環境保全型農業レポート > No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法

    ●家畜ふん堆肥をめぐる情勢変化

     戦後,化学肥料の普及によって養分投入量が増えて,作物の単収が飛躍的に向上した。その反面,堆肥の施用量は,施設園芸や特別な作目を除くと激減した。これは,堆肥はその製造や散布に労力を要して,化学肥料に比べて価格が高く,肥効調節が難しいことがあげられる。そして,多くの場合,堆肥に対して養分供給効果を期待しなくなり,主に土壌団粒形成などの土壌物理性の維持・改善効果を期待するようになった。他方,畜産サイドでは,家畜ふん尿を飼料生産に再利用していないケースが増え,家畜ふん尿の過剰問題が深刻化していった。

     最近になって,消費ニーズの高まりに押されて,化学肥料や合成農薬を節減ないし使用しない「特別栽培」や「有機栽培」が増えてきた。これらの栽培では,化学肥料養分の削減分を家畜ふん堆肥を増やして施用しているケースが少なくない。かつての化学肥料を十分に使えなかった時代では,人力で製造・散布できる堆肥の量は少なかったが,当時とは事情が大きく変化している。今日では,輸入飼料で飼養された家畜のふん尿が畜産サイドに過剰に蓄積しているので,労力とコストに支障がなければ,多量に家畜ふん堆肥を施用でき,堆肥の過剰施用が耕種農業でも起きる時代になったのである。このため,家畜ふん堆肥からの養分供給を予測する技術が現場で必要になってきた。

    ●これまでの家畜ふん堆肥の窒素肥効評価方法の概要

     堆肥中のカリは無機イオンで放出され,リン酸については今後詳細な検討が必要ではあるが,易溶解性のものが多いと考えられる。しかし,堆肥中の窒素は,無機態のものもあるが,多くは有機態である。作物栽培期間中に無機化される窒素量は,畜種,副資材,堆積方法,堆積期間などによって大きく異なり,その予測が難しい。家畜ふん堆肥中の窒素が作物栽培期間中にどれだけ無機態として供給されるかを予測する主な方法として次が使用されている。

    (1)水田における有機質資材分解予測式

     水田土壌に埋設した堆肥などの有機質資材中の炭素と窒素の分解経過を,5年間にわたって追跡する。有機質資材が分解速度の異なる3つの成分グループ(画分)からなると仮定した分解式に,実測データが最も良く適合するように3つの画分の係数を設定する。この方法によって初めて長期連用時の堆肥窒素の動態を踏まえた堆肥の施用基準が作られて,水稲の施肥に広く利用された(志賀一一 (1985) 有機物による窒素変動と施肥.農業技術大系.土壌施肥編 第6-1巻(施肥の原理)p.原理74〜80)。

     しかし,家畜ふん堆肥については限られたサンプルでの事例が示されただけで,多様な家畜ふん堆肥には十分対応できていなかったことや,個々の事例で無機態窒素の放出量を計算するのは大変で,コンピュータが今日のように普及していない当時では,計算ソフトも作られることなく,利用者が限られてしまった。

    (2)肥効率を用いた方法

     施用した養分量のうち,作物に吸収された養分量の割合を「利用率」という。似た言葉に「肥効率」があり,堆肥などの有機物の施用量を概算する際に重要な指標となる。これは化学肥料養分の利用率に対する,堆肥養分の利用率の割合である(西尾道徳 (2006) 堆肥の肥効率の検証.農業技術大系.土壌施肥編 第5-1巻(畑の土壌管理)p.畑162-8〜162-15) 。

     例えば,堆肥の肥効率が30%だとした場合,次のようになる。化学肥料窒素の利用率が50%だとすれば,堆肥の総窒素のうち,作物に吸収された割合(堆肥中の窒素の利用率)は化学肥料窒素利用率50%の30%,つまり15%となる。肥効率の実測データは当初少なかったが,千葉県農業総合研究センターは,家畜ふん堆肥と肥効率のデータを集積し,家畜ふん堆肥と化学肥料を組み合わせた適正施肥量をエクセル上で簡便に計算できるソフト「家畜ふん堆肥利用促進ナビゲーションシステム」を2001年に開発した(環境保全型農業レポート.No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト)。

     しかし,利用率や肥効率は,作物タイプや少肥・多肥といった施肥条件などの違いによって変動しやすいため,肥効率を用いて計算した施用量は概算値で目安である。

    (3)温度変換日数法

     温度変換日数法とは,有機質資材を混和した土壌を約8か月間培養し,その間に放出されてくる無機態窒素の放出経過を反応速度論によって解析し,地温変化に対応させて,有機質資材からの無機態窒素の放出量を予測する方法である。反応係数の確定している有機質資材であれば,地温データがあれば,かなり正確に資材からの無機態窒素の放出量を予測できる(金野隆光 (1990) 地力窒素発現予測法(診断の基本).農業技術大系.土壌施肥編.第4巻(土壌診断・生育診断)p.基本272-6〜272-15):郡司掛則昭 (1999) 有機質肥料の分解特性.農業技術大系.土壌施肥編.第7-1巻(肥料の特性と利用)p.肥料256-2〜256-8)。

     しかし,必要な反応係数のそろっている資材は限られており,新たに係数を確定するには8か月の培養実験が必要である。そのうえ,8か月の培養でえられた係数は,分解されやすい画分の多い有機質肥料のような資材に有効だが,堆肥のように分解の遅い資材では施用1年目の無機態窒素の放出量を予測するのには有効でも,連用2年目になると分解に8か月以上を要する遅い画分からの無機態窒素放出が加わるので,誤差が大きくなる。さらに,地温はアメダスでも測定されていないので,農家が自分で測定する必要がある。このため,研究者が研究用と施肥基準の策定に使用する程度に限られた。

    ●新しい家畜ふん堆肥の窒素肥効予測方法の特徴:2日間で予測可能

     上述したように,これまでの家畜ふん堆肥中の窒素肥効の予測方法の予測式の係数は,畜種や製造方法の異なる個々の家畜ふん堆肥ごとに違うはずである。しかし,係数を確定するのに時間と手間がかかるので,測定されている少数事例の値を援用して概算しているために,個々の家畜ふん堆肥では予測値のズレが大きくなってしまうケースが多い。

     これに対して,ここで紹介する新しい方法は,個々の家畜ふん堆肥ごとに2日間で完了できる化学分析を行なった結果に基づいて評価するので,予測値のフレを小さくできることが期待できる。

     実際の作物への施肥は,通常,基肥と追肥に分けて行なわれている。新しい窒素肥効予測方法では,化学肥料のように直ぐに無機化されて施用後1か月(4週間)以内に肥効を発揮する「速効性窒素」(基肥に相当)と,施用後1〜3か月(4〜12週間)の間に無機化されて肥効を発揮する「緩効性窒素」(追肥に相当)に分けている。この考え方の背景には,多くの1年生耕種作物の栽培期間が3か月程度までだということがある。

     これまでの予測方法のうち,「温度変換日数法」では時間経過を細かく追って無機態窒素の放出経過を予測できたが,予測を可能にする条件は限られた。そして,「有機質資材分解予測式」や「肥効率を用いた方法」では,栽培期間全体で放出される無機態窒素の総量を推定することはできたが,速効性窒素と緩効性窒素といった区分をできなかった。

     これに対して,新しい評価方法では,1か月以内に無機化される速効性窒素,1〜3か月の間に無機化される緩効性窒素量を,短時間で完了できる化学分析だけで推定する方法を作出できたことに基づいている。

    ●家畜ふん堆肥活用のためのプロジェクト研究チームの編成

     プロジェクト研究の目的は次の3点である。

     1)家畜ふん堆肥の新しい窒素肥効予測手法とそれに必要な迅速分析法の開発

     2)分析マニュアルの刊行

     3)得られた分析値から堆肥と化学肥料を併用した適正施肥量をウェッブで計算するソフトの開発

     このプロジェクト研究は,農林水産省の競争的資金(「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」:現在は「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」)をえて,2006〜2008年度に,中央農業研究センター(石岡厳,森泉美穂子,上薗一郎,木村 武,加藤直人),新潟県農業総合研究所(小柳渉,平?恵子),岐阜県農業技術センター(棚橋寿彦),三重県農業研究所(地主昭博,村上圭一)および畜産環境整備機構(柴田正貴,古谷 修)からなるプロジェクト研究チームが編成されて,「農業環境規範に適合する家畜ふん堆肥の肥効評価システムの確立」という課題名の研究が実施された。プロジェクトリーダーは木村 武(2006年度)と加藤直人(2007・08年度)。

     窒素肥効予測手法とそれに必要な迅速分析法の開発だけでなく,新しい分析を広汎な人達が実施できるようにするための分析マニュアル,さらにはその分析結果をもとにした適正施肥量を,インターネット環境さえあればどこでも誰でも知ることができるソフト開発までも視野に入れた,現場での利用をすすめていく研究として注目される。

    ●新しい分析手法の骨格

     化学分析によって家畜ふん堆肥中の速効性窒素と緩効性窒素を推定する手法は,牛ふん堆肥と豚ぷん堆肥については,岐阜県農業技術センターの棚橋らが無機態窒素の形態から,新潟県農業総合研究所の小柳らが有機物の形態から,鶏ふん堆肥については棚橋らと三重県農業研究所の村上らが尿酸の形態から,それぞれ以前より検討を重ねていた。そこで,新潟県農業総合研究所と岐阜県農業技術センターが中心になって分析法の開発を行なった。

     牛ふん堆肥と豚ぷん堆肥については,速効性と緩効性に分解される炭素の分解量が,飼料の繊維成分の分析に使われるデタージェント(界面活性剤)分析によって推定できることを,小柳らが示していた。

     すなわち,有機物は「繊維性有機物」(ヘミセルロース,セルロースおよびリグニンが該当する)と「非繊維性有機物」に大別できる。有機物を,酸性のデタージェント(AD: acidic detergent)で1時間煮沸したときに溶解した画分が「酸性デタージェント(AD)可溶有機物」とよばれ,非繊維性有機物とヘミセルロースがおおむね該当する。酸性デタージェントで煮沸したときの不溶部分が「酸性デタージェント繊維(ADF: acidic detergent fiber) 」とよばれ,セルロースとリグニンがおおむね該当する。そして,AD可溶有機物量は,土壌に混和した1か月目の有機質資材の炭素分解量と有意の高い相関を示し,ADF量は,土壌に混和した3か月後に残存していた炭素量と有意の高い相関を示すことが確認されていた(小柳渉・安藤義昭 (2005) 家畜ふん堆肥中易分解性有機物,難分解性有機物とその指標.平成16年度「関東東海北陸農業」研究成果情報.畜産草地部会)。

     プロジェクト研究チームでさらに検討を進めた結果,AD可溶窒素量が,土壌に混和した1か月目の有機質資材の窒素分解量と3か月目の窒素分解量と有意の高い相関を示すことが確認された(小柳渉・安藤義昭・棚橋寿彦 (2007) 有機質資材の分解特性とその指標.日本土壌肥料学雑誌.78: 407-410:小柳渉・棚橋寿彦 (2009) 肥料代替資材としての家畜ふん堆肥の活用技術.農林水産技術研究ジャーナル.32(6):11-15)。

     AD可溶窒素量には,堆肥中に当初から無機態で存在した無機態窒素(アンモニウムや硝酸)と,ADによる煮沸で溶解してきた有機物に組み込まれていた窒素とがある。当初から無機態で存在していた窒素量は,従来,塩化カリウム水溶液で抽出されてきたが,この抽出液では家畜ふん尿中に存在しているリン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)や鶏ふん堆肥に存在している尿酸水素アンモニウムを抽出できない。塩酸水溶液で抽出したほうが,塩化カリウム水溶液では抽出できなかったMAPや尿酸水素アンモニウムも溶解されてアンモニウムの抽出量が増えることが,プロジェクト研究チーム発足前に確認されていた(棚橋寿彦・矢野秀治 (2004) 家畜ふん堆肥中の常法では抽出されないアンモニア態窒素の存在.平成15年度「関東東海北陸農業」研究成果情報.土壌肥料部会)。

     鶏ふん堆肥では,塩酸水溶液抽出アンモニウム態窒素と尿酸態窒素の和が,土壌を培養したときに鶏ふん堆肥から放出されてくる無機態窒素量と有意の高い相関があることが確認された(棚橋寿彦・矢野秀治 (2004) 鶏ふん堆肥中のアンモニア存在形態と培養無機態窒素量の関係.平成15年度「関東東海北陸農業」研究成果情報.土壌肥料部会)。

     そして,豚ぷん堆肥(開放系で堆積したもの)の無機態窒素の抽出に塩酸水溶液を用いることにより,土壌と培養したときに堆肥から放出される窒素量と合致することが確認されていた(棚橋寿彦・矢野秀治 (2003) 豚ぷん堆肥の窒素無機化特性と肥効推定法.平成14年度 関東東海北陸農業研究成果情報)。

     こうした成果を取り入れて,新潟県農業総合研究所も牛ふん堆肥や豚ぷん堆肥の無機態窒素を硫酸または塩酸水溶液で抽出するようにした(安藤義昭・小柳渉・和田富広 (2006) 牛ふん堆肥および豚ふん堆肥の短期的窒素肥効の指標とその推定法.平成17年度「関東東海北陸農業」研究成果情報.畜産草地部会)。

    ●新しい窒素肥効予測方法の概要

     こうした分析手法の検討を踏まえて,家畜ふん堆肥中の作物栽培期間中に作物が利用できる無機態窒素量を評価する手順が,プロジェクト研究チームによって図1にまとめられた(石岡厳・棚橋寿彦・小柳渉・村上圭一・平?恵子・柴田正貴・加藤直人 (2009) 新たな窒素肥効分析法に基づいた家畜ふん堆肥の施用支援ツール.中央農業研究センター.平成20年度.共通基盤研究成果情報.土壌肥料部会)。

     牛ふん堆肥と豚ぷん堆肥では,まず堆肥を酸性デタージェント(AD)で煮沸して,AD可溶有機物量を測定する。

     AD可溶有機物量が多いことは,通常,当初から無機態で存在する窒素に加えて,微生物の分解しやすい易分解性有機物に組み込まれた有機態窒素も多いことを意味する。こうしたAD可溶有機物の多い堆肥では,無機態窒素はいったん微生物の菌体タンパクに合成されてから遅れて無機化されてくる。ただし,C/N比の高い牛ふん堆肥では,少なくとも施用当作期間中に再無機化される窒素はほとんどないので,緩効性窒素はゼロとみなす。なお,窒素の有機化,無機化速度は地温の影響を受けるので,AD可溶有機物が多く,窒素肥効の高い豚ぷん堆肥では,地温の影響を補正している。  一方,AD可溶有機物が少ない堆肥では,有機態窒素の微生物分解に伴う無機態窒素の増減は無視できるほど小さいので,緩効性窒素は考慮せず,速効性窒素を塩酸水溶液で抽出される無機態窒素で評価する。

     鶏ふん堆肥ではAD可溶有機物含量を測定せず,全窒素,または塩酸水溶液と酢酸緩衝液で抽出したアンモニウム態窒素から推定する。

     分析値から堆肥乾物1トン当たりの速効性窒素量と緩効性窒素量を計算するには,家畜ふん堆肥のタイプに応じて計算式を分類・整理し,さらに地温の影響を考慮した計算式に仕上げる必要がある。プロジェクト研究チームは分担してこの問題に取り組み,家畜ふん堆肥のタイプ別に速効性窒素量と緩効性窒素量の算出方法をまとめた。その概要はマニュアルに記載されている(実用技術開発事業18053マニュアル作成委員会 (2009) 主な家畜ふん堆肥の窒素肥効とその有効利用方法)。マニュアルにある要点をまとめたのが表1である。ただし,このマニュアルには,なぜ表1の計算式を用いるかの論拠が十分には説明されていない。これは評価手法の詳細部分はまず研究報告として刊行することを優先させるためであろう。算出方法の科学的な論拠はマニュアルにはまだ十分には記載されていない。

    ●分析方法マニュアル

     今回開発された窒素肥効予測方法には,これまでの堆肥分析ではあまり使用されていなかったデタージェント分析が必要である。この分析には本来,専用装置が必要なので,いくら優れた窒素肥効予測方法を開発しても,家畜ふん堆肥の新しい分析を安価に実施してくれる機関がなければ,現場への普及は期待できない。このため,プロジェクト研究チームは,デタージェント分析の簡易化と迅速化を検討し,高価な機械を必要とせず,また2日で分析可能な手法を開発するとともに,農業改良普及センターや堆肥センターなどでも実施できるように,分析手順を具体的に記述した「分析マニュアル」と分析手順を解説した動画を公開している。

    ●家畜ふん堆肥の施用支援ツール

     さらに,堆肥の分析結果に基づいて,栽培する作物の種類に応じて,施肥量をどうしたら良いかをウェッブ上で計算してくれる「家畜ふん堆肥の施用支援ツール」も提供されている。ただし,現在,計算可能な作目は水稲とキャベツで,水稲は北海道から九州までの地域別に,キャベツは春,夏秋,冬の作型別に,組み込んである代表的施肥基準と地温データを使って施肥量を計算してくれる。

     この支援ツールには,全国から集めた610点の家畜ふん堆肥の分析値のデータベースも組み込まれている。そのため,そこに登録されている実際に生産・販売され,新しい分析値の判明している堆肥を購入して,作物を栽培する場合の施肥量も計算できる。さらに,土壌診断結果が判明していれば,土壌診断結果を踏まえ,新たに分析した家畜ふん堆肥または購入堆肥を使った際の施肥量を計算することもできる。

     この支援ツールは,三重県が開発・運用している「三重県土壌診断・堆肥流通支援システム」をベースにして,今回のプロジェクト研究チームの成果を組み込んで機能強化・改修し,体験版として公開しているものである。

    ●普及促進のために必要なこと

     今回開発された評価手法は,迅速な分析によって個々の家畜ふん堆肥ごとに速効性と緩効性の窒素量を予測し,それを踏まえて従来よりも適切な施肥設計を作れることが期待できるものである。そして,堆肥を連用していると,土壌中に蓄積する堆肥残渣から放出される窒素量によって,施肥設計を調整する必要がでてくる。プロジェクト研究チームは,このために,堆肥連用土壌を80℃16時間熱水で抽出して,土壌から放出される「地力窒素」を推定する方法も開発している。

     それゆえ,この新しい手法が広く普及されることが期待されるのだが,その促進のためには,下記を迅速に実現することが望まれる。

     1)プロジェクト研究の成果の詳細を速やかに学術論文や総説で公開し,その内容を取り込んで,理論編と応用編からなるマニュアルを作り直すこと。

     2)肥料取締法で規定されている堆肥の品質表示に,今回紹介した評価法による速効性窒素と緩効性窒素の量を加えるか,堆肥の品質評価にこの評価方法を推奨する旨を都道府県知事に通知するといったことを,行政部局と相談すること。

     3)プロジェクト研究チームに参加した畜産環境整備機構は率先して,家畜ふん堆肥の受託分析に速効性窒素と緩効性窒素を加えたメニューを追加すること。農業改良普及センターには,一般からの堆肥分析に応じていない県もあるため,その他の以前から堆肥分析を行なっている民間を含めた機関に速効性窒素と緩効性窒素を加えてメニューを作るように積極的に働きかけること。

    ●表彰

     この家畜ふん堆肥の肥効の新しい評価手法は今後現場で大いに活用されることが期待されており,その期待を含めて次の表彰を受けている。

     一つは,新潟県農業総合研究所畜産研究センターの小柳渉氏が,これまでの家畜ふん堆肥の肥効に関する氏の研究と今回の共同研究の成果を含めて,「家畜ふん堆肥の特性の実用的評価方法の開発とその活用」について,2009年に日本土壌肥料学会の技術賞を受賞された。また,農業・食品産業総合研究機構(農研機構)は,その行なうべきミッションによく合致した顕著な業績をあげた研究者・研究グループを表彰しているが(NARO Research Prize),2009年,共同研究の「新たな窒素肥効分析法に基づいた家畜ふん堆肥の施用支援ツール」が表彰された。

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