環境保全型農業レポート > No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い

    ●はじめに

     日本や世界で,生物多様性を重視した農業の重要性が強調されている。しかし,生物多様性は森林,海洋,湖沼,河川,山岳,都市など,あらゆる場で問題になるのであって,農業の場での生物多様性とはどういうもので,国によって理解の仕方は同じなのか違うのか。こうした基本的問題を下記文献が解説している。その概要を紹介する。ただ,元の文献は紙面の制約のためか,説明不足の点が感じられる。そこで本稿では,補足を行ないながら紹介する。補足部分は【補足】と記した箇所である。

     デイビッド・スプレイグ (2007) 西ヨーロッパと日本における農業生物多様性に関する概念と価値観.植物防疫.61(11): 611-615

     著者はアメリカのイェール大学でPh.D.を取得し,京都大学や筑波大学でニホンザルの生態を研究した後,農業環境技術研究所に移籍。同所の研究職員紹介によると,現在は,農村景観を形成する土地利用の空間構造およびその歴史的変動を GIS(地理情報システム)で解析し,農業環境が提供する生態系サービス,特に生物多様性と自然資源を提供する能力に影響する空間要因を明らかにする研究にたずさわっている。また,野生生物(特にニホンザル)による農作物被害がなぜ近年増加しているかを調べる手法の開発も行なっている。

    ●3つの農業生物多様性

     生物多様性は,全ての生息地に生息しているあらゆる生物の多様性を対象にしている。このうち,農業にかかわる生物多様性が「農業生物多様性」(agro-biodiversity;ヨーロッバではagri-biodiversityとも書く)と呼ばれ,国際機関や多くの国の農業政策のなかで重要な位置を占めるようになっている。

     農業生物多様性とは,農地や農村などからなる農業環境に生息地を見いだしている生き物の多様性を指すが,以下の3種類に分けられる。

     (1) 作物や家畜の品種およびその遺伝的な多様性。

     【補足】農業の商業化が進むと,収益性の高い特定の品種や系統への集中化が生じやすい。例えば,日本で最も作付面積比率の高かった水稲品種は,1955年には農林18号で4.4%にすぎなかった。しかし,1970年の減反政策開始以降,コシヒカリが徐々に増え,現在ではコシヒカリが35〜39%の間で断然の1位となっている。乳牛では圧倒的大部分がホルスタインとなっている。しかし,温暖化など生産環境条件の変化,価格や量についての需要変化が生ずると,新しい品種が必要になる。そのためには,在来品種など遺伝子レベルの多様性が次の新しい品種の開発に必要であり,このために,生産性が低くとも在来品種の継続生産や,ジーンバンクでの保全も大切である。この継続使用しているあるいはジーンバンク保存中の品種の多様性は,OECDでも指標化されている。

     (2)農業生産を支える野生種。

     土壌生物や花粉媒介昆虫など,農業生産の基盤となる生態系を織りなしている生物を指す。

     【補足】EUの土壌生物多様性に関する報告書は,土壌生物が農業生産を支える重要な役割を果たしており,土壌生物をその機能面から,化学エンジニア,生物レギュレータと生態系エンジニアの3つに分類して解説している(環境保全型農業レポート.No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行)。

     (3) 農業生産によって創造された生息地に依存して生活する野生種。  農業生産にとっての害益は問わず,全ての野生種をさすが,ここにいわゆる「ただの虫」や生活に身近な生き物が多く含まれる。

     【補足】自然林などの自然生態系と比べて,農地や農村は広々としたオープン空間を持ち,1年たつと収穫がなされて,植物遷移が断ち切られ,同じ状態が再現されている。しかも,伝統的な農業ではそうした状態が数100年にわたって再現された。このため,自然生態系と異なる環境が創出されて,そこに適応した多様な野生生物が定着した。

     例えば,放牧地から家畜が逃げ出すのを防止するための生垣(立木の幹の下部に切断しないようになた目を入れ,木を生かしたまま折り曲げて枝を密に絡み合わせ,家畜の出入りを防止する生垣)や,石垣(自然石を積み上げた石垣で,石と石の隙間はセメントなどでふさいでいない)を住み家にして,オープンフィールドで餌をとる農地鳥類(farmland birds)が農業の展開とともに共進化した。

     そして,農業の営みと全く接することのない生き物,そして農業生産と相いれない生き物は農業生物多様性から外れる。農業生物多様性とは,農業と何らかの形で共生してきた生き物を対象と考えるとしている。

    ●西ヨーロッパにおける農業生物多様性の概念

     3つの農業生物多様性のうち,西ヨーロッパ諸国の生態学者は農業と共生する生き物に着目した概念,つまり,上記の(3)を最も重視している。こうなったのにはいくつかの理由がある。

     (1) ヨーロッパの自然環境は,非常に長期にわたる強い人為的影響のもとに創造されてきた。その人為的影響とは,何千年にもわたるヨーロッパの牧畜と農業と林業にほかならず,半農・半牧畜からなる伝統的な牧草地と混用林が生物多様性を育んできた。もはや西ヨーロッパには,厳密な意味での「原生自然」は全くといって良いほど残されていない。

     (2) 西ヨーロッパの農業地域は広く,EU諸国の面積の約半分を占めている。

     【補足】因みに,2008年におけるEU27か国の国土に占める平均農地面積率は44.2%である(最低はスウェーデンの7.5%,最高はイギリスの73.1%:図1)。 これらの地域をすべて「非自然」と定義してしまうと,潜在的な生物生息地の多くを除外してしまうことになり,環境保全の対象は極めて限られてしまう。ヨーロッパの少なからぬ生態学者は,農業環境を保全・管理することにより彼らの国々の生物多様性が守られる,と確信して研究をすすめている。

     (3) 伝統的粗放農業が育んできた西ヨーロッパの生物多様性が近代集約農業によって脅かされており,生物種の個体数や生息地の減少は近年における農法の変化によるものである,と仮定する研究がヨーロッバ各地で展開されている。また,過疎化や農業の衰退による管理放棄が農村景観を脅かしている,という問題意識が同時に存在する。そして,草地性の生き物を重視する西ヨーロッパの生態学者にとって,植生の自然遷移によって草地が自然と森林へと遷移する場合が多いが,これを由々しき事態と考える。

     EUのこうした視点に立って,生物多様性を重視する価値観で使われる言葉を表1に示す。表の左側には良い状態,右側には悪い状態を表す言葉がまとめられている。それぞれの言葉は単語として使用される場合もあるが,単語を組み合わせた表現として使われる場合も多い。

    ●新大陸の国々の生物多様性の概念

     オーストラリアやアメリカのような新大陸の国々は,移民到着以前の環境を自然(natural)と考え,移民によって開拓された地域は人工的(artificial)と見なすことか多い。現在の農業地域は開拓されたもの以外の何物でもなく,非自然であり,農業を止めることにより自然が回復する,と通常考えられている。

     この価値観は,アメリカの実施している農業環境施策にも反映されている。アメリカ農務省はConservation Reserve Program(保全留保プログラム)という政策のもと,農家が耕作を停止し,農地を樹林地や自然湿地に戻すと,その土地に対して補助金を給付する。あくまで「自然」に返すことを支援する政策を実施している。

     【補足】先進国で構成するOECD(経済協力開発機構)は,貿易自由化をゆがめる政策を抑制して自由化を促進する観点から,加盟国の農業環境政策が環境保全に役立たないものなのに農業者への補助金を支給していないかなどを判定するために,農業環境指標を策定している(環境保全型農業レポート.No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス)。

     OECDの農業生物多様性指標では,価値の高い農業環境の状態として,半自然的な農業環境を中心に据えている。そして,農法の変化によって,環境は,集約的農業環境か耕作放棄自然環境のどちらかの方向に移行する状況を想定し,いずれの方向へ移行しても農業生物多様性は損なわれると仮定している。しかし,新大陸の国々の人達には,半自然という概念はわかりにくいようであったとのことである。

     【補足】カナダとアメリカの研究者(Baylisaら,2008)は,EUとアメリカの農業環境政策の違いを比較検討し,概略次のまとめを行なっている(環境保全型農業レポート.No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い)。すなわち,EUの農業環境政策は,集約度の低い伝統的な農業こそがヨーロッパの農村の景観や生物多様性を育んできたのであり,農地が耕作放棄されてヤブを経て森林に戻るよりも,伝統的な農業によって使用されたときに,景観や生物多様性などの環境価値が最高に発揮されるという認識に立脚している。このため,耕作放棄地の拡大を抑制し,農地を伝統的あるいは集約度の低い農業によって維持するために,EUの農業環境支払のかなりの部分が使用されている。そして,マイナスの環境汚染や環境破壊は,伝統的農業から集約度の高い農業にシフトして,化学肥料,農薬,購入飼料などの投入物が過剰使用されために生じたことを重視している。

     他方,アメリカの農業環境政策は,農地を生産から撤退させて自然に戻したときに,土地の環境価値がより高まるという考えに立脚している。それゆえ,農地を生産から撤退させて,野草地に戻したり植林したりするのに多額の予算を支出している。そして,農業による土壌侵食や生物多様性の喪失などの環境負荷や破壊は,環境的に脆弱な,高度に侵食されやすい傾斜地や,湿地を排水した干拓地といった限界農地の利用強度を高めたために,生じたことを重視している。

    ●水田は半自然農業環境か?

     俗に日本は弥生以来,2000年の栽培農業の伝統があるといわれている。このため,長い農業の歴史のなかで,薪や堆肥材料の落ち葉を収集した雑木林(里山)や,毎年火入れをして管理してきたススキ草地など,半自然農業環境が存在しており,EUの主張に組みやすいようにも思える。しかし,管理された雑木林やススキ草地は激減してしまっている。その上,日本,東アジアや東南アジアで主体になっている水田は「半自然」といえるであろうか。著者のスプレイグ氏はこの点を問題提起している。

     日本の河川は,急峻で多量の土砂を運んで平野部を形成した。しかし,平野部の多くは縄文海進で海の底になり,平野部の少ない山国となっている。日本人の先祖は,わずかに残された平野部や谷間の湿地を営々と水田にしてきた。こうして作られた伝統的な水田は湖や河川と水路でつながり,その間で魚類が往復しつつ繁殖するなど,水田が代替湿地として機能している。しかし,現代の機械化稲作に合わせて改良した水田はかなりの人工建造物であり,耕地そのものであるうえに,水田農業はかなり集約的なイメージと実体をもつ。このため,西ヨーロッパの人達に水田を「半白然」と主張する際には,よりきめ細かな概念の整理が必要であろうとスプレイグ氏はしている。そして,彼は,伝統的な水田は西ヨーロッパの半自然環境とは異なるが,半自然環境に位置づけられ,水田農業がおりなす景観も半白然生物生息地と見なせることをOECDの農業生物多様性会合で提案した。その際,水田と水路の圃場整備の状況に応じて採点し,昔ながらの圃場整備をせずに,用排水路を分離していない水田を100点満点の半自然度として,水田を生物生息地としての価値に照らして採点することも提案している (D. S. Sprague, S. Yamamoto, T. Amano and K. Matsumori (2010) Agri-environmental indicators for biodiversity in the rice paddy landscape. OECD Workshop on Agri-Environmental Indicators, Leysin, Switzerland, 23-26 March, 2010. 12p. )

    ●加盟国の政策によって農業生物多様性指評価は異なるはずだ

     スプレイグ氏が述べた上記のOECDの農業生物多様性指標を設定する作業で,リーダーシップをとっているのはEUである。このEUの考えに強引さを感じる側面もある。この点について私見を述べる。

     EUは,かつてヨーロッパ大陸の大方は森林で覆われて,森林性の動植物が優占しており,生物多様性はあまり高くなかった。農業が始まり,森林が伐採されてオープンフィールドが作られ,何百年にわたって毎年くり返された農業によって,安定的に作り出された環境に適応した動植物が共進化し,ヨーロッパの生物多様性が豊かになった。しかし,第二次大戦後の農業の集約化によって,農業生物多様性が損なわれてきた。このため,集約農業を止めて,伝統的な粗放農業を復活させて,農業生物多様性を豊かにすることが大切であり,そのために農業者を支援する政策を実施するとしている(ルイス・ノウィッキ (1998) 農業の環境便益:ヨーロッパのOECD諸国.OECD (1998) 農業の環境便益.p.81-108.家の光協会)。

     こうした考えは,農業を継続させる観点から見た「開き直り」ともいえる。森林を減らして森林性動植物を減らしたことに対する反省もないし,農地性動植物に比べて原生の森林性動植物は下位にあるかのような論法である。農産物貿易の厳しい国際競争の中で,EUの農業と農業者を守るために展開した論理にすぎない。

     アメリカやオーストラリアのように,農地開拓以前の環境がベストであるといった考えがあっても当然良いはずである。日本の伝統的な水田も代替湿地の半自然環境の一つであり,多様な水生生物を育み,その生物が日本人に親しまれ,日本の文化や風情の一部をなしているなら,それで高く評価されるべきであろう。

     要は,農業生物多様性を農業の視点から評価するだけでは,国民の支持は得られないだろうということである。農業生産によって創造された生息地に依存して生活する野生種に問題を絞るとしても,どのような農地固有種が農地の何処の部分に生息しているのか,それらは絶滅危惧種なのか否か。そうした調査結果を国民に示した上で,農地に生息している生物に国民がどの程度親しみを感じているのか,国民が自然環境の生物多様性に対して農業環境の生物多様性をどの程度重視しているのかの世論調査も必要であろう。

     OECDの農業環境指標のなかで取り上げられている余剰窒素量や余剰リン量は,国の農地全体で作物が吸収する窒素量やリン量に対して様々な形で投入した窒素量やリン量がどれだけ余剰であることを示す指標である。この2つの指標では,対象物質が限定され,計算方法も統一でき,その意義も明確であり,加盟国間で合意できる指標である。これに対して,農業生物多様性では加盟国の自然条件や農業状況の影響を受けて,対象となる生物の種類が異なるし,そのなかでどの種類を高く評価するかを,他の国が直ぐには同意できない場合も多いであろう。農業生物多様性評価は加盟国で大きく異なるはずである。こうしたことを考えると,農業生物多様性の指標を無理に一本化しなくても良いはずであろう。要は,農業生物多様性あるいは自然を含めた国全体の生物多様性が高まることが大切なはずである。

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