環境保全型農業レポート > No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
    以前の記事一覧

  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行

    ●背景

     2010年は国際生物多様性年で,2010年10月に名古屋市で生物多様性条約のCOP10(第10回締約国会議)が開催される。別記したように(環境保全型農業レポート.No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず),EUでは「土壌保護枠組指令案」が一部加盟国の反対によって成立のめどがたっていない。この事態の前進をはかるために,欧州委員会は,2010年3月15日の「環境諮問委員会」に先だって,土壌の発揮している重要な機能を支えている土壌生物と,その多様性の重要性に関する政策立案者向けの報告書を2010年2月に刊行して,論議を盛り上げようとした。その意図は実現できなかったが,土壌生物多様性に関する報告書の概要を紹介する(European Commission (DG ENV) (2010) Soil biodiversity: functions, threats and tools for policy makers. 249p. )。

    ●土壌生物を3つの機能グループに分類

     通常,生態系を構成している生物は,機能面から,生産者(光合成によって有機物合成を行なう植物),消費者(植物の合成した有機物を消費する動物)と分解者(植物や動物の遺体を分解して無機物に戻す微生物や小動物)に分類されている。この分類にしたがえば,土壌生物はすべて分解者になる。しかし,土壌生物はそれほど単純なものではない。

     報告書は,土壌生物を機能面から,化学エンジニア(chemical engineers),生物レギュレータ(biological regulators),生態系エンジニア(ecosystem engineers)の3つに分類している(表1)。表1は,3つのグループの違いを強調するために,化学エンジニアは主に細菌やカビ,生物レギュレータは原生動物,センチュウ,ダニ,トビムシ,生態系エンジニアはアリ,シロアリ,ミミズ,植物根と記している。あたかも,より小さな生物からより大きな生物へと,各グループが明確に異なるような誤解を与えかねない。しかし,実際は,各グループとも重複した生物群で構成され,同時に複数の機能を発揮している。そのため,各グループが明確に峻別できるわけでないことに注意する必要がある。

     化学エンジニアは,主にバクテリア(細菌)やカビ(菌類)などの微生物で,有機物の無機物への分解,窒素ガスの固定,有毒物質の分解などを行なっている。とはいえ,植物遺体の分解では,まず,ダニ,トビムシなどの小動物が遺体を咀嚼して細かくしたものを微生物が分解しており,微生物だけが化学エンジニアではない。

     生物レギュレータは,食物連鎖を形成している互いに「食いつ食われつ」の関係や,寄生・共生などによって,他の生物の生存数や活動に影響を与えている土壌生物のことである。例えば,ネマトーダ,ヒメミミズ,トビムシ,ダニなどの小動物は,餌として細菌やカビなどの微生物を食べている。また,病原菌やセンチュウは病害を起こして植物生育を損なっている。

     生態系エンジニアは,機械的な力による孔隙形成や耐水性団粒の形成など,他の生物の生息場としての土壌の生息環境を改変する土壌生物のことである。報告書は,ミミズ,アリ,シロアリ,モグラなどの小動物の移動にともなう孔隙形成や,ミミズが食べて排出した糞土による耐水性土壌団粒の形成を前面に出している。しかし,表2には記されているが,微生物の有機物分解で生じた腐植物質が接着剤になってミクロ団粒が形成され,さらに,有機物破片から伸びたカビの菌糸がミクロ団粒を束ねてマクロ団粒を形成していることも無視できない。このように他の生物種も生態系エンジニアとなっている。こうして作られた土壌構造において微生物活動が活発化している。

     さらに報告書は,機能面で分類した3つのグループ(化学エンジニア,生物レギュレータ,生態系エンジニア)の代表的生物種とその特徴を約50頁にわたって解説している。

    ●土壌のもたらしている生態系機能と土壌生物多様性の関係

     EUは「土壌保護枠組指令案」において,土壌は次にあげる生態系機能(生態系サービス)を有すると規定している。(1)農業および林業を含むバイオマス生産,(2)養分,物質および水の貯蔵,ろ過および変換,(3)生息地,種および遺伝子などの生物多様性プール,(4)人間および人間活動のための物理および文化的環境,(5)原材料の供給源,(6)炭素プール,(7)地理および考古学的遺産の保管庫(環境保全型農業レポート.No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案)。

     このなかには土壌生物の寄与の少ないものもある。本報告書は,土壌生物のかかわりの強い生態系機能(土壌サービス)として,(1)土壌肥沃度・養分循環と土壌生成,(2) 水循環の調節,(3) 炭素フラックスと気候の制御,(4) 汚染物質浄化とバイオレメディエーション,(5) 病害虫防除,(6) 人間の健康を上げている(表2)。

    ●土壌生物多様性の経済的評価

     本報告書は政策立案者向けのものである。土壌生物多様性保護に関する政策を立案する際には,当該政策の費用便益分析が必要になるが,その参考のために,土壌生物多様性の経済的評価を説明している。

     地球の海洋と陸地には多様な生態系が存在しているが,生態系は食料生産だけなく,人類の暮らしに寄与している様々な機能(生態系サービス)を発揮している。1995年に生態学者と経済学者のチームが,地球全体の生態系サービスの金額の試算を行なった。その結果,地球全体での生態系サービスの総額は,年間16〜54兆USドルで,平均33兆USドルと試算された(表3)。その大部分は外部経済で,商品として市場で売買されていない。計算にはかなりの不確実性があり,この値は最小値と考えるべきであるとされている。因みに,地球全体の国民総生産(GNP)は,当時,年間約18兆USドルであった(Costanza, R., Arge, R., Groot, R., Farber, S., Grasso, M., Hannon, B., Limburg, K., Naeem, S., O'Neill, R.V., Paruelo, J., Raskin, R.G., Sutton, P., Belt, M. (1997). "The value of the world's ecosystem services and natural capital." Nature 387 (6630): 253-260)。

     表3は土壌生物以外の様々な生物が関係したものだが,土壌生物多様性に限定した生態系サービスはPrimentel et al., 1997によって経済評価されている(Pimentel, D., Wilson, C., McCullum, C., Huang, R., Dwen, P., Flack, J., Tran, Q., Saltman, T. and Cliff, B. (1997) Economic and environmental benefits of biodiversity’, Bioscience 47(11) 747–757)。本報告書は,Primentelらの結果を一部改変して,土壌生物多様性による世界全体の生態系サービスの総額を,年間1兆5420億Uドルとしている(有機物循環/廃棄物リサイクル:7600億,土壌生成:250億,養分循環900億,バイオレメディエーション:1210億,病害虫防除:1600億,肥沃度/授粉:2000億,バイテク産業:60億USドル)。

    ●土壌生物多様性に対する脅威

     報告書は,次のような人間活動によって土壌生物多様性に脅威が与えられているとしている。

     1)土壌劣化

     土壌有機物含量の低下が土壌生物の餌を減らし,塩類集積が土壌生物の活性や増殖を抑制し,大型トラクタによる土壌の圧密が土壌生物の生息空間を減らし,さらに水や酸素の供給量を減らし,都市化による土壌被覆が水や有機物の供給を途絶させるなど,土壌劣化は土壌生物群集をゆっくりと死に追いやる方向の影響を与えている。

     2)土地利用管理

     一般に土壌生物多様性の豊かさは,草地>森林>耕地>都市である。

     農地におけるマルチ,堆肥施用,輪作といった作業は,土壌構造の形成,水移動や炭素貯留に貢献するのに対して,一般に化学肥料施用や耕耘は,土壌の炭素貯留を減らし,環境汚染を起こしやすい。そして,農作業の集約化(農薬,化学肥料,重量機械の使用など)を進めるほど,土壌生物多様性が低下する傾向がある。

     3)気候変動

     地球の温度は次の20年間に10年間当たり0.2℃上昇し,降水の量と強度が変化すると予測されている。これによって,土壌生物多様性の提供する生態系サービスにかなりのインパクトが生ずると考えられている。

     大気中の二酸化炭素濃度や温度の上昇や降水の変化によって,土壌有機物の利用可能性も変化し,化学エンジニアの増殖や活性もかなり影響されよう。その結果,土壌の炭素貯留,養分循環や肥沃度サービスの発揮も変化しよう。水の貯蔵や移動も,植物や土壌生物の多様性の変化の影響を受けることになろう。病害虫とその天敵の種類や分布と相互作用を変え,病害虫の発生を促進し,自然の病害虫防除機構を撹乱させよう。

     4)化学汚染と遺伝子組換え生物

     生体に蓄積した毒性汚染物質は,土壌生物の増殖や生存に影響して,土壌生物のポピュレーションダイナミックスを不安定化させ,土壌生態系サービスの安定性を破壊する。養分サイクル,水の制御や病害虫防除などのサービスにはかなりのインパクトが生じていると予想されているが,全体的アプローチに立った,化学汚染物質の土壌生態系機能に対するインパクトの解析はこれからの課題である。

     遺伝子組換え作物は,作物残渣量,使用除草剤の種類と量,耕耘の変化などを介して,細菌群集の構造の変化,微生物の行うプロセスの効率の変化や,作物に導入した遺伝子の細菌への転移などを起こす可能性が問題にされている。そうしたいくつかの事例が化学エンジニアで観察されているが,現時点では,まだ詳しくは検討されてはいないが,現場の土壌において,遺伝子組換え作物が土壌生物多様性に対して通常の範囲を超えるまでの影響を与えていることは示されていない。

     5)侵入植物

     外来種が不釣り合いなほど増えると,侵入種と呼ばれるようになる。一般に,都市化,土地利用変化や気候変動は植物の生息条件を変え,侵入植物種を拡大させる可能性を持っている。侵入植物が繁殖することによって,土壌養分の動態や植物種が大きく変わることによって,植物との依存性が強い菌根菌などの土壌微生物種も影響を受けよう。このため,今後,侵入植物種は土壌サービスや土壌生物多様性に大きな直接および間接のインパクトを与えると考えられる。逆に,外来植物が導入される場所に,その植物を攻撃する土壌病原菌や根食性天敵が生息していれば,その拡大は阻害されるであろう。つまり,土壌生物多様性は侵入植物に対する天敵の貯蔵庫として機能しうる。

    ●土壌生物多様性指標

     土壌生物多様性に関する政策を実施する際には,人為によって土壌生物多様性がどの程度損なわれているか,回復措置を講じたときに,土壌生物多様性がどの程度回復したか,土壌生物多様性の状態から生態系サービスが現在どの程度の状態で,今後どう変化すると予測されるかを判定することが必要になる。

     そうした土壌生物多様性指標の開発が取り組まれている。人為が土壌に加えるストレスにともなう,特定の種や機能グループの生息数や活性の変化を調べて,人為と特定の土壌生物多様性との間をつなぐ指標がかなりの程度作られ,当該土壌生物の生息数や活性を測定する手法が標準化されているものも少なくない。しかし,今日までのところ,そうした測定値と生態系サービスの関係の定量化はできていなし,複雑な土壌の多様な側面を一つの式に結合させて,土壌生物多様性を包括的にかつ正確に比較できる指標はまだない。

     現在,土壌生物多様性の状態をモニタリングし,土壌生物多様性を包括的にかつ正確に比較できる指標を開発するプロジェクトをEUが実施している(Environmental Assessment of Soil for Monitoring (ENVASSO project))。指標ができれば,本格的に土壌生物多様性をモニタリングすることになるが,その場合,本報告書はヘクタール当たりのモニタリング経費は1ユーロに達しないとしている。

    ●土壌生物多様性に関する今後の政策展開構想

     土壌,水,気候,農業や自然に関するいくつかの政策は,土壌生物多様性に直接影響したり関係したりしている。しかし,現時点では,土壌生物多様性保護は,一部のEU加盟国で,土壌保護に関する法律や環境に優しい農法を助長する規則のなかで間接的に対処されているだけで,土壌生物多様性を対象にした法律は,国際的にもEUレベルでも施行されてはない。この背景には,土壌生物多様性とその価値の認識が欠如していることに加えて,問題の複雑性が存在している。

     土壌生物多様性保護を助長するために,EUレベルでいくつかの支援を行なうことになろう。その際,長期的な持続可能な解決を図るために,土壌生物多様性ロスの主たる駆動力になっている土地利用変化と気候変化に焦点を当てることになろう。これに加えて,そのサービスの経済価値を試算することによって,土壌生物多様性,その機能および人間活動のインパクトの関係を明らかにする点に注意を払うことになろう。 そして,土壌生物多様性とそのインパクトにともなう変化を定量化した指標を用いて,土壌生物多様性のモニタリング計画を導入することになろう。このモニタリングは義務的なものとし,土壌生物多様性の役割に対する行政官や農業者の認識を改善し,農業者に生物学的な農業管理についての能力形成を図るようにしたい。2006年に欧州委員会の提出した土壌保護枠組指令案は,モニタリング要件を導入する法的枠組を提供するものである。

     将来的には,いろいろな土地利用や社会経済条件の下での土壌生物多様性や生態系管理機会の開発や既往のものの改善を図り,こうした戦略を既存の法体系(クロス・コンプライアンス,生息地指令など)の中に統合させることに務めることが必要である。

    ●ご存じですか

     本報告書は全体として政策立案者の関心に向けてまとめられたもので,土壌生物多様性を政策面から論じていて面倒くさい内容の部分が多い。しかし,冒頭の要約の後ろに「ご存じですか」と題して,土壌生物多様性について,一般の人が意外に知らない,また知ることによって関心を高めることになりそうな事項を25ほど,脈絡もないが,列挙している。おもしろい項目もあるので,再録する。

     ・ 土壌1 haには,重量で乳牛1頭に相当する細菌,羊2頭に相当する原生動物,ウサギ4頭に相当する土壌動物が生息している。

     ・ 典型的な場合,1グラムの土壌に10億の細菌細胞と,約1万の異なる細菌ゲノムが存在する。

     ・ 毎年,土壌生物はサッカーフィールドほどの大きさの表面積で,重量で自動車25台分に相当する有機物を処理している。

     ・ 土壌生物の約1%しか把握されていない。

     ・ 一部の糸状菌は極めて巨大で,数百メートルに達するものもある。

     ・ 一部の土壌生物種は,低酸素条件に生き残るために赤血球を作ることができる。

     ・ 一部の甲殻類は陸地に上陸し,土壌に生息している。

     ・ シロアリは巣にエアコンを装備している。

     ・ 細菌個体群は20分で2倍になる。

     ・ ミミズや小昆虫が消化したものは,細菌の活性を高める。

     ・ 土壌細菌は抗生物質を生産できる。

     ・ 細菌は遺伝物質を交換できる。

     ・ 土壌生物は数キロメートルも拡散できる。

     ・ 一部の土壌生物は,不適当な環境が続く間,休眠状態になって数年間は生存することができる。

     ・ 糸状菌の多様性は,控えめにみて150万種と推計されている。

     ・ ミミズは土壌動物バイオマスのなかで最も主たる構成員で,一部の生態系ではその60%を占めることも多い。

     ・ いくつかの土壌生物は,植物が地上部病虫害や草食動物と戦うのを助けることができる。

     ・ 土壌生態系におけるエネルギーフローの90%は微生物によってなされている。

     ・ ミミズ個体群を駆除すると,土壌への水の浸透速度を最大93%減少させる。

     ・ モグラは,ヨーロッパでは,アイルランドを除けば極めて一般的で,どこででもみることができる。

     ・ モグラは,毎日体重の70%から100%ものエネルギー作物を食べることが必要である。

     ・ モグラは,唾液に含まれる毒素によって相手を麻痺させ,特別な「食料貯蔵庫」にその一部を貯蔵する。1,000匹ものミミズが見つかった貯蔵庫もある。

     ・ 土壌の生物多様性の管理が不適切だと,年間1兆ドルもが失われると試算されている。

     ・ 農薬使用は年間80億ドルを超える損失を起こしている。

     ・ 土壌は気候変動緩和に役立つことができる。

    (c) Rural Culture Association All Rights Reserved.