環境保全型農業レポート > No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない

    〜イギリスが体系的文献レビューで結論〜

    ●有機食品のほうが本当に栄養的に優れているの?

     イギリスは,食品の安全性を確保し,食事による健康増進をはかるために,環境・食料・農村問題省(DEFRA:農林水産業と農山漁村の問題を担当)とは別に,省庁から独立した組織として,食品基準庁(FSA)を設けている。

     一般に,有機食品のほうが慣行の農畜産物よりも栄養的に優れていて,健康に良いといわれているが,科学的な検証が十分でない。そこで,食品基準庁は,このことが科学的に裏付けられるのかの検証を,ロンドン大学衛生熱帯医学大学院の栄養公衆衛生研究チームに委託した。

     同研究チームは,1958年1月1日から2008年2月29日までの50年間に世界で刊行され,専門家の審査を受け,英語の要約のある関係文献をデータベースなどで検索した。そして,該当した文献をレビューして報告書をとりまとめ,2009年7月に食品基準庁に提出した。

     報告書は2部からなる。一つは栄養物レベルに関する報告書(1),もう一つは健康への影響に関する報告書(2)である。

     (1) Alan Dangour, Sakhi Dodhia, Arabella Hayter, Andrea Aikenhead, Elizabeth Allen, Karen Lock and Ricardo Uauy (2009) Comparison of composition (nutrients and other substances) of organically and conventionally produced foodstuffs: a systematic review of the available literature. Report for the Food Standards Agency. 209 p.

     (2) Alan Dangour, Andrea Aikenhead, Arabella Hayter, Elizabeth Allen, Karen Lock and Ricardo Uauy (2009) Comparison of putative health effects of organically and conventionally produced foodstuffs: a systematic review. Report for the Food Standards Agency. 51 p.

     食品基準庁は,これらの報告書の提出を受けて, 2009年7月にプレスリリースで,有機食品と慣行食品の間には栄養や健康効果に大きな差がなく,消費者は食品について正確な情報をえたうえで選択することが必要なことを強調した(FSAプレスリリース.2009年7月29日)。なお,上記報告書の概要は,学術誌”American Journal of Clinical Nutrition”にも掲載された(Alan D. Dangour, Sakhi K. Dodhia, Arabella Hayter, Elizabeth Allen, Karen Lock and Ricardo Uauy (2009) Nutritional quality of organic foods: a systematic review. American Journal of Clinical Nutrition. 90(3): 680-685)。また,食品基準庁は,2009年8月7日にTim Smith長官が,同報告書が刊行されていることを関係機関に改めて注意喚起した。

     なお,日本では毎日新聞が2009年7月31日に同報告書の結論を短く紹介した。

    ●体系的文献レビュー(評価)の仕方

     (1)予見の排除

     有機と慣行で生産された農畜産物の栄養物組成を調べて,その健康効果を確認する研究には多大な労力,時間と経費が必要である。このため,個々の研究で扱える農畜産物や栄養物の種類とサンプル数は限定される。そこで,個々の研究論文を集めて,多様な農畜産物や栄養物での結果をまとめて解析する文献レビューが必要になる。しかし,文献レビューを行なう人が,例えば,有機食品が栄養的に優れていると主張したいとする立場と,有機食品と慣行食品とでは栄養的に差がないと主張したいとする立場のどちらかに立っていたとすると,収集する文献やその集約の仕方に偏りがでる可能性がある。

     このため,ロンドン大学の研究チームは,事前にどちらかの立場に立つことを徹底的に排除し,かつ,ロンドン大学以外の2名の専門家に外部評価員を依頼し,文献レビューの仕方や報告書案をチェックしてもらって,自分らの作業が独断に陥ることを極力避ける努力をした。

     (2)文献検索

     まず,3つの文献データベースで,有機と慣行の農畜産物の栄養物とその他の関連物質の組成,あるいは,その健康効果を扱っていると考えられ,1958年1月1日から2008年2月29日までの50年間に刊行され,英語の要約のある文献を検索した。

     この一次検索で,栄養物などの組成に関する文献として52,471,健康効果に関する文献として91,989が検索された。そして,要約を調べ,残留農薬や汚染物質(カドミウム,鉛,水銀など)を扱ったもの,専門家の審査を受けていない雑誌,会議資料,報告書や学位論文は除外するなどの選抜作業を行なった。この選抜作業には2名の外部評価委員にも作業をしてもらった。そして,残った文献に記された引用文献リスト,著者との直接コンタクト,その他の情報源から若干の文献の追加も行なった。全文を入手できて,最終的に対象とした文献は,栄養物などの組成に関する文献が162(作物農産物で137,畜産物で25),健康効果に関する文献が11となった。

     (3)分析値の表示

     栄養物などの組成に関する162の文献は,100種類の食品素材の455の栄養物などを分析していた。そして,分析したサンプルは,農産物では,圃場試験(隣接した圃場または区画において有機と慣行で栽培・飼育したサンプルを比較したもの),農家調査(選定した要因が比較可能な有機と慣行の農家のサンプルを比較したもの),購入調査(小売店から購入した有機と慣行のサンプルを比較したもの)に区分された。

     少し細かな記述になるが,162の文献があっても,分析した栄養物とその表示方法が全く同じになるケースは意外に少ない。例えば,農産物の全窒素濃度を測定し,それをそのまま全窒素濃度として記載しているケースだけでなく,全窒素濃度に一定の係数を乗じて粗タンパク質濃度として表示しているケース,事前に分画処理を行なってから窒素濃度を測定して,タンパク質濃度,タンパク態窒素,純タンパク質濃度といった表示を行なっているケースもある。こうした個々のケースを別個のものとして扱ったのではまとめることが難しくなる。そこで,この食品基準庁の報告書の場合には,窒素含有量の測定手法を使って計測した一連の栄養物を「窒素グループ」としてくくった。この他にも「ビタミンCグループ」,「糖」,「硝酸」などの栄養物カテゴリーを設けた。そして,栄養物カテゴリーには,農畜産物の種類の違いは無視して様々な種類の農畜産物の分析値を集め,有機と慣行の比較データが一定数以上そろったケースを分析の対象にした。こうした栄養物カテゴリーの総数は,農産物で23,畜産物で10となった(表1と表2を参照)。

     そして,表示単位もまちまちのため,まずは分析結果を次式で,有機食品中の栄養物などが慣行食品に比べて何%多かったか少なかったかで計算したのちに,後述するように有意差検定を行なった(表1と2には有意差検定の結果を表示)。

    (有機食品中の栄養物含量−慣行食品中の栄養物含量)×100/慣行食品中の栄養物含量

     (4)統計解析

     栄養物カテゴリーごとに区分した農畜産物の分析値データのうち,農産物の場合は,有機と慣行を比較したデータが10セット以上,畜産物の場合は,5セット以上ある場合について,栄養物カテゴリーごとに標準偏差を計算し,1標準偏差(1σ)を超える値を,極端な値として除外した。そして,統計解析を行ない,5%水準で有意差を判定した。このとき,対象とした全文献から得られた栄養物カテゴリーごとのデータで一次統計解析を行なった。そして,文献の中には,「満足できる質」を満たしていないものもあるので,それらを除いて,「満足できる質」の文献から得られたデータだけで二次統計解析を行なった。

     「満足できる質」の文献とは,(a)農産物または畜産物の有機生産方法(認証組織の名称を含む),(b)作物や家畜の品種や系統,(c)分析した栄養物などの名称,(d)分析方法,(e)データ分析に使用した統計手法,について,その全てを明記している文献で,どれかが欠けたものを「満足できない質」の文献とした。

     なお,健康効果に関する結果は,文献とデータが少なかったので,統計解析をしていない。

    ●「満足できる質」でない研究

     162の農畜産物の栄養物組成などに関する文献について,上述した「満足できる質」の文献の5つの判断基準をチェックした。その結果,(b)〜(e)の項目を明確に記述していた文献はそれぞれの項目で80〜100%に達していたが,(a)の農畜産物の有機生産方法(認証組織の名称を含む)を明確に記述した文献は46%にすぎなかった。そして,5つ基準を全て満たした「満足できる質」の文献は55編,34%にすぎなかった。

     したがって,「満足できる質」でない文献の多くは,分析したサンプルが本当に有機のものか否かの疑問を完全には払拭できていないといえる。逆に,認証組織のチェックを受けていることが明記されていれば,こうした疑問を完全に払拭できる。しかし,認証組織名を記載しなかっただけのケースや,有機農業の生産基準に準拠した圃場試験をきちんと行なっているにもかかわらず,研究目的だけ(販売しない)のためなので,認証組織の認定を受けていないケースもあろう。

     該当する全文献のデータで行なった一次統計解析と,「満足できる質」の文献のデータだけで行なった二次統計解析とを比べると,一見,二次統計解析のほうが信頼でき,一次統計解析は信頼できないとの印象を受ける。しかし,上記の例のように,「満足できる質」でない文献のデータが信頼できないと言い切ることはできないので,原報告書も,一次と二次の統計解析の信頼性に明確な差別をつけてはいない。

    ●有機と慣行の作物における栄養物と関連物質の含有量の差

     (1)農産物(作物)

     該当した全文献での統計解析で,23の栄養物カテゴリーのうちの16で,有機と慣行の作物で有意な差が認められなかった。「満足すべき質」の文献だけでの解析では20の栄養物カテゴリーで有意な差が認められなかったことは,有機と慣行の作物は栄養物含量の点でほぼ同等であることを示唆している。

     該当する全文献での統計解析で,慣行作物で有機作物よりも有意に高かったのが窒素,また,有機作物のほうが有意に高かったのは糖,マグネシウム,亜鉛,乾物,フェノール性化合物,フラボノイドであった。また,満足すべき質の文献だけの解析で両者に有意差が見られたのは,2つのカテゴリーだけであった。慣行作物で有意に高かったのが窒素含有量,有機作物で有意に高かったのがリンと滴定酸度(注)である(表1)。

     (注)滴定酸度:食品に含まれるクエン酸,リンゴ酸などの酸の量を簡便に表すために,酸を滴下して中和するのに要したアルカリの量で表示する方法で,値が大きいほど酸が多い。

     一次と二次の統計解析の少なくとも一方で有意差が認められたケースの原因について,原報告は次のように推定している。

     (a) 窒素とリン,マグネシウム,亜鉛は,有機と無機の生産システムで使用した肥料や土壌中の作物の吸収可能な当該元素量に違いがあったためであろう。

     (b) 乾物は,リン,マグネシウム,亜鉛が有機で多かったように,有機で全ミネラル量が多かったために,有機で多くなるケースが生じたのであろう。

     (西尾注:灰分は有機と無機で有意差を示さなかったので,それほど確かな推定とは思えない)

     (c) フェノール化合物やフラボノイド含量は,有機や慣行であれ,季節変動,光と気象,成熟度などの影響を受けるが,これらが有機作物で多かったケースが認められたのは,有機では殺虫剤や殺菌剤を使用しないために,昆虫や微生物の食害や侵入といったストレスをより強く受けて,フェノール化合物やフラボノイド含量が増加したためであろう。

     (d) 糖と滴定酸度が有機で高かったが,恐らく肥料の使用,成熟度,生育条件の違いに関係していよう。

     (2)畜産物

     該当した全文献での解析(一次統計解析)で,10の栄養物カテゴリーのうちの7で有機と慣行の畜産物で有意な差が認められず,「満足すべき質」の文献だけでの解析(二次統計解析)では9の栄養物カテゴリーで有意な差が認められなかったことは,有機と慣行の畜産物は栄養物含量の点でほぼ同等であることを示唆している。

     一次と二次,2回の統計解析の少なくとも一方で有意差が認められたケースの原因について,原報告は次のように推定している。

     (a) 窒素は二次統計解析で有機畜産物において有意に高かったが,使用した飼料の窒素含有量の違いと土壌中の窒素含量の違いに起因すると推定される。

     (b) トランス脂肪酸(注)は一次統計解析で有機畜産物において有意に高かったが,有機の家畜はクローバなどのα−リノレン酸に富んだ飼料を摂食しやすいためであろう。

     (c) 多価不飽和脂肪酸(不特定)と脂肪酸(不特定)が一次統計解析で有機畜産物において有意に高かったが,両者とも多様なものを一括した栄養物グループであり,栄養物グループとして同じ代謝動向を有するとは思えず,有意差が生じたことを説明できない。

     (注)トランス脂肪酸は,トランス型と呼ばれる二重結合を持った不飽和脂肪酸のことで,天然植物油にはほとんど含まれず、水素を添加して硬化したマーガリンなどを製造する過程で発生する。多量に摂取すると悪玉コレステロールを増加させ心臓疾患のリスクを高めるといわれ,最近,トランス脂肪酸を含む製品の使用を規制する国が増えている。

     (3)含有量の差による健康影響の可能性

     栄養物含有量に差が認められた有機と慣行の農畜産物を食事で摂食したときに,人体の健康に差が生ずるかを既往の知見から次のように考察している。

     (a) 窒素は,全ての農畜産物に存在し,健康に影響するほどの差は考えにくい。

     (b) マグネシウム,リン,亜鉛は全ての動植物の細胞に存在し,通常の多様な食事を摂っている人に欠乏が生ずるとは考えにくい。マグネシウムの過剰摂取は有害ではあるが,慣行に比べて高いレベルの有機の食材を食べていても,腎臓が正常な人では害作用が生じないと考えられる。

     (c) 乾物の必要量は定められていないが,乾物含有量の高いものではミネラル含有量が高くなっており,それが健康に良いであろう。

     (d) フェノール化合物やフラボノイドの多くは,抗酸化活性との関係で健康に良いとされている。最近,ケルセチン(フラボノール)が肺ガン抑制に効果があると示唆している研究広告や,集団調査でフラボノイドの摂取量が多いと冠状動脈性心臓病による死亡率が低いことを示す研究報告がある。

     (e) 滴定酸度と糖は,食品素材の味覚的性質に違いを生ずるが,健康とは関係ない。

     (f) 反芻家畜のトランス脂肪も,工業的に生産したトランス脂肪と同様に,健康に悪い影響を有していることが報告されている。しかし,反芻家畜由来の牛乳などの畜産物中のトランス脂肪のレベルは比較的低く,これらを消費しても健康に有意な影響が生ずるとは考えにくい。

     (g) 多価不飽和脂肪酸(不特定)と脂肪酸(不特定)は,その栄養物カテゴリーを設けたこと自体に科学的妥当性が乏しいため,健康影響を明言できない。

    ●有機食事の摂食の健康効果

     有機の食材あるいは多様な食材から調製した食事が健康に及ぼす効果を人体で検証した6つの研究と,有機の食材に多く含まれている成分の効果を人体細胞や血清を使って検証した5つの研究,計11の文献が解析の対象となった。

     このうちの9つは,有機と慣行(総合的農業管理によるものも含む)で生産された特定の食品素材の効果を調べたもので,6つは果実,2つはワイン,1つは畜産物の効果を調べ,残りの2つが多様な食材で調製した食事の効果を調べたものであった。

     抗酸化物質に富むことが知られている食品素材(トマト,リンゴ,オレンジ,ワインなど)を調べた8つの文献のうち,6つは有機と慣行の食品素材を投与しても抗酸化活性に統計的に有意の差を認めなかった。しかし,2つの文献は,有機の赤オレンジ抽出物は抗酸化活性が高いことと,有機のイチゴ抽出物がガン細胞に対して高い抗増殖活性を有することを認めた。他方,有機の食事で血漿の抗酸化活性が減少したことを報告している文献もあった。

     1年間にわたって有機と慣行の食事を与えた2歳未満の乳幼児に,アトピー発現に違いがあるか否かを調べた研究では,食事とアトピー発現の間に有意な関係が認められなかった。

     こうした断片的な11の文献から,現時点で,慣行食品に比べて有機食品を摂取したほうが健康に良いとの証拠は得られなかった。しかし,この種の検証は必要であり,今後,農業研究と健康研究の学際的なアプローチが必要であるとしている。

    ●おわりに

     この2つの研究レビューは,有機と慣行で生産された農畜産物の間で,大部分の栄養物について含有量に差があるとの証拠が見いだせず,両者はおおむね栄養物含有量の点で同等であって,健康に対する効果にも違いがないと結論した。

     しかし,研究レビューは,特定の作物や家畜の品種ごとのデータが少なくて,統計解析できないため,統計解析が可能になるようにデータ数を増やすために,作物や家畜の種類や品種などを無視して,全ての農産物と畜産物をそれぞれ一つのグループとして扱い,関連した複数の成分を一つの栄養物カテゴリーでくくって解析した。このため,研究レビューの著者らは,特定の食品素材内での有機と慣行の栄養物の違いがあっても,それを検出できないようにしてしまっている可能性があることを認識している。

     これまでのいろいろな研究によって,厳密に比較可能な条件で栽培した有機と慣行の作物の成分品質には,差が認められているケースが多々ある。作物の種類や品種が同じであっても,土壌の水分や養分などの条件によって作物の成分品質は異なってくる。有機栽培と慣行栽培でこうした条件に明確な違いが存在すれば,当然成分品質に違いがでることが期待される。例えば,窒素などの養分を少な目に施用して,かつ節水栽培すれば,窒素過剰施用で潤沢に水分を供給した場合よりも,糖度やビタミンCの濃度の高い作物を生産することができる。こうした条件を慣行栽培で確保することも可能であるが,同様に,有機栽培で条件を確保できれば,糖度やビタミンC濃度の高い有機農産物を生産できる。しかし,実際には多数の農家が異なる品種を用いて様々な条件で栽培した作物の成分品質は,たとえ有機栽培の同じ種類の作物であっても,かなりの幅をもち,サンプル数が多くなれば,この研究レビューの結論のように有意差を持たなくなるであろう。

     それゆえ,生産条件が多様な有機農産物を一括して,慣行農産物よりも成分品質の点で優れているという論議は意味ないだろう。それよりも,成分品質の点で優れた有機農産物を生産する条件を明らかにして,その条件を守って生産した有機農産物を供給することが大切であろう。この研究レビューは,有機なら慣行よりも優れているといった大ざっぱな認識を脱却して,より優れた有機農産物を供給するための次の段階に移行することの大切さを示していよう。

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