環境保全型農業レポート > No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか

    ●有機農業の間違えた解釈

     コーデックス委員会(国際的な食品基準,ガイドライン,優良行為規範などを策定する国際機関)の有機農産物表示のガイドラインのなかで,「有機農業は一連の環境にやさしい方法の一つである。有機生産システムは,社会的,生態的および経済的に持続可能な最適農業システムを達成することを目指した,特定の明確な生産基準に基づくものである。」と規定されている(環境保全型農業レポ ート「No.207 有機農業の理念と現実」参照)。

     この規定のように,有機農業は単に化学合成資材を排除して安全な農産物を生産することを目的にした農業ではなく,農業生産を行なっている場とその周辺の環境保全を図ることが重要な使命となっている。そして,過度の化学物質の使用や,伝統的な人間の生き方から大きくずれていると考えている遺伝子組換え生物や下水汚泥の利用なども排除して,できるだけ自然と調和した人間の生き方に戻そうという考えが根底にある。こうした考えに沿った定められた生産基準で生産されることが有機農産物の条件となっている。この基準にしたがって生産された農産物であることを担保しているのが,有機JASなどの認証制度である。

     しかし,生産現場から遠く離れた消費者の多くは,有機農業が環境に与えている影響などは目に見えず,農産物そのものが安全でおいしくなければ,高い対価を支払うことに納得できない。そのため,有機農産物は慣行農産物よりも品質的に優れていて,それを収穫後の分析によって証明できることを強く希望している消費者が多い。この理解だと,有機農業は安全・高品質な農産物を生産する高付加価値農業でしかなくなる。

    ●窒素の安定同位体比

     収穫後に農産物が有機であるか否かを判別する方法として,窒素安定同位体比による方法が有効であると提案されている。提案内容の紹介は後に回して,まずはその理解に必要な,窒素の安定同位体比を説明する。

     通常の窒素元素は原子量14で,14Nと表記され,大気中の窒素元素の99.6337%を占めている。残りの0.3663%は原子量15の窒素元素で15Nと表記される。いずれも放射線を出さない安定同位体である。生物体や土壌中に存在する14Nと15Nの比は一定ではない。両者の存在比は,試料中の15Nの存在割合(R =15N /14N)で表示される。そして,2つの試料の15Nの存在割合(R)を比較する際には,δ(デルタ)15NN値を用いる。すなわち,

      δ15N値=[(試料のR)/(標準試料のR)−1]×1,000

     (単位: ‰,パーミル(千分率);1000分の1を1とする単位で,1 ‰=0.1%)

     標準試料には,空気の窒素ガスを用いる。このため,δ15N値がゼロなら,試料のRが空気の窒素ガスと同じことを意味し,プラスなら,試料のRが空気の窒素ガスよりも大きく,マイナスなら小さいことを意味する。

     化学肥料窒素は空気中の窒素ガスを固定したアンモニアから製造されており,また,マメ科作物などによる生物的窒素も空気中の窒素ガスを固定している。このため,化学肥料窒素や生物的窒素固定を行なっている植物体のδ15N値は,マイナスか,わずかにプラスである。これに対して,動物体や動物の排泄物のδ15N値はかなり大きなプラスの値となっている。こうしたδ15N値の違いを利用して,窒素固定性作物体のδ15N値を分析して,作物が吸収した窒素が,土壌有機物から無機化されたものと,空気中の窒素ガスから固定したものとに,どの割合で構成されているかが解析されている。また,地下水を汚染している硝酸のδ15N値から,農地から流亡してきた化学肥料と,家庭の汚水浄化槽の浄化排水や家畜ふん堆肥とが,どれだけの割合で寄与しているかなどの研究がなされている。

    ●窒素安定同位体比による有機農産物の判別手法!?

     中野明正(野菜茶業研究所:現在,独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構)は,有機JAS認証を受けた果菜類と,スーパーマーケットで購入した同じ種類の認証を受けていない果菜類のδ15N値を比較した。その結果,いずれの果菜類でも有機農産物の表示のあるもののδ15N値は+5 ‰を超え ,有機農産物の値が表示のないものに比べ高かった(図1)(中野明正・上原洋一・渡邊功 (2002) 有機農産物認証を受けた果菜類のδ15N値.日本土壌肥料学会雑誌.73: 307-309;中野明正 (2005) 農業技術大系 土壌施肥編 第4巻 土壌診断・生育診断の基本−農産物品質診断.p.基本371-377)。

     さらに,栽培県を18県と中国,分析する野菜試料を25品目,合計106点の市販試料に拡大して同様にδ15N値の分析を行なった。その結果,ほぼ同様の結果が得られ,有機農産物表示のあったものの72%が,また,表示なしの試料の32%が+5.0 ‰以上のδ15N値をとっていた。基準値として+4.0 ‰を採用した場合は,有機農産物表示のあったものの80.4%が+4.0 ‰以上の値をとり,表示なしのものは45%であった。

     また,市販品でなく,研究所(民間研究所,公立研究所および野菜茶業研究所)で栽培された129点の試料のδ15N値も分析した。この場合は,有機JASの認証を受けたものでなく,有機物施用区を有機農産物相当とした。この中には家畜ふんと合成緩効性窒素肥料のCDUを併用した区も有機物施用区としているので,厳密な有機JAS農産物ではないことに注意する必要がある。こうした合計129の試料で,δ15N値が+5.0 ‰以上の値をとる試料は88.1%,化学肥料施用区(表示なしに相当)の試料では25.3%であった。基準値として+4.0 ‰を採用した場合は,有機物施用区で97.6%が+4.0 ‰以上の値をとり,表示なしのものは32.2%であった。市販試料に比べ施肥管理がより厳密であったため,明確な結果になったと考えられた(中野明正・上原洋一 (2004) 有機肥料で栽培した野菜と化学肥料で栽培した野菜を判別する基準としての窒素安定同位体比の適用.野菜茶業研究所報告.3: 119-128;中野明正 (2005) 農業技術大系 土壌施肥編 第4巻 土壌診断・生育診断の基本−農産物品質診断.p.基本371-377)。

     こうした結果から,中野(2005)は,「有機農産物の認証において,現行では検査員が聞取りで行なうといった手法がとられるが,このような調査を数値的に保証するために,δ15N値が使用できる可能性がある。すなわち,有機農産物と称する農産物のδ15N値がある値(たとえば+5.0 ‰)を下回った場合,それが有機農産物でない可能性が考えられ,詳細に検査する対象とする,という使い方が考えられる。」と結論した。

    ●有機物資材のδ15N値

     下記の既往の文献から,化学肥料や有機物資材のδ15N値を表1にまとめた。

     (1) 米山忠克 (1987) 土壌-植物系における炭素,窒素,酸素,水素,イオウの安定同位体自然存在比:変異, 意味,利用.日本土壌肥料学雑誌 58(2),: 252-268

     (2) 森田明雄・太田充・米山忠克(1999)肥料の種類の違いが茶園土壌と茶棚のδ15N値に及ぼす影響.日本土壌肥料学雑誌 70(1):1-9

     (3) 徳永哲夫・福永 明憲・松丸 泰郷・米山 忠克 (2000)堆肥および化学肥料を施用した水田におけるδ15N値を用いた水稲の起源別窒素量の推定の試み.日本土壌肥料学雑誌 71(4): 447-453

     (4) 中野 明正・上原 洋一・山内 章(2003) 堆肥施用がトマトの収量,糖度,無機成分およびδ15N値に与える影響.日本土壌肥料学雑誌 74(6), 737-742

     (5) 佐藤紀男・三浦吉則 (2008) 有機質肥料の種類による作物体中δ15N値の変動.圃場と土壌.40(7): 15-18

     (6) 西田瑞彦 (2010) 重窒素を用いた直接的手法による水田における有機質資材由来窒素の動態解明.東北農業研究センター研究報告.112: 1-40

     原子量14と15の窒素では,生物による利用性に違いが存在する場合(利用性の分別程度が大きい場合)と存在しない場合(利用性の分別程度が小さい場合)とがある。空中窒素の固定では2つの同位体の分別程度が小さいため,固定された窒素のδ15N値は空気とほぼ同じである。このため,空中窒素固定による窒素で生育した植物体のδ15N値は低く,フレはあるが,全体の平均値は0に近い(表1)。

     植物遺体が微生物によって分解される際には,軽い14Nの方が早い反応速度で無機化されてアンモニウムに変換され,アンモニウムが硝化細菌によって硝酸に酸化される際にも,14Nの方が早い反応速度で硝化される。このため,分解の遅い土壌有機物には15Nが濃縮され,δ15N値が高くなる(木庭啓介・高橋和志・高津文人 (1999) 安定同位体比を用いた森林生態系における植物−土壌間の窒素動態研究.日本生態学会誌.49: 47-51)。無肥料で栽培した非窒素固定植物体は,15Nの濃縮された土壌有機物が無機化されて放出される,15Nの存在比の高い無機態窒素を吸収する。このため,非窒素固定植物体のδ15N値は窒素固定植物よりも高くなる(表1)。

     水域生態系では,経験的に食物連鎖の栄養段階がひとつ上がるごとにδ15N値が3.3 ‰上昇することが知られている(山田桂裕・吉岡崇仁 (1999) 水域生態系における安定同位体解析.日本生態学会誌.49: 39-45)。動物性有機質肥料や家畜ふん堆肥のδ15Nが,植物体や植物性有機質肥料よりも高いが(表1),これは植物を動物が食べた際にこれと同様に動物のδ15N値が高くなるためと理解される。

     植物体の15N濃度は,植物が吸収同化する窒素のδ15N値と,植物体での窒素の代謝・転流における同位体分別によって決まる(米山忠克,1987)。したがって,同一植物であれば,植物体のδ15N値は,吸収同化する窒素のδ15N値と密接に関係することになる。事実,佐藤紀男・三浦吉則 (2008) は,化学肥料,有機質肥料や家畜ふん堆肥などを基肥にして,基肥のみで栽培したコマツナのδ15N値 (y) は,基肥に使用した有機物資材のδ15N値 (x) に近似した値となり,両者との間にy = 1.224 x ? 2.322の関係が成立することを,0.1%水準で確認している(佐藤紀男・三浦吉則 (2007) 各種有機質肥料のδ15N値とコマツナ、キュウリのδ15N値の特徴.平成18年度東北農業研究成果情報.も参照されたい)。

    ●窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えない

     上記に示したように,中野は,「有機農産物と称する農産物のδ15N値がある値(たとえば+5.0 ‰)を下回った場合,それが有機農産物でない可能性が考えられ,詳細に検査する対象とする,という使い方が考えられる。」と結論した。しかし,この結論は乱暴であり,次の理由から窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えないと結論するのが当然の帰結である。

     (1)動物性の有機質肥料や堆肥を使った場合には作物体のδ15N値が+5.0 ‰を上回るが,植物性の有機物資材では上回れない

     作物体のδ15N値が+5.0 ‰を上回るのは,家畜ふん堆肥や魚粕などの動物性堆肥や有機質肥料を使用した場合である。輪作や間作によってマメ科作物を鋤込んだ伝統的な地力維持を行なった有機栽培の場合には,作物体のδ15N値は+5.0 ‰にはとても及ばないと容易に推定される。佐藤・三浦(2008)も,「植物質の有機質肥料を主体とした施肥を行なう場合には,必ずしもδ15N値が高まらず,一般栽培のものとの判別が不能になることを示唆している。」と指摘している。この場合の有機質肥料は文字通りに有機質肥料に限定されるのではなく,緑肥や植物質堆肥も含むと理解される。

     (2)化学肥料と家畜ふん堆肥を併用しても作物体のδ15N値が+5.0 ‰を上回るケースが現実に存在しており,+5.0 ‰を上回って必ずしも有機農産物とはいえない

     「●窒素安定同位体比による有機農産物の判別手法!?」において,研究所で栽培された129点の試料のδ15N値を紹介したが,その際,中野・上原(2004)は,有機JASの認証を受けたものがろくになかったたであろうが,有機物施用区を有機農産物相当とした。この中には家畜ふんと合成緩効性窒素肥料のCDUを併用した区も,有機物施用区としている。

     この中で中野・上原は,家畜ふん堆肥に化学肥料のCDUを併用して栽培したトマト,トウモロコシやエダマメも,δ15N値が+10 ‰を超えていることを観察している。問題はCDUを併用したら有機農産物と称してはならないのに,有機農産物相当として扱っている。つまり,化学肥料と家畜ふん堆肥を併用した慣行栽培でも,+10 ‰を超える事例が現実に存在し,+5 ‰を超えたからといって有機農産物ではない事例が現実に存在している。それゆえ,化学肥料を用いた上で,家畜ふん堆肥施用して,δ15N値が+5 ‰を超えるようにすることはいとも容易であり,+5 ‰は有機農産物の判別基準とするなら,違反行為を助長することになろう。

     (3)δ15N値+5 ‰は慣行農産物と有機農産物とを明確に峻別していない

     「●窒素安定同位体比による有機農産物の判別手法!?」の項目において紹介したが,市販野菜試料のδ15N値を分析した結果,有機農産物表示のあったものの72%が,また,表示なしの試料の32%が+5.0 ‰以上のδ15N値をとっていた。

     市販の農産物は,有機であれ慣行であれ,その栽培方法は多様である。それゆえ,研究所での結果に比べて,市販農産物での品質分析の変動幅が大きい事例が多いことは,世界の有機農産物の品質に関する文献を精査した,イギリスの環境・食料・農村問題省(DEFRA)の委託を受けた,ロンドン大学衛生熱帯医学大学院の栄養公衆衛生研究チームの報告書にも示されている(環境保全型農業レポート.「No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない」)。同報告書のなかで,例えば,野菜などの有機農産物の硝酸濃度は,慣行農産物に比べて,市販品では高いものから低いものまでフレが実に大きいが,研究所などで試験しているものでは,有機農産物の方が慣行農産物よりも低くなっている。このように,研究所の厳密に管理した栽培条件に比べて,市販品の栽培条件は実に幅が広く,そのためにフレが大きくなるのは当然である。

     そのことを認識した上で,「市販野菜試料のδ15N値を分析した結果,有機農産物表示のあったものの72%が,また,表示なしの試料の32%が+5.0 ‰以上のδ15N値をとっていた。」との記述は,有機農産物であっても,28%は+5.0 ‰未満であって,その有機農産物の正当性を別の方法で吟味する必要がある。また,表示なしの慣行栽培のものであっても,32%は有機農産物と誤って判定されるとも,言い換えることができる。これは有機農産物と慣行農産物とをδ15N値では区別できないことを示しているに他ならない。

     (4)δ15N値のみを根拠に有機栽培茶を判別することは困難との研究結果がだされた

     食品総合研究所の林らは,δ15N値によって有機栽培したチャ生葉を判定できるか否かを検討し,次の結果をえた。

     (a) 芽と第1〜4葉のチャ生葉のδ15N値は,使用した有機質肥料のδ15N値の影響を受け,高いδ15N値の肥料を施肥するほど高くなる。また,有機質肥料を施肥しても,δ15N値の高い魚粕を施用した場合は,低いナタネ油粕の場合よりも高くなった。

     (b) チャ生葉のδ15N値の慣行栽培との差は,ナタネ油粕のようなδ15N値の低い有機質肥料では現れない。しかし,魚粕のような高い有機質肥料を施肥した場合,短期間の施用では明確に現れないが,有機栽培開始から3年後には,芽と第1〜2葉,第3〜4葉,茎の3部位の全ての組み合わせで,両者の間に有意な差が生じた。

     (c) 有機栽培したチャ生葉と同程度のδ15N値は,有機栽培ではない市販茶でも高頻度で観測される。したがって,製茶された茶葉のδ15N値は,有機栽培茶の判別標識の一つとしては利用できるが,δ15N値のみを用いて有機栽培茶を判別することは困難である。

     (1) 林宣之・氏原ともみ・田中江里・岸保宏・小川英之・松尾啓史 (2012) 有機栽培されたチャ生葉の窒素安定同位体比(δ15N値)の年次変動.平成23年度 食品試験研究成果情報

    (2) Hayashi, N/, T. Ujihara, E. Tanaka, Y. Kishi, H. Ogawa and H. Matsuo (2011) Annual variation of natural 15N abundance in tea leaves and its practicality as an organic tea indicator. Journal of Agricultural and Food Chemistry, 59: 10317 - 10321

    ●おわりに

     有機農産物と慣行農産物とを,何らかの分析値によって判別できないかというニーズは古くからある。しかし,多様な有機栽培が実施されているなかで,それは無理である。とはいえ,有機農産物判別法に対するニーズが,有機農業を付加価値の高い農産物を作ることだけが目的の農業と曲解するか,有機農業の認証制度のチェックシステムや生産者の誠実性に対して不信感をもっているためであろう。そうした消費者や流通業者のニーズに応えるとして,科学的厳密性を切り下げして安易に迎合することは許されることではない。

     有機農業の理念を消費者や流通業者にもきちんと理解してもらいながら,正しい有機農業の努力を重ねることこそ大切なことであろう。

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