環境保全型農業レポート > No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
    以前の記事一覧

  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書

    ●イギリスにおける下水汚泥利用の規制

     下水汚泥の主成分は汚水の有機物を分解した微生物の死骸であり,死菌体は作物への窒素とリン酸の優れた供給源である。また,石灰で凝固させた汚泥は,酸性土壌の優れた改良材にもなる。しかし,汚泥には工場廃水などに由来する多量の重金属も含まれており,汚泥の農地還元では土壌の重金属汚染の可能性が問題になる。

     イギリスは1998年末で下水汚泥の海洋投棄を禁止し,これにともなって下水汚泥の農地還元量が,乾物で1996/97年の52万トンから2005年には100万トンに増加した。平均施用量が6.5トン乾物/haなので,約15万haの農地に下水汚泥が施用されたことになる。

     下水汚泥の施用によって人間や環境に悪影響が生じないように,イギリスは下水汚泥の農業利用に規制を行なっている。一つは,1989年に施行された汚泥の農業利用に関する法律によって,汚泥施用土壌の重金属濃度の上限値を定めている。これとともに,1996年に施行された環境省所管の汚泥の農業利用における優良農業行為規範によって,亜鉛については法的上限値よりも低い推奨上限値が設定されている。

     これまでの研究で作物や土壌微生物への影響が特に問題になっているのは,亜鉛,銅,カドミウムであり,これら3つの重金属の規制値を表1に示す。一般に重金属は酸性が強いほど水に溶解し,中性やアルカリ性では不溶化するので,上限値は土壌pHによって変えられている。

     また,硝酸指令によって,硝酸脆弱地帯内では他の資材を合わせて窒素施用量を年間250 kg N/ha以下にしなければならない。そして,水保護のための優良農業規範は下水汚泥の施用量を250 kg N/ha年を超えないように定めている。

    ●農地還元した下水汚泥の土壌影響に関するプロジェクト研究

     下水汚泥の農地還元については既に多くの実験がある。しかし,汚泥の施用量,気象,土壌,作物などの実験条件が様々で,得られた結果の中には結論の一致しないものも多く,実験条件が異なるために,その原因を解明できないケースも多い。

     こうした状況を踏まえて,イギリスのDEFRA(環境・農業・農村問題省)は,複数の研究所に委託して,必要な場合には,下水汚泥を安全にリサイクルするための科学的論拠を得ることを目的として,下水汚泥が農業生産力と土壌肥沃度に及ぼす影響を解析するプロジェクト研究を実施した。土壌や気象条件の異なる9か所の圃場で,材料や手法を統一して根気強く行なったプロジェクト研究である。実験方法の概要を以下に記載するが,面倒と思われる方はとばして,次の「汚泥重金属の土壌影響」の項に移られたい。

     イングランド,ウェールズ,スコットランドに計9か所の実験サイトを設けて,実験材料と分析手法を統一して,1994年から2006年までの12年間にわたって実験を行なった(実験期間は第1期1994〜1998年,第2期1998年〜2002年,第3期2002〜2006年に区分)。参加した研究所は,ADAS(Agricultural Development and Advisory Service:農業開発アドバイスサービス),ロザムステッド研究所,WRc(Water Research Centre:水研究センター),マッコーリー研究所,SAC(Scottish Agricultural College:スコットランド農業カレッジ)で,研究資金はDEFRAの外に,環境庁,ウェールズ政府,スコットランド政府などから提供された。

     プロジェクトでは既往の研究成果を踏まえて,研究対象の重金属を,作物や土壌微生物に影響を与える亜鉛,銅,カドミウムに絞り込んだ。そして,多数の下水汚泥を分析して,重金属に特には汚染されていない汚泥(重金属非汚染汚泥)に加えて,これらの重金属のどれかを他の重金属よりもはるかに多く含んだ3つの汚泥(特定重金属集積汚泥)を選定し,計4つの汚泥を大量に風乾した汚泥ケーキを貯蔵し,全実験サイトの共通材料とした。

     特定重金属集積汚泥ケーキに当該重金属の硫酸塩を添加して,重金属レベルを4段階で異ならせた汚泥ケーキを作成した。そして,重金属非汚染汚泥ケーキと重金属添加汚泥ケーキを枠内土壌(1区6 ×8 m = 48 m2,3反復)に施用して,各区の土壌中の重金属濃度が4段階の目標値になるように汚泥ケーキを施用した。このとき,汚泥ケーキの施用の仕方が異なる2つの系列を作成した。一つは1994年から4年間だけ毎年夏期に汚泥を施用して重金属濃度を目標値に到達させた系列である。この系列では,実験サイトによって異なるが,表土の重金属濃度が,全亜鉛80〜580 mg/kg,全銅20〜310 mg/kg,全カドミウム0.5〜5.0 mg/kg土壌の範囲の土壌を調製することができた。しかし,この系列では,年間の重金属施用量が規則で定められた許容年間投入量(年間15 kg Zn/ha,7.5 kg Cu/ha,0.15 kg Cd/ha)を超えてしまう。そこで,特定重金属集積汚泥ケーキ(重金属塩を追加添加していない)を許容年間投入量の上限値で12年間毎年施用した系列も設けた。

     各区の0〜25 cmの表土を毎年耕耘して汚泥が表土に均一に混和されるようにし,サイトの立地条件によって牧草(イタリアンライグラス)とコムギ(春播き)の交互作か,牧草だけを栽培した。

     1997年10月,1999年春,2001年春/夏,2003年春,2005年春に土壌サンプルを採取して,土壌の重金属濃度,pH,呼吸速度,土壌バイオマス(微生物)炭素量,クローバ根粒菌数などを分析するとともに,作物収量,作物体中の重金属濃度などを分析した。

     また,固形の汚泥ケーキと液状汚泥の違いがあるか否かを調べるために,3つの実験サイトで,重金属塩を異なるレベルで添加した液状汚泥を3年間施用した系列も設けた。

     本プロジェクトの報告書は,暫定で,最終報告書ではないが,下記から入手できる。

     ADAS, Rothamsted Research, WRc, the Macaulay Institute and SAC (2007) Effects of sewage sludge application to agricultural soils on soil microbial activity and the implications for agricultural productivity and lonf-term soil fertility: Phase III. Report Ref (SP0130; CSA 6222). 397p.

    ●汚泥重金属の土壌影響

     (1) 3つの重金属のうち,微生物特性値(土壌バイオマス炭素,土壌呼吸速度,クローバ根粒菌数)に,より多くの実験サイトで影響を与えた重金属は,亜鉛>銅>カドミウムの順で,多くの土壌で,表土の亜鉛濃度や銅濃度は,その上昇とともに土壌バイオマス炭素とクローバ根粒菌数を減少させたが,土壌呼吸速度への影響は判然としなかった。

     (2) つまり,各実験サイト別に,表土の全重金属濃度に対して微生物特性値をプロットすると,多くの実験サイトにおいて,全亜鉛濃度が上昇するとともに大部分の実験サイトで,また,全銅濃度が上昇するとともに半分程度の実験サイトで,土壌バイオマス炭素とクローバ根粒菌数が統計的(95%または99%レベルで)に有意に減少した。そして,全カドミウム濃度の上昇によってこれらの土壌微生物分析値が減少するケースも一部にはあったが,むしろ例外的であった(表2)。また,重金属濃度の上昇によって,土壌呼吸速度が一部の実験サイトで減少するケースや増加するケースも存在したが,全体としては,有意な影響は認められなかった。

     (3) 表土の重金属濃度と土壌微生物特性値の間に有意な一次相関が存在した場合,土壌の重金属金属濃度が法的許容上限濃度(表1の土壌pHによる違いを無視して,亜鉛300 mg,銅135 mg,カドミウム3 mg/kg土壌とした)のときに,微生物特性値が対照区の値に対して何パーセント減少するかを数式から計算すると,土壌バイオマス炭素が,亜鉛と銅の法的許容上限濃度で平均20%減少した(表2)。

     (4) また,表土の全亜鉛,全銅と全カドミウムの濃度が上昇すると,大部分の実験サイトで,コムギ子実中の当該重金属濃度が有意に上昇することが確認された。そして,EUは,穀物子実中のカドミウム濃度の上限値を0.235 mg/kg乾物に規定し,土壌の全カドミウム濃度の上限値を3 mg/kg乾土に規定している。pHが6.8よりも高い土壌でならば,土壌の全カドミウム濃度が3 mg/kg乾土以下であれば,コムギ子実のカドミウム濃度が0.235 mg/kg乾物を超えることはなかった。しかし,pHが6.8以下の土壌では,土壌の全カドミウム濃度が3 mg/kg乾土未満であっても,コムギ子実のカドミウム濃度が0.235 mg/kg乾物を超えるケースがあることがあった。土壌のカドミウム濃度の上限値の規定の仕方を見直す必要性が指摘された。

     (5) 汚泥ケーキと液状汚泥での実験結果を比較すると,銅とカドミウムでは,表土の重金属濃度と微生物特性値の関係が,汚泥ケーキと液状汚泥で基本的に類似していた。他方,亜鉛の微生物特性値に対する影響は,液状汚泥では不明確であったが,汚泥ケーキの場合には明確であった。実験に使用した汚泥ケーキと液状汚泥を比較すると,有機物濃度は汚泥ケーキではるかに高い。汚泥ケーキでは亜鉛が有機物顆粒の内部や周囲に濃縮されて存在し,微生物が有機物を分解する際に,濃縮された亜鉛の毒性が発揮されると推定される。これに対して,銅やカドミウムは,亜鉛ほど有機物表面に濃縮された状態で存在しないため,汚泥ケーキと液状汚泥での結果にあまり差がないと推定される。これまで一般に有機物が重金属を吸着して,その毒性を弱めると考えられているが,これまでの常識と異なるメカニズムが推定された。

    ●波及効果

     このプロジェクト研究から,イギリスは下水汚泥の重金属影響について,金と時間をかけてしっかりしたデータを作り,その上で下水汚泥の農地還元についての政策を見直そうとしている姿勢がうかがえる。日本もこうした姿勢を見習いたい。

     また,土壌の重金属汚染について,日本はEUよりも規制がゆるく,畑地の銅や,畑地と水田の亜鉛については何らの規制もない。下水汚泥だけでなく,家畜ふん堆肥からも亜鉛や銅が投入されている。重金属に汚染された土壌の修復には時間と莫大な金がかかる。問題が深刻になる前に,日本も適正な規制を行なうためのデータ集積を体系的に行なう必要がある。

     ★EUの「硝酸指令」、わが国の「重金属問題」に関する技術大系の記事 → 検索

    (c) Rural Culture Association All Rights Reserved.