環境保全型農業レポート > No.73 硝酸は人間に有毒ではない!?
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!?

    ●硝酸・亜硝酸の害作用

     3か月未満の生まれたての乳児は,亜硝酸によってヘモグロビンが酸素を運搬できないメトヘモグロビンに酸化されて酸欠となり,ひどい場合には顔色が青くなって死に至るメトヘモグロビン血症になりやすいとされている。その理由として,乳児ヘモグロビンの60〜80%は亜硝酸に酸化されたメトヘモグロビンになりやすい胎児性のヘモグロビンが多い上に,乳児にはメトヘモグロビンをヘモグロビンに還元する酵素がない。さらに,胃のpHが高くて,細菌が定着して硝酸を亜硝酸に変えるなどのために,特に乳児は硝酸の影響を受けやすいとされている。このため,国際的に法律で飲料水の硝酸濃度が規制されており,EUは一部野菜の硝酸濃度を法的に規制している(環境保全型農業レポート.No.51「イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果」)。

     また,硝酸から体内で生成された亜硝酸は,アミンやアミドなどと反応してN-ニトロソ化合物を生ずる。様々なN-ニトロソ化合物はガン発生,生殖機能の低下,糖尿病の助長を起こす潜在物質であるため,硝酸や亜硝酸とこれらの疾病との関係も疑われている。

     食品の有害物質の規制については,WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)の合同委員会であるコーデックス委員会が国際的なガイドラインを作成している。その際,国際的に合意された文献データの整理を論拠にすることが必要になるが,それをWHOとFAO合同の食品添加物に関する専門家委員会(JEFCA: Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives)が行っており,亜硝酸および硝酸に関して文献を整理したものもJEFCAのホームページから入手できる(JECFA Monographs. 844. Nitrite (WHO Food Additives Series 35) およびJECFA Monographs. 845. Nitrate (WHO Food Additives Series 35))。

    ●硝酸の害作用は現実的に問題にならないとの主張

     しかし,フランスの医学者のリロンデル親子は人間では硝酸の害作用は問題にならないと主張して,1996年に単行本を発行した。その英語版が2002年に出され,2006年12月にリロンデル親子の英語版が日本語に翻訳されて出版された(J.リロンデル,J-L.リロンデル著,越野正義訳「硝酸塩は本当に危険か〜崩れた有害仮説と真実」.農文協)。訳本の出版に先立ち,訳者が肥料協会新聞部の機関誌である「季刊肥料」102号(2006)でリロンデル親子の主張をかなり詳しく紹介している。リロンデル親子の主張の概要は下記のとおりである。

     1)これまでの症例を吟味してみると,乳児にメトヘモグロビン血症が生じたのは,細菌に汚染された井戸水を用いた場合と,調理した離乳食のニンジンスープを室内に放置してスープに細菌が増殖した場合だけで,乳児が摂取する前に細菌によって硝酸から多量の亜硝酸が生成されていたケースに限定されている。

     2)乳児では胃のpHが高く,細菌が定着して硝酸を亜硝酸に変えるといわれているが,pHの高い期間は数時間に過ぎず,直ぐに成人並みの低いpHに低下して細菌レベルも激減する。

     3)口内の細菌によって硝酸が亜硝酸に変えられるが,その量はメトヘモグロビン血症を起こすほどの量ではない。

     4)摂食した硝酸の大部分は小腸上部で吸収され,血液に溶けて,腎臓から尿に排出される。

     5)小腸で吸収された硝酸の一部は血液で運ばれて唾液とともに口内に分泌される。

     6)吸収された硝酸の一部は大腸に分泌されて細菌の作用を受けるが,そこでメトヘモグロビン血症を起こすほどの亜硝酸は生成されない。

     7)体内においてアミノ酸の代謝によって生じた一酸化窒素(NO)から硝酸と副産物の亜硝酸が生成されているが,健康な人間では問題になることはない。

     8)しかし,乳児が感染性腸炎にかかっていると,一酸化窒素の生成量が急増してメトヘモグロビン血症になりやすい。

     9)かつて硝酸は薬としてかなりの量が服用されていたが,当時害作用が出たという記録はない。

     つまり,細菌汚染のない飲料水を使用し,調理した離乳食中で細菌が繁殖してないなら,感染性腸炎にかかっている場合を除き,乳児がメトヘモグロビン血症になることはないと主張している。

    ●誌上討論

     アメリカから発行されている環境の健康影響に関する学術雑誌に,上記の著者であるフランスのリロンデル(子息),アメリカのアベリ,イギリスのアディスコットが,アメリカのウォードらがまとめた飲料水中の硝酸の健康影響に関する論文(Ward M.H, deKok T.M, Levallois P, Brender J, Gulis G, Nolan B.T, et al. (2005) Workgroup report: drinking-water nitrate and health−recent findings and research needs. Environmental Health Perspectives. 113:1607-1614)に対する質問と,それに対するウォードらの反論とが同じ号に掲載された(Environmental Health Perspectives (2006) 114(8) p.A458-A461 )。

    (1)リロンデルらの批判

     リロンデルらの主張は次のようなものである。

     ウォードらもこれまでの文献を吟味した結果,硝酸がメトヘモグロビン血症や発ガンなどに対して有害とした研究はわずかであり,それも症状が軽微であり,影響なしとの例も多かったことを認めた。そして,ウォードらも摂取した硝酸が健康リスクを高めるとの明確な結論をえられなかった。それにもかかわらず,ウォードらが飲料水の硝酸基準を変更する前にリスクの可能性を徹底的に吟味する必要があると結論したのは理解できない。

     そして,リロンデルらは特に次の2点を指摘した。

     第一は,アメリカのEPA(環境保護庁)やWHOが飲料水の硝酸性窒素の最大許容レベルを10 mg/L(硝酸塩(NO3)で45 mg/L)に規定しているが,野菜の硝酸濃度はこれよりも通常50倍以上も高い。しかも,人間の硝酸摂取量の大部分は水からでなく,野菜に由来している。それなのにこうした硝酸を多く含む野菜が健康に良いのはなぜか。亜硝酸から発ガン性のN-ニトロソ化合物が生成するのをビタミンCが阻害するといっても,飲料水の硝酸性窒素濃度が10〜20 mg/Lで発ガン性の危険を持つというのなら,野菜の摂取は健康に悪いことになってしまい,野菜が健康に良いという事実に反してしまう。

     第二は,アメリカが飲料水の硝酸性窒素濃度を10 mg/L以下にしたのは,飲料水の硝酸性窒素濃度が10〜20 mg/Lでメトヘモグロビン発症した5例を論拠にしたとされている。しかし,硝酸濃度がその場で測定されていたとは限らず,発生の1か月も後に測定された例もあり,硝酸性窒素濃度と発症との関係が明確に証明されているとはいえない。最近では(農村部での井戸水の硝酸濃度は下がっていないが,細菌汚染が減って)メトヘモグロビン血症の発症例は激減しており,硝酸の有益作用すら報告されている。

     飲料水の硝酸性窒素の最大許容濃度を10 mg/L以下とする基準には明確な論拠がない。おかげで基準を守るために莫大な社会コストを要している。真偽が明確でない上記の5例を含めても,飲料水の硝酸性窒素濃度が20 mg/L以上でメトヘモグロビン血症が生じた事例はない。飲料水の硝酸性窒素濃度が20 mg/L以上でメトヘモグロビン血症が生ずるとは思えないが,基準値が必要なら,飲料水の硝酸性窒素の最大許容濃度を20 mg/Lに引き上げても,それでメトヘモグロビン血症が起きるとは思えない。基準値を引き上げることによって社会コストを大幅に減らすことができ,貧しい農村部に対する経済的メリットが大きく,健康リスクが高まることはない。

    (2)ウォードらの反論

     ウォードらはメトヘモグロビン血症の基準値について次の反論を行っている。

     通常は基準を設定する際には,疾病を起こさない最大濃度に安全係数(しばしば1/500)を乗じている。飲料水の硝酸濃度基準は,疾病を起こさないと観察された最大濃度そのものを使用しており,安全係数を乗じていない。したがって,基準値はリロンデルらのいうように過剰保護ではない。ただし,批判された論文(Ward et.al. 2005)でも飲料水中の硝酸とメトヘモグロビン血症発症との関係についてはさらなる研究が必要なことを強調したと記述した。

     リロンデルらは,胃の亜硝酸濃度が低く,亜硝酸が体内で問題となるほどのニトロソ化合物を生じていないとしたが,ウォードらはこの点に強く反対している。基準上限値の硝酸性窒素10 mg/L(バックグランドレベルは1 mg/L未満)を飲料水で摂取したときのリスクを適切に評価するには,きちんとデザインした研究が必要である。症例検討グループに対して,基準値の水とバックグランドの水を与えながら,食事と水の硝酸,ニトロソ化反応阻害剤(ビタミンC,ポリフェノールなど),ニトロソ化反応の前駆体(赤肉,ニトロソ化反応を起こしうる薬剤など),ニトロソ化反応を増加させる医学的症状(炎症性下痢など)などの情報を,時系列を追って収集しつつ,N-ニトロソ化合物の生成量を測定して検討することが必要である。そうした2つの研究によって,基準値以下の飲料水の硝酸でも疾病リスクが有意に高まることが認められていることを既に指摘した(Ward, 2005)。一つは,赤肉を摂取するかビタミンCの摂取量が少ないと,飲料水中の硝酸塩レベルが高いほど結腸ガンのリスクが高まった。もう一つの研究では,誕生した子供に神経管欠陥が生じていたのは,母親が飲料水から硝酸を多く摂取し,かつ,ニトロソ化反応を起こしやすい薬剤を服用していたことと関係していた。

     ウォードらはこうした研究があることを論拠に,リロンデルらの飲料水の硝酸基準値には何も論拠がないという批判に反論している。

    ●さて,どっちが正しいの?

     リロンデル親子の本は1996年に出版されており,国際機関も承知しているはずだが,その主張を採用していない。例えば,上記のJECFAの2つのモノグラフでは1995年までの論文を引用しているが,リロンデルらの1994年までに発表した研究論文を引用していない。

     土壌肥料学者は土壌や自然界での硝酸の動態や植物や微生物による硝酸の代謝については詳しいが,人間に対する硝酸の安全性そのものについては医学者ではないので,専門家ではない。今後とも国際機関での決定を注視してゆくことが必要である。

     しかし,上記の論争で,体内におけるN-ニトロソ化合物の生成が野菜や果実に存在する抗酸化物質の摂取によって阻害されることが注目される。

     これまでの土壌肥料学の研究によって,硝酸濃度の高い野菜ではビタミンC濃度が低下することが広く認められている。例えば,環境保全型農業レポート.No.53「朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い」にも,そうしたデータが示されている。硝酸濃度が低く,それなりのレベルのビタミンCを含む野菜なら,野菜の硝酸による害作用は相殺されるのだろう。しかし,窒素の多量投入で硝酸濃度が高く,しかもビタミンC濃度の低下した野菜でも,硝酸の害作用が相殺されるのだろうか。この点に疑問を感ずる。

     亜硝酸は,ビタミンCなどの抗酸化物質によって体内で一酸化窒素(NO)に変えられる。リロンデル親子の本には,一酸化窒素は数秒で細胞間を伝達されて,血管,各種臓器,脳,免疫系,神経系,筋肉などの働きを調節する物質として機能している重要な生体制御物質であって,有害物質ではないことを強調している。しかし,他方で,乳児が感染性腸炎にかかっていると,一酸化窒素の生成量が急増してメトヘモグロビン血症になりやすいとも記載している。硝酸濃度の野菜を多量に摂取して,一酸化窒素が通常のレベルよりも多く生成されたとしても,異常は起きないのかも疑問である。

     医学の専門家ではないので,これらの疑問への回答が国際機関から提示されるのを待ちたい。

    ●環境問題との関連

     リロンデルらの主張にしたがって野菜や水道水の硝酸基準は仮に間違えているとしても,窒素を多投すると,水系の富栄養化,土壌からの強力な温室効果ガスである亜酸化窒素(N2O)の発生,自然生態系の窒素レベルが高まることによる自然植生の変化など,環境悪化を助長することになる。

    ●国際的コンセンサスを待つべきだ

     リロンデル親子の原著のタイトルを直訳すると,「硝酸塩と人間〜有毒,無毒それとも有益なのか」なのだが,訳本では副題が「崩れた有害仮説と真実」され,有害説が完全に崩れて,硝酸の毒性は全く問題にならないとの印象を与える。肥料関係者のなかには「季刊肥料」の記事や訳本を読んで,飲料水や野菜の硝酸が有害だとの説は誤っていたとの見解に立って,施肥をむやみに減らす必要はないと主張する方もおられる。確かに本書の訳本は硝酸問題について科学的争点があることを紹介し,我々がこの問題について注視する必要があることに気づかせてくれた。しかし,専門家の間でまだ論争があり,国際機関で決着のついていない段階で,硝酸が無毒で,むしろ有益で,現在の規制は虚構であるとまで言い切るのは問題である。

     国際的コンセンサスがえられない段階で,硝酸含量の高い野菜は安全ですといって,消費者は納得するだろうか。硝酸が低くビタミンCの多い野菜と,硝酸が多くビタミンCの少ない野菜を比べたとき,消費者はどちらが内部品質の良い野菜と判断するだろうか。硝酸濃度が高い野菜は味が良いのかというと,苦くなるとの話も聞く。硝酸が増えれば一般に糖分が減るので,それもうなずける。

     高品質で安全な野菜を生産し,かつ環境を保全する農業こそが消費者に支持される農業のはずである。

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