環境保全型農業レポート > No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策

    ●畑の風食

     土壌が雨や風といった自然の力で圃場の外へ搬出される現象を土壌侵食といい,水によって搬出される場合を水食,風によって搬出される場合を風食という。アメリカでは連邦政府の土壌保全活動によって農地の侵食量はかなり減少したが,水食と風食を合わせて全国平均で年間約10 t/haに達し,その約45%が風食による(環境保全型農業レポート.「No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態」)。日本では,侵食の全国的モニタリングはなされていないが,一般的にはアメリカのように水食や風食は深刻でないと考えられている。とはいえ,深刻なケースが少なくない。

     ここでは日本の農地での風食問題の一端を紹介する。軽い土壌が乾燥していて,圃場が作物に被覆されずに裸地状態のときに強風が吹くと,土ぼこりが舞い上がり,ひどい風食が起きる。このため,風食は湿った水田よりも畑で起きやすい。日本の露地畑の多くでは春から秋に野菜が栽培されるが,野菜の跡に秋から春ないし初夏まで栽培される冬作物(ムギ類,ナタネ,イタリアンライグラスなど)の作付面積が昔に比べて激減し,野菜収穫後は裸地状態のケースが増えている。また,耕作放棄地が増え,裸地ないし裸地に近い状態で放置されているケースも多い。こうして,3月に春一番が吹くと,もうもうと土ぼこりが舞い上がってしまうケースが増えている(図1)。

     風食のひどさは地域によってかなり違いがあるので,春先の全国的な風食リスクを概観してみる。気象庁(2002)の「メッシュ気候値2000」(統計期間1971〜2000年:(財)気象業務支援センター発行)によって3月の平均降水量の分布をみると,100 mm未満の比較的降水量の少ない地方は,北海道,東北地方の太平洋側,関東・甲信,瀬戸内海沿岸地方(図1)である。しかし,北海道と北東北では積雪が残っており(図2),南東北の太平洋側でも,積雪がなくなっても霜柱や溶けた雪で土壌が湿っているケースが多く,3月に乾燥した畑が多いのは関東・甲信と瀬戸内海沿岸地方であろう。さらに,細かく軽い火山灰が降り積もってできた黒ボク土の耕地は,北海道,東北,関東・甲信,南九州に多く分布していて(環境保全型農業レポート「No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開」),黒ボク土の耕地は大部分畑として利用されている。これらのことを総合すると,3月に畑の風食が問題なのは関東と甲信で,北海道や東北でも4月ないし5月になれば,風食が問題になる地域があると推察される。事実,十勝地方では,4月から6月にかけて吹く強風が激烈な風食を起こしてきている(辻 修,1997 )

    ●インターネット記事でみた風食問題

     風食は,農業では,(1)肥沃な表土を失わせる,(2)根を露出させて作物の生育を阻害する,(3)有害な土壌伝染性病害虫を拡散させる,(4)農作業者の健康を損なう,(5)農業用施設や機械を損なうなどの被害を起こす。また,人々の生活に対しては,(1)洗濯物を汚す,(2)部屋の中をざらざらさせる,(3)土壌粒子とそれに付着した有害物質や病原生物によって健康を損なう,(4)視界を悪くして交通を危険にする,(5)風食の起きやすい畑に隣接する分譲マンションや建売住宅の評価を下げる,(6)土壌粒子を水系に沈殿させて水生生物の生息地を劣化させるなどの被害を起こす。

     「風食」や「土ぼこり」などのキーワードでインターネットを検索すると,莫大な件数の記事がヒットする。風食に関する記事の数は,風食の程度や頻度だけでなく,風食の被害を受ける農業者や地域住民の数の多さによっても異なっているであろう。特に都市内や都市近郊の畑で生じた風食の被害を受ける人の数は多いので,実際の風食程度がはるかにひどい純農村地帯でよりも,都市内や都市近郊での記事のほうが多くなっていよう。その中には学校のグランド,公園,道路などの非農地での風食も多い。しかし,畑を中心とする農地での風食に限ると,件数の多い地域はかなり限定されている。農地での風食に関する記事の多い地域として下記が特筆される。

     1.北海道

     北海道では4〜6月にひどい風食が起きている(例えば,十勝毎日新聞社ニュース2009年05月20日)。

     2.長野県

     長野県内では特に松本南西部地域における風食防止の取組に関する記事が多いのが際立っている。すなわち,3月に裸地状態の露地野菜畑で猛烈な風食が起き,農家だけでなく,非農家の地域住民にも多大な迷惑をかけている。このため,長野県と松本市,塩尻市,波田町,山形村,朝日村の5市町村で構成する「松本南西部地域農地風食防止対策協議会」が2004年から風食防止対策に取り組んでいる(例えば,長野県松本地方事務所農政課の記事)。この風食防止対策協議会は風食防止対策として,コムギやエンバクの栽培とともに,網マルチを奨励している(松本農業改良普及センター)。

     3.関東地方

     関東地方の風食に関する記事は非常に多く,都市近郊農業地帯と,東京とそのベッドタウンの都市内農地とに分けて紹介する。都市近郊農業地帯と都市内農地については,当該地帯の総面積において,前者では住宅地+商業地+工業地よりも農地のほうが広いが,後者は都市計画区域内で,住宅地+商業地+工業地のほうが農地よりも広いといった違いをイメージしている。

    (1)関東地方の都市近郊農業地帯

     地域住民から畑の土ぼこりの苦情が出ていることを示す記事は,例えば,茨城県の東海村牛久市つくば市,ひたちなか市,石下市,神奈川県の三浦半島千葉県八街市などの記事が特筆される。

     茨城県のひたちなか市は,干しいも生産量が全国1位だが,1月から始まる干しいも生産で,蒸したいもを乾燥させているときに,風食が起きて土ぼこりが干しいもに付着してしまうと商品価値がなくなってしまう。このため,市,JA,生産者,農業改良普及センターなどで構成する「茨城ほしいも対策協議会」が規格外のオオムギ種子を干しいも生産農家に提供し,農家は秋に種子を畑全面に厚播きして,芝生のようにムギを生やして,1〜2月の風食を防止している(山田健雄 (2007) 茨城県ひたちなか市・茨城ほしいも対策協議会:ムギの多目的利用による高品質特産品づくりと居住環境づくりの調和.農業技術大系.土壌施肥編.第8巻.環境保全型農業の地域展開.茨城 ほしいも対策協議会 p.1〜11.農文協)。しかし,干しいも生産が終わると,農家は2月下旬〜3月上旬にはムギが大きくならないうちに,ロータリで畑に鋤込んでしまう。その後までムギが生育させて大きくすると,ロータリでは鋤き込めなくなり,無理に行なうと,作土が凸凹になってしまう。春一番は鋤込んだ後にくるので,鋤込んだことによって,風食がかえってひどくなり,非農業の地域住民からの苦情が増える(西尾道徳 (2005) 農業と環境汚染 p.182〜184.農文協)。図1は,ムギを鋤込んで裸地状態になったひたちなか市の畑で起きた風食の写真である。

     ひたちなか市に隣接する那珂市でも風食問題が深刻である。耕作放棄地が裸地になると,風食が一段と多くなるため,耕作放棄地にヘアリーベッチを栽培することを奨励し,種子代を補助している(環境保全型農業レポート.No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付)。

     上記の東海村,牛久市,つくば市などは,市村議会で畑の風食問題を取り上げている。そして,つくば市は,2010年4月からの第2次つくば市環境基本計画において,(1)ムギ,ハナナ,葉菜類などの冬作物の栽培とその学校給食での利用促進,(2)エンバク,ナタネなどの緑肥作物の栽培促進,(3)被覆植物の種子の配布などを市が取り組むことをうたっている。

     しかし,神奈川県の三浦半島では,スイカ,メロン,カボチャを生産しているが,ここ数年,コストや手間がかかる割に高値がつかないために,これらの作付面積が減少し,裸地状態の「空き畑」が目立っている。市は2009年度に「空き畑」対策の一環として緑肥を栽培する農家への補助金制度を導入したが,実際の申し込みは当初計画の65%程度で,補助金があっても実行できない農家も多いことが報じられている(神奈川新聞2009年6月14日)。

    (2)東京都とその周辺の都市農業地帯

     都市農業を定義するつもりはないが,都市計画区域内の農業で,住宅などに取り囲まれた生産緑地での農業をイメージしている。

     2005年の農林業センサスによる東京都の区市町村の総面積に占める農地面積の割合をみると,都心部の区には農地がなく森林もない。練馬区,目黒区,世田谷区,杉並区,板橋区などの区には数パーセントの農地が存在している(表1)。島嶼部を除く市町村の農地割合は,清瀬市の21.8%から奥多摩町の0.1%までの幅を持っている。ただし,奥多摩町,檜原村など,西側の山間部に近づくほど,傾斜地が増えて,市町村面積に占める森林面積割合が高くなって,農地面積率が低くなっている。平野部の清瀬市,国分寺市,瑞穂町,西東京市,三鷹市,小平市,東村山市には10%を超える農地が存在し,他の市や町にも数パーセントの農地が存在している。島嶼部や山間部を除く,数パーセントを超える農地が存在している平野部の区市町で風食が問題にされている。

    (2−1)都市農業は大切だが,畑の風食は・・・

     都市農業は地域住民にとってプラスの多面的機能を持つとして,2007年度の食料・農業・農村白書には,今後とも都市および都市周辺の農地を残したいと考える人が9割に上るとの調査結果が記載されており,それに関連する調査結果が示されている(表2)。すなわち,農地の持つプラスの役割は77%を超える圧倒的多数の住民によって支持されている。しかし,約40%の住民は,農業・農地が「農薬の飛散・臭い・土ぼこり等によって生活環境を悪化」させていると「思う」ないし「少し思う」と回答している。

     国土交通省都市・地域整備局と農林水産省関東農政局が合同で行なった平成18年度国土施策創発調査は,八王子市,町田市,青梅市,多摩市,横浜市,川崎市および相模原市を対象にして,都市農業の現状と課題を把握し,都市農業経営のあり方・展望と都市部における農地保全のあり方等についても調査した(「都市農業分野 調査概要」全62ページ)。ベースになっているアンケート調査は各市が過去に別々に行なったものが多いが,いずれの市でも,都市農業は,「季節を感じることができる」,「植木が緑を豊かにしてくれる」,「新鮮な野菜を提供してくれる」などのプラス効果に対する支持が高い。しかし,例えば,青梅市では,「季節によっては土ぼこりで困る」,「耕作放棄地など荒れている農地がある」,川崎市では,「風で土ほこりが舞う」39.7%,「夜になると暗い」37.2%といった苦情が出されている。

     東京都の東久留米市は,農業振興計画策定のために市民意識調査を2005年に実施したが,その中で農業・農地について,プラス効果には高い支持が出されているものの,「季節によっては土ぼこりなどで困る」8.7%,「農薬散布が気になる」4.4%,「臭いや農機具による騒音などで困る」1.1%,「耕作放棄地など荒れている農地がある」2.4%といった苦情が出されている。

     東京都の練馬区は「平成19年度(2007年度)区民意識意向調査」(2007年7月実施)において,農地を残すために協力できることは何かを区民に聞いたところ、「できるだけ区内の直売所で農産物を買う」(49.9%)が5割で最も多く,次いで「畑からの土ぼこりやにおいなどについて理解を示す」(31.1%),「都市の農地の大切さについて,家族などと話をする」(24.6%),「区が農地を残すための基金を作った場合,その基金に寄付する」(11.5%),「ヘルパーやボランティアとして農作業の手伝いをする」(8.4%)の順となっていた。

    (2−2)都市内の畑の風食対策

     練馬区の区民意識意向調査で「畑からの土ぼこりやにおいなどについて理解を示す」に31.1%の回答が寄せられたからといって,農業サイドが,多少の土ぼこりは我慢してもらえると考えて良いと理解することはできない。「畑からの土ぼこりやにおいなどについて理解を示す」という設問があるから,そう回答したのであって,区民は,本来は土ぼこりがないことを望んでいるはずである。

     練馬区と隣接した埼玉県新座市(2005年農林業センサスで農地面積率は15.2%)でも,最近引っ越してきた市民から,市長に栗林の風食の苦情が寄せられた。これに対して,市は,1997年度から,土ぼこり対策と農地の土壌保全ならびに土壌伝染性病害虫の抑制に効果のある緑肥作物(ヘイオーツ,小麦,ヘアリーベッチ)の作付けを奨励する土ぼこり対策事業を実施しているので,理解して欲しい旨を回答している。

     この土ぼこり対策事業は,市役所が農業者と繰り返し相談して,緑肥作物を選定し,その種子の無料配布を行なっているものである。農家は10月中旬から11月中旬には緑肥作物を播種し,4月中旬まで栽培した後,畑に鋤込んでいる。この場合,緑肥作物がかなり大きくなって,ロータリで鋤き込むと土壌表面が凸凹になって,その後に播種・定植する野菜の生育に大きなばらつきがでてしまう。この解決法も農業者と相談し,緑肥作物をハンマーナイフモアで短く切断し,それを畑表面に放置して乾燥させた後,石灰窒素を散布して鋤込む方式を採用した。これによって,細かく切断されてしおれた緑肥作物破片は土壌となじんで凸凹にならない。その上,石灰窒素でC/N比を整える。このため,次作の野菜の生育に悪い影響を与えない。そして,農業者がハンマーナイフモアを共同購入する際には,県と市の補助金を使えるようにしている(西尾道徳,2005)。

     新座市は,都市農業を振興する際に,市民との円滑な関係を維持していくため,住宅地への土ぼこりを防止するための緑肥作物の作付けを奨励することを「第3次基本構想総合振興計画」にも記し,2010年度予算で緑肥作物種子を無料配布する「農地土埃防止対策費」として137.2万円を計上している。

     東京都とその近隣の区市町村における農地からの風食対策は,インターネットによる情報収集だけでは十分には把握できないが,下記の状況が把握された。

     練馬区は農業の持つ多面的機能の重要性を認識し,農地を生産緑地としてできるだけ残す方針を出し,その際,農業と住環境との調和を重視している。しかし,畑の風食防止に積極的な施策を講じているようにはみえない。生産緑地事務の2008年度の予算額が22.5万円で,そのほとんどは生産緑地指定に要するものであろう。2008年度の事務事業評価表では,環境配慮として,農地からの土ぼこりの発生・土砂の流出に対する防止指導,農薬散布に対する助言などを行い,農業者の自発的な取り組みによって,区民からの苦情件数が減少したと記している。ただし,具体的にどのような指導をしたか,その実施に要するコストを区が負担したかについては記されていない。

     清瀬市は,環境保全型農業推進事業として,土壌改良・土ぼこり対策・環境保全対策のために,牛ふん堆肥と土壌改良用種子(牧草等の種子)代を助成していて,2008年度に422.6万円の予算を計上した。

     横浜市は,環境配慮型施設整備事業のなかで農薬飛散防止とともに,牧草による農地からの風食防止対策も行っており,2010年度に5,400万円の予算総額を計上している。この中で,牧草による環境対策等20 地区,農薬飛散防止ネット7.5haなどを計画している。

    ●終わりに

     都市近郊農業や都市農業は,生鮮物を中心に農産物生産で重要な役割を果たしている。それに加えて,農業生産以外の様々な多面的機能を発揮して地域住民の生活にプラスの影響を与えている。身近に農業が営まれていることによって,農業への理解や支持も高まると期待される。しかし,土ぼこり,臭い,農薬のドリフトなどのマイナス影響を与えて,農業への拒絶反応が生じたのでは意味がなくなってしまう。都市近郊農業や都市農業は環境面でのマイナス影響をさらに減らして地域住民の支持を高める努力が望まれる。

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