環境保全型農業レポート > No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書

    ●環境保全型農業のあり方の見直し

     1999年に「食料・農業・農村基本法」が公布されたが,農林水産省はこれに先だって,同法の基本骨格をスケッチした「新しい食料・農業・農村政策の方向」(新政策)を1992年に公表した。そのなかで,「農業の有する物質循環機能などを生かし,生産性の向上をはかりつつ環境への負荷の軽減に配慮した持続的な農業」を環境保全型農業と初めて定義して,その確立をわが国農業全体として目指す必要性を強調した。そして,農林水産省は1994年4月に関係団体に呼びかけて,環境保全型農業運動を全国展開するために,事務局をJA中央会に置く,全国環境保全型農業推進会議を設置した。この頃, WTO交渉に先駆けて日本が多面的機能の重要性を国際的に主張していたことを反映して,全国環境保全型農業推進会議の環境保全型農業推進憲章(1997年2月制定)では,環境保全型農業を「環境に対する負荷を極力小さくし,さらには,環境に対する農業の公益的機能を高めるなど,環境と調和した持続的農業」と定義し,環境負荷の軽減に加えて,公益的機能の向上を付け加えた。

     今日でも環境保全型農業のこの定義あるいは枠組は誤っていない。しかし,その後の国内外での動向を踏まえて,新たに強調すべき点を付け加えた方が良い状況となっていた。

     第一に,1999年のダイオキシン問題,2001年のBSE問題,2002年の登録外農薬の使用問題などで大きな関心を集めた食の安全・安心問題に,環境保全型農業の枠組も明確に論及すべきと状況となっていた。

     第二に,農業の有する公益的機能として,これまで日本ではあまり重視されてこなかったが,国際的に重視されている農地土壌への炭素貯留による地球温暖化防止機能(有機物に組み込まれた炭素を難分解な土壌有機物として土壌に長期間貯留して,温室効果ガスの二酸化炭素やメタンになって大気に戻る炭素の量を減らす機能)や,農業の生物多様性保全機能を強調することが必要になった。

     第三に,環境保全型農業の推進にかかわるいくつかの施策が実施されているが,そのなかには環境保全型農業を推進してゆくには不十分な施策や,新たに実施すべき施策もある。

     こうした状況の下で,農林水産省は生産局農産振興課環境保全型農業対策室を事務局として,2007 年10 月から2008 年3 月まで8回にわたって「今後の環境保全型農業に関する検討会」を開催した。

     環境保全型農業の実践では,特に土壌管理,IPM(総合的病害虫・雑草管理),家畜ふん尿の処理利用が大切になるが,農林水産省内でのこれらの担当部署が異なり,順番に,環境保全型農業対策室,消費・安全局植物防疫課および生産局畜産部となっている。今回の検討会の事務局が環境保全型農業対策室であることから,土壌管理を軸にして環境保全型農業にアプローチしている。ただし,IPMや家畜ふん尿の処理利用を排除しているわけではない。こうした事情から検討会では,下記の2つの問題を中心に論議が重ねられた。

     (1) 農地土壌が有する多様な公益的機能と土壌管理のあり方

     (2) 環境保全を重視した農法への転換を促進させるための施策のあり方

     2008年3月に「今後の環境保全型農業に関する検討会報告書」がまとめられた。その概要を紹介する。

    ●農地土壌が有する公益的機能

     農産物を生産・販売して利益を得るのは私益だが,農産物生産のために実施している営農行為に付随して広く国民に無償で提供しているサービスは公益である。農地土壌の持つ公益的機能として,報告書は下記を指摘している。

     ・作物生産機能(私益を生み出すが,同時に国の食料安全保障にもかかわっている)

     ・炭素貯留機能

     ・物質循環機能

     ・水・大気の浄化機能

     ・生物多様性の保全機能

     因みにEUは,土壌の機能として,1)農業および林業を含むバイオマス生産,2)養分,物質および水の貯蔵,ろ過および変換,3)生息地,種および遺伝子などの生物多様性プール,4)人間および人間活動のための物理および文化的環境,5)原材料の供給源,6)炭素プール,7)地理および考古学的遺産の保管庫を上げている(環境保全型農業レポート. No.60.EUが「土壌保護戦略指令案」を提案)。このうちEUの4),5),7)は農地土壌に限った機能でないので,報告書は除外している。

    ●農地土壌の実態

     報告書は,我が国の農地土壌の実態について次の諸点を指摘している。

    「我が国の農地土壌の実態をみると,農業労働力の減少・高齢化,耕種と畜産の分離等を背景に,

     (1) 堆肥等有機物施用量の減少により,土壌中の有機物含有量が低下傾向にある一方で,

     (2) 土壌養分については,土壌診断に基づかない施肥等の実施により,塩基やリン酸等の養分の過剰や塩基バランスの悪化が顕著になる など,地力の低下が顕在化している。」

     ここで指摘された土壌有機物含有量の減少,塩基やリン酸などの養分の過剰や塩基バランスの悪化は,農地土壌が有する上記の5つの公益的機能(作物生産機能,炭素貯留機能,物質循環機能,水・大気の浄化機能,生物多様性の保全機能)を損なったり,低下させたりしている。

    ●今後の土壌管理のあり方

     このため,環境保全型農業を推進するために,今後の土壌管理は以下を軸にして推進して行くとしている。

    (1) 有機物の施用

     「引き続き,稲わら堆肥の場合,水田については1t/10a 以上,畑については1.5t/10a 以上を目標として施用する。なお,他の堆肥を施用した場合の目標量についても,今後,農業者等に対して示していくことが必要である」。

     「また,近隣に畜産農家が存在しないなど堆肥を容易に確保できない場合には,地力増進作物(ここでの「地力増進作物」は,エンバクやソルガム等有機物の集積効果の高いものをいう)のすき込みにより土壌への有機物の投入を行なう。」

    (2) 土壌診断に基づく適正な施肥

     「引き続き土壌診断,作物診断に基づく,適正な施肥を推進する。なお,肥料の原料価格が高騰する中で,生産コストの低減の観点からも適正な施肥を推進することが必要である。」

    (3) 的確な耕耘

     「引き続き的確な耕耘を行なうことを基本とする。」

     なお,「不耕起栽培については,適地においては土壌の物理性の改善に高い効果を示すとともに,土壌への炭素の貯留,生物多様性の保全等にも高い効果を有することから,今後,一定の条件を満たす適地においては,不耕起栽培の取組の推進を図る。」

    (4) 土壌改良資材の施用

     「土壌改良の目的(どのような土壌の性質を改善したいか)に応じて,適切な土壌改良資材を選択し,施用を推進する。なお,特に,木炭については,土壌の透水性や生物性の改善を通じた生産性の向上のみならず,土壌炭素の貯留,土壌が有する水質浄化機能の発揮にも効果が高いことから,地域内の林業との連携等その施用を拡大するための課題等について引き続き検討を行なうことが必要である。」

    (5) 多毛作・輪作

     「土地利用率の低下が進む中,土壌養分の地下水への溶脱の抑制,水食や風食といった土壌侵食の防止の観点に加え,土壌炭素の貯留を推進する観点から,冬期間の作付け等多毛作の取組を推進する。特に,畑については,土壌中の有機物の分解が大きいことから,引き続き輪作体系の確保を図りつつ,地力増進作物等の導入により,有機物含有量の維持等地力の増進に努める。」

    (6) 土壌侵食防止のための土壌管理

     我が国には土壌侵食が起きやすい畑が多い。このため,水食防止のために,等高線に沿った畝立て,等高線にそって帯状の水平面を設ける等斜面分割,植物などによる地表面の被覆,土壌の圃場外への流出を防止するグリーンベルトの設置,耕盤による表面侵食を防止するための心土破砕,適地においては不耕起栽培を行なう。また,風食防止のために,畝の間隔を狭くする,風に対して直角に畝を立てる,植物などによる地表面を被覆する,特に冬期の裸地を回避する冬作物を栽培する,適地においては不耕起栽培を行なう。

    ●環境保全型農業の新しい定義

     報告書は,環境保全型農業の新しい定義として,「農業の持つ物質循環機能を生かし,生産性との調和などに留意しつつ,土づくり等を通じて化学肥料,農薬の使用等による環境負荷の軽減,さらには農業が有する環境保全機能の向上に配慮した持続的な農業」とした。この定義は,環境負荷軽減に公益的機能の向上を加えたものであり,1997年制定の環境保全型農業憲章の定義を農林水産省としても追認したものといえる。

     そして,報告書は,環境保全型農業が,水質の保全,大気の保全(地球温暖化の防止を含む),土壌の保全,生物多様性の保全,有機性資源の循環促進等を目的とし,消費者の安全かつ良質な農産物に対する需要に対応した農産物の供給に資するものであることを明確化することが必要であるとした。これらが新しい部分である。

     今にして思えば,「明確化することが必要である」といった表現にとどめるだけでなく,これらの新しい部分を含めた環境保全型農業の定義を文章化しておいたほうがよかったと思える。例えば,「農業の持つ物質循環機能を生かし,生産性との調和などに留意しつつ,農業による環境負荷を軽減するとともに農業が有する環境保全機能の向上を図って,水質の保全,大気の保全(地球温暖化の防止を含む),土壌の保全,生物多様性の保全,有機性資源の循環促進等に貢献するとともに,消費者に安全かつ良質な農産物を供給する持続的な農業」を環境保全型農業と定義する文章も考えられる。

     ところで,今回の報告書での環境保全型農業の定義には,「土づくり等」の文言が入っている。農業者が作物を環境保全型農業で生産しようとする際には,当然土づくりを実践するものの,これまでの定義では土づくりを特記していなかった。環境保全の観点から,化学肥料の過剰施用,化学合成農薬の不適切な散布,家畜ふん尿の不適切な処理と家畜ふん堆肥の過剰施用などが特に問題になっている。このため,土づくり,IPM(総合的病害虫・雑草管理),家畜ふん尿の処理利用が特に大切になっている。今回の今回の報告書の定義で土づくりを特記したのは,環境保全型農業の農林水産省の事務局が生産局の環境保全型農業対策室にあり,同室が土壌保全も担当していることを反映していよう。IPMや家畜ふん尿の処理利用などは「土づくり等」と一括表現されているものの,排除されているわけではなく,報告書はその同時実践の必要性を記している。

    ●環境保全型農業の推進を図る施策の展開方向

     報告書は,全ての農業生産活動をより環境保全を重視したものに転換するには次の諸点を推進する必要があるとしている。

    (1) 施策の定量的目標設定と計測可能な指標の設定

     環境保全型農業を推進する施策を行政が展開するには,当該施策目的を的確に表す定量的な目標と指標を設定し,施策の効果を評価できるようにすることが必要である。これまではエコファーマー数を指標にしてきたが,より的確な指標を検討することが必要である。その際,環境改善効果の指標として,水の硝酸性窒素濃度,大気の二酸化炭素濃度などを採用しても,これらには様々な発生源が関与していて,当該施策に起因する部分を評価できない場合が少なくない。そうした場合には,これらと密接な相関を持っている堆肥,化学肥料,化学合成農薬の使用量などを指標とすること,必要な場合にはモデルなどを利用して水質・大気などへの影響を予測・推計すること,施肥基準やIPMの考え方に基づく防除指針に照らして化学肥料や農薬の使用量を評価することなどを検討する必要がある。

    (2) 農地土壌に係るモニタリング体制等の強化

     我が国ではこれまで,作物生産の観点から土壌のモニタリングを行なってきた。しかし,土壌は,炭素の貯留を通じた地球温暖化の防止,有機物分解などを通じた資源の循環利用,水・大気の浄化,生物多様性の保全など,地球環境や地域環境の保全に重要な役割を果たしている。こうした観点からも土壌の状態をモニタリングし,その結果を国民の共通財産として国が全国のデータをまとめて,ホームページなどで提供することが必要である。

    (3) 技術指針の策定や技術指導等の促進

     (3)-1 堆肥の施用拡大に向けた施策の展開

     最近の堆肥には塩類濃度が高いものが多く,野菜・園芸農家が土づくり資材として利用するのが困難な場合が多い。このため,副資材の混合による堆肥の調整方法などについて畜産農家などに良質堆肥の製造方法を指導する一方,耕種農家の使いやすさを高めるために,土づくり資材として利用される堆肥については,肥料取締法に基づく肥料成分などに係る表示に加え,例えば電気伝導度や炭素含有量などに関する表示を加えること,肥料効果の強いペレット化堆肥については,制度上からも他の肥料成分との混合を容易に行なえるようにして,肥料成分をバランスよく含む堆肥に加工して流通・販売の促進を図ることが必要である。

     (3)-2 環境保全型農業技術の体系化・マニュアル化等の推進

     局所施肥や堆肥施用などによる化学肥料の低減,IPM の考え方に即した農薬の低減,適切な作付体系の評価に基づいた多毛作や輪作,生物多様性の保全と農業への活用を目指した冬期湛水や,水稲の生育期間中に行われる中干しの延期,地球温暖化防止に役立つ有機物の施用と水管理の組合せなどについて,技術開発に加え,都道府県試験場・普及組織・農業者などとの連携の下に,技術の体系化と具体的なマニュアル化を推進して,普及拡大を図ることが必要である。

     そして,土壌診断に基づく適正施肥や,IPM の考え方に基づく防除などを推進するために,普及組織による指導体制を強化するだけでなく,土壌診断などに関する研修や資格制度の見直し・充実などを通じて,民間指導者の人材(普及組織や病害虫防除所などの職員OB,農業者など)の育成・確保を図ることが必要である。さらに,環境保全型農業技術に関する情報サイトを立ち上げ,IPM に関する情報などを含め,情報の一元的発信に努めることが必要である。この際,環境保全型農業技術については,農業者などが主体となって開発された技術も多いことから,農業者などの協力を得ながら進めることが重要である。

     (3)-3 より効果的に環境保全型農業を推進していくための基準等の作成

     上記の「●今後の土壌管理のあり方」に記した,有機物の施用,土壌診断に基づく適正な施肥,的確な耕耘,土壌改良資材の施用,多毛作・輪作,土壌侵食防止のための土壌管理について,農業者が実践できる具体的な指針を作成することが必要である。

     その際,特に,(a) 一部自治体で行われている総窒素施用量や堆肥施用量の上限設定の取組を全国的に広げていくこと,(b) 環境への負荷軽減や資材費低減の観点から,水田についても土壌中の可給態リン酸含有量の上限値を検討すること,(c) 堆肥等有機物を施用した場合の減肥指導を徹底すること,(d) 地球温暖化防止への貢献などの観点からの堆肥施用基準の設定などに取り組むことが必要である。そして,エコファーマーの認定にあたっても,土壌管理指針を活用するように指導することが適当である。

    (4) 農業者の取組を支える施策の充実

     (4)-1 適正な価格での取引を推進するための表示・ブランド化等の推進

     環境保全型農業の取組によって生産された農産物については,そのことを表示して,消費者,量販店,流通事業者などに対して,地球温暖化防止への貢献など環境保全への貢献を啓発し,消費者などの理解を得て,コストを踏まえた適切な価格で取引できるようにすることが必要である。

     (4)-2 環境保全型農業に取り組む農業者に対する支援

     これまでに農林水産省は,環境保全型農業を推進するために,ハード面では,堆肥の調製・保管施設,堆肥ペレット化装置,マニュアスプレッダー,土壌分析施設などの整備,土壌・土層改良等を推進してきた。また,ソフト面では2007年度から,農地・水・環境保全向上対策のうち,先進的な営農活動を一定のまとまりを持った地域で行なう取組について支援を開始した(環境保全型農業レポート.No.54 対象範囲の狭い農地・水・環境保全向上対策)。

     今後,地球温暖化防止や生物多様性保全などを目的にした新たな施策が考えられる。しかし,そのための耕畜連携による家畜ふん堆肥の施用,炭素貯留に資する不耕起栽培,生物の生息環境の保全に資する冬期湛水などの取組については,汎用性のある技術として確立されていないものも多いことから,モデル地区への支援から始めるのが適当である。そして,今後我が国において,地球環境の保全・向上の観点から収益の減少を伴う土壌管理に対する支援を本格化するには,

     ・土壌の炭素貯留機能等公益的な機能に関する科学的な知見の一層の集積

     ・土壌の有する多様な公益的機能に関する国民の理解の醸成

     ・農家が自らの営農活動として行なうべき取組と,社会が一定の負担を行ないながら推進していくべき取組との境界(農家と社会との責任分界点)の整理が不可欠である。

     (4)-3 農業環境規範の具体化を通じた普及の促進

     今後,農業補助事業に参加するのに農業環境規範の遵守(クロス・コンプライアンス)を強化することが必要になる。その際,農業者による環境保全的行為の着実かつ適切な実践を確保していくため,営農上の具体的な注意点や生産基準などを明記して,農業環境規範の具体化を行なっていくこと,農業環境規範の各項目の取組状況を検証して,その取組レベルを引き上げていくことの検討が必要である(環境保全型農業レポート.No.12.農業生産活動規範とはNo.81.農林水産省が基礎GAPを公表)。また,補助事業を活用しない農業者もいることから,農業環境規範と食の安全の確保に係る記帳運動との一体的な普及に努めるなど,普及方策についても検討を行なうことが必要である。

    (5) 環境保全型農業に対する国民の理解の増進

     環境保全型農業について農業者と消費者双方の意識啓発を図ることが必要である。その際,国は科学的知見に基づく情報の入手が容易となるよう,ホームページなどを通じて営農活動が水質,大気等に及ぼす影響などに関する各種情報の公開に積極的に取り組むことが必要である。
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