環境保全型農業レポート > No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件

    ●EUの共通農業政策

     EUでは,農業は国民への食料供給や経済の基盤としてだけでなく,国土環境の保全でも重要な役割を果たしているとの認識が高い。しかし,農産物貿易の自由化促進によって,新大陸などからの安価な農産物の流入に対して何らかの農業保護政策を実施しないと,域内農業が大幅に縮小して,食料自給率やGDPの低下や,国土の荒廃が懸念されている。

     EUの共通農業政策の歴史を振り返ってみると,1960年代前半から域内農業を保護・振興するために,共通農業政策が実施されてきている。当初は,戦後の食料難の記憶も新しかったこともあり,主要農産物について価格保護政策を実施し,安価な外国産農産物に高い関税を課して,保護価格と釣り合う価格で販売するようにした。その結果,農業者の生産意欲が刺激されて,食料難を急速に克服できた。当時の共通農業政策は,たくさん生産するほど,より多くの助成金をもらえる仕組みであったため,肥料,農薬,購入飼料などを多用して単収向上がなされ,やがて生産過剰が生じるとともに,環境汚染が深刻化した。また,大型機械導入による圃場拡大によって,伝統的農業で家畜囲いのために構築された石垣や生垣が撤去されて,景観や野生生物の生息地の破壊などが生じた。

     2004年からはEU加盟国が大幅に増えたが,生産とリンクさせて助成金を支給する方式では,農業予算が無制限に拡大することが予測された。このため,助成金は生産と切り離して,2000年〜2002年に農家が得ていた所得助成金の平均額に基づいて定めた基準価格を参考にして所得助成金を農家に直接支払うことにした。ただし,直接支払を受給するには,農業生産や農地を含む環境の保全について既に法律で定められている様々な要件を遵守することに加え,農地を「良好な農業的および環境的状態」(GAEC: Good Agricultural and Environmental Conditions)で維持すること,食品の安全性,動物および植物の健全性ならびに動物福祉を確保することを,規定に準じて遵守することが義務となった(閣僚理事会規則 No 1782/2003) 。

     現在の共通農業政策は2つの柱からなり,第1の柱は,直接所得助成と市場介入(関税,輸出補助金,購入による市場介入,生産枠の設定)とを合わせたもの,第2の柱は,構造政策と呼ばれる農業経営の競争力,環境と生活の質の向上を支援するための一連の施策とからなる(現在のEUの共通農業政策,特にその構造政策については,和泉真理氏が,JA総合研究所の「研究員レポート:EU の農業・農村・環境シリーズ」で紹介している。同研究員レポート:その1 )。そして,予算の約8割は第1の柱に当てられている(同その2 )。

     第1の柱は基本的には農業生産を向上させる政策であり,農業生産の向上と環境保全の両立を目的にしている。他方,第2の柱は生産撤退も含めた環境保全で,いわゆる農業環境政策は第2の柱である。

    ●遵守すべき法的要件と「良好な農業的および環境的状態」

     EUは,共通農業政策の第1の柱に基づく「直接支払規則」を2003年に全面改定した(Council Regulation (EC) No 1782/2003 of 29 September 2003 establishing common rules for direct support schemes under the common agricultural policy and establishing certain support schemes for farmers and amending Regulations (EEC) No 2019/93, (EC) No 1452/2001, (EC) No 1453/2001, (EC) No 1454/2001, (EC) 1868/94, (EC) No 1251/1999, (EC) No 1254/1999, (EC) No 1673/2000, (EEC) No 2358/71 and (EC) No 2529/2001) 。

     「直接支払規則」は,第1の柱による直接支払を受けるのには,農業者が次を遵守することが不可欠なことを規定している。

     (1) EUの法律またはEUの法律に基づいて制定されている加盟国の法律で規定されている,(a)環境保全,(b)人間,動物および植物の健康の保護,(c)動物福祉についての法的要件を遵守すること

     (2) 全ての農地,特に生産目的に使用していない農地を良好な農業的および環境的状態に確保すること。

     以下に,(1)と(2)の要件を概説する。

     (1)法的要件の遵守

     「直接支払規則」は,遵守すべき法的要件として,下記のEUの法律を指定している。

     (a) 環境保全

     「野鳥保全に関する指令」,「有害物質による地下水汚染の保護に関する指令」,「下水汚泥の農業利用による土壌等の環境保護に関する指令」,「水系の農業起源の硝酸による汚染からの保護に関する指令」,「野生動植物とその生息地の保全に関する指令」

     (b) 人間,動物および植物の健康の保護

     「動物の識別と登録に関する指令」,「牛の識別と登録についての細則を定める規則」,「牛の識別と登録ならびに牛肉とその製品の表示に関する規則」,「植物保護製品の市場流通に関する指令」,「ホルモン作用等を有する一部物質の家畜生産での使用禁止に関する指令」,「欧州食品安全庁の設置と食品安全性問題の手続きを定める法律の原則と要件を規定する規則」,「伝染性海綿状脳症の防除と撲滅のための規則」,「口蹄疫防除対策に関する指令」,「豚水疱秒の防除に関する指令」,「青舌病の防除に関する指令」

     (c) 動物福祉

     「子牛の最低飼養基準に関する指令」,「豚の最低飼養基準に関する指令」,「農業用動物の保護に関する指令」

     (2)良好な農業的および環境的状態の遵守

     「直接支払規則」は,同法律の付属書?の枠組に基づいて,全ての生産農地と生産目的に使用していない(セットアサイド)農地について,加盟国が,維持すべき「良好な農業的および環境的状態」の最低要件を法律で規定することを求めている。その際,加盟国は,国または地域レベルで,土壌や気候の条件,既存の農業システム,土地利用,作物輪作,農業方法,農場構造などの地域の特性を考慮に入れて,最低要件を規定することを求めている。これは健全な農業生産を維持するために,生産農地を維持し,耕作放棄を防止して,いつでも生産に復活できる状態で維持することを意図している。なお,農地を農業生産から完全に撤退する場合は,第2の柱の農業環境規則の対象になる。

     そして,加盟国は2003年の面積支援申請を提出した期日(新加盟国は2004年5月1日)に永年草地であった農地を,原則として永年草地として維持することも求めている。これは,永年草地がプラスの環境効果を有しているので,既存の永年草地を維持し,その耕地への大量転換を回避するのを助長するためのものである。

     農地の「良好な農業的および環境的状態」の基準として,(1)土壌生産力を失わせて周辺環境を汚染する土壌侵食の防止,(2)土壌の肥沃度,生物多様性,物理的性質の維持向上などに不可欠な土壌有機物レベルの維持・増進,(3)大型トラクタなどによる耕盤形成の回避(表1で土壌構造維持とあるのは耕盤形成阻止の意味),(4)野生生物の生息地としての機能を維持するためのいくつかの機能を指摘している(表1)。加盟国は,表1に指摘された項目は必須で,これらに加えて自国の状況に応じた項目を追加して,「良好な農業的および環境的状態」に関する基準を定めることが規定されている。

    ●イングランドの「良好な農業的および環境的状態」の基準

     イングランドのGAEC(良好な農業的および環境的状態: Good Agricultural and environmental Conditions)の基準は,EUの指定した要件のうち,土壌侵食と土壌構造劣化(耕盤形成)の防止ならびに生息地の保全についてはかなりの力点を置いているものの,土壌有機物レベルの維持については,土壌侵食防止などの作業を行なえば確保できるためか,あまり力点を置いているようにはみえない。その代わりに,イングランドが重視している石垣や生垣の保全,遺跡の保護,経営農地内の道路へのアクセス(通行権)などを追加している。

     イングランドの基準は,年次によって変更されており,当初は全体で18の基準があったが,現在では4つの基準が1つに統合されて,15の基準となっており,2010年は概略下記のとおりである。

     1.GAEC 1 土壌保護チェック

     (1) 土壌保護チェック

     土壌構造と土壌有機物含量を維持し,土壌の侵食と圧密および景観特性の損傷を防止することを目的とする。共有地を除く,1 ha以上の農地を有する農業者が対象。  所定フォーマットの表に記載する形で,下記項目について毎年12月末日までに調査して作成する。 (a)農場の概要,(b)土壌リスク記録(農場の土壌に生じているまたは可能性のある土壌問題(圧密,水食,家畜によるぬかるみ,低土壌有機物,冠水,風食など)のタイプを確認し,土壌劣化リスクの程度(大中小)を評価する),(c)土壌管理プラン(作物タイプ別に上記問題の防止ないし修復のための対策を選定する)。後刻,検査時に係官から求められた際には,その記帳記録を提示する。

     (2) 冠水圃場への出入

     圃場を農業的および環境的に良好な状態に維持するには,冠水圃場(飽水圃場を含む)へは出入りしないことが原則。どうしても入らなければならない場合には,出入りした圃場番号,期日,作業内容,理由,生じた損傷の修復作業(最初の出入りから12か月以内に修復作業を行なう)等を所定の様式の表に記入する。

     (3) 収穫後の圃場管理

     油糧作物,マメ類,穀物をコンバインやモアで刈取りした農地を侵食がおきにくい状態にしておくことが目的。収穫当日から翌年の2月末日まで,指定する方策の少なくとも1つを実施する。(a)刈り株放置(圧密層を破壊する場合には,除去する刈り株を最少にする),(b)冬期間中カバークロップの不耕起栽培,(c)可能な場合には冬作物の栽培,(d)雨水の浸透を良くするために,プラウやディスクをかけた後,凸凹のままに放置するなど。

     (4) 水系隣接圃場の緩衝帯

     水系隣接圃場の縁に6 mの牧草緩衝帯を設置することはクロス・コンプライアンス要件ではない。しかし,実施することを助言する。

     以上の土壌管理の具体的な方法は,DEFRA (2009) Single Payment Scheme. Cross Compliance Guidance for Soil Management. 2010 edition に解説されている。

     2〜4.GAEC2〜4  当初はGAEC項目として独立していたが,現在はGAEC 1に統合

     5.GAEC 5 環境インパクト評価

     15年間以上の未耕地および半自然地で,羊の放牧などを行なっているケースで,農業生産性を上げようとする際に,その環境的重要性を認識することが目的。自然保護所管官庁(Natural England)の許可を得ていない2 ha以上の未耕地または半自然地が対象で,許可を申請して,修復注意事項を遵守しなければならない。林地の場合は,森林委員会(Forestry Commission)に許可を申請する。

     6.GAEC 6 科学的に特別な場の保全

     科学的に特別な場(Sites of Special Scientific Interest: SSSI)とは,生息地または景観の科学的特性が重要なサイト(場),生物学的SSSIと地質学および自然地理学的SSSIとに区分されており,SSSIを保護・管理・維持するのに資することが目的。農地がSSSI内に存在する場合には,自然保護所管官庁の規定を遵守し,規定外の特別な作業を実施する際には,事前に文書で許可申請を行なわなければならない。

     7.GAEC 7 登録遺跡の保全

     登録されている遺跡は,景観の重要な要素になっており,それを保護することが目的。農地内に登録遺跡が存在する場合には,それを破壊・損傷・移動などを行なう作業は,遺跡管理の所管官庁(English Heritage)の文書による許可が必要で,その規定を遵守しなければならない。

     8.GAEC 8 通行権の確保

     農地内に優れた景観を眺められる公道(歩道,馬車道,小道)が存在する場合には,歩道は最低1 m,その他は最低2 mの幅で,容易に識別できて,通行しやすい状態に維持しなければならない。

     9.GAEC 9 過剰放牧と非持続的な飼料補給の禁止

     経営地内に存在する自然または半自然植生地を含む生息地を保護するために,当該地における過剰放牧や不適切な飼料補給を禁止する。ただし,異常気象期間において動物福祉のための飼料補給は認める。関係省庁からの指示を遵守しなければならない。

     10.GAEC 10 ヒースや野草の野焼きの禁止

     経営地内のヒースや野草の荒野を維持するために,自然保護所管官庁の発行した許可のない場合,荒野の植生を野焼きしてはならない。野焼きする場合には,延焼を防止し,人的事故を回避するように確保する。

     11.GAEC 11 雑草防除

     生息地や農地を損なう強害雑草や侵入雑草の蔓延防止策を講じなければならない。

     【強害雑草】Senecio jacobaea(ヤコブボロギク),Cirsium vulgare(アメリカオニアザミ),Cirsium arvense(セイヨウトゲアザミ),Rumex obtusifolius(エゾノギシギシ),Rumex crispus(ナガバギシギシ)  【侵入雑草】Rhododendron ponticum(セイヨウシャクナゲの一種),Reynoutria japonica(イタドリ),Heracleum mantegazzianum(和名なし),Impatiens glandulifera(オニツリフネソウ)

     12.GAEC 12 生産を行なっていない農地の管理

     生産を行なっていない農地について,望ましくない植生の侵入回避や生息地として保護を行いつつ,良好な農業的および環境的に状態に維持することが目的。毎年5月17日時点で生産を行なっている農地は,当該暦年内は生産を行なっている農地とする。5月17日時点で生産を行なっていない農地は,当該年の1月1日または生産を止めた月日から生産を復活した月日まで,生産を行なっていない農地とする。

     農業生産に使われている農地とは,下記とする。

     (a) 作物が地面に植え付けられている

     (b) 次作の耕起や散布などの準備作業が開始されている

     (c) 家畜が放牧されている

     (d) 農地がサイレージや乾草用に採草利用されているか,その後で放牧される予定である

     生産を行なっていない農地では,少なくとも5年に1回は,低木の侵入を,刈取りか放牧で阻止しなければならない。また,生産を行なっていない農地についても,GAEC 1にしたがって土壌リスクをチェックし,必要な対策を講じなければならない。

     生産を行なっていない農地では,3月1日から7月31日の間は,野鳥の産卵や子育てを妨げないように,植生を刈取りないし鋤込んではならない。また,刈取りを行なう際には,どの月であっても,生産を行なっていない農地の50%以上を刈り取ってはならない。ガンの餌場として管理する場合を除いて,冬に肥料や家畜ふん尿を施用してはならない。

     13.GAEC 13 石垣の保全

     石垣は,圃場の境界として使われているもので,その連続の長さが少なくとも10 mはあるか,10 mに満たなくとも,他の圃場の境界部分との交差点や連結点となっているか,小さな囲みを形成しているものとする。

     石垣を撤去してはならず,石垣の石は指定された場合を除いて移動してはならない。

     (注)石垣は,石を積み上げて家畜柵として使用しているもので,電気牧柵よりは景観的に優れ,積み上げた石の隙間が昆虫や鳥類の生息地として機能している。

     14.GAEC 14 生垣と水系の保護

     生垣や水路などの圃場の境界部分とそこの生息地を保護することが目的。

     生垣は連続長が20 m以上のものだが,別の生垣との接点では20 m未満でも良い。生垣中心部から2 m以内,水系や圃場排水路から2 m以内を耕作し,肥料(化学肥料,有機質肥料,家畜ふん尿,堆肥を含む)や農薬を施用してはならない。水系や圃場排水路の土手最上部から1 m以内の土地を耕作し,肥料や農薬を施用してはならない。

     (注)生垣は,胸の高さ付近で樹木の幹の約2/3にナタ目を入れて倒し,倒れた樹木から生長した枝を絡めて細かい目の柵を作り,同様に倒した別の樹木の柵との間も互いの枝を絡めて,家畜柵としたもので,連続した木立が鳥類をはじめとする野生動物の住み家として機能している。

     15.GAEC 15 生垣の保全

     管理当局の許可なしに生垣を撤去してはならない。鳥の繁殖する3月1日から7月31日までは生垣を刈り込んではならない。

     16.GAEC 16 樹木の伐採禁止

     樹木は生息地や景観要素として重要であり,地方の森林委員会事務所の許可なしに伐採してはならない。

     17.GAEC 17 「樹木保全令」の遵守

     「樹木保全令」の対象の保護地域では許可なしに,樹木の伐採,故意の損傷,掘り起こし,刈り込みを行なってはならない。

     18.GAEC 18 取水許可

     1日当たり20 m3を超える水(表流水と地下水)を灌漑用に取水する場合は,当局から許可を得て行なう。

    ●日本も耕作放棄地対策としてEUのやり方を取り込もう

     日本では,平均経営農地面積が狭隘なこともあって,他産業に比肩できる収益性の高い農業を実行することが難しい。大規模専業農家が増えつつあるとはいえ,割合はまだ低い。後継者が他産業に流出し,残っている担い手が高齢化し,農業を続けることができなくなって,耕作放棄した農地が増えてきている。

     こうした事態に対して,2009年に改正された「農地法」によって,農地の所有権や賃借権などを有する者(農事組合法人,株式会社などを含む)は,農地を農業的に適正かつ効率的に利用する義務を有することが規定されている。そして,農業委員会が,毎年1回,所管区域内にある農地の利用状況を調査し,(1) 現に耕作の目的に供されておらず,かつ,引き続き耕作の目的に供されないと見込まれる農地や,(2) その農業上の利用の程度がその周辺の地域における農地の利用の程度に比し著しく劣っていると認められる農地については,農業上の利用の増進を図るため必要な指導を行なうことになっている。ただし,所有者が指導に従う意思がないむねを表明し,農地の農業上の利用の増進が図られないことが明らかとなった場合には,農業委員会が,当該農地の所有権や賃借権の移転など希望する農地保有合理化法人,農地利用集積円滑化団体,または,農地の利用集積を行なう特定農業法人のうちから所有権の移転等に関する協議を行なう者を指定して,所有権や賃借権の移転などの協議を行なうことができるようになっている。また,協議を行なうことができない場合は,都道府県知事が農業委員会の協力をえて調停を行なうことなどが規定されている。

     こうした農地法による耕作放棄地対策は,その耕作放棄地を使って,農業を行なおうと名乗り出てくれる者がいれば解決できるが,そうでないと耕作放棄地のまま放置せざるをえないことになりかねない。もうかる農業を行なえるなら,耕作放棄地の引き受け手も多いはずだが,もうかる農業が行なうのが難しいから,耕作放棄地が増えているのだ。

     EUの場合には,直接所得補償を行なう条件として,耕作放棄地を出してはならないとしている。他方,日本で始められようとしている戸別所得補償制度は,耕作放棄地のことを問題にしていない。戸別所得補償を受ける農家は,自営農地の一部であっても,耕作放棄地を作ってはならず,既に耕作放棄されている自営農地を含め,農業生産を行なわない農地は,最小の手間でいつでも生産に戻せる状態(例えば,牧草やカバークロップを栽培して定期的刈り込みを行なう,水田なら常時湛水して水生生物の生息地とするなど)に維持することを義務化して良いであろう。

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