環境保全型農業レポート > No.115 世界の農業普及の流れ
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.115 世界の農業普及の流れ

     FAOは,途上国を中心に,農業者と農村住民の食料安全保障や生活を向上させるための普及活動の現状と改革の方向について,出版物を刊行した。このなかでFAOは先進国では,農業経営体は技術や経営のコンサルタントを民間から有料で購入しているのに対して,途上国では公的機関が主体になって普及活動を行っているが,様々な問題があることを論じている。そのなかで公的機関が行う普及活動の重要な要素として,農業にかかわる自然資源の管理の指導を指摘している。その概要を紹介する(Burton E. Swanson (2008) Global Review of Good Agricultural Extension and Advisory Service Practices. FAO. 64p)。

    ●世界の農業と普及の形態

     著者はアメリカのイリノイ大学の名誉教授である。このためか,国レベルの農業の発展段階を,小規模零細な自給的農家の割合が圧倒的に高い国から,アメリカのような大規模商業的農家の割合が高い国へ発展するものとしている。確かに日本でも戦前は小規模零細な小作農が多かったが,戦後の農地解放をへて,小規模自作農が増えて,最近では大規模経営体も増えてきている。とはいえ,アメリカなどの新大陸の大規模農業は,侵略者が奪った土地に作られたものである。それゆえ,小規模零細農家割合の高い国から大規模農家の割合の高い国に発展するのが必然かのような文脈には,納得しかねる部分がある。

     それはともかく,小規模農家割合の高い途上国では,公的普及機関による無償の普及活動がなされているが,効果を上げていない。他方,先進国の農業では,民間企業が開発・販売している各種資材(肥料,農薬,種苗,機械,家畜,飼料など)の利用が高まり,規模の大きな商業的農家はそれらを購入しているだけでなく,それらを販売している企業から有償で技術指導を受けている。そして,無償の公的普及機関からの指導はわずかしか受けていない。

     こうした先進国と途上国の対比のなかで,日本は両者の中間にあるように思える。このためか,農産物貿易の自由化促進の議論のなかで,日本の農業普及が公的機関によって無償でなされていたことに批判がだされたりした。

    ●普及という用語

     普及(extension)という用語は,19世紀後半にイングランドにおいて大学が行なう成人教育講座を表すものとして最初に使用された。これは大学の仕事を外部に広めるのに役立った。アメリカではランド・グラント大学(国有地の譲渡を受けて設立された大学で,連邦政府の援助を受ける資格のある大学)が設立され,教育,研究に加えて,1914年に普及活動が任務として追加された。他方,イギリスは普及活動の責任を大学から農業省に移管し,20世紀になって普及の名称をadvisory serviceに変更した。ヨーロッパにはイギリスにならって,普及の用語をadvisory serviceとし,所管部署を農業省としている国が多い。

     その後,アメリカは1960年代と70年代に多くの途上国に対して農業大学と普及システムの設置を積極的に支援した。このため,途上国にはextension serviceを用いている国が多いが,サハラ砂漠以南のアフリカ諸国など,advisory serviceという用語を使う国も多い。ただし,ほとんどの途上国では,普及は農業省の所管となっている。

     advisory serviceとextension serviceとに微妙な違いがあるとする人もいるようで,前者が技術移転に力点を置いたもの,後者は農家に対する技術,経営管理や人材養成などのノウハウの非公式な教育に力点を置いたもの,というわけである。しかし,通常,両者は同義語として使用されている。

    ●食料安全保障とは

     1996年11月にローマで開催されたFAO(国連食糧農業機関)主催による世界食料サミットで採択された行動計画は,その第1項において,「全ての人々が,あらゆるときに,活動的で健康な生活のために,十分な量の安全で栄養のある食料に物理的および経済的にアクセスして,食餌としての要求と食べ物の好みを満たせるときに,食料安全保障がなされている。」とし,食料安全保障は,個人,家庭,国,世界などのそれぞれのレベルで確保されることが必要なことを記述している。そして,飢餓に苦しんでいることはまさに食料安全保障が確保されていないことであり,飢餓に苦しむ人達をなくす活動にFAOは取り組んでおり,現在の飢餓人口を減らすことこそが食料安全保障の最大の目標とされている。

     他方,飽食でメタボリック症候群の人達が多い日本では,大きく様相が異なっている。食料安全保障というと,いつかは不明だが,将来に海外からの食料輸入が困難になって,日本が国レベルで飢餓に陥ることがないように,食料を確保できるようにすることが食料安全保障だ,と考えられている。しかし,こうした将来の不安の解消は,国際的な食料安全保障の対象になっていない。

     なお,内閣府が2008年11月17日に「食料・農業・農村の役割に関する世論調査」の結果を公表したが,その中で国民の食料安全保障に関する意識の最新結果が示されている。

    ●国レベルの食料安全保障から家庭レベルの食料安全保障へ

     20世紀後半において大部分の途上国では,国民に十分な量の基本的食料を供給する国レベルの食料安全保障が重要な課題であった。このため,多くの途上国では中央集権的なトップダウンの構造を持った公的普及機関が,「緑の革命」のコメやコムギなどの多収穫品種を用いた革新的農業技術を農業者に移転し,穀物生産を向上させるのに成功した。

     革新的農業技術によって,先進国と途上国の双方で穀物生産量が飛躍的に向上した結果,80年代から90年代にかけて世界の穀物価格が下落し続け,途上国の小規模農家の所得が厳しくなった。このため,国レベルで穀物の生産量を確保できたとしても,安価な穀物だけの生産では農家の所得は下落し,十分な食料を購入できない状況が拡大した。そこで,1996年のFAOの世界食糧サミットは,家庭や個人の食料安全保障と,食料へのアクセスや栄養に焦点を当てて,その再構築への努力が重視された。

     他方,中国やインドなど急速に経済を発展させてきた途上国が典型だが,多くの途上国において,経済発展によって都市部の消費者が果実,野菜,畜産物に対する需要を急速に高めてきた。このため,普及組織は,基本食料の穀物の生産技術だけでなく,都市部の消費者の需要変化,つまり,市場動向に対応して,これらの付加価値の高い農産物生産によって農家の所得を向上させて,食料購買力を高めて,家庭レベルでの食料安全保障を確保できるようにすることが課題となった。そのために,(1)小規模な農業者や農家の婦人を生産者グループに組織化し,付加価値の高い農産物の生産・加工・販売に必要な技術や経営管理のノウハウを修得できるようにするとともに,(2)農家の婦人を自助グループなどに組織化して,家族の健康,衛生や栄養を改善し,(3)さらに貧しい家が学校の経費を払えるようにして,農村の子供達の教育レベルを向上させることができるようにすることが,普及組織の課題となっている。

     しかし,多くの途上国では,資材供給企業の多くが,農業者に正しい技術アドバイスを提供する技術能力を持った販売スタッフを有していないのが現実である。そのため公的普及組織には,民間企業を競争相手とみるよりも,民間企業の販売・技術スタッフを教育するといった,民間企業に協力しながら,普及を進めていくことが求められている。また,公的普及組織はトップダウンの中央集権的な構造を廃止して,地方の普及組織が,地域の実情に合った普及プログラムを企画して実行できるように,地方の独自な活動の自由度を高めることが必要になっている。その際,乏しい公的予算だけでなく,民間のドナー(資金提供者)からの資金も受け入れられるようにするとともに,予算執行についても自由度を高められるようにすることが必要である。

    ●先進国の普及体制

     他方,先進国では,農業資材とそれに関係する技術は,ますます民間企業が開発して所有権を持っているものとなっており,民間企業の開発した資材や技術を使用した商業的生産者の割合が高まっている。このため,先進国の技術にかかわるアドバイスサービスは今後とも民間企業に移管されてゆくことになろう。ヨーロッパのいくつかの国々や,オーストラリアやニュージーランドの公的普及システムは,その大方が消滅したか,民営化された。

     例えば,イギリスの公的普及組織は,1972年に「農業開発普及サービス」(Agricultural Development Advisory Service: ADAS)に改組されていたが,1987年に民営化されて,段階的にコンサルティング会社に変わり,現在では「ADASコンサルティング会社」(ADAS Consulting Limited)となっている。そして,民間企業や政府の様々な委託業務を競争入札で契約して資金を確保している。そして,商業的農業者への普及サービス提供は,ADASコンサルティング会社ではごくわずかしか行なっておらず,実際には民間企業が主に行なっている。

     フランスでは各県の農務部に雇用された約7,000人の普及スタッフによる公的普及組織が大きな役割をはたしている。ただし,農業者は,生産している作物,家畜や農産物の種類には関係なく,農業を行なっているha面積に基づいて,一律に普及のための税金を支払っている。県の農務部は,その税金を,地域の農業生産の実態に基づいて普及スタッフに配分している。この方式は主に小規模と中規模の農業者の要求に応えるものとなっており,大規模な商業的農業者は,各県の普及スタッフからよりも民間の投入資材供給企業からより多くのアドバイスを得ている。

     また,北アメリカでの公的普及システムは,人材養成に加えて,技術および経営管理のノウハウもなお対象にしているが,技術移転活動の多くは民間企業や農業協同組合によって実施されている。

     因みに先進国には,このように農業者が民間企業による技術指導を有償で受けたり,公的普及機関の活動資金を税金のかたちで拠出したりしている国が増えている。このため,今なお高い割合の農家に対して無償で公的普及組織から質の高い技術支援を与えている日本は,過度に農業者を保護していると,農産物貿易交渉に関連した論議では批判をあびることが少なくない。

    ●自然資源の持続可能な管理

     現在の農法は農地や水資源を過剰使用していて,持続可能なものではない。このため,持続可能な自然資源管理を普及の優先事項にしなければならない。自然資源は「公益」的性格をもっており,そうした性格を考慮した持続可能な自然資源管理に関連した普及活動を,企業が対象にするとは考えられない。また,多くの国では,多くの自然資源の「持続可能な使用」を法律で強制することも難しい。それゆえ,なかでも灌漑水の使用量を減らすなどの水使用管理,土壌生産力を維持し,周囲の環境への負荷を最小に抑える土壌および農地の管理,農薬汚染を削減して農産物の安全性を向上させる総合的有害生物管理についての農業者の教育や技術指導について,途上国だけでなく先進国でも,公的普及組織が自然資源の持続可能な管理についてますます指導することが必要になっている。

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