランダとフランスを除く25の加盟国は,有機農業支援支払の法的論拠として,共通農業政策の第2の柱(農村振興政策)に位置づけられている農村開発プログラムの「軸2:環境および田園地帯の向上」にある農業環境支払を利用している。

     有機管理によって生じた追加コストないし所得損失を補償するために,耕地,草地,野菜・ハーブ,温室作物,永年性作物・果樹,ブドウ園,オリーブ樹などの農地タイプを区別し,有機農業への転換と有機農地維持の2つの時期に分けて,有機農業に特別な面積(ha当たりの)支払を実施している(表1と表2)。

     A.有機転換支払

     EUの有機農業規則では,転換期間は原則として2ないし3年だが,加盟国の概ね半分が最初の2ないし3年間は高い率の転換支払額を支払っている。他方,5年間にわたって毎年同じ単価の転換支払を支払っている国もある(オーストリア,キプロス,チェコ共和国,エストニア,フィンランド,ギリシャ,ラトビア,リトアニア,マルタ,スロベニア,スウェーデン,ドイツの一部地域,イタリア,ポルトガル,スペイン)。また,デンマーク,フィンランド本土(基礎的農業環境支払を除く)(注:表1のフィンランドの単価は,農地タイプに一定の単価と,農地タイプで異なる基礎的農業環境支払の和であることに加え,フィンランド本土とオーランド諸島での値を含む),アイルランド(最初の6 haと55 haを超える園芸農地(1年生野菜/ハーブ)を除く)は農地タイプに関係なく均一の単価を設定している。

     因みに,ユーロの為替相場は最近大きく下落しているが,税関長公示の年平均レートでは,1ユーロが2011年で111.4円だったが,2007年では160.9円であった。このため,500ユーロは,2011年には5.57万円,2007年では8.045万円に相当する。

     エストニアとスペインの2つの地域(カスティリャ・ラ マンチャとエストレマドゥーラ)は有機家畜生産を助成するために家畜1頭当たりの支援額を提供している。他方,キプロス,フィンランド,ギリシャ,イタリアの一部地域など,他の国々は,家畜生産の有機への転換への支援を面積支払に包含させている。養蜂の有機転換には,オーストリア,ブルガリア,スペインの一部地域,エストニアが支援金を支給している。

     B.有機維持支払

     一般に比較的高い率の転換支援を提供している加盟国は,維持のための支払率も比較的高くして農業者を支援している。加盟国の大部分は,有機転換支払よりも維持支払の単価を低くしているものの,13加盟国(オーストリア,キプロス,チェコ共和国,ドイツの一部地域,エストニア,フィンランド,イタリアの一部地域,リトアニア,ラトビア,ポルトガル(アゾレス),スペインの一部地域,スウェーデン,スロベニア)は,農地タイプでの違いはあっても,転換と維持の期間を通して毎年同じ単価の支払を行なっている。他方,デンマーク,フィンランド本土やアイルランドに加えて,イングランド(草地を除く)とウェールズ(草地と耕地を除く)も,維持期間を通して農地タイプにかかわりなく均一の単価で支払を実施している

     

    (注:フィンランドとアイルランドについては表1と同じ注釈が存在することに注意されたい)。

     スペインの2つの地域(カスティリャ・ラ マンチャとエストレマドゥーラ)とエストニアも,維持期間中に家畜1頭当たりの支払を支給している。これに加えて,スウェーデンも,草地の家畜に1頭当たりの維持支援支払を提供している。養蜂や薬草といった特定の土地利用への有機転換を支援している加盟国は維持のための支払も支給している。

     EU全体でみると,農業環境支払に基づいた有機支援支払額は,認証を受けた有機圃場ha当たり,2008-09年において7ユーロから314ユーロの幅があり,平均値はEU全体でha当たり163ユーロであった(アイルランド,ルーマニア,イングランドを除く)。

     C.フランスの有機面積支払

     表1と2は,フランスは農業環境支払によって有機農業への支援を行なっていないことを示している。その代わりに,共通農業政策による農業者への直接支払のルールを定めた規則(Council Regulation (EC) No 73/2009 of 19 January 2009 establishing common rules for direct support schemes for farmers under the common agricultural policy and establishing certain support schemes for farmers, amending Regulations (EC) No 1290/2005, (EC) No 247/2006, (EC) No 378/2007 and repealing Regulation (EC) No 1782/2003 )の第68条に基づいて,有機転換支払と有機維持支払を事実上実施している。

     農業環境支払が共通農業政策の農村振興政策(第2の柱)に位置づけられているのに対して,この規則は,価格市場政策(第1の柱)に位置づけられている。

     この規則の第68条は,直接支払を行なう一般的ルールとして,加盟国が下記のための特別支援の条件を作ることができることを規定している。

     (i) 環境の保護・増進に大切な特定タイプの農業

     (ii) 農産物の品質向上

     (iii) 農産物のマーケティングの改善

     (iv) レベルアップした動物福祉基準の実践

     (v) 付加的な農業環境便益をもたらす特定の農業活動

     この各項目は有機農業にも該当すると理解できるが,フランスは有機農業が(v)の項目に該当することを論拠にして,有機農業に転換支払および維持支払を実施している。

     2011年における有機転換支払は下記のとおりで,有機維持支払のほぼ2倍である。

     ・マメ科,果実,オリーブの樹木: 900ユーロ/ha

     ・露地のマメ科,ワイン,アロマや薬草用植物: 350ユーロ/ha

     ・1年生作物: 200ユーロ/ha

     ・採草用牧草とクリ: 100ユーロ/ha

     維持支払は下記のとおりである。

     ・マメ科,果実,オリーブの樹木:590ユーロ/ha

     ・露地のマメ科,ワイン,アロマや薬草用植物:150ユーロ/ha

     ・1年生作物:100ユーロ/ha

     ・採草用牧草とクリ:80ユーロ/ha

     フランスにおける2011年の有機転換および維持支払の公的支出総額と有機管理にある面積と転換面積から計算すると,両支払を合わせて,ha当たりに平均約93ユーロ/haが支払われたことになる。

     オランダは,有機と慣行の農業の双方を対象にした持続可能な農業を支援している。そして,オランダは有機管理面積に応じた支払を行なっていない唯一の国であるが,有機農業者は一般的農業環境支払で十分な利益を得ることができているとされている。

    ●認証経費(農村開発プログラムの軸2)

     ドイツ(大部分の地域)は有機農業支援事業に基づいて認証支援支払として,認証や検査の経費を一定額払い戻ししている(通常ha当たり35ユーロ,経営体当たり最大400〜530ユーロ)。ブルガリア,ギリシャ(非食用作物),ラトビアは,転換支払額に認証経費を考慮して増額している。

     

    (*後述の「●食品品質事業に参加する農業者の支援」および「●加盟国独自の有機農業支援」の(3)も参照されたい)

    ●動物福祉支払(農村開発プログラムの軸2)

     有機の家畜飼養では,慣行の場合よりも動物福祉について高い基準が要求されている。このための追加コストは,草地面積や家畜頭数当たりで支給されている有機農業支援金に包含されていることが多いが,スペインのカタルーニャ地域で動物福祉支払を有機家畜農業者に追加提供している。

    ●職業トレーニング・情報普及および指導サービスの利用に対する支援(農村開発プログラムの軸1)

     有機農業への転換や有機農業の維持を成功させるには,特別な知識や技能を獲得する必要がある。そのためのトレーニングコースや普及組織の指導などは通常有償である。多くの加盟国は,有機農業だけを対象にしているわけでなく,非有機農業も対象にしているが,農村開発プログラムのなかで,これらの必要経費が支援されている(必要経費の最大100%)。この支援を行なっている国および地域には,オーストリア,ベルギー(フランダース),デンマーク,ハンガリー,イタリア(トレント),リトアニア,マルタ,ポーランド,ポルトガル(マデイラ),ルーマニア,スロバキア,スロベニア,スペインのいくつかの地域,スウェーデン,イギリス(ウェールズ)がある。

    ●若手農業者の就農支援(農村開発プログラムの軸1)

     40才未満の若手農業者の就農支援として,最初の農場開設ないし自らの農場の構造改革に対する資金が提供されている。この支援は有機農業者に限定せずに提供されているが,一部の国は有機農業者に優先提供する措置を講じている。

     チェコ共和国は申請者をポイントシステムで選定していて,有機農業者には追加ポイントを与えている。イタリアのヴァッレ・ダオスタとトレント,および,スペインのバレアレス,カタロニアとエストレマドゥーラは,支援金レベルを決める際に,有機農業がトップの資金を得られる基準(「有機ボーナス」)を用意している。「有機ボーナス」は基本資金で6%(バレアレス)から16%(トレント)の幅がある。

    ●農業経営体の近代化支援(農村開発プログラムの軸1)

     いくつかの加盟国において,農場の全体的パフォーマンスや競争力向上を目的にした農業経営体の近代化のための投資(不動産の建設・獲得・改善,新しい機械・装置の購入ないしリース,特許権やライセンス使用料のようなコスト)が,資金提供や利子補給の形でなされている。

     この支援は,有機農業に限定されたものではないが,有機農業や有機食品の加工・販売のための新しい建物やマーケティング施設への投資を必要としている農場にとって重要である。フランダース(ベルギー),マデイラ(ポルトガル)および2011年以降はノルトライン・ウェストファーレン(ドイツ)は,有機農業者により高い資金を提供している。

     オーストリアは,有機畜産農業者が農場建築物に投資するのに限定している。オーストリアのこの「有機ボーナス」は,有機家畜システムは高い飼養基準に適応する必要があることを論拠にしている(例えば,牛を畜舎内につなぎ飼いする例外措置は2013年で終了など)。メークレンブルク・フォーアポンメルン(ドイツ)でも,有機農業者は慣行農業者よりも動物福祉関連の近代化支援金を多く受け取れるようにしている。2010年まで類似の条項がバイエルン(ドイツ)にも存在し,有機農業者に加えて動物福祉を向上させる全ての畜産農業者に提供されていた。

    ●農産物および林産物の高付加価値化支援(農村開発プログラムの軸1)

     農産物や林産物の加工やマーケティングを行なっている事業所が新しい製品や加工技術を開発をしようとする場合に、その事業所への支援を行なっている加盟国が多い。対象事業所は,中小規模の事業所,つまり,従業員750名未満の事業所または食品の加工やマーケティングでの総売上額が年2億ユーロ未満の事業所である。特に有機の供給チェーンが未発達の国々では,この支援は有機の加工を向上させ専門化させるのに重要な役割を果たすと考えられている。

     バイエルン(ドイツ)は,有機食品の生産,加工,マーケティングに関連した事業に,通常の事業では必要経費の20%の資金提供だが,有機食品だけに関連した事業には25%の資金を提供し,最少投資額は10万ユーロ(通常は20万ユーロ)としていたが,この事業は2010年に終了した。

     同様な条項がスロベニアでも作られており,有機食品の関連事業には対象コストの5%が上積み支給されている。エストニアでは,有機食品と慣行酪農に上積み支給がなされている。オーストリア,スペインのマドリッドとムルシアも,有機食品事業所には上積み支援を行なっている。オーストリアは,有機食品事業所には規模に応じて,2.5%から5.0%の上積み支援を与えている。マドリッドは,有機の食品加工に加えて,地元の有機原材料の開発など目指した事業に優先性を与え,優先事業には最高40%,通常は20%までの上積み補助金を支給している。ムルシアは,有機農業関連プロジェクトに2%のボーナス補助金を与えている。

    ●農業,食品業,林業部門における連携による新しい産物や加工技術の向上・開発支援(農村開発プログラムの軸1)

     新しい産物や加工技術の向上・開発を,いろいろな分野からの参加による革新的アプローチによって挑戦するのを支援している。ウェールズ(イギリス)は,農業者,家畜飼育者,林業者からなる生産者グループによる開発事業に, 3年間にわたって要した経費の最大100%までの支援を提供している。この事業は,ウェールズの有機の一次生産者を支援し,ウェールズの有機産品市場を持続可能な形で成長させ,一次生産者がマーケット需要に関する情報にアクセスするのを確保するのを支援するのに使われている。

    ●食品品質事業に参加する農業者の支援(農村開発プログラムの軸1)

     有機農産物や有機食品の生産は,食品品質事業の1つに位置づけられている。有機の産物は,EUの有機産物の生産と表示に関する規則(Regulation (EC) No. 834/2007 )によって,生産工程の認証が義務づけられている。大部分の加盟国は,食品品質事業に参加する農業者の支援を使って,農業者の負担した認証および検査コストをカバーしている。実施加盟国全体でみると,最大カバー率は100%,支援金の上限は経営体当たり年間3,000ユーロ,最大5年間支払っている。通常支援はこれよりも低い。

     この有機農業者に対する支援を2007 - 09年に既に実施していたのは,オーストリア,フランス,イタリアとスペインの大部分の地域,オランダ,スロベニア,イギリスの一部地域であり,2011年に導入したのは,フランダースとワロン(ベルギー)およびギリシャである。キプロス,エストニア,マルタ,ポーランド,ポルトガル(本土とマデイラ)でも実施されているかその予定である。

     オーストリアでは,有機の検査および認証のコストの60 - 80%(最大年間700ユーロの補助)が払い戻されており,他の食品品質事業計画に参加している農業者は30 - 50%の補償(最大年間1,500ユーロの補助)が払い戻されている。

     多くの加盟国では,食品品質事業に参加する農業者の支援は,有機農業や有機食品だけを対象にしてはおらず,他の食品品質事業に参加する農業者も支援している。しかし,キプロス,エストニア,マルタ,オランダ,ウェールズ(2009年以降)では,有機農業者だけがこの支援金を申請することができる。

    ●食品品質事業の産物に関する情報や普及活動支援(農村開発プログラムの軸1)

     一部の加盟国は,承認された品質事業計画の対象としている産物について,様々なコミュニケーションチャンネルによる広報,試食会,フェアや展示会への参加などによって,情報提供や普及を図る活動支援を行なっている。生産者グループは対象経費の70%までの補助を受けることができる。

     キプロス,デンマーク,ザクセン(ドイツ),カンパニア(イタリア),ポーランド,ポルトガル(本土とマデイラ),スロベニア,スペインの一部地域は有機だけでなく非有機も含めているが,マルタとエストニアでは有機だけを支援対象としている。

    ●生産者グループ立ち上げ支援(農村開発プログラムの軸1)

     東欧と中欧の加盟国は,有機産物,地域特産物,伝統的特産物などの生産者グループ組織を強化する支援を用意している。補助金は,生産者の能力向上,商標登録,生産に関する共通規則の策定,フルタイム従業員への給与,生産者グループの共同マーケティングに必要な基本的装置の購入などに支給される。最大補助率は市場出荷額の5%までである。有機と非有機の生産者グループの両者が対象になっている。

    ●非農業活動への多様化支援とツーリズム活動支援(農村開発プログラムの軸3)

     チェコ共和国とハンガリーが第3の軸の手段,非農業活動への多様化支援とツーリズム活動支援によって有機農業に対処している。

     チェコ共和国では,住民2,000人を超えない自治体の農業者がサービス活動(例えば,農家民宿でのベッドと朝食),工芸活動(地場産物の生産など),商業活動(生産した地場産物を消費者に直接販売する農場売店),ツーリズム活動などの導入や拡大のための補助金による農村経済の多様化をねらっている。この支援では有機農業に関連したプロジェクトには高いポイントを与えている。最低支援額はプロジェクト当たり約2,000ユーロで,事業所の規模や地域によって異なるが,支出額の30〜60%を支援している。

     ハンガリーは,有機農業に高いポイントを与えていないが,有機農業をターゲットグループの1つとして記載している。

    ●リーダー事業による支援(農村開発プログラムの軸4)

     リーダー事業は,狭い範囲の農村地域の住民が,農業者だけでなく非農業の多様な分野の者と連携して,新たにグリーン・ツーリズム,特産物の生産,中小企業振興,農村在住の女性や若者への就業促進事業など,ボトムアップ型で行なう事業である。リーダー事業による支援には有機農業について特別枠はないが,オーストリア,ドイツ,スペインはリーダー事業を用いて有機農業関連プロジェクトを支援している。

    ●加盟国独自の有機農業支援

     一部の加盟国や地域は,支援事業の企画や実施の柔軟性を高めて,報告義務を回避するために,EUの共通農業政策に基づいた支払による出資を受けずに,独自の予算で事業を行なっている。以下,その事業を概観していこう。

     (1) アイルランドは有機の農業者と加工者への投資支援を行なっている。経費の40%,最大補助額は,場内投資で6万ユーロ,農場外投資で50万ユーロ。

     (2) エストニア,フィンランド,フランダース(ベルギー),ドイツ,アイルランド,イタリア,ラトビア,リトアニア,オランダ,ルーマニア,スペイン,スコットランド(イギリス)は,有機のマーケティングと加工への支援を行なっている。ローカルな加工施設の建設,協同マーケティング事業の開始,地元の小売イニシアティブの助長,効果的なマーケット情報システムの設置,トレードフェアや展示会への参加支援などに金銭的支援を行なっている。これに加えて,有機農業者は,農場内売店での有機製品の展示を含めたマーケティング戦略の策定や向上についても助言を得ることができる。

     (3) ベルギーは,2010年まで有機農業者の検査・認証コストを払い戻していた。現在は有機の検査は国の組織によって無料で実施している。アイルランドは各認証組織に毎年の年末に各生産者当たり121ユーロを支払っている。認証コストへの補助金はトレント(イタリア)も農業者に支給している。

     (4) フランダース(ベルギー),フィンランド,ドイツ,アイルランド,イタリア,ルクセンブルク,ポーランド,オランダ,スペインやイギリスの一部地域は,有機農業者または指導サービス機関向けの職業訓練プログラムを支援している。公的資金の支援を受けた有機農業協会がトレーニングや指導を行なっているケースもある。

     (5) 有機農業についての基本情報は,広範囲の人達に,冊子,パンフレット,ウェブサイトなどで提供されている。このなかには,有機農業や有機市場についての統計情報も含まれている。オーストリア,エストニア,ドイツ,スペインなどは,中等学校での有機農業の教材の開発に財政支援を行なっている。さらに国立大学で有機農業についての学習コースを開設している加盟国もある。

     (6) ルクセンブルクは,学校食堂への有機食品の導入についてのパイロットプロジェクトに財政支援を行なっている。チェコ共和国も同様なプロジェクトを行なっている。さらに政府機関による有機食品調達プロジェクトが,ドイツ,イタリア,スペインの地方自治体や地域レベルで確認されている。

     (7) いくつかの加盟国は有機農業を推進するために,「有機行動日」,表彰事業などを含むプロモーションキャンペーンを組織している。プロモーションキャンペーンは通常,消費者ないし一般大衆を対象にしているが,なかには,学校(ドイツ,ポーランド,スペインなど),流通業者や仕出し業者(エストニア,スペインなど)をターゲットにしているケースもある。さらに,国や地域が,有機食品を普及させる国や国際的なフェアや展示会に参加している。

     (8) ウェールズ,ニーダーザクセン(ドイツ),オランダといった一部の国や地域では,有機農業者協会,マーケティングプロジェクト,トレーニングコースやデータコレクションのような特定サービスを行なっている有機の関係組織に制度的支援がなされている。このタイプの支援は,有機インフラの構築に貢献している。

     (9) 18の加盟国(デンマーク,ドイツ,オーストリア,ベルギー,チェコ共和国,エストニア,フィンランド,フランス,アイルランド,イタリア,ラトビア,リトアニア,ルクセンブルク,オランダ,スロベニア,スペイン,スウェーデン,イギリス)が,有機食品および有機農業に関する共同研究(CORE Organic II)に参加し,研究資源を共有している。これに加えて,いくつかの加盟国や地域が,研究補助金を提供して有機農業に関連した限定地域での課題に対処する特定プロジェクトを支援している。

    ●加盟国による有機農業支援のタイプの違い

     EU加盟国は共通農業政策に基づいた支援を活用して,程度の差はあるが,有機農業を支援するとともに,加盟国の多くは,加盟国独自予算を追加して有機農業をさらに支援している。そして,有機農業の支援に際して,共通農業政策予算や加盟国独自予算の支援であれ,有機農業をターゲットの1つに位置づけて,他の農法よりも優先的に採択するように優遇している国がある,つまり,有機農業の推進を重要視している国がある一方で,特に有機農業を優遇せず,様々な農業方法の1つに位置づけているだけの国もある。

     報告書は,有機農業の支援について加盟国をタイプ分けして,下記のような典型的な事例を示している(表3)。

     (A) ハンガリーやギリシャは,有機農業者に面積当たりの転換および維持支払を行なって有機農業を推進しているが,あまり積極的とはいえない。有機農業や有機食品製造などの有機部門は,有機食品の提供機能と,環境保全などの公益的機能を果たしている。これらの国は,有機農業を,化学資材を多用した集約農業による公益機能の劣化を是正するものに位置づけ,有機食品の提供機能を積極的には支援していないと分類されている。

     (B) ドイツ,アイルランド,ルクセンブルクは,共通農業政策で公益的機能を支援すると同時に,加盟国独自予算によって公益機能とともに有機食品の提供機能も支援している。そして,加盟国独自予算が有機農業の推進に大きな役割を果たしている。

     (C) オーストリア,キプロス,チェコ共和国,エストニア,ラトビア,スロベニアは,共通農業政策と加盟国独自予算の双方によって,公益的機能と有機食品の提供機能の双方を支援している。そして,有機食品の提供機能を支援する際には,供給重視型の支援(職業トレーニング・情報普及および指導サービスの利用に対する支援,若手農業者の就農支援,農業経営体の近代化支援,有機転換・維持支払,動物福祉支援,非農業活動への多様化支援,ツーリズム活動支援など)と,需要志向型支援(農産物および林産物の高付加価値化支援,農業,食品業,林業部門での連携による新しい産物や加工技術の向上・開発支援,食品品質事業の産物に関する情報や普及活動支援,生産者グループ立ち上げ支援など)の双方を実施している。そして,支援を公募する際には,有機農業を行政的ターゲットの1つとして明確に定めて優遇措置を講じている。

     (D) 該当加盟国はないが,有機農業が共通農業政策や加盟国独自の予算による支援に際して,行政的ターゲットに明確に位置づけられているだけでなく,他の方法よりも有機農業が推奨されて,国として有機農業を最重視している。公益的機能のみならず,有機食品の提供機能の双方を幅広く支援している。

    ●終わりに

     EUは,生産過剰の抑制と環境保全,資源の持続可能な使用,動物福祉,食品安全性,栄養,人体の健康,農業経営体の財政的活力向上などを重視した農業を推進する方向に政策をシフトした。その方向を達成する上で,有機農業を重要な方策に位置づけて,加盟国によって,程度は異なるが,共通農業政策で支援を行なっている。

     EUは,有機農業を支援した際に,有機質資材の多投による環境汚染など,化学資材を多投した集約農業と同じことを起こさないように,法的制限を設けている。

     まず,有機農業実施規則(Commission Regulation (EC) No 889/2008 of 5 September 2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labelling and control )によって,家畜の飼養密度の上限を家畜ふん尿で年間170 kg N/haに制限し,養分源として施用する家畜ふん尿由来の堆肥,乾燥ふんなどの最大施用量も同じ量に制限している。因みに日本の標準的な豚ぷん堆肥だと現物当たり約2%の全窒素を含有しているので,170 kg/haの窒素施用量は85 t/haの豚ぷん堆肥の施用に相当する。この豚ぷん堆肥から無機化されてくる窒素量は肥効率を用いて概算すると,豚ぷん堆肥を連用してない圃場で51 kg/ha,堆肥を10年程度まで連用している圃場で102 kg/haとなる。この程度の無機態施用量であれば,穀物でも過剰にはなりにくく,野菜では通常の栽培ではむしろ少なすぎる。耐肥性の高い野菜を生産する際に,この上限値をはるかに超える家畜ふん堆肥を施用している日本のような,家畜ふん堆肥の過剰施用を許していない。また,同実施規則で動物福祉を確保した家畜飼養が課せられている。

     さらに,共通農業政策による支援を受けるには,野鳥の保全,地下水の有害物質による汚染防止,汚泥の農業利用による土壌環境の保全,農業由来の硝酸による水質汚染の防止,自然生息地および野生動植物相の保全に関する各法律を遵守することが義務になっている。

     また,生産から撤退した農地は,農業的にも環境的にも良好な状態に保つことが支援金を受ける条件になっている(環境保全型農業レポート「No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件」 )。

     このように有機農業への支援は環境保全と結びつけて行なうことが大切であり,環境保全をいい加減にするなら,有機農業といっても,付加価値の高い農産物生産だけのための農業に位置づけられることになる。

    (c) Rural Culture Association All Rights Reserved.