環境保全型農業レポート > No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行

    ●イギリスの「展望プロジェクト」

     イギリス(正確にはイングランド)政府は,科学技術政策の策定に際して,首相や他の大臣に直接助言を行なう,科学技術行政で最上位ポストの政府チーフ科学アドバイザー(Government's Chief Scientific Adviser)と,同アドバイザーを支援する政府科学局(Government Office for Science)をビジネス・イノベーション・技能省に配置している。

     2002年4月から政府チーフ科学アドバイザーの指揮の下で,重要問題について,最新の科学的証拠と将来分析に基づいて,その20〜80年後の展望とそこで生ずる問題の解決に必要な戦略的対策をまとめる「展望プロジェクト」(Foresight projects)を実施し,その報告書を刊行している。

    「展望プロジェクト」で取り上げる問題は,(1)将来重要になる科学技術をベースにした問題,(2)省間にまたがる学際的取り組みが必要,(3)その結果が政府の政策に大きな影響を与えうる,(4)まだ整理されていない問題,(5)かかわりをもっている利害関係者からも検討することに賛同があることの全てに該当する問題である。

     プロジェクトでは同時に3ないし4の問題を取り上げ,問題ごとに検討チームが作られる。当該問題に最も強いかかわりをもっている省の大臣がチームの議長を務め,関係省庁の政策立案や予算編成にかかわっている官僚や,産業界などの利害関係者,学界の指導的専門家がチームを構成し,通常18か月から2年間をかけてまとめを行なっている。各チームは,関係研究文献をレビューし,社会的および経済的トレンドも考慮しながら横断的調査を行なうが,情報収集には当該分野の研究経験を持った人を含む政府科学局員が支援を行なっている。

     この「展望プロジェクト」の1つのテーマとして,「食料と農業の将来」が取り上げられた。100を超える文献を参考にしながら,世界の低・中・高所得の約35か国から約400人の指導的専門家や利害関係者の参加をえて論議がなされた。そして,2011年1月24日に最終報告書が刊行された(Government Office for Science, London (2011) Foresight. The Future of Food and Farming: Challenges and choices for global sustainability. Final Project Report. 208p )。その概要を紹介する。全体は208ページに及ぶ長文だが,その概要を圧縮した文章で紹介するので,分かりにくい部分があることをお許し頂きたい。

    ●本報告書で使用されている用語

     話を進める前に,誤解を避けるために,本報告書で使われている用語を説明しておく。

    A.食料安全保障

     食料安全保障の意味は日本と世界で理解が大きく異なっている。日本では,「食料安全保障とは,このように予想できない要因によって食料の供給が影響を受けるような場合のために,食料供給を確保するための対策や,その機動的な発動のあり方を検討し,いざというときのために日ごろから準備をしておくことです。」(農林水産省:食料安全保障とは)。これは日頃飽食を謳歌しながら,食料自給率が低いために,食料を輸入できなくなる非常時がくることにおびえている日本人の不安を反映したものである。

     他方,世界には慢性的飢餓人口が9億2500万人,さらに3大栄養素の最低必要量は摂取されているものの,ビタミンやミネラルなどの微量栄養素が欠乏した「隠れ飢餓」人口が別に10億人いるとされている。1996年にローマで開催された世界食料サミットの行動計画http://www.fao.org/wfs/index_en.htmの第1項目で,「全ての人々が,活動的で健全な生活をおくるために,食事としての必要性や好みを満たすのに十分な量の安全で栄養的な食料を,いつでも物理的ならびに経済的に入手できるときに,食料安全保障が実現している。」としている。そして,国際的には,慢性的栄養不良に置かれている人達を如何に減らすかが食料安全保障のターゲットになっている。

     したがって,端的に表現すれば,食料安全保障の主要テーマは,国際的には栄養不良人口の今とこれからの削減であるのに対して,日本では将来の不足事態への備えになっている違いがある。イギリスの報告書「食料と農業の将来」で取り上げている食料安全保障は,現在と今後におけるグローバルな栄養不良人口(飢餓人口と隠れ飢餓人口)の削減である。

    B.食料システム

     食料システム(food system)とは,食料および食料関連物資を人々に供給するのにかかわる,栽培,収穫,加工,包装,輸送,販売,消費,廃棄を含む全てのプロセスのことであり,各プロセスに投入する資材や各プロセスで生ずる生産物も食料システムに含まれる。

    C.持続可能性,持続可能な生産と持続可能な集約化

     持続可能性とは,当該地域の現在の人々が,将来世代や他の地域の人々がその要求を満たす能力を減ずることなく,かつ,環境や自然資産を損なうことなく,自分らの要求を満たせるシステムないし状態をいう。

     持続可能な生産とは,汚染を起こすことなく,非再生可能なエネルギーや自然資源を保全しつつ,経済的に成立し,作業者,コミュニティおよび消費者に安全で,将来の世代の要求を損なわないプロセスやシステムを使用した生産方法をいう。

     持続可能な集約化とは,収量向上(または高収量維持)と環境へのマイナス影響の削減という2つの目標を同時に追求することをいう。

    D.低・中・高所得国

     国民1人当たりの国民総所得による世界銀行の分類で,2009年のデータに基づくと,低所得国は年間995 USドル(2009年の平均為替レート94.57円/ドルで換算すると,約9万4100円)以下,中所得国は996〜12,195 USドル(約9万4200円〜115万3300円),高所得国は12,196 USドル(約115万3400円)以上。

    ●プロジェクトの目的

     需要サイドでは,世界人口が,現在の約70億人から,2030年に80億人,2050年には90億人を超えよう。そして,世界的には多くの人々が現在よりも豊かになり,より多様で高品質の食べ物の需要が高まり,その生産のためにさらに資源が必要になろう。他方,生産サイドでは,気候変動の影響がますます明確になって,温室効果ガスの排出を削減し,気候変化に適応することが不可避になるとともに,土地,エネルギーなどに対する競争が強まるであろう。さらに,グローバリゼーションが引き続き進み,食料システムに対する経済的および政治的圧力がさらに高まろう。

     こうした圧力の高まりが食料安全保障に大きなインパクトを与えると予測されるなかで,世界人口が持続可能かつ公平に食べられるようにするために,政策立案者が現在とこれから決定すべき事項を明確にすることを目的にしている。

    ●総合的視点の重要性

     今後の食料システムにインパクトを与える要因として,(1)地球人口の増加,(2)1人当たりの食料需要量の増加と質の向上,(3)将来における国および国際的レベルでの食料システム管理の仕方,(4)気候変動,(5)土地,エネルギー,水などの資源をめぐる競争,(6)消費者の価値観や倫理観の変化が重要である。これらを考慮し,しかも各要因間の相互影響も考慮する必要があり,たった一つの視点あるいは政策だけで対処できるほど問題は単純ではない。

     これまでにも食料システムの全ての領域で,価格の乱高下,生産の持続可能性,気候変動や飢餓を考慮すべきことが指摘されている。これらに加えて,食料システムの外にある他の部門の政策も,食料との密接な関連の下に策定する必要がある。そうした領域として,エネルギー,水供給,土地利用,海洋,生態系サービス(注:農地や里山などの農業生態系が人間の生活に貢献してい食料生産以外の機能のことで,その内容などについては環境保全型農業レポート.「No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行」を参照)および生物多様性がある。こうしたより広い領域にわたって,緊密な調整を実施することが政策立案者に課せられている。

     こうした総合的な視点にたって,特に大切な達成すべき次の5つの課題を指摘している。

     課題A:将来の需要と供給の持続可能的なバランス調整

     課題B:食料システムにおける将来の価格乱高下への対処

     課題C:飢餓の終焉

     課題D:低排出食料システムの実現

     課題E:世界を養いながらの生物多様性と生態系サービスの維持

     これら5つの課題のうち,環境とのかかわりが特に強い,課題A,DとEで,何を問題にしているかの概略を以下に示す。

    ●課題A:将来の需要と供給の持続可能的なバランス調整

     今後40年間にわたって供給と需要を持続可能な形でバランスをとるためには,複数の政策領域にわたる協調した行動が必須である。そうした行動として特に下記の5つが大切である。

    【A−1】既存の知見を活用した生産性の持続可能な向上

     既存の知見や技術の適用によって,平均単収を,アフリカで2〜3倍,ロシア連邦で2倍に増やすことが可能で,水産養殖の生産量を世界で約40%向上できるといわれている。しかし,既存の知見や技術を適用して生産力向上を図るには,低・中所得国で特に下記が不可欠である。

     ・普及サービスの活性化による食料生産者(女性が主体)の技能や知識の向上

     ・特に低所得国における市場機能の向上と市場アクセス機会の提供

     ・農地や自然資源(水・漁業・森林など)に対する所有権/利用権の強化

     ・市場アクセスや農村経済への投資を容易にするための,農村の物理的インフラの改善

    【A−2】持続可能な生産上限を引き上げて新たな脅威に対処する新しい科学および技術の開発

     このためには,なかでも下記の研究への投資を優先することが必要である。

     ・生物科学の発展を踏まえた作物,家畜,水産生物の新品種・系統の開発

     ・多様な品種,土着系統,近縁野生種の保全

     ・動物(家畜と養殖魚)の栄養学と関連科学の高度化

     ・土壌科学と関連科学における科学知見と技術の高度化(生産量の向上と安定化,生態系機能の保全,汚染物質の系外排出量の削減,温室効果ガス排出削減など)

     ・持続可能な収量向上にターゲットを絞った作物学,畜産学,農業生態学,農業工学,水産養殖学の研究

    【A−3】廃棄物の削減

     世界全体で生産された食料の30%もが,消費者に届く前か届いてから失われたり廃棄されたりしていると推定されている。2050年までに食料廃棄物の総量を半減することは,現実的ターゲットであると考えられ,それが実現できれば,2050年までに必要な食料を,現在の生産量の25%相当量も減らせることになる。そのためには下記が必要である。

     ・主に低所得国でポストハーベスト廃棄物を削減するには,(1)既往の知見や技術による貯蔵インフラおよび輸送インフラの整備,(2)ポストハーベスト廃棄物を削減する新技術への投資,(3)廃棄物を減らすインフラ(例えば,携帯電話を使用して市場情報を入手しやすくし,生産者が供給過剰時期を回避して市場にタイムリーに出荷して無駄に廃棄される量を減らす),金融や市場改革が必要。

     ・主に高所得国で消費者や食料提供部門による廃棄物を削減するには,(1) 廃棄状況とその削減の金銭メリットに焦点を当てたキャンペーン,(2)傷みやすい食料の腐敗検出センサーの開発と利用による品質保証期限の確実化,(3)余剰食料の飼料利用やメタン生成などへの生産的なリサイクリング,(4)食料加工から家庭消費までの過程における廃棄物量を減らす優良規範の普及が必要。

    【A−4】食料システムの国際的管理の改善

     ・食料安全保障は,公正でオープンな市場によって達成されるのであって,自由貿易を排除して自給率を向上させる政策によってではない。ただし,貿易の国際管理システムに信頼を置くことは,国が国民に食料を供給する主権,権利と責任を放棄することを意味しない。

     ・新しい国際組織を作り,食料危機が生じたときに,食料輸出国が価格高騰を引き起こす貿易障壁を築くのを阻止させる経済的インセンティブや,罰則を含めた権限を与える必要がある。新しい組織がない場合には,G20が短期的には主導的役割を果たすことになろう。

     ・高所得国における食料生産補助金や関連介入は,グローバルな効率的食料生産意欲をくじき,保護を行なった国の消費者価格を上昇させ,最終的にはグローバルな食料安全保障に有害である。こうした補助金等を削減する現在の動向(例えば,欧州連合の共通農業政策)を奨励し,将来の需要増加を持続可能な形で満たすのに必要な生産性の自立的向上を加速しなければならない。

     ・国内および国際レベルにおける内陸,沿岸,海洋での漁獲の乱獲防止対策

    【A−5】食事の適正化キャンペーン

     ・販売業者が消費者により良い食料選択を誘導するガイドライン,マスメディア,学校や職場でなどのキャンペーン,好ましくないタイプの食料への課税などの経済的介入。

    ●課題D:低排出食料システムの実現

    【D−1】食料システムと温室効果ガス〜過去と将来

     ・農業自体は,世界全体で,肥料製造にともなうものを含めて,温室効果ガス発生量の12〜14%を占めている。そして,土地の農地利用転換による発生量は農業自体とほぼ同じレベルであり,両者をあわせると,世界全体の温室効果ガス発生総量の30%かそれ以上に達している。農業自体からの温室効果ガス発生量のうち,低および中所得国からの発生量が約3/4を占めており,今後,肥料などの投入資材の使用量の増加とともに,低・中所得国のシェアが増え続けるであろう。

     ・地域によって,農業から排出される温室効果ガスの種類の割合が異なる。アフリカや大方のアジアとともに工業国では,土壌からの亜酸化窒素が主要な温室効果ガス排出源であり,中央・南アメリカ,西ヨーロッパ,中央アジアや太平洋諸国では家畜からのメタン排出のほうが多くなっている。湿地でのコメ生産やバイオマス燃焼が,南・東アジア,アフリカ,南アメリカで重要な排出源となっている。

     ・EUでは,2006年において,食料システムからの温室効果ガス排出量は総排出量の31%と試算されている。農業における温室効果ガス排出の最も重要な要因は,肥料の製造と施用であり,二番目は家畜生産における腸内発酵とふん尿である。

     ・現在,農業は多くの国で温室効果ガス削減計画に含まれていないが,農業部門からの排出のシェアは今後増えるであろう。温暖化による深刻な農業生産への影響を軽減するには,温室効果ガスの発生量の少ない農業の実現が緊要である。

    【D−2】低炭素食料システムを誘導する政策

     温室効果ガス排出を削減した食料システムを誘導する政策として,(1)排出削減を奨励する市場誘導策(認可,補助金,税,炭素税,炭素上限,貿易の仕組みなど)の創出,(2)強制的排出基準(上限)の導入,(3)消費者選択による市場圧力を介した低排出商品の採択,(4)社会的責任の一端として企業が行なう自主対策(非営利活動)が考えられる。これらを策定するには,食料生産量,必要な投入物量,生態系サービスや動物福祉などを考慮する必要があり,下記に方策が考えられる。

     ・収量や生産性を損なわずに排出削減を可能にする。例えば,水や肥料の利用効率向上を奨励する経済的政策によって,温室効果ガスの排出量削減,窒素による環境汚染の軽減,単位重量当たりの資源価値の向上,エネルギーや水などの資源に対する需要圧力の軽減など,食料システムと他の部門に便益をもたらすことを可能にする。

     ・科学や技術の発展によって,温室効果ガス排出削減を促す政策の効率を向上させる。例えば,施肥量を減らす精密農業,窒素利用効率の高い作物の育種,温室効果ガス排出量の少ない肉牛や乳牛の育種などの成果が期待される。

     ・温室効果ガス排出削減を行なうと収量が減少する場合は,最少コストで最大の温室効果ガス削減を達成できる政策を導入すべきである。

     ・温室効果ガス削減政策の立案に際して,土地利用変換の重要性を認識し,全ての土地利用タイプからの排出を幅広く考慮して策定すべきである。特に森林の農地転換で莫大な量の温室効果ガスが排出される。グローバルな食料供給は,新しい土地の農地への転換を極力抑制し,既存農地の持続可能な集約化を軸に強化すべきである。

     ・温室効果ガス削減政策,バイオ燃料および食料システムの間のつながりを考慮することが重要である。第一世代バイオ燃料(注:第一世代のバイオ燃料は,人間の食料になる作物のデンプン,糖や油脂画分だけを使って生産したバイオエタノールやバイオディーゼルのこと。環境保全型農業レポート.「No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か」参照)の多くは温室効果ガス削減に寄与せず,食料生産に使える農地面積を減らしているが,全体を配慮した正しい政策立案が大切。

     ・温室効果ガス削減政策の導入によって,食料システムに,多様なプラスの多面的機能提供を強化することに対する奨励金を支給することが可能になる。

    【D−3】食料システムにおける温室効果ガスを削減誘導条件作り

     グローバルな食料システムにおける温室効果ガス排出削減の包括的戦略を策定することが緊要だが,産業界は,政府の支持を受けた産業部門横断的な持続可能性基準を期待している。例えば,イギリスの食品小売部門は,政府の認定する持続可能性基準を設定する国のプランを歓迎する旨を表明している。彼らは,公認された基準の導入によって,競争の激しい食品小売部門に共通の平らな舞台が作られ,基準を満たした設備などへの投資を十分な時間をかけて行なえるようになるとしている。

    課題E:世界を養いながらの生物多様性と生態系サービスの維持

    【E−1】食料システムと環境政策の連携

     食料生産には,農地と非農地とによって提供される生物多様性と,生態系サービスが必要である。これまで,農地での食料安全保障政策と非農地での環境保全政策とが別個に展開されてきたが,両者をつながった形で展開するためには,次のようなことが必要である。

     ・国際レベルでは,食料安全保障と環境保護とが相互依存していることを認識することが重要である。例えば,熱帯雨林による二酸化炭素の吸収といった環境便益が,低所得国によってコスト負担がされている場合,グローバルな便益の提供に対する報酬を低所得国が得られるようにする国際政治が必要である。また,他の国にマイナスの環境インパクトを与える政策を回避することが必要であり,国際行動が必要である。

     ・国レベルでは,(1)新たに開発する土地面積はできるだけ節約し,野生生物生息地の減少を極力抑制する,(2)低所得国に必要なインフラ開発は生息地保全に配慮して行なう,(3)農業景観地帯では生物多様性保護や生態系サービス維持を意識して土地利用を行なう,(4)河川の最小環境流量を確保する,(5)海域および淡水域に水生生物の保護区域を設定する,(6)自然生息地の保護に際して低所得国における野生食料の重要性を配慮することが必要である。

    【E−2】農業および漁業管理による生物多様性と生態系サービスの向上

     食料生産に使用されている農地および水系は多様な利用目的に合わせて管理することが必要である。高レベルの生産力が重要な場合には,持続可能な集約化(sustainable intensification)がキーコンセプトとなる。しかし,食料生産に加えて,農村経済の維持,洪水管理,生物多様性の保護など,農地も生態系サービスを重視して管理する必要があり,陸水系や沿岸域水系でも同様である。そして,陸上と水系の双方の生態系を総合化して政策作りを行なうことが大切である。

    【E−3】政策立案に必要な問題

     環境政策と食料システム関連政策とをつなげることが大切だが,現在は,生物多様性や生態系サービスをほとんど考慮していない食料システム関連政策が多い。他方,環境保護者には如何に世界の人を養うかを配慮することなく,農業を批判するだけの者も存在する。食料システム関連政策に環境問題を組み込むことが大切だが,そうした政策の立案を促進するための課題として下記がある。

     ・迅速に研究する必要がある知識ギャップ: (1)いろいろな生態系サービスの生態学的基盤とその撹乱に対する弾力性の解明,(2)生態系サービスと生物多様性の経済的評価,(3)様々な農業管理方法を評価する手法の開発など,政策に取り込むために必要な知識を早急に増やす必要がある。

     ・国および国際レベルによる管理政策への環境の取り込み: 国レベル(例えば,土地利用政策)や国際レベル(例えば,グローバルな公益に影響する要因の国際管理政策)への環境配慮の取り込みを,これまで以上に強化する必要がある。

     ・マイナスの環境外部コストの内部化: 市場は食料システムの生産した農産物に対価を支払うが,食料システムの提供する生態系サービスには対価を支払っていないという市場の失敗が存在する。これが是正されないと不可逆的環境ダメージを起こして,長期的には食料システムの活力に脅威となることを強く認識する必要がある。これによって生ずる生態系サービスの低下や,環境汚染などのマイナスの外部経済を減らすコストを内部化する(価格に含ませる)ことは,マイナスの外部経済の削減を助長する上で大切である。  ・消費者による環境保全的農産物の購入: 消費者が,マイナスの環境外部経済を最小限に抑えた環境保全的な農産物を,そのために要したコスト上昇分を含めて購入することが望まれる。そのためにはそうした農産物であることの証明が必要である。

     ・環境保護とスチュワードシップ: 環境保全目標とそのための農業方法を明示して,それを遵守するクロス・コンプライアンス契約をした農業者に奨励金を支払う制度(イギリスの行なっている制度を「環境スチュワードシップ」という)が,EUでは広く行なわれている。こうした制度に対する支払は,農業市場を歪曲させることなく,農村所得を支援すると同時に環境を保護する手段である。こうした制度のなかで,農場での生物多様性の長期的維持や生態系サービス提供を支援するしっかりした事業をデザインしなければならない。グローバルな生物多様性の中心になっている低所得国ではスチュワードシップ制度は少なく,今後助長しなければならない。

    ●政策立案者が優先すべき主要な行動

     上記の課題を達成しようとする際には,課題横断的に,政策立案者は下記の行動を優先して行なう必要がある。

    (a)優良規範の普及

     ローカルな条件に適合した持続可能な農業方法の規範を普及させて,農業者の知識・技能水準を高めることが大切だが,その際には,次のような点が特に必要である。(1)高・中・低所得国における普及およびアドバイスサービスの改善。(2)低所得国における土地および自然資源への権利の強化。(3)人的および社会的資本の形成や知識交換の実証済みモデルの採用。

    (b)新知識への投資

     フードシステムが,より持続可能になり,気候変動を緩和し気候変動に適応でき,世界の貧しい者のニーズに対処するために,新しい知識も求められている。たった1つの技術が万能薬になることはなく,バイオ技術,農学および農業生態学的アプローチを組み合わせてこそ持続可能な前進がなされる。研究成果の恩恵を得るまでにはタイムラグがあるため,今後の数十年の問題を解決するために今から新知識に投資することが必要である。

    (c)持続可能な食料生産を開発の中心に

     国際開発ファンドは,一次食料生産が農村および都市の生活に果たしている重要な役割を無視してきたが,最近ようやく変わりつつある。低所得国の食料生産には,高所得国と同程度ではなく,より強く気候変動の影響が及ぶことが予測されており,それに適応できるような開発支援が必要である。

    (d)農業用の新しい土地がほとんどないという仮定に立った作業

     過去40年間に,地球規模では農地に転用された新しい土地はほとんどない。また,今後,生態系サービスの維持を考えれば,森林,自然草地や湿地の農地転換を正当化できるのは例外的である。一部の生物多様性は農地で維持できるものの,特に熱帯では生物多様性の大きな部分の保全には自然生態系の維持が必要である。低所得国では国際開発ファンドを有効活用しつつ,既存農地や劣化した農地の修復によって食料生産を増やすことが必要である。

    (e)漁業資源の長期的持続可能性の確保

     世界の漁業資源の多くは過度に開発され,漁業管理も乏しい。違法漁業や漁獲能向上を図る補助金の継続によって資源が一層悪化し,さらに気候変動に弾力性が乏しく,漁業そのものが崩壊するリスクが高まっている。資源の持続可能な利用を助長する優良規範を普及するとともに,長期的で明確な漁獲権の配分に基づいて,より効果的な管理を国および国際レベルで施行する必要がある。養殖は,今後の供給と資源の課題を満たす上で重要な役割を果たし,その持続可能性を一層高めて生産することが必要である。

    (f)持続可能な集約化の推進

     農地用の新しい土地がほとんどなく,食料を増産する必要があって,持続可能性の達成が重要な場合には,持続可能な集約化を優先する必要がある。持続可能な集約化には,土地管理者や農業者などが行なっている多様な生産を認識した上で,経済的および社会的変革を行なうとともに,単に収量増加だけでなくより複雑な一連の目標に対処するように研究の方向付けし直しが必要である。

    (g)食料システム経済への環境の組込

     食料システムは,無料で提供されている様々な生態系サービスに依存している。食料システムは環境にマイナス影響を与えて,生態系サービスの機能発揮を損なうことがある。生態系サービスの経済的理解は現在活発に研究されており,生産システムに生態系サービスの対価を組み込むことは,持続可能性を誘導する強力な方法である。

    (h)廃棄物削減〜高所得国および低所得国の双方がかかえる課題

     食料システムの全ての段階で食料が廃棄されている。高所得国では廃棄物は消費者末端に集中し,低所得国では生産者末端に集中する傾向がある。この問題は,特に高所得国では,市民個人や企業が明確に貢献しうる領域である。

    (i)決定を行なう論拠基盤の充実と進捗状況の評価基準の開発

     農業,食料システムおよび環境を分析する,グローバルで空間を明確にしたオープンなデータベースを創出することと,政策立案者のニーズを満たせるように,いろいろなモデルを体系的に比較し,その結果を共有し,その結果を総合化できるようにするための国際食料システムモデリングシステムフォーラム開催することを勧告する。

    (j)食料生産用水の利用可能性にかかわる主要問題の予測

     他の部門からの水需要の高まり,帯水層の枯渇,気候変動による降水パターンの変化,海面の上昇や河川流の変化によって,食料生産用の水供給には初めて経験するような圧力が高まっている。水利用効率の大幅な向上や,総合的水管理プランの開発を誘導する政策立案を優先する必要がある。

    (k)消費パターン変革のための作業

     知識を持った消費者は,持続可能性などの望ましい目標を助長する商品購入を選択して,食料システムの改革に影響を与えることができる。そのためには明確な表示と情報が必須である。政府は消費パターンを変革するのに,市民の認識向上,行動心理学に基づいたアプローチ,民間部門との自主的協定,法的および財政的手段などを考慮する必要がある。行動のための社会的コンセンサスを形成することが,需要を変革するキーである。

    (l)市民の権限強化

     市民が,グローバルな食料システムを改善する努力をするために役立つツールに,投資を行なう必要がある。例えば,最新の情報技術を動員して,飢餓のリアルタイム監視情報,飢餓削減努力で何がなされていて何がなされていないかの情報,いろいろな市民グループの活動状況に関する情報などを,農業者や消費者に情報提供するツールが必要である。

    ●結論

     報告書は最後に,結論として次のように述べている。

     「不確実性は避けられないが,本報告書に示した食料システムの分析から,現在から2050年までのグローバルな食料システムは,過去に直面したと同様に多数の課題に直面することが明かである。本報告書は,現在および将来の意志決定者に対して行動を起こさないことの結果について厳しい警告を発しており,世界中で,食料生産および食料システムに対して政治的議事日程で非常に高い優先度を置かなければならない。食料システムの前に横たわっている前例のない課題に対処するには,産業革命やグリーン革命を含めたこれまでよりも,これからの数十年間に,よりラディカルに変革を図らなければならない。

     課題は大変難しいものだが,現在では世界人口が増加を止める時期を予測することができること,自然科学および社会科学が新しい知識と理解を提供し続けていること,グローバルな貧困は容認できず,この状況を終わらせなければならないとのコンセンサスが高まっていることなど,楽観的な現実的論拠もある。しかし,政治家,ビジネスリーダー,研究者や他の主要意志決定者が行なうべき非常に難しい決定が前方に横たわっており,大胆な行動が必要であるとともに,個々の市民もあらゆるところで,世界が必死になって必要としている持続可能で公平な食料システムを達成するために参加し支援しなければならない。」

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