環境保全型農業レポート > No.145 甘い日本の農地への養分投入規制
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制

    ●平均余剰養分量を大幅に下げたEU諸国

     環境保全型農業レポート「No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス」に,OECD諸国の余剰養分量を示した。そして,集約農業を行なっている,東アジアの韓国と日本とともに,EU加盟国のなかでもオランダ,ベルギー,ルクセンブルクなどの集約農業国では,国全体の農地における窒素やリンの平均余剰量が多いことを紹介した。

     OECDのデータは,1990-92年と2002-04年を比較している。2つの時期のデータセットを見比べると,これらのEU国では,1990-92年に比して2002-04年に余剰養分量が大幅に減少したのに,日本では減少幅がわずかで,韓国では若干ながらなお増加している(図1)。

    ●なぜEUで余剰養分量が減ったのか

     では,なぜEUで余剰養分量が減ったのか。その主因は,EUが1991年に「硝酸指令」(農業起源の硝酸による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令:Council Directive 91/676/EEC)を公布し,90年代後半から多くの加盟国で完全実施されたことといえる。

     硝酸指令では,硝酸に汚染されたか富栄養化したか,それらの危険のある地下水と表流水の集水域を硝酸脆弱地帯に指定する(国全体を硝酸脆弱地帯に指定しても良い)。硝酸脆弱地帯内の農業者は,国の定めた行動計画に定められた窒素の施用に関する規制を強制的に守ることが義務づけられている。すなわち,

     (1) 家畜ふん尿の最大還元量を170 kg N/haとし,これを超えるふん尿の農地還元を禁止する

     (2) 作物の生育しない秋冬期の家畜ふん尿(厩肥を含む)の散布を禁止し,その間に家畜ふん尿を貯留する施設を整備する

     (3) 流出しやすい場所や時期に,家畜ふん尿や肥料の施用を禁止する

     (4) 作付開始時の土壌無機態窒素存在量,栽培期間中の土壌からの無機態窒素供給量,家畜ふん尿からの無機態窒素供給量,化学肥料や有機質肥料からの無機態窒素供給量を評価し,これらの和が作物の窒素要求量を超えない

     ことなどが規定された。

     この硝酸指令の施行にともなって,特に家畜ふん尿の過剰還元が抑制されて,余剰窒素量が減るとともに,付随して家畜ふん尿によるリンの施用量も減って,余剰リン量が減少した(環境保全型農業レポート.No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例)。

     また,EUでは湖沼などの富栄養化の原因の一つとして,農地からのリンの排出を問題にして,農地への過剰なリンの施用を抑制する指導を行なっている。そのうえ,リン肥料にはリン鉱石から持ち込まれるカドミウムが多いこともあって,リン肥料の施用量や中小家畜飼料へのリン資材添加量の削減を強力に指導している。

    ●養分管理規制に関する日本とEUの比較

     EUの硝酸脆弱地帯を中心にした養分管理規制について,日本との比較を表1に示す。

     EUの硝酸指令を適用したとすると,日本にも硝酸脆弱地帯に指定される地域が少なくない。日本では「水質汚濁防止法」によって,公共水域や地下水の硝酸性+亜硝酸性窒素の環境基準が10 mg N/L以下に定められ,「水道法」によって飲料水中の硝酸性+亜硝酸性窒素の上限濃度も10 mg N/Lに定められている。しかし,この基準を超える水系があったとしても,硝酸汚染地区に指定されて,特別な法的規制がなされているわけではない。

     ただし,法的規制がないとはいえ,特に水道水源の地下水が高濃度の硝酸によって汚染されているケースでは,地方自治体が中心になって,関係機関が連絡調整会議を組織して,水源地域の農業者に減肥栽培技術などを指導している。そうした例として,青森県五戸町,静岡県旧清水市(現静岡市),長崎県国見町と有明町,熊本県荒尾市,宮崎県都城市などが知られている(環境保全型農業レポート.2004年9月1日号.環境省が刊行! 主に農業に由来する地下水の硝酸汚染の実態と対策に関する事例集)。

     EUでは,硝酸脆弱地帯以外の地域の農業者には,優良農業規範を自主的に守ることを求めている。優良農業規範は,法律で規定された環境や農産物の安全性を確保するために,具体的に農業者が守るべき法律や農業技術を具体的に解説したものである。例えば,イングランドの優良農業規範である「我々の水,土,大気を守るために」は全118頁の分厚い冊子である。この優良農業規範で求めている内容は,硝酸脆弱地帯の行動計画を比較すると,家畜の飼養密度や農地へのふん尿還元量の上限が若干ゆるいだけで,あまり内容的に違いはない。硝酸脆弱地帯の外の農業者が農業補助金をもらうためには,優良農業規範を遵守することが最低条件になっている。このため,優良農業規範は実質的に法的拘束力を持っている。

     これに対して,日本では2005年3月に「環境と調和のとれた農業生産活動規範」(農業環境規範)が農林水産省生産局長名の通達としてだされている。しかし,全体で7頁のみで,記述に具体性がない。そのうえ,複数項目を一括してチェックしたか否かだけを記録するので,環境を守るための個々のポイントがきちんと守られたのか曖昧である(環境保全型農業レポート.No.12 「農業生産活動規範」とは)。日本でも補助金受給には規範遵守が条件とすることにはないっているが,その遵守の具体性はEUよりもはるかに乏しい。

     日本では肥料や家畜ふん尿の農地への施用は,ふん尿の素掘り投棄や野積みが「家畜排泄物法」によって禁止されたが,それを除けば,基本的には制限されていない。また,小川などの水辺周辺へのグリーンベルト設置と,そこへの肥料やふん尿の施用禁止といった規制もない。

    ●日本の施肥基準の問題点

     (1)施肥基準の考え方と位置づけの違い

     EUの硝酸指令は,無駄な施肥を行なわないことを法律で規定している。すなわち,窒素の施肥について,作物の予想収量から必要になる作物の窒素要求量を計算する。そして,作物が窒素を吸収し始める時点において土壌に存在している無機態窒素量(冬期終了時点の土壌中の無機態窒素量),土壌有機物の無機化によって供給される無機態窒素量(地力窒素供給量),家畜ふん尿(堆きゅう肥を含む)からの放出される無機態量,化学肥料や有機質肥料から供給される無機態量の合計と,作物の窒素要求量とのバランスによって窒素供給量を制限することを規定している。

     この具体例として,イングランドの施肥量の計算の仕方の概要を,環境保全型農業レポート.「No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化」に紹介した。かなりラフな計算方法だが,法律に定められた無駄な施肥を避けるために,それを技術的にできるだけ実践する努力を行なっている。これに対して,日本の施肥基準にはいろいろな問題がある。

     日本の施肥基準(栽培基準)は,農業改良普及員などが農業者を指導するためのガイドラインに位置づけられている。最近では都道府県のウェッブサイトに施肥基準が掲載されており,それらへのアクセスポイントをまとめたホームページを農林水産省が作成しているl。しかし,通常,施肥基準の冊子は農業者には直接配布されていない。農業者には,作物別に標準的な施肥や農薬散布などをまとめた栽培暦がJAなどから配布されている。

     (2)堆肥から放出される養分量の考慮の必要性

     日本の施肥基準は,養分を化学肥料で供給することを前提にして作られている。多くの作物で1〜2トン/10aの堆肥を施用したうえでの化学肥料施用量が示されているが,1〜2トン/10aの堆肥を実際に施用しているケースは,施設野菜を中心に一部の作目だけで,多くの作目では堆肥の施用量はわずかにすぎない。施肥基準は,1〜2トン/10aの堆肥施用を記述しながら,現実にはそれだけの堆肥が施用されていないことを踏まえて,標準的な化学肥料の施用量を記載しているのが実態といえよう。少ない量の堆肥からの養分供給量は事実上無視して,堆肥施用を土壌の団粒化促進などの物理性改善のために位置づけている。

     かつての化学肥料を十分に使えなかった時代には,堆肥が主要な養分供給源であった。その時代,人間の肉体労働で材料を収集・運搬し,堆積・切り返しをして,圃場に散布していた。このため,製造できる堆肥の量は多くはなく,少ない堆肥施用量のために,養分不足で作物単収は低かった。化学肥料が普及して,単収が飛躍的に向上するとともに,肉体労働から解放されて,ますます堆肥施用量が減少した。それが今日になって,主に輸入飼料に由来する家畜ふん尿の過剰が深刻になったことを背景に,家畜ふん堆肥の積極的利用を助長する施策がとられている。化学肥料窒素の施用量と化学農薬の散布回数を,地域の慣行の半分以下に抑制した特別栽培農産物が消費者に認知され始めたこともあって,堆肥の施用量を大幅に増やすケースが生じだした。

     施肥基準に書かれている堆肥の施用量は,特にその種類が記載されていない場合は,稲ワラ堆肥でのものである。これは,かつては稲ワラ堆肥が最も一般的堆肥であったからである。稲ワラ堆肥の全窒素濃度は現物当たりで0.5%前後だが,多くの家畜ふん堆肥の全窒素濃度はこれよりも高く,稲ワラ堆肥で示された量の家畜ふん堆肥を施用すれば,養分供給量が必然的に増える。そのうえ,堆肥のなかの窒素で施用当年に無機化されるのは一部だけで,多くは残渣になって土壌に残り,土壌窒素肥沃度を向上させ,翌年以降に少しずつ無機化される。このため,堆肥施用量を増やせば,当然,化学肥料施用量を減らさなければならない。

     しかし,都道府県の施肥基準の中には,家畜ふん堆肥などの堆肥を施用したときに減肥すべき化学肥料量の計算方法を示していないものが多い。このため,農林水産省生産局長名で,2008年7月10日付けで2つの生産局長通知,「適正な土壌管理の推進について」と「肥料価格高騰に対応した肥料コスト低減に向けた取組の強化について」が出され,「地域における土壌診断の実施体制を強化するとともに,土壌中及びたい肥中の肥料成分相当を減肥する等の適正施肥に向けた確実な指導ができる体制を整備・強化する。」ことが指示された。つまり,堆肥などの有機質資材から放出される可給態養分量,土壌に残っている無機態の可給態養分量や,土壌から放出される地力窒素量を測定し,それらを勘案した化学肥料の減肥量を施肥基準に記載したり,その計算方法を記載したりすることを求めている。既にこれを実施している自治体がある一方,まだ施肥基準の見直しが終わっていない都道府県も少なくない。

     (3)堆肥からの可給態養分量の迅速分析体制つくりを

     また,肥料取締法は,堆肥などの特殊肥料に品質項目を表示することを義務づけている。しかし,窒素,リン酸,カリなどの養分は全量を表示させているが,可給態養分量は表示されていない。家畜ふん堆肥から放出される可給態養分量を,迅速に推定する優れた方法が最近開発された(環境保全型農業レポート「No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法」)。全国で,この方法による家畜ふん堆肥の分析が実行できる態勢を早急に完備することを行政が支援することが望まれる。さらに,通常の土壌診断では,地力窒素の供給量は,その分析に時間がかかるか,特殊な分析機器が必要になるためか,分析してもらえない。

     このように,日本の施肥基準は,化学肥料主体で少量の堆肥を施用する場合のものであって,堆肥の施用量を増やした場合の持続的な土壌管理技術が一般化しているとはいえない。

    ●おわりに

     日本では国土に占める農地面積のシェアが14%弱で,50%を超えているEUの農業国に比べれば,農業による環境汚染の程度は低い。このためか,農業による環境汚染への意識が低い。しかし,現実に農業による環境汚染に苦しんでいる住民は少なくない。

     いままで法律で規制されていなかったことを行なって,環境汚染が生じたから,その弁済を農業者に求めるのは酷であろう。これからは,環境汚染をしない農業を実践するように農業者を支援する仕組みが望まれる。例えば,日本でも具体的な優良農業規範として,持続可能な農業生産と,それを可能にする農業資源と環境の保全のための農業技術を具体的に解説した冊子を作って,農業補助金を受給飼料用とする農業者はそれを守ることを徹底させることが必要であろう。

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